トーマス・オーリック

中国経済の謎―なぜバブルは弾けないのか?    2022/3/30

 

池田信夫

中国経済はバブルだから今年は崩壊する、と(期待をこめて)毎年予言されるが、いまだに崩壊しない。それはなぜだろうか。本書はその原因として、次のような特徴をあげる。
  1. 経済成長の「伸びしろ」がある:中国は「世界第2の経済大国」とよくいわれるが、一人あたりGDPは1.4万ドル。まだアメリカの17%の発展途上国である。1980年代の日本の一人あたりGDPがアメリカの80%を超え、20世紀のうちにアメリカを超えるといわれた状況とは違う。

     
  2. 貯蓄が多く金融システムが安定している:「一人っ子政策」で子供が減って消費が減り、社会保障も不備なので、貯蓄率は50%近い。外国為替が制限されているので資本逃避もできず、余剰資金は銀行に預金されている。大手銀行は国有なので、政府のコントロールがききやすい。

     
  3. 危機に対して超法規的な対応がとれる:民主国家と違って、独裁政権は法の制約を受けない。特に習近平は政治局からライバルを追放し、独裁の傾向を強めている。行政は地方に分権化されているが、官僚は優秀で政権に忠実だ。言論の自由がないので批判もなく、危機管理がしやすい。
しかしこういう長所は、その弱点ともなる。本書も指摘するように、今の中国は1990年代の日本とよく似ている。

Thomas Orlik    The Bubble that never pops

中国政府は、「世界金融危機」「株バブルの崩壊」「不動産市場の不安」「シャドーバンクの台頭」などをどのように乗り越えたのか?
現代中国の経済史を5つのサイクルに分けて詳細に解説する。

第1のサイクル(1978〜1989年)改革開放〜天安門事件
第2のサイクル(1992〜1997年)南巡講話〜アジア通貨危機
第3のサイクル(1998〜2008年)朱鎔基の改革〜リーマン・ショック
第4のサイクル(2008〜2017年頃)4兆元の刺激策〜サプライサイド改革
第5のサイクル(2017年頃〜)
 

 

【第1章】天まで伸びる木はない

【第2章】債務の山・借り手側

中国版ギリシャ悲劇―借金まみれの地方政府
ゴーストタウンだらけ―中国経済を支える不動産市場の不安
それでも船が転覆しない理由

【第3章】債務の山・貸し手側

隠れた不良債権―シャドー融資のカラクリ
夜逃げとチンピラ―温州商人の浮き沈み

【第4章】最初の二つの成長サイクル

ケ小平と第1のサイクル―さらば毛沢東主義
江沢民と第2のサイクル―朱鎔基の国有企業改革


【第5章】第3のサイクルと世界金融危機の遠因
人民銀行が陥ったトリレンマ ― WTO加盟と米国の圧力
一人っ子政策と高貯蓄 ― 歪んだ成長の根本原因

【第6章】世界金融危機と第4のサイクル
美酒に悪酔いする前に―4兆元対策の出口
渇きを癒すために毒をあおる―刺激策への回帰

バーナンキ説
 リーマンショック(2008/9/15破産法申請)の原因は長期金利安→不動産ブーム :その原因は中国中心のグローバルな貯蓄過剰

 中国はWashington Consensusには乗らず、貿易には市場開放するが、金融は開放せず  過剰輸出による貿易黒字 積極的に外為市場に介入し、外貨準備増 米国債に投資

   温家宝 11/9 4兆元の景気刺激策(政府が1.2兆元、地方政府と国有企業が2.8兆元) →18省が25兆元の投資案発表  インフラ整備事業、不動産投資

【第7章】習近平と第5のサイクルの始まり

「改革の全面的深化」―始まった習の大改革
中国版リーマン・ショック―株バブルに右往左往

2015年 株バブル
2015/8/11 人民元基準値決め方を変更、1$=6.2298RMB と前日より1.8%切り下げ  急速に下がると思い込み。一気に7元台まで下がる。株価急落  市場改革・開放方針に疑問を生む。


【第8章】デレバレッジ(過剰債務の削減)という不可能なミッション

2年で、成長加速、GDP比負債率を安定させ、シャドー融資を縮小 How? 中国経済と金融システムの基本的なレジリエンス(回復力)、政策当局者の予想外の独創性、権威主義国家ならではのリソース
 

2016/1 権威ある人物の呼びかけ(習近平の経済ブレーンの劉鶴とされる)
 中国は4つの落ち込み(経済成長、工業製品価格、企業利益、財政収入)と1つの上昇(経済リスク)に苦しんでいる。
 内需刺激だけでは解決できない。唯一の選択肢はサプライサイド改革(欧米の「減税と規制改革」ではなく、政府の介入を大幅に増やす。)
 5つの重点タスク(過剰設備削減、不動産在庫の圧縮、経済戦隊のデレバレッジ、企業コスト削減、弱点の改善)
 
 貴州省:121の炭鉱閉鎖、2100万トン能力削減、次年度は更に120炭鉱、1500万トン減  対策として、「官民パートナーシップ」 を通じインフラ整備に多額を投資 トンネル、高速道路網  成長押上げ
 各省で実施。政府は更に企業統合を推進、新しい成長戦略で成功 

ゴルフカートのロールスロイス―スラム対策との一石二鳥

不動産:スラム一掃、住民は新築高層住宅に移す、住宅ローン融資の急拡大(人民銀行のゴーサイン)

債務整理の奇策―欧米とは正反対のサプライサイド改革

債務整理:経済を再膨張させ、借金の返済  再膨張ターゲットは最大の債務を抱える部門に絞り込む  
(重工業) 過剰能力を閉鎖、需要喚起→価格アップ、増益
(不動産) スラム一掃、住民をマンションに


人民銀行のもぐら叩き―マクロプルーデンス評価

プルーデンス:金融機関の潜在的損失カバーのため一定の自己資本比率を義務付け  これを金融システム全体に適用  高得点の銀行は準備預金に高い金利
これまではシャドーバンク経由  今回は銀行のB/Sを包括的に見ることで問題解決   銀行は不良債権を処分し、自己資本比率をアップ 合併も


ゴーストタウンから空室ゼロへ―息を吹き返した地方都市

【第9章】イノベーション大国への道

中ソ対立で原発開発が頓挫、自国で成功

2006年 国家中長期科学技術発展計画  「独自のイノベーション」
ボトムアップでなく、特定時期までに特定目標達成を国が命令

世界金融危機:4兆元刺激策で10部門の振興策 
2010/10 12次5カ年計画で、7つの戦略的新興産業(環境技術、情報技術、新エネルギー車など)

2015/5 習近平 「中国製造2025」

人はコスト、ロボットは資産―中国製造2025の危うさ

ドナルド・トランプと中国の新冷戦

Nixonとやり方は同じだが、中国に関してはNixonは中国の門戸を開き、トランプは閉じようとした。



【第10章】今回は違うのか

失われた10年の教訓 ―日本のバブル経済
IMF救済という屈辱 ― 韓国の通貨危機

【第11章】中国の危機のシナリオ

過去は序章だ―中国の危機を予測する
世界への余波―一番危ない国と意外に安全な国

【第12章】今からでも遅くない

第4のサイクルの終わり
1杯の麺に見る中国の未来

 

 なぜ「崩壊」の予想が外れたのか。著者は中国経済における成長の伸びしろの存在、豊富な資金供給量、政策当局者の独創性等を見逃したからだと言う。加えて、中国経済に関しては感情や偏見が先行しやすいことを挙げる。

 中国は日本のバブル崩壊、アジア通貨危機後の韓国経済の破綻、米国のサブプライム住宅ローン問題などを徹底分析し、その教訓を学んでいると指摘する。特に日本の成功と失敗の経験は中国に多大な影響を与えたと言う。中国は日本の国家主導の産業政策や輸出振興の開発モデルを取り入れたことで、無駄な公共投資、 脆弱な銀行制度、ゾンビ企業等の問題を抱え、その結果国際的には日本と同様に米国の保護主義的反発を招いた。

 著者によれば、中国が決定的なバブル崩壊を回避できたのは、日本に比べて株式市場がまだ小さく、巨大な国内市場があり、需要を喚起する大規模な景気刺激策を採用し、政府介入で人民元の上昇を抑え、ゾンビ企業をばっさり切り捨てるなどの策があったからだ。

 著者は今後の最大課題として、過去の借金頼みの成長モデルで積み上がった過剰債務をいかに削減するか(デレバレッジ)だと言う。だが、中国の経済規模、資金量、過去の数々の危機から脱出した経験から、著者は将来について楽観的だ。

 とはいえ、成長鈍化、未熟な市場、モラルハザード問題、格差拡大等のなかで、巨大な既得権益層を抱えた共産党独裁体制のままで経済再生できるのか疑問に思う。ただ、著者自身、最終章で「崩壊論」は間違いではなく、「時期尚早だった」とも語っており、ホンネのところは揺れているのかもしれない。藤原朝子訳。

 

訳者あとがき

まず、中国の経済政策や金融政策の分析に徹底的にフォーカスしている。一般的な「中国本」は、指導者の父親が誰で、育ちはどうで、それが思想や政策にどう影響を与えたかといったことを解説することが多いが、オーリック氏は、そうした領域にはほとんど立ち入らない。中国共産党内の権力闘争への言及も、必要最小限にとどめている。上海閥や太子党といった「派閥」への言及もゼロだ。このアプローチは中国関連本ではかなり異例と言えるのではないか。
本書のもう一つの興味深い点は、中国経済のサイクルを独自に五つにわけているところだ。一般に、現代中国の分析は、最高指導者の交代を区切りとした「世代」別に語られることが多い。

第-世代 1949〜1976年 毛沢東時代
第2世代 1976〜1992年 華国鋒・ケ小平の時代
第3世代 1992〜2002年 江沢民の時代
第4世代 2002〜2012年 胡耀邦の時代
第5世代 2012〜      習近平の時代
 

これに対してオーリック氏は、改革開放以降の中国には五つのサイクルがあったと指摘する。いずれも新たな改革の機運に始まり、それが大きな広がりを見せるものの、景気過熱などの問題を抱えるようになり、さらに内外の危機に直面して、新たな抜本的改革が必要になる、というサイクルだ。
第1のサイクル 1978〜1989年 改革開放〜天安門事件
第2のサイクル 1992〜1997年 南巡講話〜アジア通貨危機
第3のサイクル 1998〜2008年 朱鎔基の改革〜リーマン・ショック
第4のサイクル 2008〜2017年頃 4兆元の刺激策〜サプライサイド改革
第5のサイクル 2017年頃〜

構成としては、第1章と最後で、2017年に本格的に始まったデレバレッジ一過剰債務の削減一の取り組みが紹介される。GDP比260%という莫大な債務が生じた背景と、成長を潰さずにその債務を縮小するという「不可能を可能にした」政策当局の手腕を明らかにするというかたちで、5つのサイクルが紹介されていく。各サイクルの説明に入る前に、第2章で莫大の債務の借り手はいったい誰なのか(国有企業と地方政府)、そして第3章で貸し手は誰なのか(銀行と地方融資平台)を説明する。そのうえで、第4章から、第1と第2のサイクル、そして第3のサイクルの前半が紹介される。

第1のサイクルは、1978年の改革開放政策から始まる。ケ小平の現実主義路線が、中央から地方まで「なんでも試してみて、うまくいくものは、すぐに大規模に採用する」流れをつくった。農業で生産責任制が導入され、工業では経済特区が設置され、金融では4大国有商銀が設立される。ところが物価が急騰したところで、価格統制が撤廃されたため、市中でパニック買いが起こり、社会不安が高まった。これが政治の自由を求める学生運動と共鳴して天安門事件が起こり、改革の流れはいったん途絶える。

天安門事件後、中国共産党では保守派が巻き返すが、1992年にケ小平がスタートした南巡講話を機に、改革が再開する(第2のサイクル)。中国経済は急成長を遂げるが、1997年にアジア通貨危機が起こる。金融鎖国状態の中国は、どうにかドミノ倒しを避けることができたが、人民元が割高となったため、輸出産業は空洞化する。
そこで江沢民政権の朱鎔基首相による国有企業改革が始まる(第3のサイクル)。朱鎔基は銀行改革とWTO加盟も実現して、21世紀の成長の基盤をつくる.。

第5章の初めで、江沢民が「三つの代表」を唱えて、起業家を共産党に正式に取り込んだことが紹介されるが、オーリック氏は、これが中国における格差拡大の扉を開いたと指摘する。その直後に発足した胡濤・温家宝政権は和諧社会を唱え、農業税を減免するが、中国はWTO加盟を機に「世界の工場」と化していく。そこにリーマンショックがやってきて、中国の輸出業は大打撃を受ける。

第6章では、世界金融危機に対する中国の4兆元対策が説明される(第4のサイクル)。景気浮揚策としては大成功するが、4兆元のうち2兆8000億元は地方政府と国有企業が拠出することになったため、過剰債務の問題が深刻になる。

第7章と第8章、第9章は、習近平時代だ。トップに上り詰めた習は、まず腐敗の取り締まりに注力し、2017年に過剰債務を削減するためのサプライサイド改革を開始する。欧米のサプライサイド経済とは正反対に、国の介入を一層強めて成長を維持しつつ、過剰設備を削減する措置だ。これにより中国は、2017年頃から第5のサイクルに入るはずだと、オーリック氏は指摘する。
ただ、現在の状況を楽観しているわけではない。このサイクルでは、投資から消費へ、工業からサービスヘ、そして国から民間へとシフトを進めなければならないのに、コロナ禍で国の管理は一段と厳しくなり、「中国経済は間違った方向に進んでいる」と、最近メールで語っている。米国との関係悪化やゼロ・コロナ政策への固執が、景気回復の足を引っ張る恐れもある。

中国恒大の問題も予断を許さない。「当局の緻密な管理下で、部分的デフォルトが進められてきたが、その影響が不動産業界全体に波及して、一連の経営破綻を引き起こし、成長や金融の安定に重大な打撃を与える可能性はある」と、オーリック氏は言う。その一方で、恒大に放漫経営の責任をとらせることは、「不動産業界のモラルハザードを縮小する正しい重要な措置だ」とも語っている。

本書を執筆するにあたり、オーリック氏が驚いたことの一つは、中国が発展の初期の段階で、日本や米国の高度成長期のアプローチから非常に多くを学んでいたことだという。これに対して現在の日本や米国は、国が発展の牽引役として、インフラの建設者として、そして科学技術への投資家として大きな役割を果たせることを忘れてしまったようだとも言い添えている。