毎日新聞2016年12月4日

時代の風  藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員
 

首都圏の高齢化   まず正確な事実認識を

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領が辞任の方針を示した11月29日、筆者はたまたま講演先のソウルにいた。「騒乱に気をつけて」と言われて日本を出たが、現地の都心で見たのは普段のままの雑踏。デモやパトカーや警官には出くわさず、広場で演説している人も、飲み屋街で喜び騒いでいる人も見かけなかった。韓国の民主主義の成熟を示すこの平穏な空気は、そのときその場にいなければ全く感知できなかっただろう。部屋でテレビやパソコンの画面を見ているだけでは、部屋の外の何がわかるわけでもないのだ。

 これに限らず、思い込みほど怖いものはない。先般発表された5年に1度の国勢調査の数字を受けての、日本の人口動向に関する勘違いは典型だ。前回(東日本大震災の半年前の2010年10月)と、今回(15年10月)の結果を比較した以下の文面は、数字は正しいが中身は間違っている。どこがおかしいのか、当ててみてほしい。

 「日本の人口(居住外国人含む)は、最近5年間に戦後初めて96万人の減少に転じた。増えたのは首都圏1都3県、愛知県、滋賀県、福岡県、沖縄県だけである。特に首都圏1都3県では、この間の東日本大震災にもかかわらず人口が51万人も増加、大幅な減少の続く地方圏との格差が拡大した」

 社会通念通りの内容だが、最後の部分が間違えている。同じ調査結果に準拠し書き換えてみたので、比べていただきたい(なお以下では、全体の1%強を占める年齢未回答者も、年齢回答者の構成比で案分し加えて計算している)。

 「日本の80歳未満の人口(居住外国人含む)は、2000年をピークに減り始め、最近5年間では273万人も減少した。東京都と沖縄県では僅かに増加が見られたが、東京都を含む首都圏1都3県全体では1万人強の減少となっている。同時期に首都圏の総人口は51万人増えたのだが、年齢別に見ると増えていたのは80歳以上だけだった(5年間で52万人、30%増)。高度成長期に地方から首都圏に流入した団塊世代が80歳を超え終わる15年後に向け、この増加はまだまだ続く。他方で若者を送り出す側だった過疎県では、80歳以上の増加は終わりに近づいており、既に70以上の過疎市町村(東日本大震災の被災地を除く)で減少が始まっている。高齢者向け医療福祉の需給が逼迫(ひっぱく)する一方の首都圏と、今後需給緩和が進む過疎地の“逆格差”は拡大の一途だ

 80歳以上しか増えていない首都圏の「人口増加」をはやし、高齢者医療福祉負担の増加を脱しつつある過疎地について「消滅まっしぐら」と決め付けるやからが蔓延(まんえん)する日本。「限界集落からの撤退」や「定年の延長」(何歳まで延長するのか?)が問題を緩和するとの誤解も、巷間(こうかん)に満ちている。だが現実を見れば、最近頻発する高齢者施設や病院での怪事件、認知症がらみの交通事故は、高齢者の激増に対し物心両面で準備の手薄な首都圏に集中しているではないか。

 高齢者の範囲を65歳以上に広げると、首都圏1都3県の数字はさらに深刻化する。団塊世代が65歳を超えたことで、最近5年間に高齢者は133万人も増加し、反対に15〜64歳のいわゆる生産年齢人口は75万人減少した。学校にたとえると、「この間に15歳を超えた新入生が152万人、地方から首都圏に転入してきた転校生が42万人いたのだが、65歳を超えた卒業生が269万人もいたので、全校生徒は75万人減った」ということになる。13年の総務省調査の速報値では、全国に819万軒あった空き家・空き室の4軒に1軒、204万軒が首都圏1都3県に集中していたのだが、現役世代減少下でマンションの大量供給を続けた当然の結果だ。

 対策を示さずに問題だけ示すと嫌われる。だががんへの対処が、まずはがんを自覚しなくては始まらないように、大都市の人口成熟問題の深刻さの自覚なくして日本の高齢化への対処はない。これまでも拙著「デフレの正体」や「里山資本主義」、「和の国富論」などに書いてきたが、できることはたくさんある。問題は、正確な事実認識がいつまでたっても国内に広まらないために、正しい対処行動も起きないということなのだ。