日鉄、USスチール買収計画を再申請

米大統領選後に可否

 

米政府が日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画についての審査を再び受け付けることが18日、分かった。審査期間が90日間延びることになる。可否の判断は11月の米大統領選後になる公算が大きい。日鉄にとって買収計画が政治問題化することをひとまず回避できることになる。

外国企業による米企業の買収について審査する対米外国投資委員会(CFIUS)が日鉄の再申請を認めた。関係者が明らかにした。日鉄は審査の申請を出し直す。これまでは23日までに審査を終える予定だった。

CFIUSは8月、買収は米国の経済安保上の懸念があると日鉄に伝えていた。9月初めにはバイデン大統領が買収中止を命じる方向で調整に入ったと欧米メディアが報じた。

審査が延長されることで、最終的な判断は11月5日の大統領選後になるもようだ。

買収を巡ってはバイデン大統領に加え、民主党候補のハリス副大統領や共和党候補のトランプ前大統領からも懸念や反対の声が出ていた。

買収の承認には経済安保上の2つの懸念を払拭する必要がある。

1つ目は米国の鉄鋼生産能力の縮小だ。ロイター通信によると、CFIUSは日鉄とインド市場の関係を問題視している。8月に日鉄に送った書簡で「日鉄が米国の生産をインドに移す可能性がある」と言及していた。

インドは中国に次ぐ成長市場だ。日鉄は現地の製鉄所を買収し、投資を続けている。CFIUSは買収後にUSスチールが米国に持つ生産拠点をインドに移していくことに懸念を示していた。

日鉄は約141億ドル(約2兆円)の買収金額とは別に計27億ドルの追加投資でUSスチールの老朽設備などの更新を公表した。米国での生産能力を維持していく方針だ。理解を得られるかが焦点となる。

2つ目は関税だ。CFIUSは中国製の割安な製品に対抗するため、USスチールが過去に輸入鋼材に対する関税引き上げなどの救済措置を求めたことに言及した。この措置に日鉄が反対したことがあるとし、米国が保護主義的な政策を進める上で障害になるとの懸念を示した。

日鉄とUSスチールはこの指摘についても反論し「事実無根だ」とした。日鉄はUSスチールが米政府に関税引き上げなどの措置を求めることについて干渉しないことを約束していると主張。社内に米国籍の委員による「通商委員会」を設けるなど懸念の払拭に躍起になっている。

労働組合との関係改善も課題になる。全米鉄鋼労働組合(USW)は日鉄の買収に反対している。USWは17日、「米政府は重要な国防上の理由から取引を拒否すべきだ」と改めて反対する声明を出した。USWは政治力が強い。民主・共和両党とも組織票を取り込もうとしている。米政府の判断は大統領選後になる公算が大きいが、引き続き対話が欠かせない。

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日本製鉄のUSスチール買収計画が、本格化した米大統領選に翻弄されている。中国との対立などを背景に米国では保護主義が強まっており、民主・共和両陣営が労働組合の組織票を狙って政治問題化した形だ。大統領選が絡む特殊な状況だったとはいえ同盟国である日本の企業でも政治リスクに巻き込まれる可能性があることが浮き彫りになった。

「買収成立を確信し、審査のプロセスを信頼し、尊重する」。USスチールのデビッド・ブリット最高経営責任者(CEO)は17日、日本経済新聞社などの取材に応じ、こう述べた。米政府の買収計画を巡る判断が大統領選後になる可能性について問われ答えた。

膠着状態だった日鉄の買収計画に大きな動きがあったのは今月2日、米大統領選が本格化するレーバーデー(労働者の日)だ。ハリス氏が、USスチールの本社があるペンシルベニア州ピッツバーグで演説し「米国内で所有され、運営される企業であるべきだ」と述べた。ハリス氏がUSスチールの買収計画について発言するのは初めてだった。

ペンシルベニア州は大統領選の結果を左右する激戦区。わずかな票差で勝敗が決まる激戦州では労働組合などの組織票が重みを持つ。ハリス氏は同州訪問のタイミングで反対を示唆し、買収に反対する全米鉄鋼労働組合(USW)の組織票獲得を狙ったとみられる。

共和党の大統領候補であるトランプ前大統領は労働者からの支持を意識して、自身が再選された場合は買収を阻止すると明言してきた。大統領選を控えて、民主・共和両党が保護主義を競い合うような状況となり、日鉄の買収計画は大きな政治問題になってしまった。

そして4日、バイデン大統領が買収計画の中止を命じる方向で最終調整に入ったと、米ワシントン・ポストなどが報じた。10日にはハリス氏とトランプ氏のテレビ討論会があり、その前に中止命令が出されるとの観測も出た。

中止命令報道について、日本の経済界などからは懸念の声が相次いだ。米国と関係が深い日本企業で構成する日米経済協議会(会長・澤田純NTT会長)は5日、「日米両国は欠くことのできない同盟国で、互いに最大の対外投資国」としたうえで、買収計画を「政治的に利用しようとする試みには多大な懸念がある」との声明を発表した。経団連の十倉雅和会長も9日の記者会見で、「米大統領選に左右されて(中止命令が)出てくるなら良くない」と述べた。

日鉄はハリス氏の発言や中止命令の報道と前後して、USスチールへの追加投資など米側への懸念を解消する施策を打ち出した。11日には買収担当役員の森高弘副会長兼副社長がワシントンに渡って対米外国投資委員会(CFIUS)の高官と面談し、経済安保への懸念の払拭や再申請について話し合ったとみられる。

21日には岸田文雄首相が訪米する。買収阻止の大統領命令が出ていれば、首脳会談の議題になるなど日米関係のしこりになる可能性もあった。米大統領選に絡む政治利用はひとまず避けられた。国内外のM&Aに詳しい森幹晴弁護士は「CFIUSは政治色が強い。政治的な懸念が薄まる大統領選後に判断が持ち越されれば日鉄にとって有利になる可能性がある」と指摘する。