企業結合審査の事後的検証調査報告書について    2007/6/22 公正取引委員会
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/07.june/070622.pdf

1  輸入圧力の事後的検証(報告書第一部)

2  問題解消措置の事後的検証(報告書第二部)

 

1  輸入圧力の事後的検証(報告書第一部)

 競争促進要因としての輸入圧力を評価した複数の事例について,品目横断的に輸入データの分析を行った上で,潜在的輸入圧力を積極的に評価した事例(「三井石油化学工業株式会社と三井東圧化学株式会社との合併」(平成9年度公表事例2))を対象に,企業結合後の輸入圧力の程度等に関して,より詳細なデータ分析やヒアリング調査を行った。

表6 調査対象事例における輸入比率の動き

年度 事例名 商品 統合前
3年間
平均
統合後
3年間
平均
類型
7   昭和電工葛yび日本石油化学鰍ノよる
ポリオレフィン樹脂事業の統合
高密度ポリエチレン樹脂 3.06% 1.98%  
7 バイエル葛yび三菱化成ヘキスト鰍フ
繊維用染料事業の統合
塩基性染料 36.90% 47.25%  
9 三井石油化学鰍ニ三井東圧化学鰍フ合併 アセトン 4.26% 2.71%  
フェノール 0.65% 0.54%  
アニリン 3.50% 4.05%  
ビスフェノールA 13.80% 18.03%  
10 旭化成工業葛yび三菱化学鰍フ
ポリスチレン樹脂事業の統合
ポリスチレン樹脂 2.91% 2.84%  
11 協和発酵工業葛yび三菱化学鰍ノよる
可塑剤事業の統合
フタル酸系可塑剤 2.83% 4.75%  
12 三井化学葛yび武田薬品工業鰍フ
共同出資会社の設立によるウレタン等事業の統合
TDI(ウレタン原料) 0.0009% 0.00%  
13 ポリプロピレン事業の統合
(日本ポリケム梶Eチッソ梶G
 三井化学梶E住友化学工業梶j
ポリプロピレン 7.72% 4.99%  
14 エー・アンド・エム スチレン葛yび出光石油化学鰍ノよる
ポリスチレン事業の統合
ポリスチレン 2.78% 2.27%  
14 三井化学葛yび住友化学工業鰍フ統合 アニリン大口 6.94% 5.63%  
EPDM 2.77% 6.87%  
15 昭和電工葛yび協和発酵工業鰍ノよる
酢酸エチルの共同生産会社の設立
酢酸エチル 10.66% 12.32%  
15 大塚化学鰍ニ三菱瓦斯化学鰍ノよる
水加ヒドラジン事業の統合
水加ヒドラジン 7.47% 3.49%  

まとめ

今回の調査では,まず第1において,平成6年度から平成15 年度までの10 年間の公表事例のうち輸入圧力が働き得ると認定している20 事例26 品目について,輸入比率の動きを品目横断的に分析した。
その結果,
企業結合後に輸入が顕在化している品目が7品目,輸入が一定程度行われている品目が8品目あり,これらについては,輸入品が国内品に代替し得る商品とならないような低品質の商品であるなどの場合を除き,企業結合後に一定程度の輸入圧力が働いているものと考えられる。
一方,企業結合後の
輸入比率が低いレベルにとどまっている品目が11 品目あるが,これらについては,輸入比率が低いレベルにとどまっている要因を個別に検証した上で輸入圧力の有無を判断する必要があると考えられる。

そこで,第2において,三井石化と三井東圧の合併におけるフェノールを例にとり,詳細に分析を行った。

フェノールについては,企業結合審査時点で輸入比率が低く,企業結合後も最近のメーカーによる自家消費(ビスフェノールA)向けの輸入を除いては輸入比率が低いレベルにとどまっていたものの,国内外で商品のブランドやグレードの違いや品質の差はほとんどみられないこと,使い慣れ等から生じるスイッチングコストが低いこと,自らの海外展開等を通じて海外市況を注視している比較的規模の大きいユーザーが多いこと等の条件が満たされていることから,潜在的な海外からの競争圧力が存在していると判断された。このため,フェノールについては,企業結合後も輸入比率が低いにもかかわらず,潜在的な輸入圧力が働いていることによって競争が保たれた一例であると理解することができる。

他方,第1において企業結合後の輸入比率が低位にとどまっている11 品目のうち,フェノールを除く品目についてもフェノールと同様に輸入圧力が働いているか否かということについては,フェノールと同様の詳細な検証を行うことが必要であるが,第1でも簡単に触れたとおり,石油製品等一部の商品については,制度的な要因により,企業結合審査時点で想定していたほど輸入圧力が働いていないと考えられる品目もある。

このように,企業結合審査時点で輸入圧力を積極的に評価した事例については,実際に輸入圧力が働いていると認められるものとそうでないものとが混在していると考えられることから,今後の企業結合審査に当たっては,特に輸入比率が低い場合の輸入圧力の評価について,データ分析や綿密なヒアリング等による慎重な検討が重要であると考えられる。

また,今後,企業結合審査時点で輸入圧力を認めた品目のうちフェノール以外のものや,審査時点では輸入圧力を認めなかった品目についても,実際に輸入圧力が働いているかどうかを事後的に検証していくことも必要と考えられる。


フェノールの例の分析

審査結果の検証
(1) 輸入圧力の評価
合併後の輸入数量及び輸入比率の動きをみると,合併後から平成13 年度までは,輸入数量はほぼ横這いで増えておらず,輸入比率も1〜3%程度と低いままである。平成14,15 年度及び平成17 年度は大幅に増加しているものの,主にフェノール(ビスフェノールA)メーカーの自家消費のための輸入が大半を占めていると考えられ,フェノール樹脂メーカーによる輸入はほとんど増加していない可能性が高い。
このように,フェノールの外販市場におけるユーザーが実際に輸入している量は少ないままであるものの,他方,国内品と輸入品の切替えの容易性をみると,以下のような状況が認められる。

 制度上の障壁の程度
   フェノールの輸入については特段の規制は存在せず,また,関税率は平成10 年4月に0%となったため,制度上の障壁はない。
   
 輸入に係る輸送費用の程度や流通上の問題の有無
   輸入に係る制度上の障壁が存在しない場合であっても,国内品から輸入品に切り替えるための費用が大きければ,輸入圧力が働かない場合がある。例えば,製品価格に対する輸送コストが相対的に大きい場合や,輸入体制の整備にかかる費用が大きい場合には,輸入圧力は働きにくいと考えられる。
 前述のとおり,フェノールの輸入・保管・運搬に当たって温度管理が必要であること等から,輸入に当たっては,輸送船の船賃や保管のためのタンクの費用などを合わせると,アジアからフェノールを輸入する場合には,大口ユーザーであれば5〜6円/s,小口ユーザーでは20〜30 円/sが海外価格に上乗せされることとなるが,輸送船やタンクの手配は,自前(大口ユーザー)や商社を通じての手配が可能である。また,輸送距離も,アジアであれば,韓国〜九州間が1日以内など,比較的短く,リスクも少ない。
 これらのことからすると,輸入品への切替えに当たっては,購入数量に左右される可能性はあるものの,
流通上の輸入障壁は必ずしも大きくないと考えられる。
   
 輸入品と国内品の代替性の程度
    制度上・流通上の障壁が存在しない場合であっても,品質の違いや使い慣れの問題から輸入品が選好されない場合には,潜在的な輸入圧力は働きにくくなる。
 しかしながら,フェノールについては,国内品と輸入品の間には品質面で差がなく,また,多くのユーザーが過去に輸入経験を有しており,海外メーカーや輸入品の価格の情報を収集するなどして常に輸入の検討を行っていることからすれば,使い慣れといった問題もないと考えられ,
潜在的な輸入圧力は強いと考えられる。
   
 海外の供給可能性の程度
   制度上・流通上の障壁が存在せず,かつ,輸入品と国内製品との代替性が高いことに加えて,海外メーカーが日本への輸入の具体的な計画を有している場合や,生産能力の増強を行うことによって,海外における供給量が増加し,海外価格が下落する結果,内外価格差が生じるような場合には,国内への輸入圧力が一層高まる可能性がある。
 そこで,フェノールの海外及び国内の需給バランスの推移をみると,国内では,合併後数年間は供給過多であったため生産能力の増強は行われなかったが,世界全体では平成9年から平成12 年の間に約140 万トンの能力増強が行われた。さらに,平成12 年以降は,アジアでの需要が急激に拡大したことから,平成17 年までの間にアジアだけで約120 万トン,世界全体で約110 万トンの能力増強が行われたと考えられる。
 アジアでは,今後とも需要の伸びを上回るプラントの新設・増設が計画されており,供給過剰となる可能性も指摘されていることから,前記ア〜ウでみたように,輸入の制度上・流通上の制約が少なく,国内品と輸入品の代替性が高い状況においては,日本への輸入圧力は一層強まると考えられる。また,新規に建設されているプラントは,規模も大きく生産性も高いと考えられるため,
輸入品のコスト競争力はより強いものとなり得る。
   
 内外価格の連動性の評価
   このように,輸入に係る制度上・流通上の障壁が存在しないことや,国内品と輸入品との品質面の差異がないこと,アジアを中心とした海外における生産能力の増強を見る限り,フェノールの国内市場に対する輸入圧力は依然として存在するものと考えられる。
 しかしながら,前記2−オ(ア)でみたように,フェノール(ビスフェノールA)メーカーによる自家消費向けの輸入を除けば,実際の輸入はほとんど増加していない可能性が高い。その理由を考えると,ユーザーが
輸入の必要性を感じるほど内外価格差が広がらなかったことが挙げられる。フェノールの内外価格差の推移をみると,短期的には輸入メリットが生じる内外価格差が生じても,国内価格が輸入価格よりも長期にわたって高くなり続けることは,最近まではほとんどなかった。このため,実際に輸入に切り替える例は少なかったものと考えられる。
 逆にいえば,長期にわたって極端な内外価格差が生じないこと自体が,
国内価格が輸入価格の影響を受けていることを示唆しているとも考えられる。内外価格差の推移をみると,ごく最近の例外を除いては,内外価格差が一定程度まで開くと,おおむね2年以内には元に戻る傾向がみられる。このように,内外価格で連動性がみられる点について,主原料であるベンゼン価格の動きが内外で似た動きをしていることもその一因であるとは考えられるが,前記のように,制度上,流通上の輸入障壁が少なく,一定の輸入コストをかけさえすれば輸入は不可能ではないことに加え,品質差もないため,内外価格差が極端に拡大すれば,ユーザーは輸入品への切替えを検討し始める点が影響していると考えられる。すなわち,輸入量や輸入比率はあまり高くないとしても,海外からの競争圧力は存在し,国内価格に影響を与えていたと判断することができると考えられる。
   
 輸入圧力の評価に関する結論
   このように,企業結合審査当時,競争促進要因と考えられた輸入が実際に競争圧力として機能しているかについて検証したところ,実際の輸入量や輸入比率は,フェノールメーカーによる自家消費向けを除けば低いと考えられるものの,輸入に係る制度上・流通上の障壁は少なく,国内品と輸入品の代替性も高いことから,国内価格が引き上げられ,内外価格差が拡大すれば輸入が増加し得る状況が認められ,輸入圧力が競争促進要因として機能している可能性が高いと考えられる。
   

(2) 企業結合による競争の実質的制限の有無
 前記2でみたように,当事会社の合併後の国内市場の変化を見ると,自家消費(主にビスフェノールA)向けの需要が大きく増加した一方,外販(主にフェノール樹脂)向けは微増から横這いであり,また,輸出向けが減少したため,需要構成は変化したものの,全体としての需要は増加が続いた。これに対して,国内生産能力は平成14 年まで拡大しなかったため,企業結合審査当時には十分存在するとされた国内の供給余力は縮小した。
 その一方で,販売シェアの変動をみると,合併後,ユーザーが購入先を競争業者に切り替える動きは限定的であったため,当事会社の合算シェアはあまり変化しておらず,輸入比率も高まらなかった。
 しかしながら,前記(1)のように,輸入に係る制度的な障壁はなく,国内品と輸入品は品質面では同質であるため,一定の費用を払って輸送・保管の手当てを行えば輸入は可能であり,海外における供給能力も拡大したことから,
海外からの競争圧力は一定程度働いていると認められ,その結果として,内外価格にある程度の連動性がみられる。
 内外価格に連動性があるだけでは,国内メーカーが輸入品を意識した価格設定を行いつつ,輸入品が入ってこない範囲で値上げを行い,利幅を拡大した可能性もあるが,原料であるベンゼン価格からの利幅をみる限り(図3),合併後の数年間は,利幅が拡大している様子はみられない。
 また,フェノールメーカーだけでなくユーザーも,価格交渉力の変化は感じなかったとしている。前記のとおり,輸入圧力が働いていることに加え,ユーザーは,実際に輸入を行っていない場合であっても,原料価格(ベンゼンやナフサ)や海外(アジアや米国)価格について情報を有しており,海外価格を価格交渉の材料に用いたり,安い輸入品をスポット的に調達する等して,価格交渉力を維持する工夫を行っていることにもよると考えられる。
 このように,フェノールについては,合併を契機として,
当事会社の価格支配力が高まったことを示す情報はなく,合併の結果,競争を実質的に制限することとはならなかったものと考えられる。
 なお,合併からかなり後の平成17 年になって,競争業者(新日鐵化学)の退出があったため,当事会社のシェアや市場集中度は上昇し,輸入はビスフェノールA(自家消費)向けのものを除けばあまり増えていない一方,フォーミュラー方式による価格決定方式が浸透する中で内外価格差や原料価格との差が拡大するといった現象もみられている。こうした価格の動きと市場構造の変化との関係は必ずしも明らかではないが,ユーザーからは,海外(アジア)からの競争圧力は高まっており,短期的に内外価格差が生じても長期的には問題はないという指摘があり,また,実際にも内外価格差は輸入の増加に伴って縮小する兆しがみられる。

 

2  問題解消措置の事後的検証(報告書第二部)

 本章では,まず第1において,平成8年度から平成17 年度までの10 年間の公表事例のうち,問題解消措置が採られた事例について,その内容を整理した。
 その結果,10 年間の公表事例について,問題点が指摘されたもの又は当事会社がその企業結合計画において,あらかじめ何らかの措置を申し出たものは約4割弱あるが,同時に
全体の約4分の1は問題解消措置の実施を前提として問題なしとされている。したがって,過去の審査結果に照らせば,何らかの問題解消措置によって,競争上の問題が解決されることが多かったことが示唆されると同時に,問題解消措置の着実な実施が競争的な市場環境の維持にとって重要であることが分かる。
 問題解消措置が採られた事例において,どのような問題解消措置が採られているかをみると,
水平型の問題が生じる場合には,事業譲渡等の措置が採られることが比較的多いのに対し,垂直・混合型の問題が生じる場合には,当事会社グループの行動に関する措置が採られることが比較的多いことがうかがわれる。ただし,当事会社グループの行動に関する措置は,他の措置に付随して採られる場合も多い。
 また,問題解消措置は,個別事案の具体的状況に応じて考慮されるべきものであり,特定のものに限定されるわけではないが,過去の事案における問題解消措置の例をみると,事業部門の一部や全部の譲渡・結合関係の解消,コストベースの引取権の設定,輸入・参入に必要な設備等の提供,特許権の実施許諾や技術支援,情報遮断措置,取引制限や差別的な取引の禁止等が挙げられる。
 次に,本章の第2において,特許権の実施許諾を問題解消措置とした,富士電機による三洋電機の自販機事業の統合を例にとり,詳細に分析を行った。調査の結果,飲料用自販機の販売分野においては,企業結合後,当事会社のシェアが低下しており,その背景として,ユーザーによる複数購買方針の維持や,入札・共同調達といった購買方法の工夫がある。結果として,飲料用自販機全体でみた販売価格は低下しており,企業結合によって,飲料用自販機の競争が実質的に制限されているとは考えにくい。したがって,企業結合が販売競争へ及ぼす影響に関する審査当時の見方は妥当であったと考えられる。
 他方,問題解消措置の実施状況についてみると,これまでのところ,競争業者は技術ライセンス供与の申込みを行っておらず,また,技術開発競争に関するユーザーの懸念は払拭されている。メーカーへのヒアリングや特許出願件数のデータを見ても,いずれのメーカーも技術開発に同様に取り組んでいる様子がうかがわれる。ただし,技術開発に当たって,当事会社の保有する特許を回避するのに苦労しているという意見があることや,大・中型カップ用自販機の特許という,新規参入に当たって当事会社による特許の実施許諾が不可欠となる可能性が高い分野が存在すること,特許の利用に関して,研究開発費をカバーするだけの対価を要求したり,クロスライセンスという形で明確に特許問題を解決するというように業界慣習としての技術開放に変化が見られることを考えると,問題解消措置によって企業結合後から将来にわたって当事会社の特許の開示を担保し,潜在的な参入圧力を確保することで,結果的にユーザーや消費者の利便性が維持される可能性がある。
 検証結果を基に,今後,問題解消措置が必要となる場合における留意点を検討すると,企業結合の結果生じる問題点を解消するために十分なものか否かや技術開放の条件(対価や期間等)についての
詳細な検討が必要であり,また,市場環境の変化等に応じてその条件を見直せるようにすることも重要であると考えられる。さらに,企業結合前にライセンス契約が締結されれば,問題解消措置の実施はより確実なものとなるが,企業結合後に問題解消措置が実施される場合には,問題解消措置の通知の確保や技術供与を申し込む可能性のある潜在的な候補者に関する事前の調査も重要であると考えられる。
 このように,企業結合審査時に問題解消措置の実施を前提として企業結合を容認した事例については,その措置の着実な実施が重要であり,事後的な検証によって,問題解消措置実施に当たっての留意点を抽出し検討することは,今後の企業結合審査に資すると考えられる。
 今後は,構造的な問題解消措置を含め,他の問題解消措置が採られた事例についても検証し,その有効性や実施・運用に当たっての留意点を調査することも,重要であると考えられる。