ビル・エモット&ピーター・タスカ  「日本の選択」

第一部 日本は正しい選択ができるか
T 復調の日本経済にひそむ問題と今後1年の展望
   企業は豊かだが、個人は貧しい
   賃金上昇、個人消費の増加は期待できるか
   貯蓄過剰はカネの無駄遣い

U このまま"反成長主義"を貫くのか
   バブルからの間違った教訓
   世界のトップか、日本のトップか
   財政赤字は問題ではない
   中国の後押しで"成長主義"へと転換できるか

V 世界の動向の中で揺れる日本
   再びのデフレの影と為替・商品・原油相場
   中国人民元とアメリカ経済の影響
   世界不況の震源地となりうる中国の行方
   
W これからの日本の重要課題
   人口問題・競争・技術革新
   インフレ・ターゲット策とアグレッシブな姿勢
   意欲と教育の問題
   資本へではなく人間への投資を

第二部 日本の未来を決める決断
X アジアと組むか、アメリカと組むか
   二兎を追えるか

   日本主導のアジア協力機構
   経済成長を続ける戦略的な意味
   経済力が変える世界のパワーバランス
   大転換するアメリカ

Y 実践的軍事カか、平和主義か
   アジアでもアメリカでもない第三の道
   憲法九条の縛り
   平和主義国家というブランド

Z グローバル化か、日本的孤立主義か
   物言う日本
   日本らしさを英語で表現する
   東京はアジアの金融センターになれ
   グローバル化と格差の関係

[ 日本はいま、窮三の過渡期
   脱・日本型経営システム
   日本は賢明な投資家ではない
   ”ヘッジファンド・ブリテン”の教え
   ”フィール・グッド・ファクター”

\ 「美しい国」か、「刺激的な国」か
   失われる美点と引きかえに
   世界が期待する“日本らしさ”
   美しくて刺激的な国へ 

 

日本はいま、第三の過渡期

脱・日本型経営システム

タスカ 
 では、このあたりで、守りの日本型経営か、アメリカ流のM&Aかという話に移りましょう。ここで問題になるのは、企業モデルと経営、金融・経済システムの運営についてです。これもまたひじょうに流動的であり、日本の価値観や利益をどう定義すべきかで意見の分かれるところだと思います。
 最近のヨーロッパの動向のなかで目につくのは、近代的な金融資本主義を特徴づけるものが、以前はそれに反対していた国々にも広がっていきつつあるということです。ドイツはかつて独自の経営システムとコーポレート・ガバナンスを確立し、投資ファンドを"イナゴの群れ"と呼んで厳しく批判していた国です。それがいまは、100パーセントではないにせよ、実質的には近代的な金融資本主義を受けいれるようになっています。フランスも例外ではありません。
世界最大の鉄鋼会社ミタル・スチールによるアルセロールの買収はその代表例で、フランスは抵抗を試みましたが、結局は受けいれざるをえませんでした。買収を拒んだときのマイナス要因があまりにも大きすぎたからです。
 ミタルというのは、もともとはインド系の企業ですが、ルクセンブルグに本社を置き、オランダで会社登記を行ない、オーナーは税制面で有利なロンドンに住んでいるという、どこが本拠か特定しにくい典型的なグローバル企業です。それはアメリカ的なシステムよりもっと大きなスケールを持っています。
発展途上国の企業や個人が、グローバル資本主義の特徴を道具やテクニックとして駆使しているのです。それぞれ独自の伝統的な経営スタイルを持っているヨーロッパの国々ですら、多少の反発や抵抗はあっても、このグローバル・システムを拒むことはできなくなっています。
 プライベート・エクイティ・ファンドは、イタリア、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、ドイツなどの国で、通信インフラ関連企業の株式を大量に購入しています。金融市場が持つ力は、もうすでに世界中で広く認知されているのです。
 プライベート・エクイティ・モデルと呼ばれるものは、21世紀になって注目を集めはじめたビジネスの手法のひとつです。ファンドが経営者とパートナーシップを組んで、企業を上場廃止にし、株式の上場とは逆のプロセスをたどることによって、経営と所有が完全に分離するという株式会社の問題を解決し、効率性を最大限に発揮する企業経営ができるようになるのです。日本の企業がこれをすんなりと受けいれるとは思いませんが、ひとり例外主義のなかに引きこもりつづけることはたぶんもうできないでしょう。

 日本の企業のシステムで特徴的なものといえば、終身雇用と、年功序列と、メイン・バンク制度ですが、実際のところ、これらは戦後という、日本の歴史上特殊な条件下にあった時代の産物にすぎません。当時の社会的価値観とは相性のいいものでしたが、その歴史はそんなに長いものではありません。

 企業のシステムは、その時代の経済的な要請にあわせて変化していきます。プライベート・エクイティ・モデルが日本に導入されることは充分にありえるし、それが成功したとしても、少しも驚くべきことではありません。

 高度成長期に、日本は経済を発展させ、産業のほとんどすべての分野で大きな実力をたくわえてきましたが、特に製造業の分野では、いまも多数の企業がひしめきあい、群雄割拠の状況を呈しています。鉄鋼会社も海運会社も食品会社も、上場企業だけで、2桁の数にのぼっています。商品は単一種で、たとえば食品会社では、ソースや麺だけといったケースも多い。しかも、多くの分野で寡占率は著しく低く、上位3社で6割とか7割とかのシェアを占めることはめったになく、たいていは2割から3割です。多くの企業が同じ条件下で競争しているため、どこも世界基準に達する収益をあげることができず、それゆえグローバルなトップ企業になることができないでいます。
 そういったことから考えると、多くの分野でもっと企業の整理統合があってしかるべきではないか。製薬業の分野でも、上場企業は15社も20社も必要ありません。2、3社で充分です。そうなれば、資金はこれまで以上に集中しやすくなります。が、そのためには、M&Aが容易に行なえる企業資産の市場が必要になり、さらには、整理統合を要求する金融市場からの圧力も必要になってきます。そういった推進力があれば、日本でも多くの分野で整理統合が進むはずです。そうなっていないということは、推進力が他国に比べてまだ弱いということにほかなりません。