国際シンポジウム 世界経済の新秩序と日本の復活

2006/11/13

主催 日本経済研究センター、日本経済新聞社
 13:30-13:35 主催者挨拶 
 13:45-14:30 基調講演 ビル・エモット 英エコノミスト誌前編集長
 14:30-14:40 休憩
 14:40-16:30 パネルディスカッション
  パネリスト 
   ビル・エモット 英エコノミスト誌前編集長
   ドミンゴ・シアゾン 駐日フィリピン大使
   香西泰 日本経済研究センター特別研究顧問
   小島明 日本経済研究センター会長(兼モデレーター)

 日本経済研究センターと日本経済新聞社は13日、都内で「世界経済の新秩序と日本の復活」と題する国際シンポジウムを開いた。参加者は「市場経済化や情報技術(IT)の浸透を背景とするグローバル化の恩恵が世界の広い範囲に行き渡り、各地で高い経済成長を演出している」との認識で一致した。(司会は小島明・日本経済研究センター会長)

基調講演
 日本の将来競争がカギ
   英エコノミスト誌前編集長 ビル・エモット氏

 グローバル化の進展を背景に世界の経済成長は力強さを増している。過去4年の成長率は年4−5%に達した。日米欧の三極に成長が限定されていた1980年代と異なり、新興国を中心に成長範囲が広がっている。
 中国とインドは新興市場の国内総生産(GDP)成長の4分の1を占めるにすぎない。80年代、90年代のグローバル化の過程では、いくつかの国や地域が危機に直面していたが、今回は多くの国が開放政策を取り、恩恵が広く行き渡っている。
 2001年から始まった一次産品価格の上昇でアフリカやペルシャ湾岸、南米が恩恵を受けた。それなのに世界的に物価上昇率は落ち着いている、各国での中央銀行による金融政策の独立や経済自由化などが影響しているとみられる。
 もっとも、一次産品価格の上昇が今後も続くかどうかはあやしいと思っている。価格高騰について中国やインドなどの需要拡大という説明はあるが、上昇の速度が速すぎた。石油価格の低下局面で石油輸出国機構(OPEC)の対応が一枚岩でないことが分かれば相場が急落する恐れがあり、資源国は大打撃を受けるだろう。
 この2年ほどで日本について楽観的な見方を強めている。この間、最も重視したのは労働市場だった。02年から04年にかけての対中輸出や投資の増大を背景とする景気の回復が、持続的成長につながったのは、正規雇用の伸びが低賃金の非正規雇用の伸びを上回り始めた05年5月か6月ごろだ。
 賃金上昇見通しに伴う家計の支出増大が、公共部門の支出減少を補うことになる。貯蓄率も可処分所得の3%にまで下がった。
 日本の成長は短期的に停滞することがあるかもしれないが、90年代のような危機には陥らないだろう。銀行は不良債権の処理を終え、経済はたとえ弱いにしても正常な状態といえる。
 日本が高齢化という異常事態に直面しているとの議論もあるが、人口減はそんなに深刻な問題だろうか。労働力不足は賃金の上昇や消費拡大につながる。
 日本の将来を左右するのは人口動態という宿命ではない。
保護主義を捨て競争を取り込むことができるかという選択の問題だ。競争がイノベーション(技術革新)や生産性の上昇をもたらす。
 日本の改革は緩やかながらも進み、競争力は増していくだろう。雇用問題が深刻ならばリストラや競争促進への反発は大きいかもしれないが、労働力不足の日本では状況が異なる。日本では仕事がないことが問題ではなく、良い仕事ややりがいのある仕事を得られるかどうかが問題となるからだ。
 政治的な議論となっている「格差問題」も人材不足に伴う賃金分配の変化で状況が変わるかもしれない。「敵対的買収」や「市場原理主義」を巡る(防衛的な)政策は、企業の新規参入や新しい技術導入を促す方向へと徐々に代わるだろう。

パネル討論
 シアゾン氏 環境への配慮不可欠
 エモット氏 企業、変化に柔軟対応
 香西氏   インド・中国 大きな恩恵

▼グローバル経済
司会 グローバル化と経済成長の関係をどうみているか。

香西氏 グローバル化を巡っては当初、情報格差の懸念や「米国の覇権につながる」といった主張が聞かれた。だが、そうした理解とは大きく異なる状況になっている。インドや中国はグローバル化の恩恵を最も享受し、歴史的に苦しんできた貧困から脱しようとしている。人類史上の大事件であり、グローバル化の停止はこれを妨害することになる。
 欧州連合(EU)で大国の成長率が低いのはグローバル化に対応した構造改革が進まなかったためだ。シュンペーターのいう「創造的破壊」の破壊の部分がうまくいかなかった。ただ、最近ではEU内での直接投資、M&A(企業の合併・買収)が非常に活発だ。同じ通貨を持つことを利用して実質的な経済統合を進め、(新規加盟国の)成長力を自国に引き寄せる戦略に大国は移行しつつある。

エモット氏 EUで最も柔軟性がないのはイタリアだろう。フランスでは企業、株主が変化している。欧州では5年前には考えられなかった鉄鋼業界の敵対的買収が現実に起きた。日本への教訓でもある。

シアゾン氏 中国やインドヘ行くと土地の荒廃や水の汚染に驚く。今後20−25年の経済成長を考えると環境への配慮は不可欠だ。日本は環境やエネルギーの効率利用などでアジア諸国と協力してほしい。

司会 東アジア地域の経済統合と米国の位置付けについてはどう考えるか。
シアゾン氏 北米自由貿易協定(NAFTA)に我々は入っていないのだから、米国を東アジアの構想に含める理由はない。東アジア共同体が発足したら、NAFTAか米国と交渉すればよい。米国が提案したアジア太平洋経済協力会議(APEC)域内の自由貿易協定(FTA)は歓迎するが、三階建ての家を建てるには、まず一階から始めることが必要だ。

エモット氏 東アジアに存在しない米国を東アジア共同体構想に含めても意味がない。貿易自由化で最善の対応策はグローバルな世界貿易機関(WTO)体制を推進すること。最悪なのは二国間のFTAだ。貿易ルールを複雑にし、全体の貿易量も減らしてしまう恐れがある。地域内の取り組みは次善の策だ。東アジアの場合、東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)にインドを加えてはどうだろうか。

▼日本の選択
司会 日本が今後とるべき選択の優先順位は。

シアゾン氏 財政赤字問題、税制改革、経済自由化にできるだけ早く対処すべきだ。問題には正面から率直に取り組み、意思決定を早くする必要がある。同時に、すべての人を助けるという強い責任感も東アジアで示してほしい。高齢化に直面する日本は外国人を活用しなければならないが、日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)では看護師や介護士の受け入れハードルが高い。
 日本は昔の
鎖国政策の発想から今も抜け切れていないようだ。日本企業は海外企業の経営権を自由に握りたいと願っているが、逆のことが日本で起きれば問題になるケースが少なくない。グローバル経済のもとでは誰が会社の所有者であるかはあまり関係ない。日本は海外で受けている恩恵を考えるべきだ。

エモット氏 競争促進と自由化が課題で、日本にはまだ実行できる余地が残っている。日本がグローバル化に取り組むならば柔軟性が必要だ。競争は脅威ではなくチャンスであり、雇用創出とイノベーション(技術革新)につながる。そうすることで日本はより豊かになるだろう。財政赤字問題はシアゾン氏が言うほど緊急性はないと思う。

香西氏 日本特有の課題は高齢化と人口減少だ。若者が子供を産まないのは不況だったせいもあるが、世代間の負担ばかりに委ねていると、若者の負担感が増える。社会保障費を増やすのではなく、同じ世代の中で所得を再分配する考慮が必要ではないか。

▼米中の行方

司会 中国をどうみる
香西氏 最大の悪夢は中国が「もう一つの北朝鮮」になることだ。ぜひとも貧困を克服してもらいたい。数字で見ると中国は異常な形だ。国内総生産(GDP)が過小評価され、成長率が過大評価されている。

エモット氏 香西氏の指摘の通りだ。政治面でも克服すべき課題がある。一党体制は変革を求める圧力に対処しにくい。複数政党制にするなど世論に応えられる体制にしなければ、対立が生まれ不安定になる。

シアゾン氏 私は心配はしていない。指導者を選べる制度がなければ平和自治ができないという傾向があるが、アジアでも色々なタイプの政府がある。少人数で決断を下さなければならないこともある。

司会 米中間選挙では民主党が上下両院を制した。

エモット氏 米国の通商政策への影響はすぐには出ないだろうが、民主党は少し保護主義に傾き、中国に人民元改革の圧力をかけると思う。住宅着工件数が減少しており、6カ月ないしはそれ以上の期間で景気後退がみられるだろう。問題は失業率がどんなぺースで上昇するかだ。それ次第で通商政策における政治色の度合いが変わる。

シアゾン氏 円切り上げを決めた1985年のプラザ合意前と状況が似ている。同様のことが起こるのではないか。通商政策ではエモット氏に賛成だ。米国の失業率は高くないので、政治課題としての緊急性は低い。当選した新人の民主党議員は保護主義的というよりも、中道寄りが多い。

香西氏 米国景気は短期的には調整か、少し減速するのは間違いない。
 為替レートでも色々な変化が出てくる。中国側は仮に完全雇用が実現すれば、インフレが起きるから喜んで(人民元を)切り上げるだろう。だが実際は過剰労働力が残っているため、切り上げを簡単には受け入れないだろう。