日本経済新聞 2003/10/21-23

検証りそな 再生への第一歩

過去との決別 圧力かわし損失処理 財務強化、攻防100日

 りそなグループが今年9月中間決算で不良資産など負の遺産を一掃する経営改革を発表し、再生への第一歩を踏み出した。2兆円の公的資金を丸々使う戦略に、会長の細谷英二ら新経営陣の決意がにじむ。だが、銀行過剰(オーバーバンキング)の中で収益のV字回復の決め手はなく、道筋はなお険しい。

「野村株売れ」社内にゲキ
 「まず野村株を売れ」。7月初め、細谷は社内にゲキを飛ばした。野村証券(現野村ホールディングス)はりそなの母体の一つである旧大和銀行から分離した兄弟会社。長年、株を持ち合ってきた関係を解消する決断はこれまでタブーだった。8月下旬、野村と全株売却で合意した。
 「あの野村株さえ手放すのなら、うちの株の放出も仕方がない」。りそなから保有株売却の打診を受けた取引企業。当初はそれを渋ったが、野村株売却を耳にして次々と受け入れた。りそなは今年度上半期だけで約300社の株売却に成功、保有株の約3分の1にあたる4千億円を圧縮した。
 最も難しいしがらみをまず断ち、それを突破口に過去と決別する。細谷の作戦勝ちだった。 緊密先と呼ばる関連不動産会社。過去の決算処理で利用してきた企業群で、いわば不良資産の“飛ばし先”だ。細谷はここもメスを入れた。
 1999年3月。旧大和銀は緊密先に大阪市の本店を甘い評価で売却。その後、評価額は急落し、この会社は巨額の含み損を抱えた。結果としてそこに融資する銀行自身も貸出債権の内容悪化という形で傷んだ。資産デフレが続く中で処理を先送りすれば経営の足を引っ張るのは明らか。細谷は緊密先を原則すべて整理することを決めた。
 「最初の100日で膿を出し切る」。細谷は6月末の就任当初から、そう心に決めていた。りそなが10日に発表した改革は、考えられる将来のリスクとコストを前倒しで処理し不確実な損失が出にくい財務基盤を整えた。細谷から報告を受けた金融相の竹中平蔵は「攻めの決算」と称賛した。

金融当局と一線を画す
 だが、ここに至る改革決定の過程では、金融当局との距離をどう保つかが、細谷の頭から離れなかった。
 「資産査定を改めてする必要はない、というのが金融庁の意向です」。6月下旬、りそなのある幹部は社内の金融庁との窓口担当者からこんな耳打ちをされた。
 不良債権に対する巨額の引き当て不足が露呈すれば、実は3月末時点で債務超過だったとの疑いが再燃しかねないためだ。
 金融庁の圧力か、金融庁の名を借りた社内の抵抗か。新経営陣には重苦しい雰囲気が漂った。
 「正直べースでやらせてもらう」ーー。7月、細谷はグループ傘下の銀行すべてを対象に再査定に着手。8月初旬には講演で「金融庁が介入すれば、それを開示し、市場の判断にゆだねる」と金融当局をけん制した。
 3月末に3.8%だったりそなの自己資本比率は公的資金注入で約12%まで高まった。当局内では「再査定後も10%程度を維持できる」との期待が多かったが、査定はそれを大きく超える形で進んだ。

「半年が勝負」全社員に訴え
 「厳格に。うそをつくな。先送りするな」。細谷が示した三原則。これに沿って再裁定した結果、不良債権残高は3月末より17%も増え、9月中間決算に計上すべき貸倒引当金が雪だるま式に膨らんだ。来年3月期には不良債権残高そのものを1兆4千億円超減らす。最大で5年分の予想収益を基にはじく税効果資本も1年分に圧縮した。「まさかここまでやるとは」。日銀患部は驚いた。
 一連の損失処理で9月末の自己資本比率は6%台まで急低下、国際業務を展開しない銀行の最低基準である4%が目前に迫る。再生に失敗すれば、再び資本不足に追い込まれかねない。 「りそな再生は時間の競争だ。これからの6カ月間が決定的に重要になる」。10月1日、細谷は全社員に社内メールを送り、こう訴えた。

 

幻の破たん処理構想
 近畿大阪銀の救済 信用不安の波及懸念

 「下期に成果を上げられない支店長には退場してもらう」
 今月18日、土曜日の午前8時半。りそなグループ傘下の近畿大阪銀行の部店長会議で、ホールディングス会長の細谷英二は幹部陣に一層の努力を迫った。
 話し終えると、急いで新大阪駅に向かった。午後1時半から東京で始まるりそな銀行の会議に間に合わせるためだ。時間がない中で、あえて立ち寄ったのは、「近畿大阪の再生なしにはグループの再生はない」と痛感していたからだ。

増資支援主張 当初は少数派
 近畿大阪は今年9月中間期で債務超過に陥り、ホールディングスが3千億円の増資に応じた。その経営問題は6月末に細谷が会長に就任した直後から、経営陣の重い課題になっていた。 「債務超過なら増資するとか、8月初旬までに明確にしなければ」。7月18日、大阪商工会議所の記者会見で、りそなの社外取締役を務める会議所副会頭の小池俊二は口を滑らせた。3日前の15日に開いた勉強会に経営の深刻さが報告されていた。
 りそな銀行社長(当時は頭取)の野村正朗らが「債務超過の事実はない」と火消しに回ったが、りそなは預金大量流出など万が一に備え、金融庁と対応策の協議を急いだ。
 しかし、増資支援がすんなり決まったわけではなかった。
 「2兆円の公的資金注入はりそな銀行再生のためで、近畿大阪を救済するためではない」
 「清算すると1千億円の損失負担で済むが、存続ならば3千億円もかかる」
 7月の社外取締役を交えた幹部会合。そこでは、近畿大阪を破たん処理すべきだとの意見が相次いだ。増資支援を主張したのは小池を含め少数派だった。

破たんすればペイオフ1号

 だが破たんした場合、1千万円を超えた定期預金などが削減対象となるペイオフ発動の第1号になる。近畿大阪の個人口座は280万件、年金受取口座は20万件。定期預金者に負担を求めたら、利用者全体に動揺が波及しかねない。破たん処理の影響へと議論が進むと、強硬論者も結論をちゅうちょし始める。
 「グループ全体の信用不安にもつながるのではないか」との意見も出てきた。5月の公的資金注入決定後も、実は、グループの預金は流出し続けていた。りそな銀の6月末の預金残高は3月末比で2兆円も減った。
 「公的資金を新たに投入できないか」。りそなは金融庁に近畿大阪そのものへの資本注入を打診した。だが、回答は「現行の法律ではできない」。預金などの地域シェアが10%に満たない近畿大阪クラスでは、預金保険法が公的支援の発動要件と定める「地域の信用秩序の維持」に該当しないとの判断だった。
 8月下旬。細谷らは増資支援の方向に傾いた。ただ、一つだけ釈然としない思いを捨てきれずにいた。「金融庁は我々の公的資金注入時に、なぜ近畿大阪問題を考えなかったのか」

公的資金巡リ当局と綱引き
 近畿大阪は経営が悪化した近畿銀行と大阪銀行の合併で発足、破たんしたなみはや銀行の営業を引き受けた関西の金融秩序維持の受け皿役を担った。悪い銀行を次々と吸収した結果、債務超過に陥ったならば、責任の一端は金融庁側にもあるーー。
 金融庁幹部は「近畿大阪には3月に検査に入ったが、今回の事態は想像していなかった」と話す。だが、りそな経営陣は金融庁への不信感を払しょくできなかった。
 りそなと金融庁との堂々巡りの議論が続き、細谷は「現実的な選択肢はこれしかない」と増資支援の方針を決める。
 最後に残った課題は、単純な増資だと2兆円の公的資金を横流しで使ったと批判されかねない点だ。りそな銀が取引企業と持ち合う株を売って利益をねん出し、その分をホールディングスに融資し、増資に回す。金融庁と相談して急きょ考えた仕組みは、苦し紛れといわれかねないものだった。

 

 

銀行過剰との闘い 特色出せず競争後手に 収益拡大へ道険しく

 「先を越された」。9月中旬、りそなホールディングス会長の細谷英二はほぞをかんだ。

UFJが先行 かすんだ戦略
 大企業よりも個人や中小企業といったリテール(小口金融)に特化して再生を目指すりそな。夏以降、平日の営業時間延長や休日の営業開始など大手銀行では珍しい試みを様々な角度から練っていた。だが、UFJ銀行が突然リテール強化策を発表し、後手に回ってしまった。
 UFJの改革は現金自動預け払い機(ATM)の24時間稼働が柱。サービス時間延長という狙いは同じだった。しかも、UFJはテレビなどに巨額の広告宣伝費を投入する。9月25日に発表した改革はUFJの前にかすんだ。
 大手、地方金融機関入り乱れて顧客を奪い合う銀行業。再編でプレーヤーはここ数年減ってはいるが、構造的な銀行過剰(オーバーバンキング)は続いている。直接金融にシフトする大企業との取引は収益源にならないため、どの銀行もこぞってリテール強化を狙う。りそな幹部は「存在感発揮は難しい」と悩む。

改草で副作用 取引先離れる
 新たな問題も浮上してきた。
 「やはり新規融資をお願いできないか」
 みずほ銀行の埼玉県にある支店。今月上旬、地元の有力企業が取引を申し込んできた。これまで支店長が何度も足を運んだが、「りそなにお世話になっている」と断られてきた企業だ。担当者は驚いた。
 りそな傘下の埼玉りそな銀行の県内の預金・貸金シェアは4割。県の88自治体の指定金融機関を担い、他の銀行を寄せ付けない。それでも見切りをつける企業が出てきた。
 りそなが10日発表した財務改革が皮肉にも響いている。思い切った不良債権処理を進めるが、企業には、「長年親密にしていた我々も選別されるかもしれない」と映る。りそな銀行の営業基盤である大阪でも「りそなの主力先だった企業からの融資要請が増えている」(大阪信用金庫の溝口肇理事長)。
 ライバルはこうした企業の動揺に目を付ける。池田銀行(本店大阪府)や南都銀行(奈良県)は大阪府内で新規顧客を開拓する専門部署を設置。埼玉県では武蔵野銀行(埼玉県)や群馬銀行が営業を強化し始めた。

「背水の陣で」 斬新な人事に
 もともと「金融システム安定にはオーバーバンキング解消が不可欠」が細谷の持論。しかし、りそなが生き延び、競争が激化。その結果、りそな自体の収益拡大が苦しくなる皮肉な現実に直面する。過去の注入を含め計3兆円の公的資金に対し、本業のもうけを示す業務純益はわずか3千億円。細谷は「公的資金の返済計画が描けない」と危機感を抱く。
 競争に勝つには、他の業種に比べて20年は遅れ、斬新な発想を阻害している人事を改革するしかないーー。
 10月1日、グループ会社りそなキャピタルの社長に43歳を抜てき。前任よりも14歳若くした。役員にも社内公募で35歳の中堅社員を選んだ。保守的な風土脱却へ若手社員だけが参加し経営改革を握言する専門チームを発足。来年1月には「実力主義・若手登用」を軸に新たな制度を労働組合に提案する。
 「黒字になったら最大の危機」。今月18日、りそな銀行の支店長会議で細谷は言い放った。財務改革で今年度下半期は黒字となる。しかし、黒字とはいっても他行に比べると収益力はまだまだ低い。社員の気が緩めば再生はおぼつかない。
 「背水の陣で臨む」。細谷は会議をこんな言葉で締めくくった。再生への道はまだ始まったばかりだ。