週刊ポスト 2003/6/6

 

<TWP特別インサイドリポート・「日本の内幕」PART1>

金融連鎖危機 銀行・生保を揺るがす「第2のりそな」
  りそな破綻の報じられない裏舞台

(1)首相に渡された記者会見禁句集

 小泉純一郎首相がりそな銀行の危機を知らされたのは公的資金投入が決まる2日前、5月14日の午前中である。竹中平蔵・金融担当大臣から首相官邸に急いた調子の電話が入った。
「りそなの件で総理に申し上げておきたいことがあります。これからうかがいたい」
 電話を受けたのは財務省出身の丹呉泰健秘書官。金融問題担当の丹呉氏はそれだけで≪りそな破綻≫を察知し、竹中氏に、マスコミには保険業法の改正について官邸で話し合うと説明しておくように忠告した。情報が外部に漏れると株式市場が大混乱に陥る恐れがあったからだ。
 官邸執務室。竹中氏と高木祥吉・金融庁長官、伊藤達也・金融担当副大臣が小泉首相に向き合った。
 竹中氏はこう切り出した。
「総理、場合によってはりそなに公的資金を再注入しなければならない可能性があります。その際は金融危機対応会議を開くことになります。そのつもりでいて下さい」
 史上初の『金融危機対応会議』の要請は、言い換えれば金融非常事態宣言の発令を意味するものだった。
 りそな破綻は、おさまりかけていた金融危機が再び火を噴くことだけに、閣内的には竹中氏は、小泉首相から金融行政の失敗を厳しく叱責される立場にある。息を詰めて小泉首相の反応を待ったが、果たせるかな、そのリアクションは意表を衝くものだった。
「それは構造改革につながるものなのかね」
 そうではないだろう。日本の金融システムが吹き飛ぶ話なのだ。
 竹中氏は小泉首相がコトの重大性をわかっていないのをいいことに、首相発言を引き取る形でこう答えた。
「もちろんです。公的資金を投入すれば、りそなは再生し、金融システムが健全化するのは間違いありません」
 あたかも“バカ殿”と御用学者のやりとりそのものではないか。
 その後も小泉首相は竹中氏と金融庁の振り付け通りに動く。5月17日、沖縄からトンボ返りした小泉首相は官邸に『金融危機対応会議』を招集し、りそな銀行への税金投入↓事実上の国有化を決めた。会議は午後6時半から30分間行なわれ、そこでは小泉首相の沖縄滞在中に竹中大臣と金融庁の役人が練りあげた説明文書が首相に提出された。
 本誌が入手した文書はA4判わずか1枚。冒頭に『ポイント』と表題らしきものがあり、短くこう記されている。

<1 破綻ではなく再生
  2 危機でなく危機の防止
  3 国有化ではなく公的支援
  4 10%を上回る十分な自己資本を確保
  5 現状で金融システム全体に影響なし>――。

 これなら小泉首相にもわかる。“絶対に破綻を認めてはならない”“危機といってはならない”“国有化という言葉も使うな”――という記者会見での≪禁句集≫だった。その段階に至っても、小泉首相には危機の実態は知らされていなかったことを物語る。
 その夜の記者会見。小泉首相はさすがに表情をこわばらせていたが、
「金融危機ではない。危機を起こさせないための未然防止の措置であり、りそなは破綻したわけではない」
 ――と、学者と役人の作文通りに繰り返した。

(2)金融庁裏工作を暴いた告発メール

 りそな銀行の危機は、一人の公認会計士の自殺から始まった。
 旧大和銀行と旧あさひ銀行の合併で誕生したりそなは、今年3月に新銀行となって初めての決算を迎えた。決算作業が本格化していた去る4月24日、東京・池袋のマンションから38歳の男性・A氏が身を投げた。
 新聞報道はされなかったものの、A氏は旧あさひ銀行を担当していた『朝日監査法人』の公認会計士で、金融庁への出向経験もあり、監査法人の役員である『パートナー』への就任が内定していたエリートだった。
 その死をきっかけに、りそな銀行は一気に坂道を転げ落ち、破綻へと向かうのである。
 A氏に何が起きたのか。
 「Aさんは公認会計士としての良心と、金融庁の圧力との板挟みにあって悩んでいた」
 そう語るのは朝日監査法人関係者である。
 金融庁はA氏の自殺を知って慌ただしく動いた。今年1月からりそなをはじめ、東京三菱、三井住友、UFJ、みずほなど大手銀行11行に特別検査を実施していたが、A氏が身投げしたまさにその日、すべての銀行から検査官の引き揚げを指示し、特別検査を打ち切ったのである。
 破綻の第2幕である。
 新日本監査法人の内部も、りそな銀行の決算を認めるかどうかで紛糾した。
 金融庁は執拗に決算承認を求めたが、新日本監査法人は5月15日、「決算は承認できない」と、りそな側に通告した。
 万事休すか。いや、まだ終わりではない。金融庁はなおもあきらめずに、監査法人への最後の説得を続けた。
 破綻の決定打となったのは一通の≪告発メール≫だ。
 民主党の大塚耕平・参院議員が開設した『粉飾・告発ホットライン』に、驚くべき内容のメールが届いた。そこには、金融庁の誰が、朝日監査法人と新日本監査法人にどんな圧力をかけたか、具体的やりとりから、A氏自殺の真相までこと細かに記されていた。当事者しか知りえない内容であり、悲痛な訴えだった。
 大塚氏は5月16日の朝、金融庁に質した。
「りそなの監査をめぐって、金融庁が監査法人の会計士と会ったことはないか。責任者に説明していただきたい」
 その一言で、金融庁はひっくり返った。裏工作のすべてが知られていることを察知したからである。
 国会でりそな問題が追及されるという情報は、新日本監査法人にもただちに伝わっていた。金融庁幹部は明かす。
「新日本側は、“りそなの決算を承認して、国会で追及されたら、正直に説明しなければならない。無理な承認はできません”と態度を硬化させた。もはや打つ手がなかった」
 りそな銀行への税金投入はかくして決まった。


(3)“りそな方式”でも大手行は総崩れ状態

 朝日監査法人の公認会計士の身に起きた悲劇の意味は、りそな銀行という4大メガバンクから取り残された、いわば“負け組”の銀行を破綻へと追い込んだだけにはとどまらない。日本の金融システムの裏側にある重大な秘密をあぶり出したからだ。
 この数年来、大手銀行は毎年巨額の不良債権処理を迫られ、赤字決算を余儀なくされてきた。小泉内閣の2年間だけでも、株価は半値に下がり、メガバンクを含めて銀行の経営体力は底をついた。にもかかわらず、5年前に日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)が破綻して以降、大手銀行が潰れたケースはない。
≪なぜこの経済状況下で大銀行が潰れないか≫――は、国際社会でも、不思議の国ニッポンの謎とされてきた。
 りそな銀行の破綻は、そこに金融庁と大手銀行、監査法人が一体となった≪国家的粉飾決算≫の仕組みがあることを浮きあがらせた。
 銀行や企業の決算は公認会計士(監査法人)のチェックが義務づけられている。金融庁がいくら検査を甘くしようと、公認会計士がノーといえば誤魔化せない。逆に、大手銀行とそれをチェックする監査法人、監督官庁が手を結べば、決算数字はサジ加減次第でどうにでもなる。そうした経理操作で大手銀行の危機を隠し通すことができた。
 小泉首相のいう「構造改革」も、竹中大臣の「金融再生」もその土台の上に成り立っていた。
 しかし、監査法人が金融庁主導の経理操作を拒否したことは、そうした手法が通用しなくなったことを物語っている。小泉首相や竹中大臣がいかに「危機ではない」と強弁しようと、りそな破綻は日本の金融システムに決定的な打撃を与え、危機の防波堤を決壊させた。
 金融庁は2通りのやり方で銀行の財務内容を“水増し”させている。一つは国が銀行の優先株などを買い取って資本金を増やす税金投入(資本注入)であり、もう一つが『税効果会計』というものだ。
 日本の会計基準では、この税効果会計で戻ってくると見込まれる税金を資産に計上できるのは原則、翌年に払う税金=1年分とされているが、公認会計士が認めた場合、5年分までの税金が戻ることにできる。
 りそなも、当然5年分を算入するつもりだった。突然の破綻の理由は、新日本監査法人がそれを3年分しか認めず、自己資本比率が急激に落ち込んでしまったからに他ならない。
 だが、実はほとんどの大手銀行は、りそな同様、税効果会計を上限いっぱいの5年分算入している。
 そこで、それを3年分、あるいは会計基準通りの1年分しか計上しない≪裸の自己資本≫を調べたのが別表の数字なのである。
 その結果、4大メガバンクのうち、みずほ、三井住友、UFJは海外業務を行なう銀行の最低基準とされる自己資本比率8%を割り込み、金融庁から業務改善命令などが出される≪黄信号≫が点灯することがわかった。
 さらに、国内業務を行なう銀行の自己資本比率は4%以上を維持しなければならないが、中央三井信託を傘下に置く三井トラスト・ホールディングスの場合、りそな銀行以上に税効果会計に依存している割合が高い。つまり“水増し率”が大きいのである。
 各行の監査法人が、新日本監査法人がりそなにやったように、「税効果会計は3年分しか認めない」と決算承認を拒否したら、メガバンクは次々に海外業務の撤退を迫られ、危機が広がることは目に見えている。

(4)自民党の債務も不良債権化

 竹中大臣と金融庁は、りそな銀行の国有化にあたって、投入する税金まで水増ししようとしている。
 りそなは国内業務だけを行なう銀行であり、本来であれば自己資本比率4%を維持すればいい。1兆円ほどの税金を投入すれば十分のはずだ。
 ところが、2兆円を投じ、自己資本を東京三菱などメガバンク並みの10%にする方針が金融危機対応会議で決められた。冒頭で紹介した小泉首相への説明文書にも、
<10%を上回る十分な自己資本を確保>――と書かれている。なぜ、過剰な税金を投入しなければならないのか。
 りそな危機が生保危機へと飛び火することを恐れているからに他ならない。
 生保業界は株価の急落によって経営悪化を招いており、その危機は銀行以上に深刻とみられている。
 とりわけ経営不振の朝日生命は、りそなホールディングスの株を約40億円分保有しており、減資が行なわれれば経営を直撃されかねない。
 りそなには朝日生命と第一生命が出資しており、りそなの危機でより体力の弱い朝日生命が打撃を受けると、その朝日生命に1340億円もの資金を出しているみずほへと連鎖しかねない。みずほからは、日本生命や安田生命がつながっている。
 日本の金融システムは、1社が完全に破綻してしまうと、ドミノ破綻しかねない脆弱な構造になっている。
 りそな銀行の救済資金2兆円は、めぐりめぐってそれらの銀行、生保の救済にあてられるに等しい。
 もう一つ、見落とせない問題が残っている。
 りそな銀行が自民党と深く結びついていることだ。
 自民党は93年の総選挙の際に都銀8行から総額100億円を借り入れた。そのうち旧大和銀行の融資額は16億9000万円。当初は銀行界などの献金をもとに10年で返済する計画だった。しかし、経団連の献金停止や大手銀行も公的資金の投入を受けて以来、献金を止めていることから、返済は遅れ、自民党本部の政治資金収支報告書によると、01年時点で総額54億6250万円、旧大和だけで6億円の借入金が残っている。
 これでは不良債権ではないのか。
 小泉首相はりそなへの税金投入を決めた首相談話で、
<預金者、取引先企業の皆さまは、ご安心いただきたいと考えております>――と、預金者と借り手の保護を約束した。その≪取引先企業≫には、自民党も含まれている。
 巷間、旧大和銀行は“自民党のメーンバンク”とさえいわれてきた。前述のような≪政治的不良債権≫に蓋をしたままの税金投入では、金融再生への国民の信頼は得られない。