日本経済新聞 2007/7/10

シンポジウム 日中関係「新時代」は本物か

 日本経済研究センターと日本経済新聞社は6月12日、都内で「日中関係『新時代』は本物か」と題するシンポジウムを開催した。基調講演に立った中国・清華大学国情研究センターの胡鞍鋼主任は「日中の経済・貿易の一体化は予想を上回る速さで進んでいる」と指摘。「東アジア経済の一体化を共同で積極推進すべきだ」と提言した。日本側参加者からは日中両国で台頭が顕著なナショナリズムヘの警戒感や、中国を生産拠点と位置づけ販売戦略が後手に回った日本企業に意識転換を迫る発言などが相次いだ。(司会は日本経済研究センターの小島明会長)

基調講演 中国清華大学国情研究セシタ主任 胡鞍鋼氏

共通利益を基に 戦略的枠組みを

 国際社会は大きな転換期にある。経済のグローバル化と地域の一体化が同時に加速している。国家間の協力と競争もそれぞれ激化している。
 中国は2010年までに、年間平均7%の成長を実現する計画だ。実際は9%を実現できそうで、黄金発展期に入ったといえる。貿易では07年の輸出入額は2兆ドルを超え、10年におそらく3兆ドルを上回るだろう。自国の急速な発展を促すだけでなく、周辺国にも影響を及ぼしている。
 4月に温家宝首相が訪日し、日中関係も転換期に入った。共通の利益に基づく、二国聞の戦略的枠組みを構築する時期だ。「天の時は地の利にしかず、地,の利は人の和にしかず」という言葉がある。経済のグローバル化よりアジア地域の一体化、アジア地域の一体化より調和の取れた二国間関係が重要になる。
 日本にとって中国は最大の貿易パートナーに成長しており、中国の経済発展による世界で最大の受益者といえる。中国にとっても日本は三番目の貿易相手国だ。両国は経済補完性があり、協カすればともに繁栄できる。
 今後10年間は、両国の戦略的枠組みをつくる重要な時期となる。理想的なのは、信頼関係を基礎として全面的な協力の枠組みを構築することだ。しかし両国でまず実行可能なのは、共通の利益に基づく枠組みを構築した後、段階的に信頼関係を確立することだろう。
 相手側を脅威でなく、協力のパートナーとみなすことが必要だ。政治的な問題を適切に処理して理解を深め、共通利益の強化・拡大を原則にする。首脳レベルの相互訪問をはじめ、交流メカニズムの制度なども打ち立てていく。
 経済での戦略的対話を構築するためには、両国の経済戦略などを交わらせ、協力事項を調整する。重要地域や国際問題に関,する交流も強化する。国のトッ.プから権限を与えられた代表らが一歩踏み込んで意見交換し、絶えず各分野の信頼・協力を強める。
 主要議題になるのは、二国間や域内の金融分野などの経済的安定と、貿易紛争の処理を合む地域経済協力についてだ。ハイテクや情報通信、知的財産権保護などの分野における協力も対象になる。エネルギーや環境、疾病予防、反テロリズムといった課題も検討されるだろう。
 日中は東アジアで最大の経済力を持つほか、最大の科学技術の中心地であり、地域により多くの公共利益をもたらすことを求められている。自国通貨の安定を保つことにより、地域通貨を生み出す条件を達成できる。東アジア経済共同体の構築にも寄与するだろう。そのためにコストやリスクをいかに下げていくかが重要だ。ビザの相互免除なども必要になる。
 現在の変化は、欧州で起きたルネサンスより規模が大きい。かつての印刷技術のように、携帯電話端末やインターネットなどによって知識の広がり方も変わる。今後20年間、東アジアは変化の中に置かれる。変化の過程で、相乗効果の枠組みが形成されるだろう。

こ・あんこう
 88年中国科学院で工学博士号を取得。マサチューセッツ工科大学客員研究員、慶応大学客員教授などを経て00年に清華大学国惰研究センターを設立、現職。数多くの政策決定の研究と提言にかかわっている。


「信頼し合う日中」構築を

 毛里氏 依存度、非対称的に
 津上氏 中国が世界へ投資
 津上氏 国家主義の克服必要
 胡氏 簡単な課題から解決

討論1 進むグローバル化 

毛里氏 日中関係は、グローバル化が進む中でナショナリズムが顕著になってきた。世論調査では日本人の対中イメージは悪化し、中国でも日本人に親近感を持たない人が半数以上を占める。首脳の往来で両国の氷が割れ春が来るかというと、まだ現実は厳しい。
 日中間のイシューは価値、パワー、利益の三層構造になっている。日本の国連安保理常任理事国入りに対する中国の反対など、地域のリーダーシップを巡るパワーの問題が核心だ。日本は貿易などで中国への依存度を強めているが、中国は米欧、アジアとの全方位を向いており、日中で依存度の非対称性が顕著になっている。両国は1972年の共同声明を踏まえ、新段階
の関係を律する原則についての合意を形成し、新しい枠組みをつくることが必要だ。そのためには今年の国交正常化35周年というのがチャンスだろう。

津上氏 日本にとって最近の中国経済が持つ重要な意味は、同国が工場進出先からマーケットに変わった点だ。中国での企業の盛衰が世界での勝負を左右する。にもかかわらず日本企業は対中の長期戦略を持たず、目標の市場シェアを決めている例も少ない。
 今後はチャイナマネーの時代が来る。貯蓄率は高く、17兆元(約270兆円)と日本の730兆円に近づいた。2006年には700億ドルが流入し、貿易黒字も1800億ドルに達した。当局は毎日ドル買いに追われ、過剰流動性を招いている。
 日本人や企業はこれまで中国を投資先と考えていたが、今や中国が世界に投資するレベルになってきた。今後は中国からどれだけ投資や観光客を呼び込めるかが、経済の底上げに影響を与えるという認識を持たなければならない。

毛里和子氏 早稲田大学政治経済学術院教授
もうり・かずこ
 東京都立大学大学院人文科学研究科修了。在上海日本総領事館勤務、静岡県立大学国際関係学部教授、横浜市立大学国際文化研究科教授を経て、99年から早稲田大学政治経済学部・政治学研究科教授。
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津上俊哉氏 東亜キャピタル代表取締役社長
つがみ・としや
 80年東京大学法学部卒、通商産業省(現経済産業省)入省。外務省(在中国日本大使館)出向、通商政策局北西アジア課長、経済産業研究所上席研究員などを経て04年6月、東亜キャピタル代表取締役に就任。

討論2 信頼関係の醸成

司会 近代で日中両国が同時に発展したことはなかった。覇権争いなどをうまく調整できれば、日中は発展と平和の新たなモデルを世界に提示できるだろう。持続的発展につなげるには、共通の成長制約要因に共同で対処し、そのプロセスの中で信頼関係を醸成することが必要だ。その場合、様々な課題を機能的に共同処理するにはどうしたらいいか。

胡氏 簡単な課題や、双方に利益のある課題から解決していくのはひとつの案だ。協力の具体例として、知的財産権の保護強化に共同で取り組むことなどは可能だろう。

毛里氏 確かに環境やエネルギーなど共通の制約要因は多い。問題は中国や日本は欧州などと違って「パブリック」の概念が薄いことだ。「己」か「国家」しかない。「公共財」の概念をつくり上げないと地域問題には対処できないだろうが、それはすぐにはできない。やはり簡単なことから一緒にやって、信頼感を醸成するのがいいだろう。「中国が従来の成長モデルを修正した」との指摘があったが、まだ成長至上主義は続いている。これは病気のようなものだ。中国が抱える難問は非常に大きい。

津上氏 「両国の障害は棚上げして共通課題に取り組む」というのはなかなか実行が難しいだろう。個人的にはやや悲観的だ。ナショナリズムの克服が課題となる。東アジアでは中国台頭論が浮上しているが、心の中でどう整理するか非常に難しい。19世紀なら戦争になっているような微妙な時期に来ており、腰を据えて取り組む必要がある。感情を殺して理性的に判断することが重要だ。

討論3 アジアの域内協力

毛里氏 公共財の観念必要
胡氏   環境で日本に学ぷ

司会 アジアはこれまで地域協定の真空地帯だった。しかし1997年の金融危機で欧米が支援しなかったことをきっかけに、域内協力は急速に多層的になっている。地域主義も台頭しており、これはナショナリズムの極端な露出を抑えるメカニズムと考えられる。アジアは協力の過程でいろいろ学習しているといえるのだろう。

毛里氏 一概にそうともいえない。中国は中央アジアを巻き込んで「上海協力機構」をつくった。中国はこの機構を熱心に育てようとしているが、自国の影響圏を拡張しようという古い発想から抜け切れていない。中国にとっては援助の概念も違う。自国の利益のために行う、経済手段による国益の拡張だ。「地域の公共財として援助する」という観念をつくる必要があるだろう。中国が地域の安定と持続的成長に協力できればいい方向に向かうだろう。

胡氏 中国は周辺国が納得できるような経済発展モデルを提示する必要がある。最近の国土開発計画では、森林の確保など環境対策を念頭に置くようになった。他国の近代化の歴史に学んでいろいろと吸収していくべきだ。例えば代替エネルギーや循環経済で日本は成果を上げており、こうした分野で協力できればいい。

津上氏 問題は国民レベルの心理の調整だ。欧州連合(EU)は二度の世界大戦や独仏の度重なる戦争を経験し、「もうこりごりだ」という痛切な思いが共同体の構築を支えた。こうした痛い目に遭わずに理性に基づいた国民的合意を形成できればいいが、実際は難しい。

毛里氏 十数億人の世論はあいまいで、全員の意識を変えるのは不可能だ。だから、まずは政治家や官僚といった指導者層が変わればいい。そういった観点で「東アジア大学院大学」の創設を提唱している。東アジアで学んだ人の地域観念をつくっていく。そうした地道な努力を続ければ「東アジアの政治家」「東アジアの文化人」が生まれてくる。

司会 日中関係は「新時代に入った」というより、「周辺環境が新時代に入り、日中に新たな発想を迫っている」というぺきなのだろう。