日本経済新聞 2007/7/5

中国経済シンポジウム

 日本経済新聞社は6月14日、北京五輪、上海万博の二大プロジェクトと中国経済の行方をテーマに「中国経済シンポジウム」を開いた。経済発展における万博開催の意義などについて作家の堺屋太一氏らが講演。専門家が今後の持続的発展に向けた中国経済の課題について議論した。

基調講演

堺屋太一氏 (作家、元経済企画庁長官)

万博後に大きな変化

 かつて中国経済は「労働需給が均衡する中で7.5%成長を継続する」といわれた。実際にはここ数年の成長率が10%を超えた一方、労働市場ではヒト余りが続く。工場も沿海部に集中したままで、期待された内陸部への進出は見られない。
 見通しが外れたのは、1990年代と現在で企業の分業形態が全く異なるからだ。かつての「水平分業」の時代には「労働力の安い国に労働集約型産業が集中し、日米欧には資本集約型が集中する」とされた。しかし実際は「工程分業」となっている。
 企業活動はビジネスモデル作成、技術開発、デザイン、部品生産など8つの工程に分けられる。この工程をそれぞれ最適国で展開するようになった。中国や東欧などに流れたのは部品生産と製品組み立ての2工程ぐらい。一方で電力や水の使用は急増しており、これが公害などの社会課題を引き起こしている。
 好調を続ける中国経済はバブルの懸念も生じており、近い将来に一時的に不景気に陥るだろう。しかしその後は大きく成長する。そのきっかけが北京五輪であり、上海万博だ。特に万博は規模が大きい。予想来訪客数は大阪万博の6400万人を超え、7千万人程度とされるが、実際には1億人に増えると思う。
 日本は万博を機に大きく変化した。例えばカジュアルウエアが普及するきっかけとなった。ファストフード店やファミリーレストランという形態が日本に持ち込まれたのもこのとき。たった一回の行事で大量生産・大量消費型の日本は大きく変わった。中国も万博後に確実に変化する。急速なサービス産業化が進むだろう。設備投資と輸出主導の中国経済で消費文化が発達する。
 世界的に活躍する中国の建築家やファッションデザイナーは数多いが、日本人は彼らを全く知らない。上海万博への出展は、現代の中国文化や美意識を知るきっかけになる。そこで日本の情報発信も兼ねて、上海万博での「日本産業館」出展を提案したい。
 一つのパビリオンを出すには30億−40億円はかかるので単独では難しい。16−20社の日本企業をまとめて「日本産業館」とすれば1社3億円ぐらいで済む。参加企業は存在感向上と情報収集が期待できる。
 日本の産業界はこれまでの「ものづくり」から.「知恵づくり」に変化させる必要がある。日本古来の独特な知恵も多く存在するので、万博の場で世界中に見てもらえばいい。そうすれば低下を続ける日本企業の存在感を向上させることも可能だろう。

さかいや・たいち
 1960年通商産業省入省。大阪万博の企画、運営に携わる。作家とじても「油断!」「団塊の世代」などのベストセラーを執筆した。98年から2000年まで経済企画斤長官。


樊勇明氏 (上海復旦大学 日本研究センター主任・教授)

成長、消費型へ

 上海万博は2010年5月1日から184日間、広さ5.28平方キロメートルの敷地で開催する。建設費は180億元(約2900億円)で、すでに工事も始まった。200カ国以上から7千万人が入場すると見込んでいる。ピーク時は1日60万ー80万人となる計算だ。
 開催に先立ち交通網の整備を3段階で進めている。第一は上海市内、第二は場子江デルタ圏、第三は北京などを結ぶ広域交通だ。市内では地下鉄5本を運行中で、ほかに6本を建設中。上海と杭州を結ぶリニアモーターカーの建設計画があり、完成すればデルタは日帰り圏となる。上海ー北京の高速鉄遺も建設が決まった。
 上海は当面9%以上の成長を続ける。万博開催による投資も寄与するので、1人当たり国内総生産(GDP)は現在の5千ドル未満から2010年に1万2千ドルに拡大すると期待したい。同時に万博で経済成長のパターンも変化するだろう。投資型から消費型へ、外需から内需主導へと変わっていく。サービスの新産業も台頭するだろう。

はん・ゆうめい
 1976年上海国際問題研究所入り。日本研究に携わった後、三井海上保険基礎研究所研究員などを経て98年6月から現職。

成長持続へ効率化急務
 関氏   株、バブル崩壊懸念も
 丸屋氏  M&A 急ぎすぎの感
 莫氏   サービス業、雇用生む
 入山氏  鉄鋼の需要、なお増加

関 志雄 かん・しゆう
野村資本市場研究所 シニアフェロー
 1979年に香港中文大学経済学部を卒業。86年に束大大学院博士課程(経済学)修了。香港上海銀行でエコノミストに。その後、野村総合研究所、経済産業研究所を経て2004年から現職。

関 志雄 かん・しゆう
野村資本市場研究所 シニアフェロー
 1979年に香港中文大学経済学部を卒業。86年に束大大学院博士課程(経済学)修了。香港上海銀行でエコノミストに。その後、野村総合研究所、経済産業研究所を経て2004年から現職。

入山幸 いりやま・ゆき
新日鉄常務執行役員
 1970年新日本製鉄入社。02年6月に取締役、06年4月に常務。中国の宝鋼集団、欧州のアルセロールとの合弁で立ち上げた上海の自動車用鋼板プロジェクトに当初段階から携わってきた。

莫邦富 モウ・バンフ
作家 ジャーナリスト
 1953年上海生まれ。上海外国語大学を卒業後、同大講師を経て85年に来日。「新華僑」や「蛇頭(スネークヘッド)」などの新語を日本に定着させた。

丸屋豊二郎 まるや・とよじろう
日本貿易振興機構 アジア経済研究所研究企画部長
 1978年アジア経済研究所入所。二度にわたる香港大学アジア研究センター客員研究員などを経て、2001年9月から日本貿易振興機構(ジェトロ)上海センター所長。05年4月から現職

丸屋豊二郎氏 中国の株式や不動産のブームはどうなるのだろうか。また中長期的には、中国経済の成長パターンはどう変わるか。中国企業の競争力や外資導入の行方についても聞きたい。

周志雄氏 中国国内ではこの2年間で株式取引口座が3千万増えて1億を超えだ。1日当たりの売買高も同じ期間で10倍になった。これは1980年代後半のバブル期の日本に似ている。
 上海総合指数は2年間で4倍になり、今年だけで50%も上昇した。なぜこれほど株価が上昇するのか。理由の一つは国内の好景気が続き、企業業績がよくなっていることだ。次に政府が為替市場に介入していることがある。米ドルを買い上げて、市中に人民元を売る結果、過剰流動性を招いている。非流通株の改革も、影響している。
 中国上場企業のPER(株価収益率)は当初20倍くらいだったのが、今は40倍を超えるようになった。日本や米国でも普通は20倍程度で、香港にも上場している銘柄は、番港に比べて50%ぐらい高くなっておる、市場全体が非常に投機的になっている。
 バブルが崩壊するようなリスクを小口投資家がどれだけ考えているのか心配だ。状況次第で社会不安に陥る恐れがある。国有企業が資金調達する機能も失われてしまう。日本と同じように銀行の不良債権比率が高まり、貸し渋りが起きるかもしれない。
 中国は外国の忠告に耳を傾ける状況ではないことも指摘しておきたい。他の国の経験は中国には関係ないものと思っているようで危険だ。

入山幸氏 中国は世界の鉄鋼の3分の1を消費する巨大市場だ。中国の消費は2005年実績で3億2700万トンと、日本の7800万トンよりはるかに多い。中国の1人当たりの消費量は先進国に比べまだ少なく、都市化も進むため、2015年には6億6千万トンまで膨らむとの予測がある。高速道路や鉄道などまだまだ伸びる余地がある。
 中国の自動車生産台数は00年の段階では年200万台程度だったが、06年は728万台に達した。10年には1100万台と現在の日米の生産台数に近い水準になる。当初欧米系メーカーが先行していたが、今では日韓系3分の1、欧米系3分の1、民族系3分の1になっている。民族系が健闘していることは意外だった。
 鉄鋼業では古い設備を淘汰しないと生産過剰になる。また環境問題のリスクもある。中国の鉄鋼業は日本に比べて1.5倍のエネルギーを使っているからだ。

莫邦富氏 日本人は日本の物差しで中国を測る傾向がある。しかし中国は巨大で、先進国のような地域もあると同時に出稼ぎを出すような地域もあり、様々な階層の社会が存在する一つの世界と見た方がいい。こうした階段状の社会があるので、次の成長につながっていくのではないか。
 02年ごろはまだ中国の自動車メーカーも輸出はできるかどうか自信がなかったが、その後どんどん増えた。自動車輸出は02年の2万台から06年には34万台に及んでいる。
 日欧系と組む中国の自動車メーカーはハングリー精神がない。一方、(外資と組まずに独立路線を歩む)民族系企業は政府の保護も受けず、飢えたオオカミのようだ。
 中国は一つの世界のようで、ユニリーバが上海から安徽省に工場を移し、コストが30%低下した。中国中部への進出の時期が来ており、滋賀県のスーパー、平和堂が長沙市に開店して最初の10日間で48万人が来店したという。これからは中国の安い人材ではなく、高付加価値の人材を求めるようになるのではないだろうか。

丸屋氏 株式ブームはどこまで続くのか。

莫氏 今はやはりバブルではないか。中国人はバブル崩壊を経験したことがない。みんな自分だけは上手に乗り切れると思っているようだ。一度経験しないと分からないのだろう。

関氏 生産設備の過剰は重要な問題だ。出血輸出を行い、貿易摩擦を招くからだ。

丸屋氏 今の中国経済の状況をみると、やはり小さな調整が必要なのではないか。それによって中長期で持続的に成長するのが望ましい。中国企業の競争力はどうなるか。

関氏 中国企業の取り組みは、生産性の向上に結びついていない。まだ経済の移行期なので、効率の悪い国有企業をたくさん抱えている。バブルが崩壊すれば、改革のチャンスを失うのではないかという心配がある。

入山氏 鉄鋼業で見ると、民間寄りの小さい企業は瞬間的な競争力はあっても長期的な成長力はない。現在4千万トンくらい輸入などしているが、輸出するのは低級品ばかりだ。育てるべき企業と淘汰される企業に分けるべきだが、中央政府と地方の認識の違いがある。
 中国の鉄鋼業は主にオーストラリアから原料を調達しているが、内陸の製鉄所まで持っていけばコストが高くなる。中国内で需給のバランスをとるべきだ。自動車用鋼板は現在、民族系メーカーからの引き合いが強く、現地のトヨタ自動車やホンダなどに回りづらくなっている。

関氏 中国の産業高度化を考える場合、雇用との関係を考慮しなければならない。高度化して効率が上がると、工場の人員があまり必要なくなる。それが社会不安につながりかねない。また輸出が増えれば、人民元が大幅に上昇し、雇用に大きな影響が出る。

莫氏 これからはサービス業が発達するだろう。国内の自動車台数が増えれば、洗車などサービスの人手が必要になって雇用も吸収できると思う。産業の高度化でむしろ雇用を創出できるのではないか。

丸屋氏 ハイテク分野での国際的なキャッチアップはそう簡単ではない。中国には技術者を大事にしない風土があるので、中小企業が弱い。レノボや上海汽車などはM&Aを進めているが、急ぎすぎている気がする。

莫氏 中国企業の海外進出は大半が失敗すると思う。人海戦術がほとんどで、効率的とはとてもいえないからだ。

丸屋氏 外資進出がどうなるのかは関心が高いテーマだ。中国市場は魅力的だが、外資規制はまだ厳しい。これまでの議論から考えると、外資はまだ大切だという認識で一致したといえる。ところで人民元の今後の動向はどうか。

関氏 これまで中国企業の競争力は低かったので、人民元の為替レートが低かった。人民元が安いから、中国企業の競争力があるというわけではない。1960年代の日本製品は「安かろう、悪かろう」だった。70年代になると、自動車や鉄鋼の評価が高くなって、円が強くなった。人民元もこれから少しずつ相場が上がるのではないか。