日本経済新聞 2004/10/6                  経緯

臨時国会に改正案 公取委、成立へ譲歩
 反発配慮 抑止力に限界 
 独禁法課徴金上げ 大企業10%、中小4%に

 政府は談合の取り締まり強化策を柱とする独占禁止法改正案を、12日に始まる臨時国会に提出する。違反事業者への課徴金の引き上げが焦点だったが、上げ幅は公正取引委員会が目指した現行の2倍程度を圧縮することで与党と合意した。経済界もひとまず評価しており、改正案は成立する見通しだ。一方で、欧米よりまだ低い課徴金水準では「違反の抑止力は不十分」との声も残る。

独禁法改正案の骨子(カッコ内は現行)

▽課徴金水準を引き上げ
 ・製造業など
大企業10%(6%)
           中小企業4%(3%)
 ・卸売業=大企業2%(1%)
        中小企業1%(1%)
 ・小売業=大企業3%(2%)
        中小企業1.2%(1%)
▽課徴金の算出期間の拡大見送り
 ・最長3年間(3年間)
▽課徴金の減免制度導入
 ・違反行為を自主申告した企業は先着3社まで減免
▽見直し規定盛る
 ・施行後2年以内に、課徴金制度、違反行為の排除を命令する手続き、
  審判手続きのあり方を検討し、必要な措置をとる
▽公取委の調査機能を強化
 ・犯罪調査権限を付与

 自民党は5日、独禁法調査会を開き、独占禁止法改正案を了承した。党事務局は、違反事業者から徴収する課徴金の水準を大企業・製造業で、違反期間中の対象商品の売上高の10%などとする公取委の改正案を説明。出席議員から「よくまとめてくれた」と評価する声が相次いだ。

期間拡大見送り
 1日の調査会の会合は荒れた。課徴金の水準を12%程度とする原案を変えない公取委に対して「今春から全く歩み寄っていない」と詰め寄る議員もいて、賛成論はほとんどなかった。
 わずか4日後に平穏に決着した背景には公取委の度重なる譲歩がある。調査会が了承した改正案によると、談合やカルテルで独禁法違反をした事業者から徴収する課徴金は大企業・製造業で売上高の10%。現在の6%と比べると1.7倍弱の水準。中小企業・製造業は4%で、現在の3%と比べて1.3倍強の引き上げにとどまる。公取委は臨時国会開会を控えて、「2倍」の旗をあっさり降ろした。
 原案では4年間への延長を目指した課徴金の算定期間も現行の3年間に据え置いた。算定期間を長くとれば、水準自体を上げなくても課徴金額を増やせるはずだったが、期間拡大も見送った。
 さらに、違反行為を公取委に自主申告した企業に対する課徴金をなくしたり減らしたりする減免制度は対象数を原案の2社から3社に拡大。違反行為を途中でやめた企業も課徴金を減らすことにした。

産業界は容認
 経済界や与党の受け入れやすい妥協点を探り修正した結果だ。独禁法改正案合意を受けて日本経団達は「厳しい数字だが、仕方がない」(諸石光煕競争法部会長、住友化学特別顧問)とコメントし、日本商工会議所の山口信夫会頭は、.中小企業の課徴金引き上げが小幅にとどまったごとを「主張がかなり取り入れられた」と歓迎する意向を示した。
 日本建設業団体連合会の平島治会長(大成建設会長)は「制裁強化だけでは談合根絶は困難」と課徴金の引き上げ自体を批判するが、産業界の大勢は容認ムードになっている。

白紙撤回は回避
 改正案は「傷だらけだが何とか生き延びた」(経済産業省幹部)。公取委が最も懸念した法案の白紙撤回は避けられた。臨時国会では経済政策の中核法案として与野党の論戦に舞台が移る。
 だが、臨時国会での法案成立を意識して経済界との妥協を急いだ結果、今回の課徴金水準は欧米に比べてまだ劣っている点は否めない。1977年以来となる抜本改正の目的だった違反の抑止という点では物足らなさが残る。5日には橋りょうの建設工事の入札を巡る談合で公取委が大手企業に立ち入り検査に入るなど独禁法違反が問題になる事例は後を絶たない。
 自民党との協議では、公取委の審査、審判の手続きのあり方を内閣府で再検討し、2年以内に結論を出すことを確認した。現在は併存する刑事罰による罰金と行政処分である課徴金の一本化も今後の課題になる。米国では罰金に、欧州では行政による制裁金に一本化している。

課徴金、欧米水準に遠く
 審査・審判手続き 公取委は改革を

 今回決着した独占禁止法改正案は、臨時国会提出を最優先した公正取引委員会と、課徴金の実質上げ幅を最小限に食い止めようとした経済界との妥協の産物だ。
 「課徴金水準10%で対象期間3年という数字は、最悪のケースとして想定した9%に4年を掛けた数字よりも少ない」−−。引き上げに反対してきた日本経団連は公取委の譲歩案にあっさりと理解を示した。
 もともと「談合抑止には最低2ケタは必要」(経済同友会の北城恪太郎代表幹事)との声は経済界にもあった。経済協力開発機構(OECD)は20%程度に引き上げるよう求めていた。
 公取委の当初案は12%。米国では対象商品の売上高の15−80%の罰金が科され、欧州連合(EU)の課徴金の上限は企業の売上高全体の10%。過去3年問の課徴金額の1社当たり平均はEUが約28億円に対して、日本は約3800万円にすぎない。
 公取委によると、談合などで企業が得た不当利得の平均値は対象商品の売上高の16.5%にのぼる。課徴金が10%になっても、なお6.5%分が利潤として残る。その意味では談合しても得するという構図はまだ続くことになる。
 神戸大学の泉水文雄教授は「10%では抑止力として問題がある」と指摘。三菱総合研究所の岡谷直明主任研究員は「長期的にはさらに水準を上げる必要がある。算定期間は違法行為の全期間を対象にしないと意味がない」と強調する。
 今回の改正案は競争政策強化という点で一歩前進したが、もう一つ隠れたポイントがある。審査や審判手続きのあり方を2年以内に再検討することを確認したことだ。
 「目的も知らせず、いきなり社長室に入って資料を持ち出す。あれほど屈辱的な思いをしたことはない」。公取委の立ち入り検査を受けたある大企業首脳はこう語る。
 現在の審判手続きは裁判官役の審判官と検事役の審査官は同じ公取委の職員。経団連は法曹資格者を多数採用し、審判官を独立させるべきだと主張している。課徴金と刑事罰の併用も「憲法が禁じる二重処罰に当たる」との不満がくすぶる。
 ヤマト運輸は郵便小包を独禁法違反として日本郵政公社を相手取って東京地裁に提訴した。公取委に申し立ててもおかしくない案件だが、裁判所を選んだ。経済界の公取委への不信感は根強い。
 制裁強化と適正手続きの確保は車の両輪のはずだ。経済界に根強い公取委への不信感を取り除き、消費者からも企業からも信頼される公取委に脱皮するには課題はなお多い。公取委は国会審議などで十分、説明を尽くすことが不可欠だろう。