毎日新聞 2007/12/30

独禁法の審判制度

 来年の国会に提出される独占禁止法改正案を巡って、公正取引委員会と経済界が対立している。処分を受けた企業の不服申し立てを、公取委自ら判断する審判制度の是非が、主な争点だ。

公取委経済取引局長 松山隆英氏 十分に機能している

 公正取引委員会が処分の是非について自ら判断する審判制度は、独禁法が施行されてから60年続いているが、十分に機能している。公取委の専門性を生かした有効な制度だ。経済界などからは「公取委は検事と裁判官を兼ねている」という批判を受けているが、審判制度の運用に弊害があるとか、判断に偏りが生じているというような具体的な指摘はない。「審判制度の中立性、公正性が担保されていない」ということではなく、「問題事案を調べる審査官と、裁判官と同じ役目の審判官が、公取委の中にいるのはおかしい」という外見上への批判だと思う。
 現行制度では、公取委の職員が人事異動で審判官に就任するが、事務方トップの事務総長の指揮命令が及ばない。また、審判官 7人のうち4人は外部から登用した法曹関係者だ。合議制の審判の約7割は、審判長を法曹資格者が務めている。独立性も十分に手当てされており、問題はない。
 05年の法改正で、審判後でないと処分が確定しなかった「事前審判」から、審判を経ずとも迅速な処分を可能にする「
事後審判」に変更された。「事前審判」では、問題企業が処分を先送りするために審判を請求したり、審判が長引いて処分まで数年かかるケースがあったが、「事後審判」に変更したことで改善している。
 ただ、官房長官の独占禁止法基本問題懇談会は「現行制度は当面維持。一定の条件が整った段階で、事前審判を改めて採用するのが適当」と指摘した。公取委も事後審判を恒久的な制度だとは考えていないが、当面は現行制度を維持する。必要があれば、運用面の改善はやっていきたい。
 課徴金と刑事罰の
併存・併科も問題視されているが、カルテルや談合は反社会的な行為だ。行政罰の課徴金を科すことで、談合などの「やり得」を許さず、より悪質な事案については刑事罰を求めている。課徴金と刑事罰が一体となって抑止力を発揮している。どちらかに一本化することは、反社会的な行為への抑止力が低下してしまう。


日本経団連常務理事 久保田政一氏 司法制度上、問題だ

 05年4月に独占禁止法が改正され、これまでの事前審判から事後審判制度に変わった。公取委が判断して排除措置命令と課徴金命令を課す。不服がある場台は審判となるが、これも公取委が担う。また、課徴金が引き上げられたが、刑事罰もそのまま残った。経団連はこの審査・審判を公取委が担うこと、課徴金と刑事罰が併存し、併せて科されることの2点について、特に問題があると主張した。
 だが、改正には時間がかかるとして、官房長官の下に独占禁止法基本問題懇談会を設けて2年間かけて検討することになった。その報告書が今年6月に出され、それをもとに公取委が改正案を検討しているが、現在の審判制度を廃止し審判は地方裁判所に委ねることや、課徴金と刑事罰の併科という根本のところは結論が出なかった。
 審査と審判を公取委自ら行うことは、取り調べをして行政処分を下した者と不服審判の審決権者が同じで、いわゆる検察が裁判官を兼ねているようなものだ。このような例は、国内の他の行政審判はもちろん、諸外国にもない。なぜ、そのようなことになったかと言うと、公取委の執行力と罰則の強化が優先され、審査・審判制度の見直しが十分に行われることがなかったからだと思う。日弁連も「適正手続き上、問題だ」と指摘している。
 審査・審判を公取委が行う弊害は、「実質的証拠の原則」も大きい。公取委の審判は3審制の第1審に位置づけられ、2審にあたる東京高裁は、公取委の番判における事実認定に拘束される。公取委の判断が尊重され、審判審決の事実認定を覆すことは難しい。
 課徴金と刑事罰の併科は、課徴金に一本化するか振り分けを検討すべきだ。現行の審査制度では、供述記録の際の弁護士の立ち会いや秘匿特権も、認められていない。司法制度上、問題が多く、まず国際水準にかなう新たな審査・審判制度の構築が必要だ。私たちは「審査・審判の見直しなくして、独禁法の改正なし」という強い決意を持って、政府や与野党に働きかけていくつもりだ。


競争法研究協会

改正独禁法の基本的問題点  http://www.jcl.gr.jp/colum004_01.html

独禁法における排除措置の事前聴聞制度の必要性
(1)抽象的な規制規定と複雑な規制対象:
 各国の独禁法の基本規制規定は、「競争を制限すること」・「市場を独占すること」・「公正な競争を阻害すること」等抽象的な要件を定めているが、それは独禁法が市場経済体制の基本法として対象産業がほぼ全経済分野にわたり、その規制対象行為が現実の競争と密接に関係し流動的だからである。また、独禁法の違反に対する措置は、違反行為の排除と競争状態の回復のために、不作為義務、企業分割、団体の解散などの行為規制と構造規制の措置、高額の制裁金賦課など企業活動に重大な影響をもつ措置を採る場合が多く、この措置をとるためには実態に即した正確な事実認定が必要である。さらに、独禁法による規制は、国会で具体的な税率まで詳細に規定された税法の規制、形式的に行為規制を主内容とする商事法の規制、裁量的判断要因の多い事業法の規制などと異なり、公序良俗違反の不法行為法的規制の性格をもつ抽象的な規制であって、具体的事実の認定が重要である。このため、
米国・欧州連合等の独禁法は、措置を採る前に、まず被疑事実を告知し、規制対象者が十分に争えるように、慎重な事前聴聞(審判)手続をおいている。
 事前聴聞手続で重要なことは、
被疑事実の事前告知・聴聞主宰官(審判官)の独立性・被聴聞者の防禦権の保障・審査官手持資料の開示である。この手続が実態に即した排除措置を可能にし、優れた判例法の形成の基礎となり、独禁法の抽象的な規則を具体化する。事前聴聞制度は、独禁法の執行における憲法の「適法手続の保障」の要請に応える制度であるとされている。

(2)改正による事前聴聞制度の廃止
 わが国の独禁法は、米国連邦取引委員会の制度をモデルとした
事前聴聞(審判)制度を法制定以来維持してきたが(49条)、05年改正で廃止された。そして、違反事件を迅速に処理するために排除措置命令制度(新49条)を導入し、簡易な事前手続を設けた(新49条3項)。この事前手続では、命令の名あて人側に命令案に対する意見具申と証拠提出の機会を与えているだけで、公正取引委員会側には命令案の根拠となる事実認定の説明や証拠の開示等についての義務は一切なく、一般行政庁の不利益処分の場合に処分庁に課している行政手続法 18 条のミニマム・スタンダード(審査官手持資料の開示等)も全く充たしていない。この一方的な手続の下で、営業の一部譲渡や高額の課徴金賦課という重大な措置が採られるということは、憲法の「適正手続の保障」に違反すると考えられる。
 従来の審判手続は、形式的には
事後不服審査手続として残されているが(新52条・55条以下)、事前聴聞手続と事後不服審査手続では形式的には同じ審判手続であっても、手続の意義と性格は全く異なる。事前審判手続においては、審査官側が、措置案の基礎となった事実認定を説明し、その事実を基礎づける証拠を提出して、法令の適用を含めて、被審人に事案を説得する義務があり、被審人は提示された事実認定と法令の適用の案について全面的に争う権利がある。これに対して、事後審判手続においては、すでに委員会が正式に署名押印し、行政処分として効力が発効している措置命令に対して、命令の名あて人が申し出た不服(審判請求)に理由があるか否かが審理の実質的対象であって、命令の名あて人が審判請求の理由を主張し立証する義務をもち、審査官側は命令の根拠となる認定事実と法令の適用について積極的に主張し立証する義務は負っていないのである(新 52 条)。一般に、効力が発効した行政処分については、一種の適法性・公益性の推定が行われ、その行政処分を争うことは極めて困難である。今回の改正により事前聴聞(審判)制度は廃止され、残された事後審判手続は事前手続の代わりにはならないことは明かである。

二重制裁制度の問題
(1)二重制裁制度発生の経緯
 課徴金の基準率は、導入時の77年の関係売上高2%から91年に6%となり、05年に10%となった。 また、課徴金導入に際して刑事罰適用は原則的にしないこととされていたが、90年に刑事罰の積極的活用方針が関係施行当局から公表され、同年以降現在までに9件刑事告発が行われ、法人に対する罰金額も500万円から5億円に引き上げられた。
 行政制裁と刑事制裁は本来両立しうるものである。行政制裁は通常特定の事業法に基づいて監督官庁が法令違反者に対し事業認可の取消し、営業の停止、責任者の処分などと併せて刑罰を科すが、多様な制裁手段を用いて業界を監督することは業界の秩序維持のために適切で合理的な場合が多い。しかし、独禁法の場合、一般産業界に適用される一般法として、違反行為の排除措置のほか制裁措置としては
制定当初刑事制裁のみが定められていたところ、 73 年の石油危機の時に値上げカルテルの頻発により価格カルテル対策としては従来の制度では十分に対応できず、 77 年に価格カルテルに対する刑事制裁に変わるものとして課徴金制度が導入され、刑事制裁は使われないこととされたが、90年の日米構造問題協議による緊急対策として刑事告発も積極的に活用することとして二重の制裁金制度の運用が始まり、その後それぞれの制裁額が飛躍的に増大し、二重の制裁金制度の運用が強化され、規制手続が重複し複雑になってきている。今回の課徴金率の引上げに際しては、同時に公取委に犯則調査権限も与えられて、二重の制裁金制度の運用が両面において強化されている。

(2)二重制裁制度の問題点
 
同一法人の同一行為に対して、同じ金銭上の制裁が2つの異なる機関により2つの異なる手続によって、同時に高額の制裁金が別個に課せられることは、憲法39条の二重処罰の禁止規定に違反しないかの問題がある。 従来課徴金は不当利得の剥奪で制裁ではないから違反しないとされてきたが、05年改正により課徴金の性格は制裁に変わったのであるから憲法違反の疑いは強くなっている。
 憲法違反の問題を別にしても、二重制裁制度は違反事件処理手続として適切ではない。公取委の行政調査は、企業を対象として企業の経済活動における違反行為を調査し、その調査においては経済経験則・経済的状況証拠が用いられるのに対して、刑事捜査は基本的に個人犯罪を対象にした調査であり、誰が・何時・何処で・誰と・何をしたかという行為者個人の具体的行為の調査が中核であり、両者の調査手続には質的な相違がある。 したがって、相互に協力しても時により軋轢が起こることは新聞でも報道されている(産経新聞02年4月10日付産経新聞「検察と対立 人事交流も不発」、03年2月5日付朝日新聞「公正取引委員会五話」、03年7月7日付読売新聞「公取と検察の深い溝」など)。今回の課徴金率は欧米の水準に課徴金額を引上げることを目途として行われ、1企業当り数十億円、数百億円の課徴金が課せられる場合もありうる。そして、この課徴金の結果、株主代表訴訟や住民訴訟などが随伴し、企業に対する制裁としては極めて効果的である。これに加えてさらに刑事制裁を加える合理性があるのであろうか。
刑事制裁は行為者個人に対して科せば十分である。同一の企業の同一の行為に対して、同時に 2 つの機関が並行して手続を進めることは、行政コストを増大させて国民の税負担を増加させ、行政の運用も複雑・不透明になり、事件処理の行政効率も阻害される。
 法の規制を受ける企業側から見た場合、同一企業の同一行為に対して、 2 つの性格をことにする官庁から別個の手続で別個の調査方法により、同一の企業・同一の職員の多数の者が調査対象として同時に重複して調査され、別個の金銭的制裁が加えられることは、必要以上に過大な負担が強いられることになる。本来、同一の違反行為については、最終的な制裁金額の多寡は別として、企業に対して必要最小限度の負担により単純・明快な手続で規制が行われるべきである。

(3)欧米諸国には二重制裁はない
 欧州連合とその参加諸国では、企業(法人)に対する独禁法違反行為に対して行政制裁 1 本の単一手続で実施されており、ドイツ、フランス、イギリスでは行為者個人に対しては刑事制裁を定めている。米国では、企業の違反行為(裸の( naked )価格カルテルのみ)対し刑事制裁 1 本であり、その行為者に対しては刑事制裁( 100 万ドル以下の罰金と 10 年以下の禁錮)である。欧米では、企業に対し行政制裁と刑事制裁の二重制裁手続をとっている国はない。米国の最近の運用では、企業に対しても高額な罰金を科すが、現実の違反行為は行為者個人が行うので行為者個人に対する刑事制裁を強化すること、とくに長期の禁固刑を科すことが違反の抑止に最も効果的であるとして重視され、最近禁固刑の上限は 10 年に延長されている。
 わが国においても、企業には行政制裁金制度 1 本にして(95条の削除)、手続を単一化し、刑事制裁は実際に違反行為を行った行為者個人に対してのみ行うことが適切である。