2007/6/27 日本経済新聞                        報告書

独禁法改正で懇談会 提言
課徴金の対象行為拡大 「主犯格」は高額に

 独占禁止法の見直しを検討してきた「独禁法基本問題懇談会」(塩崎恭久官房長官の私的懇談会)は26日、違反行為への罰則強化を提言する最終報告書を発表した。課徴金の対象を広げ、悪質行為には重くする。一方で、経済界が強く主張していた審判制度の見直しは退けた。公正取引委員会は来年の通常国会に独禁法改正案を提出する方針だが、経済界との調整は難航しそうだ。

 懇談会の座長を務める塩野宏東大名誉教授は同日の記者会見で「厳格化の方向に一歩踏み出した内容だが、踏み出し切れていない部分もまだある」と総括した。
 報告書は課徴金を科す違反行為の範囲拡大を打ち出した。現行法は談合、カルテルなどに限っているが、市場の競争を制限する「排除型私的独占」にも広げる。
 例えば、原価を割り込むような低価格で継続的に販売することで他社の事業活動を困難にする「不当廉売」。このほか、取引相手によって不当に価格を差別し公正な競争ができなくする「差別対価」なども対象にする。ただ、競争の制限状況に関係なく「不当廉売」や「差別対価」の行為自体に課徴金を科すべきかどうかについては結論を避けた。
 経済界は不当廉売の取り締まり強化については、中小企業を中心に要望が強いことから賛同する。しかし、課徴金の対象にするとなると「競争制限の定義があいまい」などと慎重な姿勢だ。
 報告書は談合の幹事役など違反行為で主導的な役割を果たした「主犯格」の企業には、課徴金の引き上げを求めている。調査に協力した企業には、課徴金を減額するよう提言した。経済界も一定の理解を示しており、法改正案に盛り込まれる可能性が高い。報告書は課徴金の加算、減算の程度については明示しておらず今後の検討課題となる。
 現在の課徴金の水準を引き上げるべきかどうかについては、具体的な結論は見送った。昨年1月の法改正で、大規模製造業で売上高の6%から10%に課徴金を引き上げたばかりで、その効果を十分に検証できていないというのが理由の一つだ。
 ただ報告書は課徴金について「違反行為をする動機づけを失わせるのに十分な水準に設定すべきだ」と指摘。懇談会の委員の中からも「欧州連合(EU)に比べて低い」という意見があり、将来的には課徴金の水準引き上げ論議が再燃するのは避けられない情勢だ。
 独禁法強化は世界的な流れで、EUは昨年秋に違反企業への制裁措置を強化する新指針を策定した。最大のポイントは再犯企業への罰則強化。従来は最大50%だった制裁金の上乗せ幅を100%に引き上げ、EUだけでなく加盟各国による摘発も過去の違反として計算する仕組みに変えた。
 EUは今年2月、エレべーターの価格カルテルで5社に約1600億円の制裁金支払いを命じた。日本では3月にごみ焼却炉の談合で5社に約270億円の課徴金納付を命じたのが独禁法違反としては最高額。
 EUの独禁法手続きは抑止力を重視している。違反企業への巨額制裁金は「見せしめ」の効果を狙っているともいえる。

審判制は当面存続 経済界、不満募らす
 報告書は公取委の「審判制度」について、「高度な専門性に基づく判断が求められるため当面存続が妥当」と結論づけた。審判制は公取委の処分に対する企業からの不服申し立ての是非を公取委が判断する制度。日本経団連は「公取委が検察官と裁判官を兼ねるようなもの」と反発し、廃止を求めていた。
 自民党も参院選の公約で「審判制度のあり方等について抜本的な見直しを行う」と明記しており、経済界と共闘する構え。法改正に向けては曲折がありそうだ。
 経済界の一部で譲歩案として浮上しているのは、審判制廃止とまではいかなくても、不服申し立てを公取委か裁判所か、企業の好きな方を選べる「選択制」の導入。報告書は将来の課題としながらも、処分後に不服申し立てをする現行制度を改め、事前に企業に主張の機会を与える制度に変更すべきだと指摘した。
 報告書は課徴金と刑事罰を併科する現行制度についても「違反行為の抑止の観点から効果的」として、維持することが適当と明記した。これに対しての経済界の見解は分かれる。経団連は「主要先進国で併科しているのは日本だけ」として課徴金への一本化を主張。経済同友会は「刑事罰をなくすのは違法行為防止には逆効果」と併科に賛意を示している。
 公取委は審判制などについて「現行制度に問題はない」との立場。経済界は「課徴金を引き上げるなら、適正な手続きを確保すべきだ」(経団連の久保田政一常務理事)として、公取委の一方的な権限強化に不満を募らせている。


報告書の骨子と経団連の見解

懇談会の報告書 経団連の見解
主犯格の課徴金を引き上げ、調査協力企業の課徴金を引き下げ おおむね賛成。ただ、法令順守対策を講じている企業の課徴金も引き下げを
課徴金の対象を不当廉売などを理由とする「排除型私的独占」に拡大 課徴金を科すには違反行為とそうでない行為の境界があいまい。
課徴金を科す違反行為の「時効」(3年)を欧米(5-10年)を視野に見直し 「時効」の論議は、前回(05年)改正時に決着済み
現在の公取委の審判制度は当面、維持 反対。訴訟手続きに委ねるべき
課徴金と刑事罰の併科は維持 法人制裁は課徴金に一本化。または、公取委がどちらかを選択する制度に。

独占禁止法基本問題懇談会報告書  平成19年6月26日

             本文  資料集
(概要)

検討の基本的視点
違反行為に対して十分に抑止力のある措置が設けられることが必要。その際に、法執行の実効性確保と適正手続の保障を適切に調和させることが重要。
我が国において参考となると考えられる制度、欧米主要国の制度との比較・検討も有益。
消費者政策と独占禁止政策は相互に密接に関係しており、両政策を一体的に推進するという視点が重要。
   
違反金制度の在り方
違反金と刑事罰の在り方
  法人に対する刑事罰(が存在すること)の有効性を活かしつつ、違反金を設計してこれを機動的に賦課することが、現状においては違反行為に対する抑止の観点からは効果的であり、引き続き、違反金と刑事罰を併存・併科することが適当である。

(注)報告書においては、現行の課徴金制度に縛られず検討を行うため、「違反行為抑止のための行政上の金銭的不利益処分」について、「違反金」という用語を用いている。
   
不当な取引制限、私的独占(支配型)に係る違反金の水準、算定方法等
  違反金は違反抑止のための処分であるから、「違反行為をする動機付けを失わせる」のに十分な水準に設定すべきである。
違反金の算定方法については、現行課徴金と同様に比較的簡明なものとし、関連商品等売上高に所定の算定率を乗じたもの(基礎額)をベースにして、所定の考慮要素を満たす場合に加減算を行う仕組みとすることが適当である。
   
私的独占(排除型)、不公正な取引方法を違反金の対象とするかどうかについての検討
  私的独占(排除型)については、違反金の対象とすることが適当である。
不公正な取引方法については、違反金の対象とすることは不適当であるという立場と、違反金の対象とすることはできないわけではなく、必要なものについては違反金の対象とすべきであるという立場に分かれた。
   
違反金と損害賠償(違約金)等との関係
  違反行為の抑止のためには、抑止につながる様々な法執行手段があることが効果的であり、これらの手段がそれぞれの機能を発揮することが期待される。
個々の措置等はそれぞれ趣旨・目的が異なっており、違反金と民事上の損害賠償金等との調整を制度上図る必要はない。
   
   
審判、行政調査手続等の在り方
審判制度の在り方
  平成17 年改正により導入された不服審査型審判方式は、処分の早期化・審判件数の減少等一定の成果を上げていると考えられることから、当面は、これを維持することが適当である。
しかしながら、行政審判は、行政過程において準司法的手続を採用して被処分者に十分主張・立証の機会を与えることにより適正手続を保障するとともに、紛争の専門的早期的解決を図るものであることから、一定の条件が整った段階で、事前審査型審判方式を改めて採用することが適当である。
   
審判に対する信頼性・透明性確保
  審判に対する信頼性を一層高める見地から、審判官の構成、審判官作成の審決案の取扱い等に関し所要の措置を講ずることが適当である。
   
審判・事前手続における証拠開示の在り方
  公正取引委員会の審判・事前手続における証拠開示の在り方については、他の類似の諸制度との整合性、手続の迅速性の確保の必要性に鑑み、現行の制度・運用を維持することが適当である。
   
行政調査(審査)手続の在り方
  行政調査(審査)手続の在り方に関しては、基本的には現行制度を維持するが、事業者の手続上の保護にも配慮した運用がなされるべきである。
   
警告・公表の在り方
  警告・公表は、違反行為の抑止の観点から、今後とも維持することが適当と考えられるが、対象となる事業者の懸念を解消するため、独占禁止法制上、警告の主体、要件、形式、意見聴取等に関する規定を整備し、警告・公表の適正化を図ることが適当である。

 


日本経済新聞 2008/1/25

談合やカルテル 公取委、不服審判を廃止 2年後メド 企業、直接裁判所に

 公正取引委員会は、独占禁止法違反の行政処分の是非を公取委自らが判断する審判制度を大幅に見直す方針を固めた。談合やカルテルについては、不服審判制を廃止し、企業が直接裁判所に申し立てる制度にする。企業合併審査や不当廉売などについては、公取委が企業の主張を聞いてから処分内容を判断する「事前審判制度」に改める。審判制の撤廃を求める経済界などの意見を取り入れ、従来の方針を転換する。

合併審査は事前審判に
 公取委は今の通常国会に提出する予定の独禁法改正案に審判制度の改正を盛り込む方針だ。
 現行制度は公取委が談合やカルテルなどに下した課徴金納付命令などの行政処分に対し、不服のある企業からの申し出を受け、事後的に公取委自らがその処分の是非を判断する仕組み(事後審判制度)になっている。
 公取委案では、まず2年後をメドに現行の事後審判制度を全廃する。そのうえで、迅速な処分決定が必要な談合やカルテルなどについては、企業が処分を受けた後に直接裁判所に不服申し立てができる制度を導入する。
 その他の企業合併審査や不当廉売などの案件については、事前審判制度に改める。処分を下す前に公取委の審査担当者と企業などがそれぞれの主張や証拠を出し合い、公取委が違法行為の差し止めや課徴金納付を命じる仕組みにする。
 一連の制度変更について「2年以内に詳細な検討を行い、現行の事後審判制度を廃止する」との文言を盛る見通しだ。
 事後審判制度については、以前から経済界や自民党が「検察官が裁判官を兼ねるようなもので、公正な判断がされるか疑
わしい」と見直しを求めていた。だが、公取委は10月に公表した独禁法改正の基本方針では、事後審判制度を当面維持する方針を示していた。基本方針には、再違反企業への課徴金引き上げなど規制強化策が盛り込まれたこともあり、経済界などから審判制撤廃を求める声が強まっていた。
 公取委は通常国会で、改正独禁法案を成立させるには、審判制度で一定の譲歩が必要と判断した。今回の案をもとに与党や関係省庁と最終調整に入る。ただ「審判制は完全に廃止し、すべての案件を裁判所に委ねるべきだ」との意見もあり、公取委が一段の譲歩を迫られる可能性もある。