渡辺 正 教授 質問状 

毎日新聞社・生活家庭部 小島正美 様

 冠省。 過日はお電話をありがとうございました。6月6日「
記者の目」欄の記事につきまして、若干のお願いとご質問があります。ご多用は重々承知しておりますが、可能な範囲でご対応いただければ幸いです。

1.「私がダイオキシンで問題だと思うのは、慢性毒性であって、急性毒性ではない」と書いておられます。急性毒性が「とるに足りないもの」だということは、国民に安心感をもたせるうえでたいへん大事な情報だと思いますけれど、あいにくメディア(や研究者)がそれを国民によくわかる形・媒体で報じてこなかったせいか、管見の限り、国民の大多数は相変わらず「猛毒」だと感じているような気がします(学生へのアンケート結果を見ても、あるいは折々にいろいろな人と雑談をしても)。もし貴兄がかつて「急性毒性はまず問題にならない」旨をどこかにお書きでしたら、そのコピーを頂戴できませんでしょうか? 書物の一部でしたら、該当箇所をお教えいただくだけでもかまいません。

2.貴兄は慢性毒性として、「いわゆる環境ホルモン(内分泌かく乱物質)で知られるような生殖への影響(精子の減少など)・脳神経系への影響(知能の低下や落ち着きのなさなど行動異常)・免疫系への影響(アレルギー疾患)など」をご心配のようです。「精子の減少」はまだ事実と決まったわけではなく(私自身は事実ではないと感じています)、知能の低下や行動異常はひょっとしたら家庭・学校の教育の問題ではないかと推測しますが、それはともかく、こうした現象・疾患は、「近ごろ増えてきた」から問題視されているのではないでしょうか? それなら、ここ30年以上(見聞きした限り、日本だけでなく海外諸国でも)摂取量と体内濃度が快調に減ってきたダイオキシンは主因になりえないと思えますが、その点はどうお考えですか? あるいは、生殖異常やアレルギーなどが「徐々に減ってきた」からダイオキシンと関連あり、とお考えでしょうか?

3.いわゆる環境ホルモン作用として心配されているのは、ほとんどが「女性ホルモン(エストロゲン)作用」だと思います。本学医学部の堤治教授が厚労省の科研費で研究されてきたのも「ダイオキシンの女性ホルモン作用が子宮内膜症を起こすのでは?」といったテーマで、やはり子宮内膜症の「増加」が同教授の念頭にあったようです(ただの推測ですけれど)。ところでご高承のとおり、日本人を含めたアジア人は、とりわけ大豆と大豆製品から、日ごろ大量の植物エストロゲンを摂取しています。植物エストロゲンの代表にゲニステイン(GE)を選び、女性ホルモン作用(ホルモン活性×体内の定常量)の視点でダイオキシンと GE を比べたとき、ダイオキシンの女性ホルモン活性を(正確なデータはないようなので)天然女性ホルモン(エストラジオール)と同程度にみなすと、体内で GE はダイオキシンの少なくとも数十倍の女性ホルモン活性を持つことがわかります(見積もりの詳細につき、ご下命でしたら後日お知らせします)。しかもその GE は、どうやら日本人の健康を守っている気配が強くて、性ホルモンにからむさまざまな疾患(乳がん、精巣がん、子宮内膜症など)の発症率が西欧人の5分の1から10分の1と少ないのも、閉経後の女性を見舞う更年期障害とか骨粗鬆症が軽くてすむのも、「大豆のおかげ」だという見方があります。かりにそれが正しいとすれば(私自身、正しいと感じていますが)、GE の効果を%レベルだけ高めるダイオキシン(の女性ホルモン作用)は、体にむしろプラスの効果をもたらすことになりますが、この件についてどうお考えでしょうか? なお、こうした議論は、拙著と同じシリーズで7月中旬に出る予定の『環境ホルモン』(西川洋三著)にくわしく展開されています(編集委員として査読したため、知ることになりました)。

4.(貴稿には書いてないので無視されても結構です)一部の方々は、ダイオキシン類の TDI(耐容一日摂取量)として WHO の下限が 1 pg-TEQ / kg であることや、EPA を始めとする諸機関が 0.01?0.05 pg-TEQ / kg を推奨していることを強調され、「日本も 4 pg-TEQ / kg より下げるべきだ」といった趣旨の発言をされます。しかし、かりに WHO の下限値を採用・遵守すると、少なくとも日本人は魚介類を食べてはいけないことになり、漁業は壊滅するでしょう。また、0.01 pg オーダーの TDI を採用・遵守したいなら、全世界の人間は餓死するしかありません。それは現代人に限ったことではなく、ダイオキシンは山火事でも生成することを考えますと、縄文人いや石器人さえ何も食べられなくなると想像できます。この私見につき、ご感想を伺えればと思います。