日本経済新聞 2004/3/3

フラッシュメモリー発明の対価
東芝に10億円請求 元社員の舛岡氏が提訴

 デジタルカメラや携帯電話に不可欠な半導体、フラッシュメモリーの開発者で元東芝社員の舛岡富士雄・東北大学教授(60)が2日、「正当な発明対価を受け取っていない」として、特許権を譲渡した東芝に発明対価の一部として10億円の支払いを求める訴えを東京地裁に起こした。
 フラツシュメモリーは画像や音声を繰り返し記録できるうえ、電源を切ってもデータが消えないなどの特長があり、世界の市場は1兆円規模に上る。訴状によると、舛岡教授は東芝在職中の1980年と87年、2種類のフラッシュメモリーを開発。東芝は特許出願し、日本や米国などで計21の特許権を取得した。
 同教授側は東芝が2003年度までに特許権によって得た利益は、他企業からの特許権使用料や国内外でのフラッシュメモリーの独占的販売の利益を合わせ200億円を下らないと主張。貢献度を会社80%、同教授20%とすると発明対価は40億円で、この一部を請求した。同教授は退職後に数百万円の報奨金を受領したという。
 東芝は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。

 

「発明対価」提訴 誘発も
 フラッシュメモりーで東芝に請求 特許法改正 産業界の要求強く

 世界的に著名な半導体研究者である東北大学の舛岡富士雄教授がフラッシュメモリー(電気的に一括消去・再書き込み可能なメモリー)の発明対価を求めて古巣の東芝を提訴したことは「他の研究者にも裁判を起こす気拷ちを促す効果がある」(玉井克哉東大教授)。産業界では発明対価を巡る裁判の多発を防ぐため、特許法改正を求める声が一段強まりそうだ。
 技術者の発明が寄与した事業が好調な企業ほど標的になりやすい。東芝では半導体部門がけん引して業績が回復基調にある。2004年3月期の連結営業利益の予想は1400億円で、その約8割を半導体部門が稼ぎ出す見込みだ。
 東芝は基本特許など多くの知的財産権を持つフラッシュメモリー事業について「技術的優位を維持できる間に生産能力を拡張する」(岡村正社長)考え。
 四日市工場(三重県)の増産投資を1年前倒しするとともに、投資額も500億円上積みすることを昨年末に決めていた。OBの提訴は強烈なしっぺ返しだ。
 産業界では研究者が企業に対価を要求できるとした特許法を批判する声が多い。「研究開発のリスクはすべて企業が負い、研究者は給与や地位を保障されている。企業は研究のインセンティブ(誘因)となる『報奨』を与えるかもしれないが、対価を支払う必要はない」(澤井敬史・日本経団連知的財産部会長代行)との主張がある。
 ただ、弁護士が裁判をあおっているとの見方については、専門家は否定的だ。「弁護士が提訴を後押しするのは権利の実現という面からして当然。むしろ、問題を抱える特許法の改正作業に1年もかけている行政府、立法府に責任がある」と玉井教授は指摘する。

舛岡氏と中村氏に共通項 「独自の成果」強調
 企業が多額の発明対価を技術者に支払うよう命じる判決が続く中、舛岡富士雄東北大学教授は訴訟に踏み切るかどうか最も注目されていた人物の一人だ。日本経済新聞記者に「評価が低く抑えられている日本の技術者を元気づけるために提訴した」と動機を説明した。
 「200億円判決」を勝ち取った青色発光ダイオード開発者の中村修二カリフォルニア大学教授との共通点も多い。フラッシュメモリー技術は「上司の命令に従わず独自に取り組んだ私の成果だ」と強調した。
 「会社へのおん念」とも言える感情も似ている。東芝時代、事業化を強く働きかけたが、幹部の反応は鈍く、米インテルなどの先行を許した。舛岡氏は結局、東芝での将来に見切りを付け、大学教授へと転身した。
 最近の判決では、職務の発明の権利は会杜側に帰属することを認める一方で、発明した技術者には相応の対価を払うべきだとの判断が定着。国内だけでなく海外での特許使用料を発明対価に算入することも認定された。
 舛岡氏はこれらが「きっかけの一つであることは否定しない」という。東芝が報奨金としてこれまでに支払ったのは「国産車1台分程度」であり、「とりあえず10億円を請求したが、裁判の過程で、東芝が得た利益がはっきりすれば増額する」構えだ。
 一連の訴訟では双方が控訴する例もあり、発明にどう報いるかのルールが固まるまでに曲折も予想されるが、相次ぐ「技術者の反乱」に企業側は早急な対応が迫られる。