2008/6/19 日本経済新聞 背景
日中、ガス田開発合意
中間線をまたぐ海域を共同で 日本、白樺に出資
互恵優先、4年ぶり決着
日中両政府は18日、懸案になっていた東シナ海のガス田開発問題で合意した。日中の中間線をまたぐ北部の海域に「共同開発区域」を設定、採掘場所を共同探査で絞り込む。収益配分の方法などは今後の交渉で決める。中国企業が単独で開発してきた白樺(中国名・春暁)ガス田については日本法人が出資、日本が一定の権益を確保する。日本が2004年6月に中国側のガス田開発に抗議してから4年を経て、問題は一応の決着を迎えることになった。
日中合意のポイント | |
・ | 境界が画定するまでの間、日中双方の法的立場を損なわず協力 |
・ | 翌檜(あすなろ、中国名・龍井)より南の海域に共同開発区域を設定。共同探査を経て地点を選び、共同開発 |
・ | 中国の法律に従って、白樺(中国名・春暁)の中国企業が現有するガス田の開発に日本法人が資本参加 |
・ | その他の海域での共同開発を早期に実現するため協議を継続 |
・ | 必要な交換公文の早期締結に努力 |
日中間の東シナ海における共同開発についての了解 2008年6月18日
双方は、日中間の東シナ海における共同開発の第一歩として以下を進めることとする。
1.以下の座標の各点を順次に結ぶ直線によって囲まれる区域を双方の共同開発区域とする。
(1)北緯29度31分東経125度53分30秒
(2)北緯29度49分東経125度53分30秒
(3)北緯30度04分東経126度03分45秒
(4)北緯30度00分東経126度10分23秒
(5)北緯30度00分東経126度20分00秒
(6)北緯29度55分東経126度26分00秒
(7)北緯29度31分東経126度26分00秒
2.双方は、共同探査を経て、互恵の原則に従って、上述の区域の中から双方が一致して同意する地点を選択し、共同開発を行う。具体的な事項については双方が協議を通じ確定する。
3.双方は、上述の開発の実施に必要な二国間合意をそれぞれの国内手続を経て早期に締結すべく努力する。
4.双方は、東シナ海のその他の海域における共同開発をできるだけ早く実現するため、継続して協議を行う。白樺(中国名:「春暁」)油ガス田開発についての了解
中国企業は、日本法人が、中国の海洋石油資源の対外協力開発に関する法律に従って、白樺(中国名:「春暁」)の現有の油ガス田における開発に参加することを歓迎する。
日中両政府はこれを確認し、必要な交換公文に合意し、早期に締結すべく努力する。双方はその締結のために必要な国内手続をとる。
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日中双方で見解が異なる東シナ海の排他的経済水域(EEZ)の境界画定を巡る問題は棚上げし、双方がめざす「戦略的互恵関係」の強化を優先した形だ。
合意内容は高村正彦外相と甘利明経済産業相が18日夕、記者会見して発表した。日中協議では双方の海岸線から等距離の中間線付近にある4カ所のガス田の扱いが焦点になった。中国企業の開発に日本法人が一定の資本参加をすることで決着した。
高村外相は出資比率について「北部のようにはじめからやるところと全く同じとはいえない」と語り、日本側が中国側を上回ることはないとの見方を示した。
東シナ海の北部に設定した共同開発区域に関しては「翌檜(あすなろ、中国名・龍井)ではなく、翌檜より少し南部のところだ。中間線の中を通ることは間違いない」と説明。翌檜は対象から外れたことを明らかにした。
広さは約2700平方キロがで「神奈川県より広く、琵琶湖4つ分程度」(外務省幹部)という。具体的な採掘地点は、共同探査をして選定する。甘利経産相は「そこにあるのがガスか油か水かは調査してみないと分からないが、地層的には有力」との見方を示した。
開発方法や収益が出た場合の配分方法などは未定で、実務者で協議のうえ交換公文で定める。合意文書は「早期に締結すべく努力する」とした。翌檜と、他のガス田である楠(中国名・断橋)、樫(同・天外天)に関しては「その他の海域における共同開発をできるだけ早く実現するため継続して協議を行う」とするにとどまった。「境界画定が実現するまでの過渡的期間において双方の法的立場を損なうことなく協力する」と境界画定問題とは切り離した決着であることも明確にした。
福田康夫首相は同日夕、首相官邸で記者団に「合意ができたことは大変結構なことだ。まさに平和と友好の海にこれからしていこうということだからね。双方協力して地域のガス開発を進めていきたい」と歓迎した。
境界線棚上げ 玉虫合意
東シナ海のガス田開発問題は、日中両国の主権にからむ排他的経済水域(EEZ)の境界画定を棚上げした形で決着した。だが、合意内容には玉虫色の部分も多く、細部の詰めは今後の協議に委ねられている。日本側が期待する「日中の資源開発協力」のモデルケースになるかどうかは不透明だ。
白樺 関与度合い固めず
日本側がとりわけこだわったのが、白樺(中国名・春暁)を共同開発の対象にすることだった。白樺は日中中間線の中国側海域にあるが、日本側は海底でつながっている日本側海域にある天然ガスも吸い上げられると懸念していたためだ。
白樺は日本の要請を振り切って中国が開発を進めてきた「ガス田問題の象徴ともいえる存在」(政府関係者)。それだけに中国側も「共同開発とは関係がない」(中国外務省)と強硬で、.結局、「日本側の出資」に落ち着いた。
「白樺の扱いが合意内容に含まれたこと自体、評価できる」との指摘もあるが、日本側の関与がどこまで認められるかは分からない。発表文によると、日本法人は「中国の法律に従って白樺の開発に参加する」と明記され、主導権を中国側が握るのは避けられない。今後の交渉事項となった出資比率も日本側が中国側を上回ることはなさそうだ。
高村正彦外相は18日夕の記者会見で「中国側が開発しているところに一定の資本参加を勝ち取った。共同開発と呼ぶかどうかはどうでもいい」と語った。
翌檜周辺 対象これから選定
東シナ海の北部海域での共同開発も具体策を先送りした項目が多い。まず海域内で共同開発する対象地点は日中共同の資源探査を経てこれから選定する。開発で得られた利益は出資比率に応じて配分する。原則として日中の折半出資になるとみられるが、具体的な交渉はこれからだ。
日中中間線をまたいだ海域を共同開発の対象とするよう求めていた日本側の主張は実現した。半面、「中間線より日本側海域の方が中国側より面積が広い」(日中関係筋)。その分、中国側には有利な内容といえる。
有望なガス田とされる翌檜(中国名・龍井)は今回の合意で共同開発の対象から外れた。中間線付近にある残りの樫(同・天外天)と楠(同・断橋)も対象外。翌檜とともに継続協議の扱いだが、中国側は単独での開発にこだわる公算が大きい。
日本政府内には「共同開発に関する調査やその後の協議に時間をかけている間に、中国側がその他のガス田開発をどんどん進めるのでは」との懸念も浮上している。
東シナ海
他の海域 尖閣諸島など扱いは難しく
今回の日中合意は北部の海域と白樺の2つに事実上、絞った限定的な内容だ。東シナ海の他の海域で同様の問題が発生した場合も、今回と同じように処理できるかははっきりしない。
高村正彦外相は記者会見で東シナ海北部での共同開発について「東シナ海を平和、協力、友好の海にするシンボル」と強調。甘利明経済産業相も「今回の合意は第一歩。東シナ海が日中の重要なエネルギー源になることを期待している」と評価した。日中中間線付近での海底資源開発については、今回の共同開発をモデルケースにしようという期待がにじむ。
しかし、うまくいく保証はない。例えば天然資源の存在が指摘される尖閣諸島周辺。尖閣諸島は日本の領有権に中国や台湾が異論を唱えている。利害関係は複雑になり、交渉は難しさを増すとみられる。
事業採算は不透明 日本輸送にはコストの壁
ガス田の共同開発は、エネルギー調達先を中東以外に多様化するという日本の資源政策に沿う内容となる。しかし生産したガスを日本に持ち込むにはコストの壁がある。事業採算が合うかは不透明だ。
中国側によると、試掘で確認された東シナ海全体のガス田の埋蔵量は石油換算で1.8億バレル。日本企業などがロシアで展開する資源開発事業「サハリン2」の5%程度で、日本の石油と天然ガスの合計年間需要の1割に満たない。うち日本が出資する白樺の埋蔵量は6400万バレル。甘利明経済産業相は「埋蔵量に過度な期待はしていない」としており、日本のエネルギー安定調達への寄与は限定的とみられる。
海或ガス田の生産コストは陸上より高い。日本にガスを持ち込むにはパイプライン(600km)や、ガスを液化する基地の建設に数千億円の費用もかかる。今後、日本の石油開発会社や商社が共同開発に参画する可能性もあるが、事業採算は合いにくいとみられる。このため生産したガスは「中国が整備するパイプラインで中国に送るのが現実的」(業界関係者)との見方が多い。その場合、日本は出資分に応じた収益を受け取る形になる。
日中の中間線より日本側の海域では、今回の合意とは別に、国際石油開発帝石ホールディングス傘下の帝国石油がガス田の試掘権を持っている。帝石の椙岡雅俊社長は「中国側との協カ関係を深めたい」としており、採算性を見ながら事業化の可能性を探る。
ガス田問題を巡る主な経緯
2004年6月 | 中国が日中中間線近くでガス田の開発に着手したことが表面化。日本が抗議 |
中国側が中国・青島での日中外相会談で共同開発を提案 | |
7月 | 日本が中間線近くでガス田を独自調査。中国が抗議 |
10月 | 北京で初の日中局長級協議 中国は試掘データの提供に応じず |
05年4月 | 経産省が「白樺」「楠」「翌檜」の地質構造が中国側と日本側でつながっているとの調査結果を発表 |
7月 | 日本政府が帝国石油に中間線の日本側海域でのガス田試掘権を付与 |
9月 | 中国が「樫」でも採掘作業を開始 |
06年10月 | 安倍晋三首相が初の外遊先として中国を訪問。胡錦濤国家主席、温家宝首相と会談 |
07年4月 | 温首相が来日し安倍首相と会談。共同開発を「境界画定までの暫定的枠組み」と確認 |
12月 | 福田康夫首相が訪中。温首相と「早期決着させる断固たる決意を共有」 |
08年2月 | 北京で初の日中次官級協議 |
5月 | 胡主席か来日し日中首脳会談。記者会見で「解決のめどが立った」と表明 |
(注)ガス田は日本名
採掘可能埋蔵量(石油換算)
ガス田名 | 採掘可能埋蔵量 |
白樺(春暁) | 6,380万バレル |
楠 (断橋) | 1,520 |
樫 (天外天) | 1,260 |
翌檜(龍井) | 不明 |
2008/6/20 Yomiuri
日中、東シナ海ガス田「翌檜」の開発断念…韓国に配慮し
日中の東シナ海ガス田協議で、翌檜(あすなろ)(中国名・龍井)を共同開発の対象としないことで合意していたことが20日、分かった。
日中ともに単独開発も行わず、翌檜は事実上放棄される。翌檜は〈1〉中国と韓国の境界の基準となる「中間線」〈2〉日韓大陸棚共同開発区域――に近接しており、開発すれば韓国と摩擦を生じかねないと判断、韓国に配慮した。
日中交渉筋によると、両政府は翌檜の共同開発を一時検討。しかし、ガスを含む地層が、中韓の「中間線」をまたぎ日韓大陸棚共同開発区域に広がっている可能性があることがわかった。開発すれば、韓国が「資源を吸い取られる」と主張する懸念があった。一連の協議には韓国は加わっておらず、日中両政府は、翌檜の開発断念で一致した。
政府が18日に正式発表した東シナ海ガス田開発に関する日中合意では、翌檜は共同開発の対象から外され、翌檜南側の海域が共同開発の対象となった。理由について、政府は「交渉の結果としか言えない」と説明していた。