電子部品市場 日台韓の攻防


 電子部品市場が新たな競争に突入した。半導体や液晶パネルの大増産時代を迎え、日本、台湾、韓国の各メーカーが激しいシェア争いを演じており、価格にも下落圧力がかかる。一方、企業連合や新製品の投入、コスト削減などの生き残り策は、価格にどう波及するのか。台湾、韓国の現場を歩いた。

DRAMに下落圧力 シェア争奪、体力勝負の様相

日台勢「サムソン越え」へ攻勢
 台湾中部にある台中市。5月下旬だというのに灼熱の日差しが降り注ぐなか、真っすぐに伸びた県道を車で走ると、巨大な白い建屋が目に飛び込んでくる。7月中の稼働を控えた、日台半導体大手の合弁工場だ。
 エルピーダメモリと力晶半導体が組んで生産するのはパソコンに搭載するDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)。供給過剰などが響いて大口取引価格は年初から約7割も下落、逆風下での船出となる。
 ただ力晶半導体の譚仲民・副総経理は「需要は今後盛り返す」と強気。エルビーダの坂本幸雄社長も「3年以内に2社合計でシェア世界一を目指す」と、最大手の韓国サムスン電子を抜く野心的な計画を明らかにする。
 台湾はいま、最新鋭のDRAM工場の建設ラッシュに沸く。台湾は中国への対抗策もあり、ハイテク産業を手厚く支援する。世界トップレベルの優秀な半導体技術者が日本の半分の給与水準で雇えるとあって、外資がグローバル戦略の拠点として相次ぎ進出する。
 「エルピーダと力晶の工場は5年間、無税で操業できる」。工場が入居するサイエンスパークの開発責任者の陳銘煌・副主任は進出企業への全面的な支援を約東する。
 独キマンダはエルピーダより一足早く、2004年に南亜科技と合弁工場を稼働。韓国ハイニックス半導体も茂徳科技に
DRAM生産を一部委託する。台湾の活用法で市場での命運が左右されるといって過言ではない。
 各社は台湾勢との協業をテコに、コスト競争力を向上。シェア確保のため生産を拡大し、DRAM価格は激しく下落した。価格競争は体力勝負の様相を示し、業界の勢力地図が変わる可能性が出てきた。
 首位サムスン電子の市場シェアは1−3月期で25.9%。2位のハイニックス(22.4%)に肉薄され、エルピーダ・力晶連合(計17.6%)にも猛追される。サムスン関係者は「従来は下位メーカーの連携に関心を払わなかったが、最近はさすがに焦りを感じてきた」と打ち明ける。
 韓国勢の工場は直径200ミリのシリコンウエハーを材料に使った旧世代の生産ラインの比率が高い。この設備だとDRAM1個の損益分岐点は3ドル前後とみられ、約1.7ドルという現在の大口価格では大赤字だ。エルピーダや台湾勢は現世代の直径300ミリのウエハー対応のラインが主流で、コスト競争力は韓国勢を上回る。
 この構図は1990年代後半のDRAM市場と似ている。サムスンは価格下落の中、当時最新鋭だった200ミリ対応ラインを積極導入、新ラインヘの切り替えが遅れた日本勢を市場から駆逐した。攻守を代えサムスンはいま守勢に立たされる。エルピーダ・力晶連合の「サムスン越え」の自信の根拠もここにある。
 7月以降は米国でパソコン需要が増えることもあり、DRAMの大口価格は上向く見通し。ただ供給過剰が続けば、価格の回復は遅れる。危機感を覚えたサムスンは「経費節減の非常事態宣言が出された」(同社関係者)。コスト削減に躍起のサムスンはシェアをどう奪い返すのか。「眠れる獅子の次の一手が注目されている。

液晶、値崩れで赤字続出 韓台勢、大型投資に慎重

 韓国北部の坡州(パジュ)市。高台の「統一展望台」に立つと、川沿いに軍事用のフェンスが延々と続き、向こう岸には北朝鮮が見える。南北の緩和路線を受け、液晶パネル世界2位の韓国LGフィリップスLCDが昨年、同市に進出した。
 稼働中の第7世代ガラス基板を使った液晶パネル工場の横には、新工場の建屋がほぼ完成しつつある。だがこの段階になってもどんな世代のガラス基板を使う工場にするかについては「まだ決まっていない」と担当者は口ごもる。
 過当競争が続く液晶パネル市場。各社の基本戦略は次世代の大型パネルに生産をシフトし続け、収益を確保することだった。最近はこの戦略に迷いが生じている。
 液晶パネル大手のシャープはこのほど同業他社に先駆け、約5千億円を投じて「第十世代」と呼ばれる大型ガラス基板を使う工場を新設し、50ー60型台のテレビを量産する方針を決めた。
 このニュースを聞きつけた業界首位の韓国サムスン電子の関係者は「市場の発展にとっては良いこと」としながらも、「決断が速すぎるのではないか。当社は慎重に判断したい」と距離を置く。
 韓国勢の迷いの裏には「薄型テレビの主力市場は今後、中国やインドなどに移る」との思いがある。こうした新興国で最も売れそうなのは30型台の低価格テレビ。大型パネルの工場を建てても、投資を回収できるか未知数だ。ある調査会社には「50型以上のテレビ需要は2010年でも市場のわずか3%」という試算すらある。
 液晶テレビ市場の成長性は誰しもが認めるところ。米ディスブレイサーチによると、液晶テレビの07年の世界需要は前年比56%増の約7千万台の見通し。ブラウン管からの買い替え需要も取り込みながら、10年には約1億2800万台に達するという。
 ただドイツ証券の中根康夫ディレクターは「メーカーの供給能力の拡大ぺースが実需を追い抜いている」と警鐘を鳴らす。パネル市場でも「もうかる」と踏んだ日台韓のメーカーがこぞって参入した結果、供給過剰となり自らの首を絞める構図が出来上がり、容易に崩れそうにない。
 その象徴が32型テレビ向けのパネルだ。同パネルはテレビ向けで約3割のシェアを占める主力品だが、韓国、台湾勢の増産で昨年は価格が4割超も下落した。赤字に耐えかねた各社の減産で価格は4月に初めて反発。現在は需給が締まっているが、ディスプレイサーチ日本事務所の田村喜男上級副社長は「下がりすぎた反動による価格是正に過ぎない」とみる。
 韓国の大手メーカーの営業担当者は「32型は多少値上がりしても利益は薄い。ビジネスとしてのうまみは少ない」と冷やかな視線を送る。売れ筋でも採算が厳しい現実。いまは市場として魅力的に映る大型パネルでもこうした構図が繰り返される可能性は否定できない。
 台湾ではすでにテレビ向けの大型投資競争から離脱し、より小型のパソコン向けなとに専念するパネルメーカーも出始めた。さらに脱落者が増えて供給過剰の解消に向かうのか。際限ない価格競争で「勝者無き市場」になるのか。各社の決断によってテレご向け液晶パネル市場の将来図は大きく変化する。


液晶部材でも値下げ圧力 韓台、内製かなどで攻勢

 「今後は手を取り合って協力しよう」。5月中旬、ソウル市内で韓国の液晶パネルやプラズマパネル、部材メーカーなど約200社が結集し、「韓国ディスプレー産業協会」の創立総会を華々しく開いた。
 台湾などから購入しているバネルを韓国内で企業グループを超えて相互購入。こうしたことを第一歩に今後は対象品目の拡大や国内部材産業の育成も進める。「内製化」への切り替えが本格化すれば、日本からの部材調達が将来的に減る可能性も出てきた。
 韓国の液晶パネル大手の幹部は「日本や台湾の部材メーカーに値下げを要求しやすくなる」と意気込む。部材メーカーへの風当たりはますます強まりそうだ。
 韓国北部の坡州(パジュ)市内の工業団地。その一角で操業している液晶パネル向けガラス基板の加工会社、坡州電気硝子(PEG)の安藤雅章社長は「受注は増えているが、顧客の値下げ要求も強まる一方」と渋い表情だ。
 PEGは日本電気硝子と液晶パネル大手の韓国LGフィリップスLCDが合弁で設立。日本から輸入したガラス基板を加工し、近くのLGフィリップスの工場に運ぶ。
 液晶パネル向けガラス基板は米コーニング、旭硝子、日本電気硝子が市場シェアの約9割を握る。技術的なハードルが高く、寡占状態のため値下がりは従来年数%程度にとどまってきたが、昨年から風向きが変わってきた。
 液晶パネルの値崩れで赤字に苦しむLGフィリップスが「聖域」を設けずに値下げ要求してくるようになったためだ。安藤社長は「プラズマテレビとの競争もあり、一定の値下げには応じざるを得ない」とうつむく。
 調査会社テクノ・システム・リサーチの林秀介マーケティングディレクターは「液晶パネルに占める部材コストは全体の6−7割」と指摘する。
 2割程度である半導体と比べても総コストに占める部材比率の高さが際立つ。こうした部材はいずれも日系メーカーのシェアが大きく、高収益をほしいままにしてきたが、最近は韓国、台湾メーカーが攻勢をかけている。
 「昨年1年間で部品の価格が約30%下落した」。携帯電話向け液晶パネルを駆動させる半導体(液晶ドライバー)大手、ルネサステクノロジの中沢秀文・LCD販売推進部部長は打ち明ける。
 背景は他社による市場への本格参入。韓国サムスン電子や台湾の聯詠科技、奇景光電などがここ1−2年で出荷量を急速
に増やしている。台湾の大手メーカーのマーケティング担当者は「価格は日本勢より1−2割は安い」とシェア拡大に自信ありげだ。
 テレビやパソコン用ドライバーも同様の構図で、大手のNECエレクトロニクスは守勢に回っている。サムスン電子はパソコン向けDRAMなどを生産している旧世代の生産ラインを、今後は液晶ドライバーなどに振り向けていくもよう。液晶の世界はパネルの採算悪化による値下げ圧力に加え、供給増で、部材もまた価格競争が一段と厳しくなりそうだ。

韓国ディスプレー産業協会の主な活動計画
▽パネルの相互調達
   2007年上期中に相互購入可能なパネルの種類を検討し、下期から調達を開始
▽特許協力
   国家の研究開発事業から生まれた新規特許を共有
▽標準化
   製造装置や部品、材料の標準化を推進
▽企業系列内取引の慣行を打破
   上期に装置、部品、材料の相互購入の可能陛を検討し、下期から本格開始