日本経済新聞 2007/6/21

争奪 レアメタル 奔走する企業
 広がる供給不安 調達戦略、成長を左右

 希少金属(レアメタル)が製造業のリスク要因に浮上してきた。新興国の経済成長を背景に需要が急増する一方で、中国など産出国ば輸出抑制に動いている。需給の逼迫で価格は急騰、調達への不安が広がる。レアメタルは自動車や液晶テレビに欠かせない。対策を講じなけれぼ日本経済は失速しかねず、企業は対応に動きだした。
 ホンダの2007年3月期の決算会見。「原材料価格の高騰は大きな減益要因だ」と語る青木哲副社長の手には白金やロジウムなど見慣れぬ金属の価格推移を示すグラフが握られていた。レアメタルの一種である白金は排ガス浄化用の触媒に欠かせず自動車産業が生産量の6割を消費する。
 自動車1台あたりの白金使用量は約3グラム。次世代自動車の切り札と期待される燃料電池車になると80グラムが必要だ。現在価格で40万円超のコストがかかる。4年で2倍に値上がりした白金が業績好調な自動車各社の足元を揺さぶる。
 白金に限らない。液晶パネルに使うインジウムや携帯電話機に使うガリウムなどレアメタルは身の回りで日常的に使われている。しかも自動車や電子産業に強みを持つ日本はレアメタルの大消費国。これらの価格が急上昇、モリブデンのように03年比で9倍に跳ね上がった金属もある。
 価格高騰は日本経済を直撃する。レアメタル専門商社、アドバンストマテ一リアルジャバンの中村繁夫社長は「日本のレアメタルの市場規模は3年間で2倍になった」と試算する。産業界全体で数千億円負担が増した計算だ。
 「ビールのアルミニウム缶が満足に作れなくなるかもしれない」。神戸製鋼所アルミ・銅カンパニーの保坂真澄原料部長の表情は険しい。アルミ缶材の強度を高めるために添加するマンガンの品薄感が急速に強まっているからだ。
 マンガンは中国を中心に需要が増加、価格は1年で5倍近く上昇した。日本はマンガン産出国でもある中国に輸入の2割を依存。その中国が内需を優先して15%の輸出税を導入するなど輸出管理を強めている。
 中国・内モンゴル自治区。工業団地の一角に昭和電工がネオジムを原料に永久磁石用合金を生産する合弁工場がある。永久磁石はハードディスク駆動装置などに使う。かつては中国からネオジムを輸入、国内工場だけで合金にしていた。安定調達を目的に現地生産を始めたのが04年。今夏には江西省で第二工場が稼働、中国での年間生産能力は
3倍の3千トンに増える。
 神戸製鋼はアフリカからのマンガン輸入拡大など調達先の多角化を急ぐ。三菱マテリアルは超硬工具原料のタングステンのリサイクルを拡大。摩耗した工具を溶かして再精製する量を09年度までに約2.7倍に増やす。ホンダは燃料電池車の自金使用量を減らす技術にメドをつけた。
 それでも死角は残る。国内に1億台以上があふれる携帯電話機は、インジウムやリチウム、ネオジムなどレアメタルの集合体でもある。あるメーカーは「供給途絶に備えた中長期的な対策は打てていない」と明かす。レアメタルをどう確保するのか。調達戦略が企業成長の分かれ目となる。

▼希少金属(レアメタル)
 埋蔵量が少なかったり、埋蔵量は多いものの抽出が難しかったりする31種類の金属。ネオジムやテルビウムなどの希土類(レアアース)は性質が似ており、17元素を1種類と数える。生産国が中国や南アフリカ、豪州などに偏在している種類が多く、供給不安や価格変動が起きやすい。

1ヵ国が週半を生産しているレアメタル
(カッコ内は世界生産量に占める比率 %)
金属名 国名 主な用途
レアアース(希土類) 中国 (93.3) 磁石
タングステン 中国 (90.2) 超硬工具
ニオブ ブラジル (88.2) コンデンサー
アンチモン 中国 (85.9) 合成樹脂の難燃助剤
ベリリウム 米国 (78.9) 合金
白金 南ア (78.0) 触媒
タンタル 豪州 (62.8) コンデンサー
インジウム 中国 (54.9) 液晶パネルの透明電極
ジルコニウム 豪州 (51.7) センサー
バリウム 中国 (51.2) X線造影剤
(注)2005年、石油天然ガス・金属鉱物資源機構まとめ


好機とリスク 増産・代替技術に活路

 フィリピン南西部にあるパラワン島。サンゴ礁の広がる海にほど近い場所でニッケル鉱石の製錬設備の建設が進む。隣接する既存設備では年間1万トンのニッケル中間原料を生産、2009年春に拡張工事が終わると生産量は倍増する。住友金属鉱山が進める、純度の低い鉱石からニッケルを抽出するプロジェクトだ。
 同社は同国南東部のミンダナオ島でも製錬設備を建設。10億ドル(約1200億円)以上を投じる。13年に全体で10万トンの生産体制を築き、「ニッケルで世界のトップ5前後を目指す」(福島孝一社長)。
 厨房機器や建材に使われるステンレスは新興国の経済成長に伴い消費量が増加。ステンレス原料となるニッケルの需要も06年は前年比で10%超増えた。価格は1年半で約3倍に高騰。住友鉱山は製錬能力増強で需要拡大の波をとらえる。
 レアメタル・ショックは、非鉄金属業界にチャンスとリスクをもたらした。需要増と価格高騰で資源メジャーはかつてない好況に沸き、潤沢な資金を元手に世界規模で再編をしかけている。大型顧客を多数抱える日本の製錬会社は標的となりかねない。住友鉱山の"メジャー宣言"は危機感の裏返しでもある。「原料確保の重要性が増しているからこそ、独自技術を武器に資源を開発していく」(福島社長)。
 非鉄会社は供給能力の増強を急いでいる。DOWAホールディングスは液晶パネルの透明電極になるインジウムの地金生産量を07年度は4割増の70トン以上に増やす。インジウムは亜鉛鉱石に含まれる副産物。インジウム含有率の高い亜鉛鉱石の調達に奔走する。
 しかし約6割を輸入に頼るインジウムの増産余地は限られ、「鉱石からの供給だけではまかなえない時代が来る」(金属リサイタル大手、アサヒプリテックの赤羽昇取締役)。液晶パネルは大型化が進み、インジウム使用量は増している。残る手だては「リサイクル比率を上げる」(赤羽取締役)か、代替材料を見つけるしかない。
 アサヒプリテックは福岡工場(福岡県古賀市)を9月までに増強、スクラップから地金に再生する能力を2倍の年200トンに引き上げる。東ソーは亜鉛で代替する技術を開発した。サンプル品の出荷を始めており、パネルメーカーの採用が決まれば事業化に踏み切る。
 国も対策に乗り出した。経済産業省の「希少金属代替材料開発プロジェクト」。インジウムや超硬工具に使われるタングステンなどを対象に、5年をメドに使用量削減対策や代替材料の開発を目指す。ニッケルやクロムなど7種類のレアメタルの国家備蓄制度についても備蓄量などを見直す。
 生産活動に不可欠のレアメタルはいわば、「産業のビタミン」。資源争奪戦が激しさを増すにつれ、新技術や代替材料を持つ企業の存在感が増す。危機をバネに企業は飛躍の足がかりを得ようとしている。


2009/5/14 日本経済新聞 

経産省、希少金属の備蓄強化 家電部品向け品種追加

 経済産業省は、デジタル家電などの生産に不可欠な希少金属(レアメタル)の国家備蓄を強化する。2009年度から現在備蓄している一部品種を積み増すほ か、主に電子部品などに使う2品種の備蓄を始める。品種の追加は1983年度の国家備蓄制度の導入後初めて。世界経済の停滞でレアメタル価格が下落してい る局面をとらえ、調達を巡る産業界などの不安軽減を図る。

 レアメタルの国家備蓄は他の金属で代替が難しく、生産国が限られる品種について供給停止などの事態に備える制度。経産省の方針に基づいて独立行政法人の 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が業務を担い、入札を実施して企業に放出する仕組みだ。米国や中国にも同様の制度がある。


2009/6/3 日本経済新聞

レアメタルの国家備蓄拡充 数量・品目なお不足 レアアース追加も検討

 政府が補正予算成立を受けてレアメタル(希少金属)の国家備蓄拡充に乗り出す。従来の鉄鋼添加向け7種に加えて、液晶パネル材料のインジウム、発光ダイオード(LED)材料のガリウムの備蓄を開始。今後予想される価格高騰局面での供給不安を軽減する。ただ、備蓄量と対象品目の少なさを指摘する声もあるなど、課題も多い。
 「市況に影響を与えないように、静かに徐々に備蓄を積み増したい」。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)で、国家備蓄の実務を取り仕切る馬場洋三希少金属備蓄部長は今後の買い増しを控え、やや緊張した面持ちだ。
 インジウムの国際価格(中値)は現在1キロ350ドル、ガリウムは1キロ450ドル、それぞれ過去数年の最高値水準のほぼ半値。在庫量も多いことから日本の備蓄が市況を大きく左右する可能性は小さそうだ。
 しかし「国の買い付けを市場が注視しているのは当然」(大手商社)。米国では国防総省が秘密裏に備蓄を進めるのに対し、日本は入札買い付けの2週間前には発表する。レアメタル専門商社、アドバンスト・マテリアル・ジャパンの中村繁夫社長は「レアメタル市場は規模が小さく、情報を投機筋などに利用されかねない。産業を守る視点からもっと戦略的な備蓄法も検討すべきだ」と指摘する。
 備蓄数量も十分とはいえない。例えばパソコン用のリチウムイオン電池の正極材などに使うコバルト。年間需要は約1万4千トンだ。しかし、需要の7割を占める2次電池向けについては、制度スタート時に想定されていなかったため、今も備蓄量の算定基準に含まれない。その結果、備蓄目標として定める「需要の2カ月分」は、本来2千トン以上になるはずだが、実際の備蓄量は400トンにとどまる見通しだ。
 コバルトは電気自動車用のリチウムイオン電池にも採用予定で、一段と需給が引き締まる可能性もある。1983年に始まった備蓄制度はニッケルやクロムなどが対象で、鉄鋼産業を支えることを主目的にしてきた。このためハイテク産業の成長への対応が遅れが目立っていた。
 備蓄品目を拡充すべきだという声も強い。東京大学生産技術研究所の岡部徹教授は排ガス浄化に使うロジウムなどの重要性も指摘。「31種類に固定化しているレアメタルの分類見直しも含めて備蓄対象を増やし、安値で迅速に買い付けに動ける環境が必要」と話す。
 経済産業省は現在、磁石原料になるレアアース(希土類)などへ5品目についても備蓄対象にする方向で検討している。
 「電池各社は使用鉱物の多様化などを進めているが、備蓄制度が安心感につながるのは確か」(電池工業会)とレアメタル需要家サイドには備蓄制度の拡充を歓迎する声が多い。
 ただ、中国を中心に各国が一段と資源の囲い込み姿勢を強める中で、レアメタル高騰はいつ再燃するか予断を許さない。制度の機動的な見直しと拡充が今後も必要になりそうだ。

新たな備蓄品目 インジウム、ガリウム

需要動向の注意対象品目 ニオブ、タンタル、ストロンチウム、プラチナ、レアアース
 
既存の備蓄品目 ニッケル、クロム、マンガン、コバルト、タングステン、モリブデン、バナジウム