毎日新聞 2004/3/4

検証 カネボウ迷走


「化粧品以外は消えろというのか」ブランドに固執 花王と交渉破談

 昨年12月中旬。東京都内で、花王が提示したカネボウの化粧品事業の買収案について、両社の部長クラスによる検討会が開かれた。対外的には2ヵ月前に発表したように、両社は新会社をつくり化粧品事業だけを統合することになっていた。だが実際は、すでに統合案は消え、花王による「化粧品事業の買収」に発展していた。
 この席で花王が示した買収案に、カネボウ幹部は目を疑った。「カネボウのブランドを化粧品以外の商品に使うことを制限する」という趣旨が書かれていた。カネボウというブランドが、化粧品以外の事業からなくなる。「消えろというのか」。カネボウ側は「死刑宣告」と受け止めた。これをきっかけに両社のズレが広がっていく。「この時点で花王とカネボウの話は事実上、つぶれたのかもしれない」(経済産業省幹部)
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 カネボウは、03年9月中間決算で、629億円の債務超過に転落した。04年3月末までに債務超過を解消しなければ、経営破たんになる。「虎の子」の化粧品事業を切り離してでも、財務内容を改善しなければならなかった。業界団体のパーティー会場でカネボウの帆足隆社長と、花王の後藤卓也社長が「将来、いろいろ話し合わなければならないでしょうね」という会話を交わしたのが02年秋。そして昨年7月から両社で事業統合の具体的な検討が始まったが、成果が見えなかった。
 「これ以上は放置できない。化粧品を手放すことも含め、決断しなければ」。中間決算で債務超過が明らかになった昨年9月上旬、三井住友銀行の岡田明重会長はカネボウの帆足社長に厳しく促した。カネボウは旧さくら銀行が、花王は旧住友銀行が取引先。両行が合併した三井住友にとってはカネボウと花王の話は「自分の庭で木の植える場所を変えるだけのこと」(同行幹部)だった。銀行側が背を押したこともあって、行内では「(岡田)会長案件」と呼ばれたカネボウ問題は、昨年10月23日、花王と化粧品事業を行う新会社をつくる「事業統舎」の発表で落着するかのように見えた。しかしこの事業統合は、1カ月過ぎた12月初めに頓挫した。「迷走劇」の始まりだった。
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 化粧品大手のカネボウが経営危機回避のため、化粧品事業統台から始めた花王との交渉は、昨年10月以来、二転三転した。名門企業が迷走を続け、結局、産業再生機構に支援を求めた裏側には何があったのか。検証した。

花王「統合より買収」ブランド独占使用権も要求 カネボウ、危機感強め

■「体質」に違い
 「カネボウとは、どうもビジネスのやり方が違う。(交渉は)やめにしよう」。12月初め、花王の後藤卓也社長は、化粧品事業統合の交渉に当たっていた担当役員にそう指示した。
 表向き、交渉は順調のように思われていた。しかし、花王がカネボウの化粧品事業の詳細を調べていくにつれ、「体質」の違いが表面化する。「売り上げの計上方法が違う。在庫がどれぐらいかわからないというずさんさにも驚いた」(花王の交渉関係者)という。
 これより前の11月20日、カネボウが行った03年9月中間決算の発表で、帆足隆社長が、07年3月期までに有利子負憤を3000億円に削減するという「中期構造改革プラン」をぶち上げたことも、花王を不愉快にした。このプランは、両社でつくる化粧品事業の新会社に、花王が2500億円程度出資するというシナリオに基づいたもの。しかし、この時点で花王の出資額はまだ決まっておらず、花王幹部は「根拠もない数字だ」とあきれた。カネボウの決算発表から間もない12月上旬、花王はカネボウに、交渉の打ち切りを通告した。
 驚いたのは、仲を取り持った三井住友銀行だった。「花王に見捨てられると、カネボウがつぶれる」。担当役員らが花王上層部に「何とかしてほしい」と頼んだ。そして出てきたのが、花王による化粧品事業の完全買収。12月中旬からは、交渉内容が変わった。

■ベストな計画
 実は花王にとって、事業統合より買収の方が利点は多い。迅速に意思決定でき、商標権償却に伴う将来の節税まで見込める。このため、花王はカネボウの化粧品事業に4500億円前後の買値を付けた。化粧品事業の売却資金でカネボウを確実に再建させ、債権回収に万全を期したい三井住友にも「ベストな計画」(役員)だった。
 「花王の本音は買収だった」というのが業界の一致した見方。だが、花王が当初から「買収」を前面に出さなかったのは「(花王より伝統がある)カネボウのプライドに配慮した」(幹部)ためだ。結果的に、花王の意に沿った交渉に変わっていく一方で、カネボウは経営破たんを回避するため、プライドを捨てざるを得なくなった。が、優位な立場の花王が提示する条件に、カネボウ社内は動揺し始めた。
 そして花王は「カネボウ」ブランドの独占的使用権を求めた。花王にとって、家庭用品などカネボウと競合する分野で、「カネボウ」ブランドを使われるのは、許容できなかった。しかし、これがカネボウの危機感を強めた。労働組合も「化粧品なきカネボウはカネボウにあらず」(幹部)と化粧品事業売却自体に強く反対を始めた。

■「第3の案」浮上
 カネボウは花王との交渉を続けながら、昨年末ころから、化粧品事業を100%売らずに済む選択肢を模索し始めた。相談相手は、投資ファンドのユニゾン・キャピタル。正月休み返上で、化粧品事業を行う合弁の新会社設立計画を練った。しかし、三井住友は「出資に必要な資金を調達できない」(役員)と、あくまで「花王による買収」という構図を崩さなかった。
 今年1月30日のカネボウ取締役会。結局、花王による買収で一致し、直後、後藤社長と帆足社長は、「2月9日発表」を.確認した。ところが、その直前に、産業再生機構活用という「第3の案」が浮上していたことを、後藤社長も知らなかった。

 

産業再生機構への支援要請 「1月にも打診あった」

 カネボウが化粧品事業の支援を産業再生機構に要請した2月16日、機構関係者が、こう打ち明けた。「実は1月にも、カネボウ側から機構に持ち込みの打診が水面下であったんだ」
 カネボウは、投資ファンドのユニゾン・キャピタルと化粧品事業を行う新会社設立案を、三井住友銀行に反対されたため、1月中旬から花王との交渉を進めながら同時に機構の活用策を模索し始めた。ユニゾンとの案をべ−スに、機構の出資機能を利用して新会社を設立するという構想。最終的に機構に駆け込んだのと同じ枠組みが、この時期すでに検討されていたわけだ。カネボウにとって機構は、ブランドを守るための最後の「駆け込み寺」的存在になっていた。
 機構も、昨年末からカネボウに本格的に関心を持ち始めていた。機構幹部には内部関係者から「花王との交渉がうまくいっていないようだ」という情報が入っていたからだ。昨年5月の業務開始以降、機構が支援決定したのは地方の中堅・中小企業が中心で、「小粒ばかり」との批判が強まっていた。機構関係者が「有名企業の再生を意識していないといえば、うそになる」というように、カネボウは機構にとって「注目銘柄」だった。
 このころと時期が重なる12月末、機構の斉藤惇社長は、年末のあいさつのため大手銀行を回った。斉藤社長は三井住友幹部に「機構は債権買い取りだけでなく、出資できる仕組みを考えている」とささやいた。具体的なケースを出したわけではないが、銀行関係者も「明らかにカネボウを念頭に置いた発言」と感じたという。
 斉藤社長の「ささやき」は、カネボウ側にも伝わった。カネボウ経営陣の中では、にわかに機構活用案が台頭。1月半ばすぎには、カネボウ幹部も機構に「出資機能もありますよね」と探りを入れた。そして、「持ち込めば、機構は引き受けてくれそうだ」との感触を得た。
 これで、機構はカネボウからの支援要請は近いと読んだ。「Xデーに備え、(カネボウに絞った)『頭の体操』を始めた」とある幹部は語る。ただ、主カ行の三井住友が花王による買収に固執していることも知っていた。支援要請は企業と主カ行が共同で行わなければならない。このため、カネボウ側には、「三井住友をちゃんと説得してくれ」と念を押した。
 1月29日。東京都港区のカネボウ本社で取締役会が開かれた。経営陣は花王案を捨て、ブランドが残る機構活用案に傾いていた。取締役7人(帆足隆社長は入院で欠席)のうち、6人が機構への持ち込みに賛成の意向を表明した。もちろん、すんなりとは物事は進まない。事前の打診がほぼないまま、取締役会終了後にカネボウから連絡を受けた三井住友側は驚き、カネボウに再考を促した。翌30日。「花王か、機構か」を決める臨時取締役会。同じ7人の取締役は、前日とはまったく逆の6対1で花王案に賛成した。
 関係者は「三井住友による、激しいカネボウ役員の切り崩しがあったようだ」という。そして、カネボウの肩透かしにあった機構関係者は「拍子抜けだった。カネボウが機構に支援要請することはもうないと思った」。
 「カネボウの化粧品事業は花王が買収することになった」。1月31日正午、花王とカネボウは、こう発表した。水面下での「迷走劇」に、幕が下りたはずだった。

カネボウの話すると「かっとなる」 三井住友会長

 週が明けた2月2日、カネボウ労働組合は経営陣から正式に花王の買収案を提示された。「組合はもともと、化粧品事業の100%買収に反対だった。しかも花王の買収案は銀行の圧力に屈し、組台の了解を得ずに決めたことだ」。労組幹部がいうように、組合側は「買収案は承服しかねる。組合として許された対応をせざるを得ない」という文書を経営陣に提出。ストライキも辞さない強硬姿勢を表明した。
 2月の上旬を、カネボウ役員は労組の説得に費やした。三井住友から「労組を(花王案で)説得しろ」と言われ、労組と接触した労務担当役員は、逆に「労担というのは全従業員の側に立って、それを取締役会に伝えるのが役目だろう」と責められた。1月下旬に手術のため新宿区の病院に入院した帆足社長のもとに、石坂多嘉生副社長が毎日のように足を運び指示を仰いだ。しかし、組合の態度は軟化せず、12日の花王と調印日を迎えた。
 「経営陣は労組が最終的には買収案をのむと思っていた」と労組幹部がいうように、交渉担当役員だったカネボウの嶋田賢三郎常務は、花王との調印日前日の11日に始まった最終調整が終わった12日未明、花王の幹部らと握手して別れたが、これも見切り発車だった。
 調印とその後の記者発表を予定していた12日午後、花王本社を訪れた石坂副社長は、首脳陣に「労組の反対が根強く、調印はできない」と告げた。花王にとってはどんでん返し。三井住友も、3月末のカネボウの債務超過を解消するには時間切れと判断し、花王による買収案を断念せざるを得なくなった。残る道は機構の活用だけ。13日午後に、三井住友は機構に支援要請を打診し、16日に機構活用が正式決定した。これが迷走劇の最後の落ちだった。16日の会見で帆足社長は「協議を重ねたが、花王と含意に達しなかった」と釈明した。

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 化粧品事業を完全に切り離したら、残るカネボウ本体は先々どうなるか。「労組の反対が破談の理由と関係者はいうが、従業員だけでなく、取引先もOBも、一部の役員さえ、花王による買収以外の選択肢を望んでいた。合意に達していなかったのは、カネボウの内部であり、カネボウ経営陣の判断の誤りだった」。関係者は迷走劇をそう総括する。
 花王の後藤卓也社長は「結婚前に心変わりしたのなら、それは仕方ない。でも(結婚の)合意が出来ていなかったというのは、納得できない」と、不満を隠さない。三井住友の岡田明重会長は、「知らんよ。カネボウの話をしゃべると、かっとなる」。
 迷走劇の結論は、機構になった。早くも外資を含め、カネボウ支援に意欲を示す企業もある。血税を使った「舞台」で、カネボウはどういう姿になるのだろうか。