毎日新聞 2003/5/28

国内初、ヒトES細胞 京大研作成 再生医療に道 秋にも分配

 京都大学再生医科学研究所(所長・中辻憲夫教授)は27日、神経や血管、はい臓器など体のあらゆる組織に育つ能力を持つ「ヒト胚性幹細胞」(ヒトES細胞)を国内で初めて作ることに成功したと発表した。世界で9カ国目。染色体に異常はなく、色素細胞や神経細胞に分化することも確認した。現在は順調に増殖を繰り返しているといい、早ければ10月に国内研究機関への無償分配が始まる見通し。

ES細胞 embryo-stem cell
 受精卵が分裂を繰り返して約100個の細胞からなる「胚盤胞」の状態から、やがて胎児の体を作る「内部細胞塊」と呼ばれる細胞を試薬処理で取り出して作る。無限に増殖するとともに、さまざまな細胞に分かれていく能力があることから「万能細胞」とも呼ばれる。

 同研究所は不妊治療後に不要になり、廃棄予定だった凍結受精卵を国内3医療機関から患者の同意を得て無償で提供を受け、実験を続けていた。
 事故や病気で傷ついた神経や臓器を、ES細胞を用いて作り出せば移植治療に使える可能性があり、現代医学では完治が難しいパーキンソン病や脊髄損傷に対する再生医療の切り札として、注目されている。既にマウスやサルのES細胞を使った研究が進み、ヒトでも海外から輸入して臨床応用に向けた基礎的研究が認められてきた。
 しかし、輸入ES細胞は研究結果に対する知的財産権の問題などがあるため、国産化を望む声が高まっていた。
 今回の計画は01年11月、同研究所の倫理委員会で承認。昨年3月に文部科学省が承認し今年1月から実験していた。今後、提供を受ける機関はそれぞれ研究計画の承認を国などから得たうえで研究に着手する。中辻教授は「安全性の確認など課題はあるが、臨床的実験は5年以内にできるのではないか」としている。
 一方、生命の始まりである受精卵を用いることに倫理面や安全面で課題は残されている。出来たES細胞は「国の共有財産」の性格を持つため、民間の研究所に分配する際のルール整備も今後必要になる。

浅島誠・東京大大学院総合文化研究科教授(発生生物学)の話
 海外の研究報告では
ES細胞ががん化する問題も指摘されている。治療に使う前に基礎的研究データを積み上げ、安全性を確保することが重要だ。既存の治療法よりメリットがあることを証明することも必要だ。

難病治療に期待 “生命”扱う自覚も必要

 ヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)の作成に京都大再生医科学研究所の中辻憲夫所長は「国内の数十の研究機関に無償で分配できるめどがついた」と語った。米国で98年に作成に成功して以来、各国で激しい研究競争が繰り広げられているが、日本ではこれまで、輸入した細胞に頼るしかなかった。研究の承認を受けているのは、京大大学院医学研究科など7機関だけ。国内で無償分配が実現することで、研究機関は増え、難病の治療法開発などに期待が高まるのは間違いない。
 文科省がヒトES細胞研究の指針を定めるため01年、パブリック・コメント(意見提出手続き)を求めた際、パーキンソン病患者らから「研究が進むことにより人生に希望を持つことができる」と期待の声が相次いだ。同病は、脳の一部の神経細胞が欠損し運動機能障害が進むが、ES細胞でドーパミン(筋肉の運動にかかわる神経伝達物質)を作る細胞を生成し、脳に移植できれば、完治も期待できるからだ。
 一方で、ES細胞は未知の部分も多い。研究では、分化をコントロールする物質を加えて“錯覚”させ、神経細胞などへの分化・成長を促す。ES細胞ががん化する可能性を持つと指摘されるのは、こうした“操作”が加えられているためだ。
 今回作成されたES細胞は、遺伝的には女性とみられるという。廃棄予定とはいえ、受精卵は子宮に戻されれば1人の女性になっていた可能性があった。研究者には、難病患者らの期待を背負う一方で、“生命”を取り扱っているという自覚が求められる。


日本経済新聞 2003/5/29

奈良先端大、がん化しないES細胞作製――マウスで、医療応用へ一歩

 奈良先端科学技術大学院大学の山中伸弥助教授らは、様々な臓器や組織を作る胚(はい)性幹細胞(ES細胞)が、がん細胞に増殖するのを防ぐ方法を開発した。がんを引き起こす遺伝子をマウスの細胞で特定、この遺伝子を除くことでがん増殖を防ぐES細胞を作った。成果は29日付の英科学誌ネイチャーに発表した。ES細胞の医療応用への課題の一つがほぼ解決された。

 研究チームはマウスのES細胞と普通の細胞の遺伝子を比較し、ES細胞だけで活発に働いている遺伝子を複数特定。このうち「ERas」と名付けた遺伝子を皮膚細胞に組み込むとがんができた。ES細胞のERas遺伝子を破壊するとがんを生じる力はほぼなくなった。一方で、様々な細胞に成長する力は衰えなかった。ES細胞は神経などの細胞に成長する能力を持つ半面、ES細胞そのものを体内に移植するとがんができる問題があった。人間にも同様の遺伝子があるため今後詳しく分析する。