2002/3/25 朝日新聞夕刊

ヤコブ病 和解調印 国・企業、おわび明記

 汚染されたヒト乾燥硬膜を移植されて難病クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)に感染したとして、患者や家族が損害賠償を求めた薬害ヤコブ病で、原告と被告の国・企業は25日、厚生労働省内で和解のための確認書に調印した。同日中に東京、大津の両地裁で和解が正式に成立する。確認書で国と企業は「悲惨な被害発生で指摘された責任を自覚し、衷心よりおわびする」とし、薬害再発防止への努力をあらためて確約した。同訴訟は、96年の提訴から5年余りで決着を迎えた。
 調印式には、東京、大津両訴訟の原告団、弁護土ら約150人と、坂口力厚労相、被害企業の独ビー・ブラウン社幹部らが出席し、確認書に原告と被告双方が調印した。坂口厚労相は、硬膜の輸入承認当時の審査体制の不十分さなどを認め、「命という償うことのできないものをなくした責任は重大で、心からおわびを申してもなお言葉が足りないと痛感します」と述べた。
 確認書は、「誓約」の項で「被害者が物心両面で甚大な被害を被ったことに、深く衷心よりおわびする」としたうえで、再発防止策や救済制度などに言及。サリドマイド事件などの教訓を生かせなかったことを反省し、再発防止のために情報収集と公開に努める▽医薬品の安全性に疑いが生じた場合は、直ちに必要な危険防止措置を取る▽医学・薬学教育などで過去の薬害事件を取り上げる▽ヒトや動物を原料とした医薬品などによる被害救済制度を早期に創設するーーなどとした。
 さらに、生存原告らに月20万円の療養手当を支払い、患者家族への相談事業を支援、硬膜移植を受けた人の実態調査に取り組むことも盛り込まれた。
 和解金は、今回対象となっている患者20人について、1人当たり平均で約6千万円。うち、国は原告全員に一律350万円を支払うほか、被害発生が予見できたとされる87年6月以降に移植を受けた原告について、支払額の約3分の1を負担する。

和解確認書要旨

第一 和解に至る経過
 平成8年11月大津地方裁判所に、平成9年9月東京地方裁判所に本件訴訟 が提起され、合計20名の患者に係る両訴訟は平成13年7月に結審した。結審に当たり、両地方裁判所は早期全面解決のために和解を勧告した。そして同年11月9日に大津地方裁判所が、同月14日に東京地方裁判所がそれぞれ別紙の所見を示し,同月22日全当事者がこの所見を踏まえて和解手続を進める ことに同意した。翌平成14年2月22日,両地方裁判所は和解金額に関して別紙の和解案を示し、全当事者は、いずれもこれを受け入れ、更に協議を重ね、本日、ここに本件訴訟を和解によって全面的に解決することに合意した。

第二 誓約
 1 厚生労働大臣、被告企業は、大津、東京両地裁が示した所見の内容を厳粛に受け止め、ヒト乾燥硬膜の移植によるヤコブ病感染という悲惨な被害が発生したことについて指摘された重大な責任を深く自覚、反省し、原告らを含む被害者が物心両面にわたり甚大な被害を被り、極めて深刻な状況に置かれるに至ったことにつき、深く衷心よりおわびする。
 2 厚生労働大臣は、サリドマイド、キノホルムの医薬品副作用被害に関する訴訟の和解による解決で、薬害の再発を防止するため最善の努力をすることを確約したにもかかわらず、本件のような悲惨な被害が発生するに至ったことを深く反省し、その原因の解明と改善状況の確認に努めるとともに、安全かつ育効な医薬品・医療用具を国民に供給し、医薬品等の副作用や不良医薬品等から国民の生命、健康を守るべき重大な責務があることを改めて深く目覚する。
 さらに、医薬品等の安全性に関する情報収集体制の拡大強化を図り、医療関係者等に対する情報の迅速かつ十分な提供を始め、こうした情報に広く国民がアクセスできる体制を整備して、惰報公開の推進と収集した情報の積極的な活用に努める。本件のような悲惨な被害を再び繰り返すことがないよう最善、最大の努力を重ねることを固く確約する。
 3 厚生労働大臣は、生物由来の医薬品等によるHIVやヤコブ病の感染被害が多発したことにかんがみ、これらの医薬品等の安全性を確保するため必要な規制の強化をするとともに、生物由来の医薬品等による被害の救済制度を早期に創設できるよう努める。
 4 被告企業らは、安全な医薬品等を消費者に供給する義務があることを改めて強く自覚し、本件ヤコブ病のような悲惨な被害を再び繰り返さないよう、最善、最大の努力を重ねることを固く確約する。

第三 本件和解の内容
 本件和解条項の通り。

第4 生存患者療養手当

1 被告ビー・ブラウンは、和解成立後も、ヤコブ病による最初の入院日を起算点とする療養期間が2年間を超える生存原告患者に対し、その生存中、生存患者療養手当として、2年を超える期間1か月につき20万円を支扱うものとする。

2 和解成立後に、生存患者の上記療養期間が2年を超えるに至った場合及び生存患者療養手当の支払を受けている原告患者が死亡した場合の取扱いについては、原告ら訴訟代理人と被告ビー・ブラウンとの間で別途締結する合意書によることとする。

第5 その他の対策等について

1 厚生労働大臣は、ヤコブ病患者の入院病床・専門医療の確保、差額ベッド代の解消等の入院患者対策の充実、在宅患者(自宅治療患者)対策の充実、ヤコブ病の診断・治療法の研究・開発の推進及びヤコブ病に関する正しい知識の普及・啓発に努める。

2 厚生労働大臣は、患者家族・遺族に対する精神的ケアを含む相談活動などの支援・援助事業を行うことを目的とする支援機構(サポート・ネットワーク)が設立された場合には、その活動に対する支援を検討する。

3 厚生労働大臣は、硬膜移植歴を有する者を含むヤコブ病患者の積極的な調査に引き続き取り組むとともに、ヤコブ病被害者がヒト乾焼硬膜移植の事実とヤコブ病発症に関する情報を得られるよう配慮するものとする。また、脳外科手術等を受けた者については,当事者の求めに応じて、ヒト乾燥硬膜の移植を受けたか否か等についての確認が可能となるような措置について検討する。

4 被告ビー・ブラウンは、原告らに対し、上記2記載のサポート・ネットワークへの支援及びヤコブ病被害者の慰霊、遺族・患者家族支援等のために金1500万円を、平成14年5月31日限り、全国連の指定する銀行口座に振込送金して支払う。

5 披告山本和雄及び同山本高嗣は、原告らに対し、ヤコブ病被害者の慰霊、遺族・患者家族支援等のために、合計金300万円を、平成14年5月31日限り、全国連の指定する銀行口座に振込送金して支払う。

第6 継続協議

 厚生労働大臣は、本確認書第2の2、第2の3及び第5の1ないし3で確認された事項並びにこれらに関連する事項につき、原告らヤコブ病被害者と継続的に協議する場を設定する。

第7 未和解原告ら及び未提訴者の扱い

1 現在両地方裁判所に提訴していて今回和解の対象となっていない原告ら(以下「未和解原告ら」という。)については、本和解成立後、速やかに患者についてのライオデュラ移植によるヤコブ病発症の事実について、証拠調べを行った上、当事者で確認を行い、順次和解の対象とする。

2 未和解原告らについての和解の内容は本件和解に準拠するものとする。ただし、未和解原告らに対して支払うべき和解金額のうち弁護士費用については、次の基準によるものとする。

(1)両地方裁判所において、平成13年7月16日までに提訴した原告らについては、ヤコブ病の患者1名当たり金300万円

(2)上記以降に提訴した原告らについては、ヤコブ病の患者1名当たり金180万円

3 未提訴者についても提訴後は上記未和解原告らと同様とする。

4 被告企業らは、本件訴訟と同種の訴訟が大津地方裁判所に提起された場合には、民事訴訟法に定める管轄の有無にかかわりなく、管轄違いの抗弁を提出しないで応訴する。 

発症の不安なお 被害把握 国の責務

 薬害ヤコブ病訴訟は、提訴から5年余りをへて国と企業が和解確認書に「おわび」の言葉を盛り込むことで最終的に決着した。救済の枠組みは今回で整うが、被害者はなお発生する可能性がある。厚生労働省は実態をどう把握し、繰り返される薬害をどう根絶するのか。残された課題は多い。
 原告側が3月中旬にイ設置した電話相談には、「脳外科手術などで硬膜を移植されたが、ヤコブ病を発症するのではないか」という不安の声が相次いだ。硬膜移植が確認された人は少なくとも16件あった。
 国の被害実態把握制度は、心もとない。現在は、ヤコブ病を発症した患者から都道府県ごとに提出される難病認定申請をもとに硬膜手術歴を確認している。しかし、この制度は、医療費の公費負担のために患者家族が行うもので、制度を知らない人や申請が遅れた人たちは漏れることになる。実際、これまでの原告には、原告側弁護団の調査で判明したり、新聞報道などを手がかりに原告側に接触した人が多い。その中には国の実態調査からは漏れている患者もいた。
 独ピー・ブラウン社は米食品医薬品局に指摘を受けて改善した87年5月まで、ヤコプ病の病原体を死滅できるアルカリ処理をせずに乾燥硬膜を製造。さらに日本の輸入業者は、新製品が出た後も、処理が不十分な旧製品を回収せずに売り尽くした。国内で使われた旧製品は計20万ー25万枚にのぼる。国が確認した患者の中にも移植時期が91年の人がいることから、旧製品が90年代初めまで出回っていたことは明らかだ。企業の責任は第一だが、国が97年まで回収の措置をとらず、結果的に危険性をはらむ製品の在庫を消費させてしまった責任は大きい。
 乾燥硬膜は、脳外科以外にも歯科や眼科などでも使われた可能性がある。国は硬膜が納入された全国約2千の医療機関のリストを持っており、これらを活用して、積極的に移植者らを追跡調査することが必要だ。ヤコブ病は潜伏期間は10年以.上に及ぶ例が少なくないものの、いったん発症すれば数カ月で意織を失い、数年で命を落とす病だ。治療法もまだなく、新たな患者や追跡調査などには精神的なケアも不可欠となる。


薬害ヤコブ訴訟が和解、全面解決!

 薬害ヤコブ病訴訟は去る3月25日、和解により全面解決することになりました。今後は、未提訴被害者の救済、恒久対策の確立、そして再発防止、薬害根絶の課題への取り組みが急がれます。恒久対策については、ヤコブ病サポートネット(CSネット)が3月13日に設立され、その立ち上げに被告企業が計1800万円支払うことが確認されました。そして、来年度から、国が支援を検討することも確約されました。


閣議後の坂口厚労相の記者会見概要

(03.26 火 9:23〜9:30 参議院議員食堂)-厚生労働省ホームページ-
(記者)ヤコブが正式に和解したのですけれども、大臣としてあるいは一人の医師として、人間として考えといいますか、お聞かせいただきたいと。

(大臣)私の思っておりますことは昨日のご挨拶でも申し上げたつもりでおりますけれども、医学の為に役立つというふうに思って輸入をいたしました脳硬膜が、逆に新しい病気を引き起こす結果になった。全く予期せざることではありましたけれども、結果責任として厚生労働省としてはやはり重大な責任を感じなければならないというふうに思っております。今後こうしたことを予防していくために一体どうしたらいいのか、そのことにつきましても挨拶の中で触れましたが、やはり一つはこの医療用具でありますとか、あるいは医薬品でありますとか、こうした分野を担当する職員というものをそれなりにやはり配置をしないといけない。前回も申し上げましたとおり、1973年当時には一人の職員がやっていたということでありますから、年間700件も800件もあります事案を一人で裁くということは、これはなかなか出来ないことでございますし、そのことが国民の生命そのものに直結をしてくるわけでありますから、やはり国民の生命、健康に直結するような分野におきましては、人の配置というのは十分に行うべきだというふうに私は理解いたしております。まあ最近はかなりその分野への人の配置も多くはなっておりますけれども、諸外国に比較をいたしますと、まだ少ないのが現実だというふうに思います。従いまして、この厚生労働省あるいは社会保険庁等も含めてでございますけれども、無駄なところを省き、構造改革を行い、制度改革を行います中で、そこで余分な人が出てまいりましたらそういう生命や健康に関わります分野にコンバートする、そうしたことで是非とも生命に関わります分野には人材をそろえなければいけないというふうに思ってます。

もう一つは諸外国の情報というものにもっと敏感でなければならないというふうに思っております。これは厚生労働省は国内の問題を担当いたしておりますから、どういたしましても国内の問題に目は十分に向いているというふうには思いますけれども、しかし諸外国になかなか目が向きにくい、そこまで手が及ばない、目が及ばないということが現在まであったというふうに思っています。しかし現在のような国際化の時代でございますし、諸外国から医療用品、あるいは医薬品等々もたくさん入ってくるわけであります。そういたしますと諸外国の状況というものを十分に把握をしていないといけないというふうに思います。その点も今まで足りなかった。その点を反省をして、諸外国に十分目を光らせていなければならない。各研究機関等から出ます論文等につきましても十分目を光らせて、そしてそれらを把握していなければいけないというふうに思っています。そういう面では非常に優秀な人材もこれから厚生労働省は採用しなければなりませんし、そうした活動も進めていかなければならないというふうに思います。そうしたことを反省を踏まえまして、そして再びこのような薬害あるいは医療用具におきます問題等々が起こらないようにこれから十分検討していかなければならない。十分気をつけなければいけない、努力をしなければならない、そう思っております。

 

厚生労働大臣談話   平成14年3月25日

 本日、大津地方裁判所及び東京地方裁判所において、クロイツフェルト・ヤコブ病訴訟の原告と、国並びにビー・ブラウン・メルズンゲン・エージー、日本ビー・エス・エス株式会社ほか2名との間に和解が成立いたしました。

 ヒト乾燥硬膜ライオデュラの移植によるクロイツフェルト・ヤコブ病感染に関し、過去における国の対応に不十分な点があり、原告の方々を始めとする被害者の方々が物心両面にわたって甚大な被害を被り、極めて深刻な状況に置かれるに至ったことにつきまして、厚生労働大臣として深く反省し、衷心よりお詫び申し上げます。

 本来病を治療すべき脳外科手術に使用された医療用具によって、取り返しのつかない病気が発生するということは、私自身医師でもありますので、患者ご本人、ご家族の多大な苦しみと無念さに思いを致しますと、誠に痛恨の極みであります。

 また、本日の和解を迎えることなく亡くなられた患者の方々に、改めまして、心からのご冥福をお祈り申し上げますとともに、現在療養を続けられておられる方々に、私の最大限の思いを込めて、心からのお見舞いを申し上げます。

 私は、厚生労働大臣就任以来、この訴訟の内容を深く検討し、また、患者ご本人、ご家族が被った未曾有の被害の実情を知るにつれて、一刻も早く、この問題を解決しなければならないと認識するようになりました。特に、大津地方裁判所及び東京地方裁判所から早期解決のための和解勧告を受けてからは、私自身も、裁判所のご趣旨を尊重し、法的責任の存否の争いを超えて、早期解決を目指すということを繰り返し申し上げ、さらに、昨年来、患者さんのお見舞いをさせていただき、また、原告代表の方のお話を直接お伺いする中で、一層、その思いを強くしてまいりました。

 サリドマイド、キノホルムの医薬品副作用被害に関する訴訟で薬害の再発を防止するため最善の努力をすることを確約したにもかかわらず、本件のような悲惨な被害が発生するに至ったことを深く反省するとともに、裁判所から示された所見の中で厳しく指摘された国の責任を真摯かつ厳粛に受け止め、厚生労働大臣には、安全かつ有効な医薬品・医療用具を国民に供給し、国民の生命、健康を守るべき重大な責務があることを改めて認識し、本件のような医薬品等による悲惨な被害を再び繰り返すことがないよう最善、最大の努力を重ねていくことをお誓いいたします。

 さらに、現在人類が直面している最も深刻で悲惨な疾患のひとつであるクロイツフェルト・ヤコブ病につきましては、今後とも引き続き、入院病床・専門医療の確保や診断・治療法の研究・開発、正しい知識の普及・啓発等に全力を挙げて取り組むとともに、医薬品等の安全性を確保するため必要な規制の強化など和解確認書でお約束した事項につきましては、皆様方のご意見を伺いながら、誠実にこれを実行に移してまいりたいと存じます。

 本日成立した和解の内容を、今後の厚生労働行政に反映させ、活かしていくことにより、患者ご本人、ご家族の方々の苦しみ、悲しみが少しでも和らぐことに繋がるよう、全力を傾注していくという決意を改めて表明させていただきまして、和解の成立に当たりましてのお詫びの言葉とさせていただきます。

 


2007年3月5日  読売新聞

「薬害ヤコブ」大津訴訟、和解成立 提訴11年、全42件

 汚染されたヒト乾燥硬膜を移植されクロイツフェルト・ヤコブ病を発症した患者らが国や製薬会社などに損害賠償を求めた薬害ヤコブ病大津訴訟で、2005年に提訴した金沢市内の男性患者(06年に39歳で死亡)の和解が5日、大津地裁で成立した。

 和解金額は請求通り7480万円。患者や遺族が1996年から提訴した計42件の大津訴訟は、これですべて和解が成立した。原告患者42人は全員が死亡している。東京訴訟は65件のうち55件で和解し、10件で協議している。

 薬害ヤコブ病を巡っては、96年11月、滋賀県湖南市の谷三一さん(58)と患者の妻たか子さん(01年に46歳で死亡)が全国で初めて、乾燥硬膜の製造元「ビー・ブラウン社」(ドイツ)と輸入を承認した国などに約9000万円を求めて大津地裁に提訴した。

 大津、東京両地裁が01年、被告側の、患者に対する救済責任を明示。02年3月、患者原告20人について一人平均約6000万円の和解金を支払うことで初めて和解が成立した。