日本経済新聞 2007/10/19

キリン、協和発酵買収交渉 医薬・バイオ強化
 買収額3000億円超も 上場は維持

 キリンホールディングスが東証一部上場の医薬品大手、協和発酵を買収する方向で同社と交渉に入ったことが明らかになった。キリンは協和発酵を傘下に入れて医薬品やバイオ関連の事業を強化し、ビール事業の伸び悩みを補う。少子高齢化や医療費抑制で市場が低迷する食品・医薬品業界でM&A(合併・買収)が一段と加速してきた。
 キリンは買収後、協和発酵の上場を維持し、経営の独立性を尊重する。そのうえでグループの医薬品事業子会社、キリンファーマを協和発酵に合併させる方針。2社合計の医薬品事業売上高は約2千億円となり、国内10位の塩野義製薬とほぼ同程度になる。
 キリンは友好的な形で協和発酵の株式の50%超の取得を目指し、TOB(株式公開買い付け)も選択肢に入れている。協和発酵の18日終値から算出した時価総額は4798億円。仮にTOBで一般的な30%のプレミアムを乗せた場合、買収総額は3千億円を超える。
 キリンは主力のビール事業でアサヒビールと首位を争っているが、国内の酒類事業は頭打ちが続く。このため2006年に酒類のシェア拡大に向けワイン大手メルシャンを買収。医薬品事業では7月に医療機器大手のテルモと資本・業務提携した。7月1日付で持ち株会社制に移行。M&Aなどを通じビール以外の事業拡大を目指している。
 協和発酵は医薬品と化学品、アミノ酸などのバイオ系化学品など複数事業を手掛ける。医薬・バイオに経営資源を集約するため化学品と食品を分社して事業持ち株会社に移行している。稼ぎ頭の医薬品事業は主力品の特許切れによる減収が続いているが、副作用の少ない「抗体医薬」と呼ぶ先端分野に強みを持つ。
 キリンも別の抗体医薬技術を持っており、両社の技術を組み合わせることで新薬開発力の底上げが期待できる。資金力のあるキリンの傘下に入れば、多額の費用がかかる薪薬の開発もしやすくなるとみている。
 ビールなど食品業界では昨年以降、アサヒビールがカゴメに出資するなど、M&Aや提携が活発になっている。

医薬再編の動き加速 
 キリンホールディングスが協和発酵を買収する交渉に入ったのは、両社の強みを持ち寄って世界に通用する新薬を生み出す体制を整えるのが狙い。医薬メーカーは国内市場の鈍化と新薬不足という2つの壁に直面している。両社はそれぞれ「抗体医薬」と呼ぶ革新的な薬を開発する技術を持っており、統合効果は大きいとみられる。買収が実現すれば、世界での生き残りをかけた医薬再編が加速するのは確実だ。

抗体医薬 統合効果大きく
 国内では2005年に合併・統合により、アステラス製薬、第一三共、大日本住友製薬などが相次ぎ誕生した。今年10月1日にも田辺製薬と三菱ウェルファーマが合併して田辺三菱製薬が発足した。
 世界の製薬市場で生き残るには、年間30億ドル(3450億円)以上の売上高が必要といわれている。新薬を継続して生み出すためには、一定水準の研究開発費が必要だからだ。
 ただ国内は33兆円にのぼる医療費の抑制に向け、医療費の2割を占める薬剤費の圧縮に動いている。政府は薬価の安い後発薬を2012年までにシェア3割に普及させる目標を掲げる中、日本の医薬品市場の成長は頭打ち。実際、世界市場における日本の地域別売上高は2005年に11.3%と、10年前の約半分に低下している。
 国内の製薬企業が成長していくには、、欧米など海外市場に打って出なければならない。研究開発強化に加え、海外進出の資金力が必要。このため、各社がM&A(買収・合併)による規模拡大を急いでいる。
 ただ、キリンと協和発酵の医薬品事業の年間売上高を合わせても2千億円に満たない。買収が成立した場合、両社は事業基盤の強化に向け、まず技術のシナジー効果を狙うとみられる。
 両社が強い抗体医薬は生物の免疫反応を応用した医薬品。がんなど病原を狙い撃ちするので、既存の薬に比べて副作用が少なく、効き目が強いとされる。
 キリンは抗体医薬を効率よく作製する技術を持ち、特に副作用を起こしにくくする「ヒト化」と呼ぶ技術などで注目されている。協和発酵は抗体医薬の効き目を最大1千倍に高める技術を保有。2社の技術を組み合わせ、キリンの安定した事業基盤のもとで腰を据えて研究開発を進めれば、有力な新薬開発につながる可能性もある。


▼抗体医薬
 免疫機能を担う「抗体」と呼ぶ特殊なたんぽく質を使った医薬品。一般的な薬は化学合成で作るのに対し、抗体医薬は培養細胞で作る。病気の引き金や悪化のカギを握る物質に結合して作用を妨げる。がんや関節リウマチの治療薬として急速に普及しており、世界市場規模は年2兆円弱に達する、武田薬品工業や第一三共、アステラス製薬も製品や関連技術導入を急いでいる。

国内製薬会社の売上高順位 '(単位億円。2006年度)
1 武田薬品工業   13,051
2 第一三共   9,295
3 アステラス製薬、   9,206
4 エ一ザイ   6,741
5 大塚製薬   5,761
6 田辺三菱製薬   4,050
7 中外製薬   3,261
8 大日本住友製薬   2,612
9 大正製薬   2,420
10 塩野義製薬   1,997
11 小野薬品工業   1,417
12 協和発酵   1,315
- キリンファーマ    672
(注)大塚製薬と協和醗酵は医薬品部門。
  田辺三菱製薬は三菱ウェルファ一マと田辺製薬の単純合算

 


2007/10/22 協和醗酵/キリンホールディングス

協和発酵とキリンファーマとキリンHD、戦略的提携に合意し統合契約書締結

協和発酵グループとキリングループの戦略的提携について
〜医薬事業を中心とした提携により両グループの強みをいかし、シナジーの最大化を目指す〜

 協和発酵工業株式会社(社長 松田譲、以下協和発酵)とキリンファーマ株式会社(社長 浅野克彦、以下キリンファーマ)、キリンホールディングス株式会社(社長 加藤壹康、以下キリンホールディングス)は、2007年10月22日、両グループの事業全体を対象とした戦略的提携について合意に達し、統合契約書を締結しました。両グループは、相互の強みを生かした戦略的な業務提携を推進し、競争力強化や経営効率の向上、シナジーの最大化を図り、さらなる成長の実現による企業価値の向上を目指します。
 提携の柱として、協和発酵とキリングループの医薬事業会社であるキリンファーマを統合し、シナジーの早期創出を図ります。両社の強みであるバイオテクノロジーを基盤とし、医薬を核にした日本発の世界トップクラスの研究開発型ライフサイエンス企業を目指します。
 
 両グループの統合に先立ち、キリンホールディングスは、協和発酵株式の公開買付けおよびキリンファーマと協和発酵の株式交換により、協和発酵の発行済株式総数の50.10%を取得する予定です。
 買付予定株式数は111,578,000株(発行済株式総数の27.95%)で、買付期間は2007年10月31日から12月6日です。買付価格は1株につき1,500円、買付けに要する資金は1,673億6,700万円を予定しています。本公開買付けに対し、協和発酵の取締役会は賛同を決議しました。
 また本公開買付け成立後、キリンファーマと協和発酵の株式交換(キリンホールディングスが保有するキリンファーマ株式1株に対して協和発酵株式8,862株を割当交付する)により、2008年4月1日にキリンファーマは協和発酵の完全子会社となり、協和発酵はキリンホールディングスの連結子会社となります。さらに協和発酵とキリンファーマは、2008年10月1日をもって合併(存続会社は協和発酵)し、協和発酵キリン株式会社に商号変更します。
 なお、本公開買付けによる買付け株式総数が111,578,000株に満たない場合には、本株式交換に際して交付される株式数と併せて協和発酵の発行済株式総数の50.10%をキリンホールディングスが取得することになるよう、協和発酵はキリンホールディングスに対し、2008年3月25日を払込期日として、第三者割当てによる新株発行を1株あたり1,500円で実施する予定です。

 医薬品業界は、医療制度改革に伴う診療報酬改定・薬価の引下げなどによる国民医療費の抑制や、新薬の開発をめぐる競争の激化、研究開発費の負担増など、国内外ともに経営環境が激変しています。
 協和発酵とキリンファーマは、ともに抗体医薬技術などを中心としたバイオテクノロジーを強みとしていることから、両社の強みを融合することにより、一層の事業強化を図ります。基盤強化と、国内外における研究・開発・製造・販売をはじめとする各分野でのシナジーの最大化により、スピード感をもったグローバルな展開で成長を加速し、新たな医療価値の提供を目指します。

 協和発酵グループは、事業持株会社である協和発酵が医薬とバイオケミカル事業を、その子会社である協和発酵ケミカルと協和発酵フーズが化学品事業と食品事業をそれぞれ展開している研究開発型企業グループです。近年は、抗がん剤と抗体医薬品の開発に注力しており、抗体医薬品の抗体依存性細胞障害活性を100倍近く高めることが期待されるポテリジェント技術※を開発するなど、バイオテクノロジーに特長を持つ研究開発を進めています。

※協和発酵が独自に開発したポテリジェント技術の特徴は、抗体が保有する糖鎖のうちフコースという糖の量を低減させることによって、抗体依存性細胞障害活性を飛躍的に向上させ、標的、例えばがん細胞を極めて効率的に殺傷することにあります。

 キリングループは、キリングループ長期経営構想「キリン・グループ・ビジョン2015」(略称:KV2015)を掲げ、酒類・飲料・医薬を事業の3本柱として飛躍的な成長を目指しています。キリンファーマはグループの医薬事業を担う事業会社で、「腎臓」「がん(血液を含む)」「免疫・感染症」を重点領域としており、バイオ医薬品メーカーとして確固たるポジションを獲得しています。また、抗体医薬品、細胞医薬品を今後の事業の柱と位置づけ、研究開発を進めています。

 また両グループは、医薬事業以外にも共通する分野が多いことから、それぞれの事業統合や連携を進めます。協和発酵のバイオケミカル事業は、新会社の子会社として2010年4月までの分社化を目指し、アルコール事業および健康食品通信販売事業はキリングループの同一事業との統合に向けた検討を開始します。食品事業についてもキリングループのキリンフードテックとの事業統合を検討するほか、化学品事業は他社とのアライアンスを含めて収益の安定化と競争力強化に注力します。

 協和発酵グループとキリングループは今回の戦略的提携により、お互いの強みを生かしたシナジーの最大化を図り、企業価値のさらなる向上を目指します。

戦略的提携および本公開買付け・本株式交換の概要

1.新会社(合併後の存続会社)概要
(1)会社名 協和発酵キリン株式会社 (英文名:KYOWA HAKKO KIRIN CO.,LTD.)
(2)所在地 東京都千代田区大手町一丁目6番1号
(3)代表者 代表取締役社長 松田 譲(現協和発酵社長) (予定)
       代表取締役副社長 宗 友廣(現キリンホールディングス常務取締役) (予定)

2.協和発酵工業株式会社 会社概要
(1)会社名 協和発酵工業株式会社 (英文名:KYOWA HAKKO KOGYO CO.,LTD.)
(2)所在地 東京都千代田区大手町一丁目6番1号
(3)代表者 代表取締役社長 松田 譲
(4)売上高 3,542億円(2007年3月期・連結)
(5)当期純利益 126億円(2007年3月期・連結)
(6)資本金 267億円(2007年3月31日現在)
(7)主要株主 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口)、第一生命保険相互会社、
         日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口)、農林中央金庫、
         みずほ信託退職給付信託みずほ銀行口再信託受託者資産管理サービス信託
(8)設立年 1949年
(9)従業員 5,756人(2007年3月31日現在・連結)
(10)事業内容 医家向け医薬品、医薬・工業用原料、ヘルスケア製品、農畜水産向け製品、アルコール等の製造・販売
(11)主要製品 コニール、アレロック、デパケン、各種アミノ酸

3.キリンファーマ株式会社 会社概要
(1)会社名 キリンファーマ株式会社 (英文名:KIRIN PHARMA COMPANY,LIMITED.)
(2)所在地 東京都渋谷区神宮前六丁目26番1号
(3)代表者 代表取締役社長 浅野 克彦
(4)売上高 672億円(2006年12月期・連結セグメント)
(5)営業利益 120億円(2006年12月期・連結セグメント)
(6)資本金 30億円(2007年7月1日現在)
(7)主要株主 キリンホールディングス株式会社
(8)設立年 2007年
(9)従業員 1,270人(2007年7月1日現在)
(10)事業内容 医薬品の製造・販売および輸出入
(11)主要製品 ネスプ、エスポー、グラン

4.キリングループ(連結)概要
(1)売上高 16,659億円(2006年12月期・連結)
(2)当期純利益 535億円(2006年12月期・連結)
(3)資本金 1,020億円(2007年6月30日現在)
(4)従業員 23,332人(2006年12月31日現在・連結)
(5)事業内容 酒類、飲料、医薬品、健康・機能性食品等の製造・販売

5.今後の組織体制
本公開買付け、本第三者割当増資、本株式交換終了後、協和発酵はキリンホールディングスの連結子会社となる。(株式交換の効力発生:2008年4月1日)また、2008年10月1日をもって、協和発酵とキリンファーマは協和発酵を存続会社として、合併する。なお、新会社は上場を維持する。
キリンホールディングスは、新会社の上場が維持されるべく最大限の合理的な協力を行い、新会社に対する持株比率50.10%を10年間維持することを原則とする。

6.公開買付けの概要
(1)期間 2007年10月31日から12月6日まで(26営業日)
(2)買付価格 1株につき1,500円(計1,673億6,700万円を予定)
(3)買付け予定株式総数 111,578,000株(発行済株式総数の27.95%を予定)

7.株式交換の概要
(1)日程
   @株式交換契約締結 2007年10月22日
   A株式交換の効力発生 2008年4月1日
(2) 株式交換比率
 キリンファーマ普通株式1株に対し、協和発酵普通株式8,862株を割当交付。
(3)発行する株式数
 協和発酵が株式交換に際して発行する株式数は、普通株式177,240,000株。
*本株式交換は本公開買付け成立後、協和発酵の臨時株主総会における承認を条件として実施する。

8.第三者割当増資の概要
上記公開買付けによる買付け株式総数が111,578,000株に満たない場合には、キリンホールディングスが本株式交換に際して交付される株式数と併せて協和発酵の発行済株式総数の50.10%を取得することになるよう、協和発酵はキリンホールディングスに対し、2008年3月25日を払込期日として、第三者割当てによる新株発行を1株あたり1,500円で実施する予定。
*本第三者割当増資を実施する場合には、協和発酵の臨時株主総会による特別決議承認を得る予定。

 


日本経済新聞 2007/10/23-24

キリン、協和発酵買収 連鎖する医薬再編
 資金力でバイオ育成 

 キリンホールディングスは22日、医薬品事業強化のため協和発酵を買収すると発義した。欧米の大企業に対抗する国内大手同士の統合に続き、資金力のある兼業メーカーが専門分野で高い競争力を持つ中堅クラスを傘下に収める形で、医薬業界再編の連鎖が起こった。キリン・協和発酵連合の強みはどこにあるのか。M&Aの舞台裏を追う。

兼業、新たな担い手に
 キリンは来年4月に協和発酵を連結子会社化。同10月に協和発酵がキリンの医薬品子会社のキリンファーマと合併し、新会社「協和発酵キリン」が誕生する。

「あうんの呼吸」
 キリンが協和発酵の買収に向け、同社と秘密保持契約を結んだのは3月にさかのぼる。22日、東京都内で開いた記者会見で協和発酵の松田譲社長は買収交渉について「今春から話を進めてきた。あうんの呼吸で決まった」と説明した。
 もっとも松田社長とキリンファーマの浅野克彦社長は旧知の間柄。「世界で通用するバイオ企業を作ろうどいう問題意識は共有してきた」(松田社長)という。
 総額3千億円規模のキリンによる協和発酵の買収劇。7月に持ち株会社に移行し、「医薬を含めた総合力で飛躍的な成長」(加藤壹康社長)を目指すキリンにとって重要な節目となる。
 2001年にアサヒビールにビール系飲料のシエア首位を奪われたキリンは「殿様商売」とやゆされた営業体制を見直した。この結果、アサヒに最大5ポイント以上差をつけられたシェアも06年に0.2ポイントまで詰め寄る。主力のビールで安定感を取り戻し、キリン経営陣は医薬品をビール、清涼飲料に次ぐ事業の三本柱の一つとして育成する好機とみた。 

ライバルは撤退
 ただ、医薬品事業は開発費負担も重い。アサヒビール、
サントリーはすでに同事業から撤退した。それでもキリンが事業の柱に据えたのは、競合他社をしのぐ財務力を背景に築き上げた技術力、人材を抱えているとの自負があるからだ。
 例えば貧血治療薬「エスポー」。ビール酵母などの微生物研究から生まれた医薬品で、1990年の発売以降、医薬事業の基盤を固めた。対象分野を絞り込んだことで、06年12月期の医薬事業亮上高は10年前の約2倍に伸び、営業利益はキリングループ全体の1割以上を占める。酒類事業の売上高営業利益率7.8%に対し、医薬は17.9%と格段に高い。

総合力で一線
 人材も豊富だ。01年に社長に就任し、ビール事業の立て直しに道筋をつけた荒蒔康一、郎会長は医薬畑が長かった。医薬事業拡大のきっかけとなった米アムジェンとの提携も荒蒔会長が手掛けた。その荒蒔会長がトップに立つだけに消耗戦が続くビール業界にあって他社と一線を画す総合力を誇示しようとの意地が見え隠れする。
 キリンの加藤社長は会見で「50.1%の出資は両社が持つ力を最大限に発揮できるバランス良い比率」と自賛した。キリンの株式時価総額は約1兆5千億円と、協和発酵(約5500億円)のほぽ3倍。医薬業界で売上高4位のエーザイと同程度の規模を持つ。
 協和発酵がキリンの傘下に入るのは、キリンの豊富な資金を活用し、新薬の研究開発を進めるのが狙いとみられる。キリンも協和発酵に経営の自主性や裁量権を与え、協和発酵側のモラールダウンを防ぐことが自社の医薬事業拡大につながると考えたようだ。
 医薬の世界は主力薬の特許が切れる前に次のヒットを生み出さなくてはならない循環型のビジネスだ。一方で新薬の研究開発には時間もかかる。キリンが協和発酵への出資比率を維持すると決めた10年間は、両社の技術を融合した新薬開発が結果を出せるか判断するためにも必要な時間ともいえる。

異業種大手の傘に活路 中堅、独自性維持探る

 「もはや引き返せないところまできた。あとは成功せるしかない」
 8月、東京大手町の協和発酵本社。春からキリンファーマとの事業統合を検討してきたスタッフ十数人が集まり、松田譲社長の前で一人ずつ意見を述べた。全員の答えが「賛成」で一致。この時点で松田社長の腹は固まったという。

環境大きく変化
 前社長の平田正相談役とキリンビールの医薬事業本部長だった荒蒔康一郎キリンホールディングス会長は東大農学部の同窓。以前から「一緒にできたら」という話はしばしば浮上した。それが今春から真剣な議論に発展したのは「製薬業界を巡る環境が大きく変わった」(松田社長)からだ。
 病院などで処方される医療用医薬品は公定価格(薬価)が2年ごとに切り下げられるが、医療費抑制策の一環で毎年見直す方向で議論が進む。政府の後押しもあり、特許切れ後に登場する後発薬も市場規模を拡大中。先発薬分野でも外資が海外で開発した大型薬を日本市場に投入して攻勢をかけている。
 日本は世界二位の医薬品市場だが、医療費抑制の成果もあり世界市場に占める比率は10年前の約2割から現在は約1割に半減した。先発薬分野の業界団体、日本製薬工業協会の青木初夫会長(アステラス製薬共同会長)は「会員企業の70社がこのまま生き残ることは難しい」と言い切る。
 2005年に誕生したアステラス製薬や第一三共は大手同士の再編だったが、今後の焦点は準大手や中堅クラスに移るとの見方が強い。薬価下落などで真っ先に経営が苦しくなるのが中堅企業。「中堅同士で一緒になるか、大手の傘下に入るかを迫られる」とクレディ・スイス証券の酒井文義アナリストが指摘するように、他社との再編に追い込まれる前に自ら手を打ちたいと考える経営者は少なくないはずだ。

「第3の道」注目
 再編の狙いは成長を維持するための研究開発費の確保と海外戦略の強化。それには国内大手や外資大手の傘下に入るのが手っ取り早いが経営の独立を維持するのは難しい。そこで注目を集めるのが今回の協和発酵のように異業種大手の傘の下に入る「第三の道」だ。
 例えば、独立系の旧大日本製薬と住友化学グループの住友製薬が合併して発足した大日本住友製薬。連結売上高で1兆7900億円という住友化学の傘下に入ることで経営基盤が強まる一方、「住友化学から医薬事業の経営は任されている」と旧大日本出身の宮武健次郎社長は言う。旧田辺製薬と旧三菱ウェルファーマが三菱ケミカルホールディングスの傘下で合併し、今月発足した田辺三菱製薬も同様の構図といえる。
 04年に中外製薬の大衆薬事業を買収したライオンの関係者は「機会があれば買収も選択肢」と拡大意欲を隠さない。旭化成、味の素、帝人、日本たばこ産業(JT)、明治製菓、ヤクルト本社など医薬部門を持つ大手企業も多い。生き残りを賭ける中堅製薬と医薬を新たな成長の柱と位置づける異業種大手の組み合わせが医薬再編の新たな流れとなる可能性が出てきた。

主な国内製薬業界の再編

2001年 三菱東京製薬とウェルファイドが合併、三菱ウェルファーマに
独べ一リンガー・インゲルハイムがエスエス製薬を子会社化
02年 スイスのロシュが中外製薬を子会社化
昧の素が清水製薬買収
04年 米メルクが万有製薬を完全子会社化
ライオンが中外製薬の大衆薬事業を買収
05年 山之内製薬と藤沢薬品工業が合併、アステラス製薬に
三共と第一製薬が持ち株会社の第一三共設立
大日本製薬と住友製薬が合併、大日本住友製薬に
07年 三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併、田辺三菱製薬に
キリンホールディングスが協和発酵買収を発表

協和発酵社長 「毎年4品目で臨床試験」 研究開発を加速

 キリンホールディングス傘下入りを決めた協和発酵の松田譲社長は23日、日本経済新聞のインタビューに応じた。キリンとの医薬部門統合を通じて研究開発を強化し「毎年4品目の臨床試験を始める」との方針を表明。2011年度の医薬事業売上高を06年度合算比で約25%増となる2500億円に引き上げる計画で、研究開発型で国際競争力の高い製薬企業をめざすという。

ー キリングループ入りを決断した理由は。
 「単独でもやっていけたが、(医薬事業子会社の)キリンファーマと統合すれば新薬開発にスピード感を持てる。抗体医薬という先端分野で日本発の国際競争力が高い企業を形成できると考えた。特殊なたんぱく質を使う抗体医薬と、一般的な化合物で2品目ずつ、合計4品目で毎年臨床試験を始められる体制を築く。現在の年間1−2品目から倍増し、新薬の開発に弾みが付く」
 「頼んだわけではないが記者会見でキリンホールディングスの加藤壹康社長は『買収』という言葉を使わなかった。買収という表現では世界に通用するスペシャリティーファーマ(専門分野特化型の製薬企業)をめざす我々の意図が正確に伝わりきらない不安もある」

ー キリン以外の選択肢はなかったのか。
 「キリンは100%フィットする相手だった。抗体医薬で互いの独自技術が補完関係にある。キリンは大型新薬がこのほど承認され、営業職にあたるMR(医薬情報担当者)が足りないが、当社は新薬投入の端境期で余剰感もある。生産設備が統合しやすく、複合企業体で社風も似ている。国内製薬大手や外資との統合だと非医薬部門を切り離す必要もあった」

ー 両社で合計21品目ある開発中の新薬候補品には抗体医薬が3品目しかないが。
 「臨床試験を始める前の抗体医薬の候補品は協和発酵にもキリンにも数多くある。両社の事業統合はコンスタントに候補品を臨床試験入りできるよう研究開発を加速する狙いも大きい。国内の製薬大手は売上高に占める研究開発費が10%台後半。我々は企業規模こそ小さいが、20%程度を投じて研究開発型企業の姿勢を明確にする」