日本経済新聞 1997/2/25

吉富製薬 ミドリ十字を救済合併
 10月に HIV和解金は継承

 HIV(エイズウイルス)訴訟の被告企業、ミドリ十字と武田薬品工業系の中堅製薬会社、吉富製薬は24日、今年10月1日付で合併すると発表した。存続会社名は吉富製薬で、新会社の社名も当面、吉富製薬とする。ミドリ十字株5株に対し吉富株3株を割り当てる。ミドリ十字は約240億円に上る薬害エイズ被害者への和解金支払いや不買運動の影響などで業績が悪化していた。自主再建を断念し、吉富に事実上の救済合併を仰ぐ。

 合併新会社の社長には吉富製薬の合屋正社長、副社長にはミドリ十字の土井一成社長が就任する。新会社の資本金は213億8千万円。売上高は両社の95年度の売り上げを単純に合算すると1903億円で国内9位となる。合併後初の12ヶ月決算となる99年3月期の売上高は2千億円となる見込み。
 ミドリ十字は血液製剤、吉富は神経系用薬が主力で、製品面で相互補完する形になる。吉富冨の合屋社長は販売面でも「ミドリは病院、当社は開業医に強く、合併効果は大きい」と説明する。
 ミドリ十字はHIV訴訟の和解金支払いや不買運動などで96年9月中間期に71億円の最終損失を計上するなど業績が悪化していた。今後の和解金支払いについて、ミドリ十字の土井社長は「新会社が引き続き責任を持って対応する」と話した。社名は当面、吉富製薬とするが、将来、別の社名も考えるとしている。
 今回の合併について、厚生省は「両社からは新会社がミドリ十字の(薬害エイズ問題での)責任を完全に継承するとの報告を得ており、(合併による)経営基盤の強化は患者の将来への不安解消にもつながる」との薬務局長談話を発表している。

吉富製薬
 武田薬品工業系の中堅製薬メーカー。合成医薬品を得意とし、開業医向けに強みを持つ。1940年の設立。東証1部上場で、本社大阪市、資本金107億2600万円。従業員数は2555人(96年9月末現在)

ミドリ十字
 血液製剤の最大手。1950年設立。HIV(エイズウイルス)訴訟の被告企業で、同社製の輸入血液製剤をめぐる薬害エイズ事件で歴代3人の社長が逮捕・起訴された。東証1部上場で、本社大阪市、資本金106億5300万円。従業員数は2381人(同)。

突然の合併 周辺に思惑
 厚生省が後押しか 薬害エイズ 消えぬ社会的責任

 吉富製薬は、薬害事件で企業イメージが悪化し再建途上にあるミドリ十字との合併にあえて踏み切った。両社トップは「独自の判断」を強調するものの、突然の合併劇の背景には厚生省の後押しがあったとみられる。新会社には約240億円という和解金負担ものしかかる。合併でミドリ十字の名は消えても、多数の被害者を出した薬害エイズ事件の責任が消失するわけではない。新会社の経営陣や関係者が新たに抱える課題は数字以上に重い。

 「合併の検討は昨年11月に武田薬品に伝え、厚生省には今月10日報告した。(ミドリ十字を合併するうわさがあった)日本たばこ産業(JT)には事前に伝えていない」。吉富の合屋社長は合併はあくまで吉富とミドリの自主的な判断だと繰り返した。
 合屋社長によれば、ミドリ十字との合併は中長期的にみて吉富にとってもプラスとの判断から。ミドリは企業イメージこそ失墜したが、生物学的製剤技術や国際展開で独自の強みを持つ。同社が開発中の遺伝子組み換え型アルブミンは将来300億円規模の市場との予測もある。エイズの遺伝子治療薬も開発中で、米国子会社アルファ社ももつ。
 一方、吉富は企業規模こそミドリよりも大きいが国際化は遅れている。医療費抑制策進行で国内市場に頼る中堅メーカーは合併などによる規模拡大の必要性が高まっており、中長期で考えればミドリ救済は安い買い物との考え方は成り立つ。
 ただ、こうしたシナリオが当事者だけで進んだと見る向きは業界内でも少ない。ミドリの救済先としては今までJTなどがうわさにあがったが、「暗いイメージが広がり各社とも腰がひけてしまった」(業界関係者)。血液製剤のトップメーカーで「もし救済されずに倒産すれば困る患者も相当でる」(バイオ業界関係者)だけに、「厚生省が間に入り、吉富の大株主である武田に救済を依頼した」との観測は根強い。
 厚生省幹部によれば昨年末、吉富の社長から救済計画について相談をうけ、「提携などの形よりは(薬害エイズ問題の)責任の所在を明確にしたほうがいい」として合併を勧めたという。「省内でミドリの経営問題を深刻に議論したことはないが、結果的には中堅同士の合併で相乗効果も出る」と同幹部は“振り付け師”の役割を否定しない。
 ただ、同幹部が指摘するように、新会社はミドリから和解金だけでなく、企業の社会的責任をすべて引き継ぐ。ミドリは歴代3社長の逮捕・起訴で厳しく問われた企業倫理に対し社会的に十分こたえたとはまだ言い難い。新会社が新たに抱えた課題は極めて大きい。

歴代社長の刑事責任や株主代表訴訟 難題も引き継ぐ
 薬害エイズをめぐって、ミドリ十字は昨年3月に和解が成立したHIV訴訟のほか、業務上過失致死罪で起訴された歴代3社長の刑事裁判、当時の役員を相手に和解金に必要とされる240億円を会社に返還するよう求めた株主代表訴訟など、司法上の難題をいくつも抱えている。
 和解後も提訴が続くHIV訴訟については、合屋正・吉富製薬社長はこの日の会見で「和解金の支払いは責任を持って引き継ぐ」と表明したが、大阪HIV訴訟弁護団の川崎伸男事務局長は「和解金の支払い継続は当然」と指摘。「恒久対策や真相究明への協力についても引き継いでほしい」と厳しく注文を付ける。
 さらに大きな問題は血友病患者以外のHIV感染者との和解交渉。同弁護団の徳永信一弁護土は「具体的な進展がない。早く道筋を付けるべきで、新会社の監視も続ける」と強調している。同弁護団は吉富製薬側に公開質間状を送ることも検討しているという。
 一方、ミドリ十字歴代3社長の刑事事件の初公判は3月24日に大阪地裁で開かれる。あくまで個人の犯罪を裁く場だが、社長経験者の刑事責任追及は同時にミドリ十字の体質を裁く意味もある。

「経営基盤強化」厚生省は評価
 厚生省はミドリ十字が経営悪化によって薬害エイズ問題の責任を全うできなくなる事態を最も心配していた。このため、今回の合併は「経営基盤の強化が図られる」(丸山晴男薬務局長)と評価している。
 水俣病における加害企業であるチッソは、事件発生後、経営が悪化、被害者を救済するためには加害企業を公的に支援しなければならなくなった。厚生省はミドリ十字が同じような状態になることは何とか回避したいと考えていた。同省はミドリ十字のエイズに対する責任をどうするのかをただし、両社から「新会社は責任を完全に継承する」との報告を受け、安どしたようだ。

合併新会社 和解金負担「吸収に余力」

 新会社はミドリの和解金負担という重荷を背負う。ミドリは一連のHIV訴訟で約240億円の和解金を支払う必要があり、96年3月期に47億円の特別損失を計上。97年3月期もすでに92億円の計上が確定している。
 残る負担額は101億円だが、両社合計の株主資本は1287億円と余裕はある。合屋・吉富製薬社長も「ミドリの業績が回復していることから心配はしていない」と言う。
 ミドリの業績は回復に向かっている。不買運動の収束傾向に加えて、血液製剤の「アルブミン」などが好調なためだ。97年3月期の経常損益はこれまでの25億円の赤字予想から一転、5億円の黒字になる。無配の方針だった配当も年3円の幅で実施する。
 株式の交換比率は直近3カ月の両社の株価を基準に決めた。ソロモン・ブラザーズ・アジア証券の山本義彦氏は「ミドリが負担する和解金などを考えても妥当な比率」と話している。

 

日経産業新聞 1997/2/25

 吉富製薬とHIV(エイズウイルス)訴訟の被告企業であるミドリ十字は24日、今年10月1日付で合併すると発表した。吉富製薬にとり、薬害エイズ事件で企業イメージが失堕、企業存続そのものが問われているミドリ十字との合併は大きな賭けだ。吉富製薬の合屋正社長は「国内企業でこれほど補完し合える相手はない」と強調するが、厳しい環境下で事実上の“救済合併”を決断した背景には何があったのか。

合併会見の一問一答

 24日、記者会見した吉富製薬の合屋正社長とミドリ十字の土井一成社長の一問一答は次の通り。

ー 合併はいつ、どちらから持ち掛けたのか。

合屋氏 「昨年、ミドリ十字の川野武彦前社長の逮捕で中断したが、今年に入って急速に進んだ。ミドリとは87年から医薬品の並行販売を進めている。その中で販売会社を設立する計画があったため、2年前、課長クラスを中心にワーキンググループを編成した。法的な問題に直面して、グループから『いっそのこと合併したらどうか』という提案が出てきた」
土井氏 「今年から(業況が)少し上向いてきた。自主再建する感触を得たことが大きい」

ー 吉富によるミドリの救済合併か。

合屋慶氏 「いや対等合併だ。競争が激しい製薬業界で中堅企業が生き残るためには(合併しなけれぱ)難しい。お互い全く同じ経営判断だった。ミドリの持つプラス・マイナス面すべて引き受ける」

ー 今後、HIV訴訟に関連した提訴者数の見通しが立たない中での合併にリスクはないのか。

合屋氏 「HIV訴訟はミドリにとって大変な問題だが、二度と薬害を起さないように社内体制を充実しており、信頼できると思う。ミドリは血液製剤で大きなシェアを持っており、もし生産中止になれぱ医療面で大きな影響を与えることになる」

ー HIV訴訟の原告への恒久対策の影響は。

土井氏 「和解の中で約束したことは履行する」

ー 合併で不買運動が収まる期待はあるのか。

土井氏 「経営に大きなダメージを受けだが、1月までに底を打った」

ー (合併は)吉富の筆頭株主である武田薬品工業との関係はないのか。

合屋氏 「武田薬品には2月に連絡した時、吉富の経営判断を尊重すると言ってくれた。新会社になってからも筆頭株主は変わらない。」

ー 薬害エイズ問題での和解成立以降、ミドリには大手企業との合併のうわさが流れたが。

土井氏 「いろんな時期があった。私の耳に入ったものは数少ないが、いくつか(合併の話が)あったのは事実だ。昨年暮れからは吉富の話がメーンになった。ミドリが自主再建に自信を持ったという中で話が出た」

ー 厚生省の働き掛けがあったのか。

合屋氏 「2月10日にこちら側の考えを聞いてもらった。(厚生省が)援助するとか、やめろとか指導したという話は全くない」

ー リストラ策は。

合屋氏 「7、80カ所の国内営業所などが重複するので人員削減する。既に希望退職を募っている」
土井氏 「工場閉鎖などのリストラ策は引き続き進める」

事業展開で補完性 裏でJTなどが動き?

 存続会社は吉富製薬で、社長には吉富の合屋正社長が就任。ミドリ十字の土井一成社長は副社長に就く。ミドリの株式5株に吉富の株3株を割り当てる。新会社は売上高で国内製薬業界10位に位置する。
 ミドリ十字はHIV訴訟の和解金支払いや医療機関の不買運動の拡大で業績が悪化。主力取引銀行のさくら銀行の支援の下で、昨年11月、2300人から1800人への人員削減などを柱とした経営再建策を発表、再建途上にあった。
 両社を合併に走らせたのは厚生省の医療費抑制策が強化され、特に薬剤費の圧縮策が浸透。研究開発力や国際展開が今後の製薬会社の生き残りのカギを握るなか、年間500億ー1千億円規模では限界がはっきりとしてきたことが大きい。
 吉富の筆頭株主が武田薬品工業であることや、かねて日本たばこ産業(JT)がミドリを吸収合併する意向とのとうわさが流れたことから、今回の合併の裏では武田やJTの動きがあったのではと推測されるが、両社長とも「ない」と明確に否定している。武田国男・武田薬品社長は「一部上場企業の吉富製薬が決定することであり、当社は吉富の経営判断を尊重する」とのコメントを出した。

合併は当初予定の97年10月1日から98年4月1日に延期になった。
ミドリの医薬品の承認を吉富に移管するのに時間がかかるなどが理由。

その間、合併解消の観測も浮上したが、後押しした厚生省の働きかけなどで危機を回避した。