日本経済新聞 2008/3/10   

「万能ワクチン」実現へ道筋 多様なインフルエンザに対応
  感染研など、新物質開発 動物実験で効果

 国立感染症研究所と日油などは、様々なタイプのインフルエンザウイルスの増殖を抑えるのに有望な新物質を開発した。従来のワクチンとは異なり、ウイルスが感染した細胞を攻撃するのが特徴。動物実験で効果を確かめた。発生が懸念される新型インフルエンザをはじめ、どんなインフルエンザにも効く「万能ワクチン」の実現につながる成果で、引き続き動物で効果と安全性を調べる。
 開発したのは感染研、日油、北海道大学、埼玉医科大学のチーム。体にウイルスが侵入すると、免疫という仕組みが働く。ワクチンはこの仕組みの働きを高める。従来のワクチンは、ウイルスを直接攻撃する免疫の働きを高める。だがウイルスは表面の構造が変わりやすく、いったん変わると既存のワクチンは効かなくなる。
 一方、新物質は別の免疫に作用する。この免疫はウイルスが感染した細胞を攻撃するもので、ウイルスの増殖を抑える。ウイルスが感染した細胞は構造がウイルスほど変わらず攻撃しやすい。新物質は、ウイルスが感染した細胞の表面物質などを微粒子に付けた構造。実験では、鳥の強毒性ウイルス(H5N1型)が感染した細胞の表面物質などを微粒子に付けてマウスに与えた。
 別のウイルス(H3N2型)を感染させた結果、免疫が働き肺でのウイルス増殖を約10分の1に抑えられた。H5N1型は人で流行が懸念される新型インフルエンザウイルスに変化するとの見方がある。
 研究チームは人の遺伝子を持つマウスなども使ってさらに実験する。

被害拡大リスク軽減 万能ワクチン 備蓄の偏り是正

 国立感染症研究所や日油などが開発した新物質は従来のインフルエンザワクチンと違い、一つで様々なウイルスに効く可能性を秘める有望なワクチン候補物質だ。現状では、シーズン前に発生しそうなウイルスを予想してワクチンを用意しているが、予想が外れる恐れがある。新物質を将来実用化できれば、こうした備蓄ワクチンの偏りによる被害拡大のリスクを軽減できそうだ。

 インフルエンザウイルスは突然変異や、鳥と人それぞれに感染するウイルスが豚の体内などで互いの遺伝子を組み換えて新たなタイプ(亜型)が生まれる。「変異の予測は誰にできない」(東京大学の河岡義裕教授)と専門家は口をそろえる。
 致死性の高い鳥ウイルス(H5N1型)がもとになって新型インフルエンザが発生し人で大流行することが危惧されているが、仮に人で感染するH5N1型が登場しても毒性が強いのか弱いのかは事前には分からない。それはどの亜型についても同様だ。
 新型インフルエンザの発生・流行に備えて政府が2千万人分準備するプレパンデミックワクチンは鳥のH5N1型をもとに作製している。これはウイルスを直接攻撃する免疫を活発にするワクチンなので、人同士で感染するH5N1型や、異なる亜型のウイルスが現れたときにどれだけ効果があるのかは分からない。
 このため、専門家の間では「(様々なタイプのウイルスに)効果的なワクチンの開発が重要」(北海道大学の喜田宏教授)との声がある。その意味で感染研や日油などの開発した物質は注目されそうだ。
 ただ実用化までには課題が多い。研究チームは動物実験で効果と安全性を十分に確認したうえで人への応用を検討することになる。

日油:
日油は1937年6月、日本産業の傘下にあった日本食糧工業、国産工業不二塗料製造所、ベルベット石鹸および合同油脂が合併して、日本油脂として誕生。
1945年、日本鉱業化学部門と合併し、社名を日産化学工業と改称。
1949年、企業再建整備法により、日産化学工業の事業部門の中から油脂、塗料、火薬、溶接部門を継承し、社名は日本油脂としてスタート。
2007年、社名を「日油株式会社」に変更。