日本経済新聞 2004/3/6
大企業復権 JFEホールディングス
「融合」断行し現場甦る 二番手意識払しょく
山陽新幹線の福山駅から車で20分。日本の製造業が世界に誇る生産現場が目に飛び込んでくる。
JFEスチール西日本製鉄所。2002年の川崎製鉄とNKKの統合に伴い、昨年4月に広島県の福山製鉄所(旧NKK)と岡山県の水島製鉄所(旧川鉄)を一体運営する形で誕生した。年間2800万トン強の粗鋼生産は世界最大。収益力も新鋭設備をそろえた韓国ポスコと肩を並べ、世界トップに位置する。
西日本製鉄所の売上高経常利益率は約20%。トヨタ自動車の2倍だ。JFEホールディングスは4日、今期の経常利益が新日本製鉄を500億円上回る2100億円になると発表。その6割をここで稼ぎ出す。
統合の直前までは収益低迷に苦しんでいた。
昨年4月。川鉄出身の山中栄輔は、専務西日本製鉄所長として福山に乗り込んだ。士気を高めようと薄暗い工場に電球を取り付けて回った。あらわになったのは老朽設備の数々。熱い鉄が流れる脇の手すりは揺れ、有毒ガスを通すパイプはひび割れ寸前だった。
「電気代がもったいない」。冷ややかだった従業員は、山中が現場に通いつめるのをみて問題解決に知恵を絞り始めた。
“敵地”に赴いたのは山中だけではない。福山と水島で部課長48人をそっくり入れ替えたのだ。給料や昇進は西日本としての成績で決まる。「とにかく協力するしかない」(数土文夫JFEスチール社長)という状況を作り出した。
「みずほになるんじゃないでしょうね」。あるJFE首脳は外国人投資家が漏らした言葉を忘れない。統合の混乱がシステム障害を招いたみずほグループ。JFEは主力銀行を反面教師に「融合なくて統合なし」という理念を固めた。
流れを決定づけたのは門外不出の技術を交換してきずなを強めたことだ。NKKは鋼板の高速冷却装置「スーパーオラック」を川鉄に公開。この秘密兵器が置かれたラインはいま、フル稼働が続く。川鉄からの贈り物は鋼板を迅速にめっき処理する技術。エネルギー使用量が1割以上減った。‘
西日本の設備はポスコより20年は古い。だがヒトとワザを溶かし合って生産性を高め、「新しい設備ほど強い」という素材産業の常識を覆した。現場を甦(よみがえ)らせた改革は全社に広がる。
「東京に行って営業と直接掛け合ってこい」。西日本所長の山中は、しばしば技術者にげきを飛ばす。JFEの成績評価基準は「カネを生み出しているかどうか」。交流のなかった技術者と営業担当が一体となって採算向上に取り組み財務改善を進める。有利子負債は4年前(両社合計)から4割減った。今期の1株配当は新日鉄を上回り、時価総額も鉄鋼トップ。新日鉄の背中をみつめる二番手企業ではなくなった。
急拡大が続く中国の鋼材市場。JFEは広州に地元国有企業との合弁を設立、51%出資した。新日鉄が組む相手は中国最大手の上海宝山鋼鉄。規模はJFEの提携先の5倍だが、出資比率は38%だ。「技術を供与する以上、我々は経営権の確保にこだわる」。こう語る数土には、もはや新日鉄への気後れはない。
統合に苦労を重ねた新日鉄の誕生から34年。JFEは「日本で統合効果を引き出すには時間がかかる」という通説をはねのけた。世界的な鋼材需要増の追い風はあるが、その衝撃は鉄の世界にとどまらない。成功モデルを探ろうと、業種を問わず多くの企業が熱い視線を寄せている。
トップに聞く JFEホールディングス社長
下垣内洋一氏
人と技術の交流ばねに 士気向上へ公平な処遇
相手の「いいとこ取り」を変革の起爆剤にする。NKK出身で持ち株会社JFEホールディングス社長の下垣内洋一氏(69)は、川鉄出身の江本寛治会長と合併成功に奔走した。
ー 統合の成果は。
「新日本製鉄に追る経営規模になり、新日鉄がどんな気持ちで仕事をしてきたかが分かるようになった」
「かつて海外との取引はほとんどが競合企業との共同商談だった。市場シェアに応じてしか仕事は取れず新日鉄の後じんを拝し続けてきた。今では社員が自信を持ち、リーダーシップをとることの面白さを感じている」
「川鉄は営業、製造部門が一体となって品種別の損益を厳格に管理していた。NKKでもできればやりたかったが、製鉄所に権限を委譲していなかったので無理だった。これが実現したのも統合の成果だ」
ー 社内から統合に反対はなかったか。
「実は誰にも相談せずに決めた。1999年に川鉄の江本社長(当時)から電話があり二人で会った時、その場で統合を決心した。2000年4月から両社の製鉄所が物流や補修で提携した時も、統合へのステップであることは黙っていた」
「提携の効果が上がり始めると、社員一人ひとりが小さな成功を味わえるようになった。統合を決断した当時には想定していなかった勢いで、中国の鋼材需要拡大という追い風も吹き始めた。その意味では非常についていた」
ー 技術交流をばねに業績が拡大している。
「融合効果は大きい。重複部分を集約し、浮いた予算を別のテーマに充てることができる。今まで着手できなかった設備投資も始められる」
「NKKと川鉄の製鉄所間で人材を入れ替え、アイデアを移植し合えるようになった。これからも人材交流は続ける」
「企業の成長力は技術力で決まる。年間約350億円の研究開発費は削らない」
ー 社員のボーナスは経常利益に連動する仕組みにした。
「全社員がJFEの利益第一に行動するようになるし、がんばった成果が反映されるので、ありがたみもわく。合併会社はとりわけ不公平な処遇があってはいけない。成果を上げた者が報われないと、社員はやる気をなくしてしまう」
ー 中国合弁では経営権確保にこだわった。
「米国での失敗にこりているからだ。米ナショナル・スチールやAKスチールに出資したが、主導権をとれずなかなかうまくいかなかった。資金を出す以上、経営を主導し競争力をつけていく必要がある」
「中国の鉄鋼需要がなくなることはないが、いつまで急拡大が続くかは不透明だ。日本も高度成長期の後に鋼材の供給過剰問題に直面した」
ー 製鉄技術を応用し、次世代エネルギーのDME(ジメチルエーテル)開発などにも取り組んでいる。
「燃えても硫黄酸化物などが発生しない。合成技術には自信があるが、いかにコストを安くするかが課題。実用化できれば発電所からディーゼルエンジンまで幅広く使える」