日本経済新聞 2003/7/23
新日鉄・宝山、包括提携へ 大市場に生産拠点 株式持ち合いも視野に
新日本製鉄と中国の鉄鋼最大手、上海宝山鋼鉄は22日、自動車用鋼板の合弁事業について基本合意書に調印した。2005年5月をメドに生産を始める。両社の首脳は包括提携も検討すると表明。世界粗鋼生産2位の新日鉄と同5位の宝山がアジアや世界市場をにらんだ戦略的な提携関係の構築に動き出した。
新日鉄は合弁会社を通じて、宝山が昨年末から建設を始めた冷延鋼板工場を共同運営する。総投資額は約千億円。日中の鉄鋼業界にとって最大の合弁事業となる。合弁会社には宝山側が
50%、新日鉄は35%以上を出資。鉄鋼世界最大手のアルセロール(ルクセンブルク)も参加する方向で調整している。
上海市内で開いた調印式には新日鉄から千速晃会長、三村明夫社長、宝山から謝企華董事長(会長)、艾宝俊総経理(社長)らが出席。式典後の記者会見で三村社長は「中国は今年、世界第4位の自動車生産国になる見通し。新日鉄の技術と宝山の生産能力を組み合わせ、日系をはじめ自動車メーカーのニーズを満たしていく」と語った。
艾総経理は「合弁事業を出発点に、広範な協力を目指す」と、両社が包括提携で合意したことも明らかにした。三村社長は「何をするか、合弁事業を通じ考える」と話したが、鉱山資源の開発や技術開発での連携などが予想されるという。
謝董事長は「2010年までに国際資本市場に進出する」と海外上場の意向を示した。中国政府の規制により、大型国有企業である宝山には外国企業は資本参加できないが、海外上場すれば新日鉄の出資も可能になる。宝山側は株式の持ち合いを希望している。
宝山鋼鉄は謝董事長が最高経営責任者をつとめる持ち株会社、上海宝鋼集団の中核傘下企業。宝鋼集団の昨年の粗鋼生産量は約1956万トンで世界第5位だった。自動車用鋼板の生産高は125万トンと中国市場の約5割を握った。
中国の鉄鋼メーカーは自動車市場の開拓に懸命で、武漢鋼鉄(湖北省)も自動車用鋼板の増産を計画している。宝山は最大のユーザーである第一汽車集団(吉林省)と鋼板の共同開発を始めるなどユーザー囲い込みにも力を入れている。
宝山鋼鉄は22日、2003年6月期の中間決算も発表。売上高は前年同期比46%増の221億元(約3300億円)、純利益は183%増の38億元だった。
新日鉄・宝山の合弁会社の概要
総投資額 | 65億元(約1000億円) |
資本金 | 30億元 |
合弁期限 | 20年 |
人事 | 総経理(社長に相当)は宝山、副総経理は新日鉄が派遣 |
出資比率 | 宝山は50%、新日鉄は35%以上 |
工場稼働時期 | 2005年5月 |
年産能力 | 冷延鋼板90万トン、亜鉛メッキ鋼板80万トン |
売上高 | フル生産で年間70億元 |
(注)社名は未定。1元:約15円
摩擦回避し中国に足場 新日鉄 技術流出、懸念残る
新日鉄が宝山と手を組むのは、貿易摩擦を回避しながら成長市場の中国に足場を築く狙いがある。中国は昨年11月に鉄鋼製品の緊急輸入制限(セーフガード)を正式発動しており、新日鉄は提携により現地生産拠点を手にする。
合弁会社は「冷延工場としては世界最大級」(米沢敏夫新日鉄副社長)。高級な自動車用の外板は日欧の鉄鋼大手しか生産できないとされ、中国に自動車用鋼板工場ができることは鉄鋼産業の歴史に大きな意味がある。
中国の昨年の自動車生産台数は前年比48%増の347万台。トヨタ自動車やホンダなどが現地生産を一斉に拡大しており、今年はフランスを抜き、米国、日本、ドイツに次ぐ世界4位になる見通しだ。
中国は原則として全世界を対象にセーフガードを発動しており、世界の鉄鋼メーカーが成長市場に殺到している。独ティッセン・クルップは今秋にも鞍山鋼鉄と自動車用鋼板の合弁生産を開始。ティッセンは宝鋼集団とステンレス鋼板の合弁生産も手掛けている。
セーフガードは冷延鋼板など5品種が対象。5月の日本から中国への鋼材輸出は前年同月比21%減の約57万トンに急減した。中国に進出する自動車メーカーの高級鋼板需要は増えているが、今のままだと日本からの鋼板輸出には規制の制約がある。2005年にセ−フガードの期限が来ても中国政府は鉄鋼業の保護政策を続ける可能性があり、新日鉄は現地に生産拠点を設けて成長市場に鋼材を安定供給する。
ただ新日鉄から上海宝山には高度な製造技術が流出する恐れもある。新日鉄は合弁会社に技術を供与し、「宝山本体には供与しない」(同)。しかし鋼板生産には製造コストを下げる工場操業法など「特許対象にはならない技術が多い」(大手幹部)。宝山が合弁企業を通じて高度な製造技術を吸収すれば、ブーメラン効果で日本の鉄鋼大手に競争相手が増えることになる。