ペロブスカイト型太陽電池の開発 perovskite

宮坂 力(桐蔭横浜大学 大学院工学研究科 教授)
ALCA
実用技術化プロジェクト課題 自律分散型次世代スマートコミュニティ
「有機無機ハイブリッド高効率太陽電池の開発」研究代表者(H25-28)

 

次世代の新規太陽電池材料として期待を寄せられているのが、「ペロブスカイト太陽電池」だ。ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造の材料を用いた新しいタイプの太陽電池であり、「シリコン系太陽電池」や「化合物系太陽電池」にも匹敵する高い変換効率を達成している。ペロブスカイト膜は、塗布(スピンコート)技術で容易に作製できるため、既存の太陽電池よりも低価格になる。さらに、フレキシブルで軽量な太陽電池が実現でき、シリコン系太陽電池では困難なところにも設置することが可能になる。このような特徴を有する太陽電池で、シリコン系太陽電池と同程度の変換効率を有するものは無かった。ペロブスカイト太陽電池の登場によって、理想的な太陽電池が実現可能になった。このことから、ペロブスカイト太陽電池は、世界で最も注目されており、太陽電池に関する世界中の論文の大半がペロブスカイト太陽電池に関するものになっている。

2009年にこの画期的な太陽電池を最初に提案したのが宮坂力教授で、世界的な注目を集めた。2013年からは、JSTの先端的低炭素化技術開発(ALCA)が取り組む「太陽電池および太陽エネルギー利用システム」に参画し、現在では実用技術化プロジェクトのなかで、有機無機ハイブリッド高効率太陽電池の研究開発を世界レベルでリードしている。

perovskite(灰チタン石)と同じ結晶構造をペロブスカイト構造と呼ぶ

ペロブスカイトはロシアのウラル山脈で発見された鉱物ですが、同様の結晶構造を持つ素材を一般的な化学物質を合成してつくることが可能です。理論上では、ペロブスカイトの結晶構造をつくる化学物質の組み合わせや構成比は、600種類以上あります。

なお、2009年に太陽電池の材料としてペロブスカイトを発見したのは日本の桐蔭横浜大学の宮坂力教授であり、ペロブスカイト太陽電池は日本の研究開発によって生まれたものです。

太陽電池は半導体の材料による種類があり、現在、主流となっているのはシリコン太陽電池で、約95%のシェアがあるとされています。しかし、シリコン太陽電池は重く、設置場所に制限があります。たとえば、ビルの側面や耐荷重の小さい屋根では、日当たりがよくてもシリコン太陽電池を設置することはできません。また、製造工程で高温となる工程があるため、電力消費量が大きいことも課題でした。

これに対して、ペロブスカイト太陽電池は、シートに印刷するなど塗布によって簡単に製造可能です。折り曲げられる柔軟性のある形状にすることや軽量化も実現でき、設置場所もフレキシブルに対応できます。さらに、シリコン太陽電池よりも価格が安くなるとされていることからも、次世代太陽電池として期待されているのです。

 

一般的な太陽電池に共通した仕組みとして、太陽の光エネルギーを受けると、半導体の材料の電子のエネルギーが高まり、導電性の電極に流れ込んで電流が発生します。この半導体の材料にシリコンを使ったのがシリコン太陽電池であり、ペロブスカイト太陽電池は鉛のペロブスカイト結晶構造に太陽の光エネルギーをあてる仕組みです。

ペロブスカイト太陽電池は、太陽の光エネルギーから電気への変換効率が飛躍的に向上してきています。シリコン太陽電池と同程度に迫る変換効率を実現したとする研究結果も打ち出されているほど、研究開発が進んでいるのです。

 

太陽光吸収に用いるNH3CH3PbI3という化学式で表されるペロブスカイト結晶は、濃い褐色であり、可視光の利用率が高い。宮坂教授はこの材料を、世界で最初に太陽電池に応用した。


ペロブスカイト太陽電池を作るには、薄膜の形成と塗布プロセスが必要になる。まず原料を含む溶液を、金属酸化物(チタニアやアルミナ)の膜上に塗布してペロブスカイト結晶薄膜を形成する。この薄膜は波長800nmまでの可視光を吸収できる性能を持つ。その上層に、プラスの電気(正孔)が集まる有機の正孔輸送材料を接合して薄膜セルを作る。ペロブスカイト太陽電池の作製が容易であることから各所で研究が開始され、変換効率が急速に向上した。

宮坂教授らは、これまでのALCAの研究で、材料や結晶構造、プロセスを最適化することで、ペロブスカイト太陽電池として最高クラスの変換効率(21.6%)と1.15V以上の高い電圧出力を実現している。

低温の塗布プロセス

フレキシブルで高信頼性かつ高変換効率の太陽電池を低コストで実現する。

 

低温製膜で作製するペロブスカイト太陽電池の積層構造

曲げられるフィルムタイプの太陽電池の実用化に向けて

ペロブスカイト型構造の太陽電池には、他にも大きな特長がある。製造するときの温度を、シリコン系に比べて低くできる点だ。これはプラスチックを痛めない範囲に収めることができ、プラスチックフィルムタイプの太陽電池の製造を可能にする。

シリコン系太陽電池は薄くすると太陽光のエネルギーが吸収できなくなるため、変換効率が大きく低下する。しかし、ペロブスカイト太陽電池であれば、太陽光の吸収係数が大きいため、高い変換効率を維持したフィルムタイプ太陽電池の実現が可能である。

変換効率をさらに高めて、実用に耐えられる耐久性も備えられれば、加工しやすい透明フィルムの太陽電池を開発できる。屋外用や屋内用、携帯用など、広い用途の民生用産業材料が誕生するはずだ。宮坂教授らがこのフレキシブル太陽電池を100回以上曲げる試験を実施したところ、その性能が安定していたことも確かめている。

ペロブスカイト太陽電池、効率21.6%の特性

プラスチックフィルムで作る高効率ペロブスカイト太陽電池。100回以上の曲げ試験でも性能は安定したままだった。

変換効率30%以上の太陽電池とPbフリー化を目指す

ペロブスカイト太陽電池と別種の太陽電池とを組み合わせたタンデム構成にすることで、従来のシリコン系太陽電池(変換効率は25%以下)を大幅に上回る変換効率30%以上の太陽電池を作ることにも挑む。また、30年以上の使用に耐える高信頼性化も視野に入れる。そして同時に、人体へ悪影響のある鉛を使わないPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発も目指している。これらによって、あらゆる場所に設置でき、少ない面積で大きな電力が得られる理想的な太陽電池が実現し、CO2低減に貢献できる。

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https://minsaku.com/articles/post832/


太陽電池は、環境への配慮など持続可能な社会を支える上で利用が増えていますが、その材料として広く使われているのがシリコンです。一方、透明で柔軟、軽いという特性をもつ「ペロブスカイト」を使った太陽電池の研究開発も盛んに進んでいます。今回は、このペロブスカイト太陽電池に注目し、3回にわたって、同太陽電池の研究開発を主導した桐蔭横浜大学の特任教授 宮坂力氏に、ペロブスカイト太陽電池の研究開発ストーリーや特徴などについてお話を伺いました。前編は、学生の提案によりペロブスカイトによる太陽電池の研究を行った経緯についてのお話です。

現在、太陽電池の材料として広く普及しているのはシリコン(Si)ですが、次世代の太陽電池としてペロブスカイト(Perovskite)結晶構造をもつ材料によるペロブスカイト太陽電池が注目を集めています。ペロブスカイト太陽電池は、簡易な装置で材料を塗布することによって低コストな製造が可能になります。また、光からのエネルギー変換効率を高くできる可能性を秘め、軽量で柔軟性に富む太陽電池を作ることができると言います。有機無機ハイブリッド構造のペロブスカイト結晶が酸化チタンの可視光増感剤としてはたらくことを発見し、太陽電池への開発を主導した桐蔭横浜大学医用工学部臨床工学科特任教授 宮坂力氏に、その特性や開発秘話、ペロブスカイト太陽電池の可能性などについて話をうかがいました。



「ペロブスカイト」という結晶構造をもつ物質と、その性質

──── ペロブスカイトという材料はいつ発見されたんでしょうか。

宮坂氏(以下同):
ペロブスカイトというのは結晶構造の一般名称です。鉱物としてのペロブスカイトは黒くてツヤツヤしたものです。ペロブスカイトという結晶構造が発見されたのは約100年前で、もともとの鉱物の発見からは200年近く経っています。その意味では、古くから知られている物質です。


──── 我々の身近で使われているのでしょうか。

ペロブスカイトという結晶構造は自然界にはあまりありませんが、ペロブスカイト結晶構造の材料や商品としては強誘電体として圧電効果が必要な多くのものに使われています。例えば、インクジェットプリンターのヘッドやセラミック積層コンデンサー、超音波洗浄機の振動子、潜水艦のソナーなどにチタン酸バリウムやチタン酸ジルコン酸鉛といったペロブスカイト結晶構造をもつ材料が使われています。


──── ペロブスカイトには特徴的な性質があるのでしょうか。

強誘電体の物質にはいろいろありますが、電場をかけるとプラスとマイナスに分極するというのが特性です。そのため、ペロブスカイト結晶構造をもつ物質は前述した材料のほかにもメモリや蓄電材料、センサーなどにも使われてきました。


──── 太陽電池に使われるペロブスカイトはこれまでのものとは違うのでしょうか。

ペロブスカイトは金属酸化物ですが、太陽電池に使うペロブスカイトはコンデンサーなどで使われるものと少し違い、鉛系物質を含んでいる部分は似ていますが、酸素の代わりにハロゲンが入っていて有機と無機のハイブリッド構造になっています。


ペロブスカイトによる太陽電池の研究を行ったきっかけ

──── ペロブスカイトを太陽電池の材料に使うという考え方はいつ頃からあるのですか。

シリコンの太陽電池は1954年に米国のベル電話研究所で発明されましたが、その数年後にはペロブスカイトが光導電性をもつという論文が出ています。その後、なぜかペロブスカイトを太陽電池に使うという研究が続くことはありませんでしたが、最近になってペロブスカイトによる光学素子の研究が進められていて、例えば文部科学省はペロブスカイトを使って低電圧で高輝度のLEDレーザーを開発するプロジェクトをやっています。ただ、これまでペロブスカイトを発電に使うという研究はほとんど行われてきませんでしたし、おそらく誰かはやっていたかもしれませんが学会で報告するようなことはありませんでした。


──── つまり、宮坂先生が興味を抱くまでペロブスカイトの太陽電池の研究は世界のどこでもされていなかったんですか。

私も最初はペロブスカイトにあまり興味はありませんでしたし、よく光る物質ということで名前くらいは知っていた程度でした。ただ、2005年に私の研究室に他大学から友人の紹介で在籍していた小島陽広(こじま・あきひろ)くんという大学院の学生が、ペロブスカイトによる太陽電池を研究テーマにしたいと言ってきたんです。私は、光に対してなんらかの反応をする物質は光を電気に変える特性をもっているかもしれないという考えがありましたから、その時は、それならうちの実験室でやってみたら、と軽く了解してしまったんです。


──── ペロブスカイト太陽電池は他大学の学生さんの研究テーマだったんですね。

そうなんです。彼は他大学の学生だし、自分の研究室も忙しいので断ることもできたんですが、私自身が一人っ子だったこともあっていろんな人間が集まってワイワイやる雰囲気が好きなんですね。その時も自分の研究テーマを楽しくやってくれればいいなくらいの気持ちでしたが、今までにない発想の研究でしたし、私自身ももしかしたらペロブスカイトで発電するかもしれないな、という予感めいたものもあったのは事実です。


ペロブスカイトを使った太陽電池のヒントは、色素増感太陽電池から

──── その小島さんはもともとペロブスカイトを太陽電池に使うことに興味をもっていたんでしょうか。

小島くんのもとの大学は東京工芸大学でしたが、彼の指導教員が化学で作る色素増感太陽電池に興味をもっていたんです。それもあって、彼は大学院へ進んでからペロブスカイトの特性などをいろいろ調べているうちに、色素増感太陽電池からペロブスカイトを使った太陽電池のヒントを得たんだと思います。化学の分野では私の研究室は日本でも有名なので、ペロブスカイトをやりたいということで訪ねてきたんです。


──── ペロブスカイトと太陽電池のつながりはどのような発想なのでしょうか。

光を扱うという研究分野でいえば、LEDやレーザーもありますが、光によって電気を生み出し、そのエネルギーでなにかを動かすという方向性のほうがアグレッシブだと思います。自分が作ったものでなにかを動かしてみたいという気持ちから彼も太陽電池をやりたいと考えたんじゃないでしょうか。


──── 小島さんの実験はどうなったんですか。

そうしたら数か月後に、「先生、ペロブスカイトに光を当てたら電流が流れました。」と言ってきたんです。その時はうれしかったですね。


ペロブスカイト太陽電池の発光効率が10%を突破する論文発表で、注目されるように

──── ペロブスカイトを扱うのは難しくはないんですか。

ペロブスカイトの電極用薄膜材料を作るのはそう難しくはありません。だから小島くんも短期間で実験できたんでしょう。それならということで、2006年から彼を私の研究室の共同研究者になってもらい、彼は2008年に米国ハワイで開かれた電気化学の学会で今のペロブスカイト太陽電池の原型になるものを作って世界で初めて発表したんです。その成果をもとにした論文を、査読付きの学術雑誌に投稿してアクセプトされたのが2009年で、小島くんはその論文で博士号を取りました。


──── その論文はかなり注目されたんじゃないですか。

いえ。発表した当初は誰も追試をしませんでしたし、あまり引用もされませんでした。この世界では、リチウムイオン電池でもLEDでも有機ELでも、3つの要素が重なると誰からも無視されるんです。あまりにも性能が悪い、よくわからない材料、安定性が悪い、この3つです。そんなものに時間と資金を使って追試するようなことを普通しないんです。


──── いつから注目されるようになったんでしょうか。

2012年にようやくペロブスカイト太陽電池で発光効率が10%を突破(10.9%)する論文が2012年に米国の科学雑誌『Science』に出て(参考情報1)、初めて学会などで注目されるようになったんです。この論文には私も参加していますが、研究を主導したのはヘンリー・スネイス(Henry J. Snaith)さんという研究者です。



一流科学雑誌に論文が掲載され、ようやく日の目を見ることになったペロブスカイト太陽電池。宮坂氏は化学と物理学をつなぐ役割をもっているといいます。

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日本経済新聞 夕刊  2022/6/20〜   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小島陽広  現 日本ゼオン