日本をダメにした10の裁判
はじめに
第一章 正社員を守って増える非正社員の皮肉――東洋酸素事件
第二章 単身赴任者の哀歌――東亜ペイント事件
第三章 向井亜紀さん親子は救えるか?――代理母事件
第四章 あなたが痴漢で罰せられる日――痴漢冤罪と刑事裁判
第五章 「公務員バリア」の不可解な生き残り
第六章 企業と政治強い接着剤――八幡製鉄政治献金事件
第七章 なぜムダな公共事業はなくならないか――定数是正判決
第八章 最高裁はどこへ行った?――ロッキード事件
第九章 裁判官を縛るムラの掟――寺西裁判官分限事件
第十章 あなたは最高裁裁判官を知ってますか――国民審査
終 章 法の支配がもたらす個人の幸せ
あとがき
池田信夫ブログ
本書は30代の法律家4人の共著で、本としての完成度は高くないし、内容も常識的な話が多い。しかし若い法律家に、このように法律や裁判を経済合理性の観点から批判する(いい意味での)常識をわきまえた人々が出てきたことは、日本の法曹界にも少し希望を抱かせる。
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東洋酸素事件(東京高裁昭和54年10月29日判決)
(概要)
酸素・窒素等の製造販売を営むY社は、昭和44年下期に4億円余の累積赤字を計上した。その原因は、業者間の競争激化、石油溶断ガスの登場による価格下落、生産性の低さ等の問題を抱えるアセチレンガス製造部門であった。このためY社は同社川崎工場アセチレン部門の閉鎖を決定し、昭和45年7月24日、同年8月15日付けでXら13名を含む同部門の従業員全員について就業規則にいう「やむを得ない事業の都合によるとき」を理由として解雇する旨通告した。
そこで、XらはY会社を相手に地位保全等の仮処分を申請した。なお、その際他部門への配転や希望退職募集措置などは採られず、また、就業規則や労働協約上にいわゆる人事同意約款は存在しなかった。
(判決の要旨) 解雇が労働者の生活に深刻な影響を及ぼすものであることにかんがみれば、企業運営上の必要性を理由とする使用者の解雇の自由も一定の制約を受けることを免れないものというべきである。 特定の事業部門の閉鎖に伴い同事業部門に勤務する従業員を解雇するについて、それが就業規則にいう「やむを得ない事業の都合による」ものと言い得るためには、 |
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(1) | 同事業部門を閉鎖することが企業のやむをえない必要に基づくものと認められる場合であること、 |
(2) | 同事業部門に勤務する従業員同一又は遠隔でない他の事業場における事業部門の同一又は類似職種に充当する余地がない場合、あるいは同配置転換を行ってもなお全企業的にみて剰員の発生が避けられない場合であって、解雇が特定事業部門の閉鎖を理由に使用者の恣意によってなされるものでないこと、 |
(3) | 具体的な解雇対象者の選定が客観的、合理的な基準に基づくものであること、 |
以上3個の要件を充足することを要し、特段の事情のない限り、それをもって足りるものと解するのが相当である。 以上の要件を超えて、同事業部門の操業を継続するとき、又は同事業部門の閉鎖により企業内に生じた過剰人員を整理せず放置するときは、企業の経営が全体として破綻し、ひいては企業の存続が不可能になることが明らかな場合でなければ従業員を解雇し得ないものとする考え方には同調できない。 なお、解雇につき労働協約又は就業規則上いわゆる人事同意約款または協議約款が存在するにもかかわらず労働組合の同意を得ず又はこれと協議を尽くさなかったとき、あるいは解雇がその手続上信義則に反し、解雇権の濫用にわたると認められるとき等においては、いずれも解雇の効力が否定されるべきであるけれども、これらは、解雇の効力の発生を妨げる事由であって、その事由の有無は、就業規則所定の解雇事由の存在が肯定された上で検討されるべきものであり、解雇事由の有無の判断に当たり考慮すべき要素とはならないものというべきである。 よって、先に述べた判断基準に照らして当該事案を検討すると、 |
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(1) | について、同部門の業績不振は業界の構造的変化とY会社特有の生産能率の低さに帰因し、その原因の除去と収支改善は期待できず、 |
(2) | について、同部門従業員47名のうち46名は現業職であるから、配転の対象となる職種は現業職及びこれに類似する特務職に限られるが、かかる職種は当時他部門でも過員であり、近い将来欠員の発生の見込みはなく、配転先確保のため他部門で希望退職者を募集すべき義務があるかは、当時、求職難の時期であり全従業員を対象に希望退職者を募集すると同業他社から引き抜かれ、これに同部門従業員を配置すると当分の間作業能率が下がることは避けられない等の事情を勘案すると希望退職者を募集すべきであり、これにより同部門閉鎖によって生ずる余剰人員発生を防止することができたはずとはいえない。 |
(3) | について、同部門は独立した事業部門であって、その廃止で企業全体での過員数が増加したのであるから、管理職以外の同部門の全従業員を解雇の対象としたことは一定の客観的基準に基づく選定であり、その基準も合理性を欠くものではない。 |
以上のとおりであるから、本件解雇は就業規則にいう「やむを得ない事業の都合による」ものということができ、本件解雇について就業規則上の解雇事由が存在することは、これを認めざるを得ないものというべきであり、他に同認定を妨げるべき特段の事情の存在は認められない。 また当時Y社には人事同意約款等は存在せず、アセチレン部門が経営上放置し得ないほど赤字で廃止もあり得ることは繰り返し説明がなされていた。 この事情のもとでは、Y社が組合と十分な協議を尽くさないで同部門の閉鎖と従業員の解雇を実行したとしても、特段の事情のない限り、本件解雇が労使間の信義則に反するとはいえない。 |
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労基法等の法規に反しない限り、賃金は当事者間の合意によって定まるところ、長期雇用を前提に採用される正社員と短期的な需要に基づき採用される期間雇用社員とでは将来に対する期待などの点で異なるため、それを反映した賃金制度が異なることを不合理ということはできず、労基法3条、4条も雇用形態の差異に基づく賃金格差までを否定する趣旨ではないと解されること等から、同一労働同一賃金原則は一般的な法規範として存在しているとは言い難く、正社員と臨時社員との賃金格差は契約自由の範疇の問題であるとして、雇用形態の差に基づく賃金格差を違法とすることはできないと判断した事案である。