2012/12/26 毎日新聞       白川総裁インタビュー

 

水説:日銀総裁の変心=潮田道夫(専門編集委員)


 日本銀行の白川方明総裁の変心(乱心という人もいるが)は、何が理由だろうか。これまで金融緩和のためのインフレターゲット(物価目標)に反対していたのが、1月の金融政策決定会合で導入に踏み切る考えを表明した。

日本銀行 白川総裁講演 物価安定のもとでの持続的成長に向けて

 総選挙で大勝した自民党の安倍晋三総裁の主張に沿い、消費者物価指数の上昇率で前年比2%程度に設定するとみられる。

 このひょう変ぶりに、前原誠司経済財政担当相は自分が申し入れたときには耳を貸さず、安倍さんに言われるとホイホイ承知するのは不愉快だ、と怒っているそうだ。

 白川総裁は記者会見で、政策変更は次の首相になる安倍さんの強い要請に応えるためだ、と説明している。長いものには巻かれろ? 前原さんが怒るのも当然だが、やむをえないことだったと思う。

 変心の理由は明白で、ここで白川さんが突っぱれば、安倍さんは日銀法改正に動く。面目にかけてもそうせざるをえない。政府提案でなく議員提案になるかもしれないが、これは成立する。素案通りなら先進国とは思えない異常な中央銀行法になる。

 白川さんはそれを回避するために、安倍提言を受け入れた。法改正が行われれば、国民の共有財産である中央銀行の価値を損なう。恒久的な損失につながる。政策変更は白川さんのメンツを傷つけるに過ぎない。副作用も制御不能というわけではないだろう。

 日銀法改正を唱えてきた政治家たちは作戦成功と喜んでいる。あきれて声も出ない。日銀は日本国を形成するさまざまな集団の中で、いまだに信用を保持している希少な存在だ。政治家のなすべきことは政治不信の解消であって、日銀不信を作り出すことではないはずだ。

 それにしても、日本の政界が金融緩和論一色というのは奇怪千万である。彼らは口を開けば米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長の「大胆な金融緩和」を褒めそやすが、米国の政界ことに共和党には金融緩和の行き過ぎをとがめる声が強い。

 日銀法改正論者は日銀の目的として、物価安定に加えて「雇用の最大化」を書き込むべしという。しかし、米共和党は法律から雇用最大化を削ろうと苦労している。その項目のせいで金融バブルが発生しリ一マン・ショックが起きたと考えるからである。おそらくそれは正しい。

 日本でも保守を掲げる政党から共和党的な主張が聞こえてきてもいいのに、声をそろえて金融緩和だ。日本には真正の経済保守主義が存在しないと見える。嘆かわしい話ではないか。


2012/12/29 日本経済新聞 

日銀総裁、「デフレ脱却、政府と連携」          麻生財務相インタビュー
 「緩和規模、米欧に劣らず」


 日銀の白川方明総裁が日本経済新聞のインタビューに応じた。来年1月に導入を議論する物価目標について「達成には金融緩和と成長力の強化の両方が必要だ」と強調し、政府との連携を強める考えを示した。一問一答は以下の通り。

 ――2013年1月の金融政策決定会合では、安倍晋三首相が求めている物価目標の導入も議論しますか。

 「物価は国民の生活や経済に大きな影響を与えるため、幅広く議論を深めたい。そのために、4つの論点を提起したい。第1は『物価安定』や『デフレ脱却』の意味を正確に共有する必要がある。日銀の生活意識に関するアンケート調査によると、国民は単に物価が上がることを望んでいるわけではない。8割以上の国民が物価上昇はどちらかというと望ましくないと回答している。一方で同じ国民がデフレからの脱却を望んでいる。国民が『デフレ脱却』という言葉に託しているのは、景気を良くして欲しいということだと思う。賃金が上昇し、雇用が確保され、企業の収益も増えていく状況を求めている」

 「2番目は、物価上昇を達成する方法について議論を深めたい。成長力の強化と金融面からの後押しの両方が必要だ。日銀は今後もしっかり金融緩和を進めていくが、金利の下げ余地は極めて乏しくなっている。中央銀行が供給するお金は大幅に増えたが、今はスポンジが水を吸収するような状態。東京証券取引所の上場企業の43%が実質無借金で、手元現預金だけをみても47兆円ある。比喩的に言えば、スポンジに吸収された水がはじけ出るような成長力強化の取り組みが必要だ」

 「3つ目は、金融政策の柔軟性について、金融システムの安定の確保との関係から理解を深める必要がある。世界では、インフレーション・ターゲティングを採用している国でも柔軟な政策運営に変質してきている。手段でなく、枠組みとして柔軟さが大事だというのが、インフレーション・ターゲティングを採用する国の共通理解だ。物価目標を機械的に運用すると、例えば石油の値段が上がって物価が上昇したときに、物価目標だけを気にすると引き締めをせざるを得ない。そうなると経済活動が低下する。あるいは、今回の欧米のバブル経済期のように、資産価格が上がって、借金が積み上がっていくときでも、物価上昇率が低いために金融緩和を継続してバブルを逆に増幅してしまう」

 「08年秋のリーマン・ショックの後、金融政策の運営にあたっては金融システムの安定性にも配慮すると対外的に明記するなど様々な工夫がなされている。英国やカナダ、ニュージーランドの中銀もそうだし、日銀の金融政策運営もまさに同じような運営になっている。物価安定について数字的なイメージを示し、金融的な不均衡の点検もするとしている。その意味では、『目標』や『メド』など、どういう言葉で呼ぶかは別にして、各国とも似ている。金融政策のタイムホライズン(時間軸)は中長期だ。米国は『長期』、欧州中央銀行は『中長期』、英国は『妥当な期間(中期)』と呼んでいるが、中長期視点に立った柔軟性への理解が必要だ」

 「4番目は、政府の果たす役割について議論を深める必要がある。政府の役割は非常に大きい。第一はマクロ経済政策、第二は思い切った規制緩和をはじめとする成長力の強化、第三は財政規律だ。財政規律が維持されなくなると、日銀の国債買い入れが財政ファイナンスだと受け取られ、長期金利が上昇するおそれがある。金融政策の効果が阻害されるだけでなく、国債を大量に保有する金融機関経営を通じて実体経済に悪影響を与える懸念がある。物価安定は経済の持続的成長と密接不可分だ。政府にはこのことを十分認識したうえで、適切な役割を果たすことを期待する」

 「(1%か2%かという)数値は次回の決定会合でしっかり議論したい。毎回の決定会合でもそうであるが、次回会合では、当面の金融政策をどうしていくかという運営の話についても議論を行う」

――安倍新政権はデフレ脱却を最優先課題としています。日銀はどう取り組みを強化しますか。

 「まず確認すべきは、物価が先行して上昇することはないということだ。景気が良くなり、それから物価が上がる。景気は改善しないが、予想インフレ率だけが上昇したり、物価だけが上昇したりすると、国債金利だけが上昇するという『悪い金利上昇』が起きる。基礎体力である経済が改善し、その結果、体温である物価が上昇する状態を目指す」

 「デフレ脱却に『魔法のつえ』はない。成長力強化と金融面の後押しの両方が必要だ。日銀として自らやることはしっかりやる。日銀は資産買入等の基金を使って国債や各種リスク資産を今後1年で36兆円程度購入し、新設した貸出支援基金でも15兆円超の資金供給が見込まれる。合わせて1年あまりで50兆円を超える資金を供給することになる。消費者物価指数の前年比上昇率1%を見通せるまで、資産買い入れと実質的なゼロ金利政策による強力な金融緩和政策を進めていく」

 「ただ同時に魅力的な投資機会がなければ、お金は有効に使われない。成長力強化の取り組みが不可欠だ。1年、2年でなく10年単位で経済を見た場合、経済の成長は就業者数の伸びと、就業者一人あたりの付加価値生産性の伸びに規定される。需給ギャップは現在2%程度あり、ギャップを解消する過程では潜在成長率を上回って成長するが、長い目で見れば潜在成長率を超える成長は実現できない。実力を上げない限り成長しないし、物価は上がらない」

 「就業者の伸びは現在の男女別、年齢別の労働参加率を前提にすると2010年代は年平均でマイナス0.6%、20年代は年平均マイナス 0.8%だ。生産性の伸びは高度成長が終わって成熟した日米欧などの主要先進国(G7)の過去20年の平均は1.3%。10年間という期間でみた潜在成長率はこの両方の和で決まってくるため、両面で働き掛けていく必要がある」

 「1番目に、思い切った規制緩和によって国内投資の魅力を高め、企業が挑戦しやすい環境を作る必要がある。高齢化にしても電力不足にしても、大きな変化が起きている。変化は必ずチャンスを生み出す。2番目は財政の健全性を確保するとともに、社会保障制度や年金制度の持続可能性を高める努力が不可欠だ。家計が安心してお金を使えるように将来の不確実性をできるだけ小さくしていく。このことが内需を高めていく」

 「3番目は労働参加率を高める努力が必要だ。特に高齢者や女性の労働参加率を高めるように社会全体の仕組みを整えていく。日銀としても成長基盤強化を支援するための資金供給のほか、金融機関による貸出増加を支援するための資金供給を創設した。後者は融資残高を増やせばその実績に応じて低利・長期・無制限の資金を供給する仕組みだ」

 

 ――米欧に比べ日銀の緩和規模が小さいとの批判があります。

 「10年から始めた資産買入等の基金の規模は当初の35兆円程度から101兆円程度に拡大した。成長基盤強化、貸出増加支援の資金供給を合わせると来年度末までに総額は120兆円を超える。緩和規模が欧米に比べて小さいという批判は、事実をみれば当たらない。マネタリーベース(資金供給量)で日米欧を比べても、もともと日本は対国内総生産(GDP)比の水準で最大であり、リーマン・ショック前の07年からの増加額の対GDP比率でみても、は日本が9.6%、米国が10.7%、欧州が8.8%でほとんど変わらない。来年見込む50兆円超の資金供給が上積みになれば、日本の比率はさらに10%以上高まる計算になり、量でみても緩和規模が小さいという批判は当たらない」

 「当面の金融政策をどう運営すべきかという議論は次回しっかりやる。中銀が採用する非伝統的な政策は、損失発生の可能性があるという点で、財政政策の要素を帯び始めている。非伝統的な政策をとる際には、それが金融政策なのか、財政政策なのか、もし財政政策ならば中央銀行がやる必要があるのか、という大きな議論をしていく必要がある」

 「東日本大震災の後、『想定外』は許されないと言われた。日銀は今も非伝統的政策を推進しているが、それだけに、どういうリスクが想定されるのかという議論が必要だ。比喩で言うならば、災害が起きて救助隊が被災地に行くとき、救助に向かうだけではなく、無事に被災者を救助して連れ戻してくるというプロセス全体が救助だ。つまり、いわゆる『出口』の混乱を回避し、持続的な経済の成長を実現して初めて目的を達することになる」

 ――中央銀行の独立性をどう考えますか。デフレ下では、政府との連携もむしろ必要になってくるとの指摘もあります。

 「中銀の独立性とは、経済・金融の安定を実現するためには、中立的な専門家組織が長い目で見て適切な金融政策を運営することが必要で、そのためには独立した中央銀行が不可欠だという考え方だ。これは歴史の中で得られた内外の苦い教訓を踏まえて国際的にも確立された考え方。特に重要なのは、中銀は(政府の財政赤字を穴埋めするために国債を引き受ける)財政ファイナンスを行ってはいけない、ということだ。市場に財政規律についての疑念が生じ、通貨の信認が失われると長期金利の急上昇などで経済や生活の安定が根本から覆される。そういった事態にならないため、財政規律をしっかり維持する。中銀は財政ファイナンスを決して行わない。中銀が国債を市場から購入する場合も、物価や経済の安定という目的を超えて政府の財政支援が主たる目的だと見なされると、(財政法が禁じる)直接引き受けと同じ問題が発生する」

 「一方でゼロ金利環境のもとでのデフレ脱却という課題を達成するには、中銀と政府が力を合わせることが必要だ。金利水準がゼロでなければ、政府と中銀はそれぞれが最適な政策を追求することで望ましい経済状態が実現する。ところが現在は短期金利が実質ゼロで、長期金利も0.7%台と低下余地が乏しい。デフレは成長期待の低下を反映している面が大きい。金融面の後押しと成長力強化の推進が欠かせない。成長力の強化と財政規律の両面で政府の役割は不可欠で、政府と中銀の両者が力を合わせることが必要だ」

 「先にも述べた通り、中銀が採用する非伝統的政策は、財政政策の要素を帯び始めている。つまり損失発生の可能性があるということだ。中銀が資産を買って、それが大きく値下がりした場合、損失が発生する。中銀の損失は結局、国庫納付金の減少という形で、国民が税負担する。日本銀行が自分の庭先をきれいにしたいからということではなく、国民に税負担が発生するというのが問題の本質だ。日銀はこれまでも必要と判断する場合は非伝統的な政策を行ってきたが、中銀が採用する政策の性格を十分認識することも重要だ」

――世界経済の先行きをどうみますか。

 「この1年世界経済を振り返って、最大のリスク要因は欧州債務問題だった。リーマン・ショック以降、国際金融資本市場では世界経済の先行き不透明感や、欧州債務問題を巡る懸念などを背景に、基調的にはグローバル投資家のリスク回避姿勢が強い状態が続いてきた。とりわけ、春先以降、ギリシャの再選挙や、スペインの金融システム問題に関する不透明感の高まりから、欧州債務問題を巡る懸念が高まり、7月にはスペイン国債の金利が7.6%まで上昇した。その後、欧州中央銀行(ECB)による新たな国債買い入れスキームの導入や欧州安定メカニズム(ESM)の稼働開始など、一連のバックストップ(歯止め)が整備された。ギリシャに対する追加金融支援の合意や、銀行監督一元化に向けた議論の進展など、欧州債務問題に一定の前進があったことを背景に、投資家のリスク回避姿勢がこのところ後退している。これが世界の金融市場に影響を与えている。為替市場でもユーロ安が是正され、安全通貨としての円買い需要の減退が足元の円売りの一つの要因となっている。金融市場は短期的には様々な思惑で動くが、やや長い目でみれば、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に沿って動く」

 「世界経済を地域別に見ると、米国では住宅着工戸数などの水準はまだ低いものの、住宅市場はようやく底入れの動きを示すようになった。これは明るい話だ。欧州は、ユーロの崩壊といったテールリスクは後退したが、債務問題の悪影響がドイツなど欧州の中核国でも強まるなか、緩やかな景気後退が続いている。中国についても景気刺激策の効果から、インフラ投資が増加するなど、底打ちの可能性を示唆する兆しも見え始めたが、在庫調整圧力は根強く、減速した状態が長引いている。世界経済を全体としてみると、2000年代半ばにかけての信用バブル拡大の影響は大きく、現在は過剰債務の問題の調整の途上にある。来年は成長率自体は今年より高まるとみているが、回復のテンポは緩やかなものとならざるを得ない」

 ――円高・株安の流れが反転しつつあります。安倍首相の金融緩和を積極的に求める発言がそのきっかけともされます。

 「グローバルな金融市場の動きをみると、リスク回避姿勢の後退というのがキーワードだと思う。欧州の株価も上がっている。ユーロ相場安も実効レートで見てずいぶん上がってきた。ユーロ崩壊といったテールリスクは後退したと感じる。ギリシャも第2次金融支援が決まるなど、様々なことが進んできた結果、リスクをとる動きが戻りつつある。金融市場は、短期的にはいろいろな要因で動くし、政策に対する期待で動くのが常だが、最終的には実体として問題が解消されるか、すなわち、日本が持続的な成長に向けてどんな取り組みをしていくかを見ている」


2012/12/29  日本経済新聞 

麻生財務相、財政出動を優先すべき 消費増税念頭に

 麻生太郎副総理・財務・金融相は28日、日本経済新聞などのインタビューで、2014年4月に予定する消費増税に関して「来年4〜6月の景気状況を勘案しつつ、10月に消費増税を考えると言っている。そこまでどうつなぐかを考える必要がある」と述べ、今年度補正予算による財政出動で来春の景気をてこ入れする必要を強調した。安倍晋三首相の金融政策に関する発言で円安が進み、海外から通貨安競争を懸念する声が出ていることには「外国に言われる筋合いはない」と一蹴した。

 財務相は「財政出動と健全化は相反するが、まず景気回復してから増税し、それが財政健全化につながるという優先順位を頭に置く必要がある」と語った。来年度予算の成立は「4月の連休前なら御の字。5月も覚悟しなければならない」として、暫定予算の編成が不可避と強調。景気にマイナスの影響を避けるためにも、大型補正の必要があるとの考えを示した。

 日銀による金融緩和の効果について「小泉内閣の時、竹中平蔵経済財政担当相の下で『ヘリコプターマネー』とか金だけ印刷すればいいと言う人がいっぱいいたが、世の中に実需がなければ日銀の外にお金が出ていかない」と指摘。「成長戦略と財政出動が保証されれば、日銀の金融緩和の先に需要が出てくる」と述べ、政府・日銀の政策協定(アコード)には政府の役割も盛り込む必要があるとの認識を示した。

 「経済財政諮問会議を復活させて日銀とよくよく話し合えば、おのずと信頼関係は出てくる」とも語り、日銀との連携強化に自信を見せた。

 通貨安競争への懸念には「3年前の20カ国・地域(G20)首脳会議で通貨安競争はしないと約束したが、米ドルやユーロは下落し、円高が進んだ。まともにやっているのは日本だけだ」と反論した。

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池田信夫blog 2012年12月29日 「日銀の責任と内閣の責任」

政府と日銀が「アコード」を結ぶなら、どこまでが日銀の責任でどこから先が内閣の責任かを明示したほうがいい。

安倍首相の素人っぽいリフレ論に比べると、麻生氏の話はよくも悪くも伝統的な自民党のバラマキ政策で、その結果も予想できる。財政赤字が増えることは確実だが、経済効果はほとんどない。民間投資が停滞しているので、財政支出の乗数効果が1以下だからだ。麻生氏もそれは知っているが、民主党政権の3年間で干上がった土建業者に水をやって参院選で働いてもらうことが目的だろう。