■クールジャパン、ほぼ「全損」
「日本発の漫画やゲームを米ハリウッドで映画化しよう」。こんな野望を胸に、革新機構が2011年秋に設立したオールニッポン・エンタテインメントワークス(東京・港)が6月、フューチャーベンチャーキャピタル(FVC)に売却された。計22億円を出資したが映画化はゼロ。FVCの有価証券報告書に小さく記された取得額はわずか3400万円。革新機構にとってはほぼ「全損」になったということだ。
経済産業省が旗を振る「クールジャパン戦略」のけん引役とする狙いだったが、経営は混乱続きだった。映像業界から招いた日本人の最高執行責任者(COO)は次々と交代。米国在住の最高経営責任者(CEO)を高額報酬で迎え、米国にも拠点を構えたが「日米の連携を欠き運営費が膨らんだ」(FVCの冨永真哉執行役員)。FVCの買収にあわせ、CEOをはじめ米国拠点の人員は刷新された。
最近は毎年3億〜4億円の最終赤字を計上していた。革新機構は映画化のメドが立たない中で2回追加出資し、傷を深めた。革新機構の勝又幹英社長は「新しい革新的なビジネスモデルに挑戦したが、想定したほどマネタイゼーション(現金化)は簡単でなかった」と振り返る。
09年7月に15年限定で発足した革新機構は3千億円の出資金に、借入金への政府保証を加えた2兆1000億円が元手だ。出資金の95%は財政投融資。これまで118件に1兆円弱を投じ、16年度末で1000億円以上の投資利益を得たと革新機構側は説明する。だが、大半は日立製作所、東芝、ソニーの液晶事業を分離・統合したジャパンディスプレイの上場益や、日立建機と日産自動車のフォークリフト子会社を統合したユニキャリアホールディングスの売却益など「再編投資」で稼いでいるのが実情だ。
■勝率は2割以下
革新機構は個別の資金回収状況を開示しておらず、92件に達するベンチャー投資の実態は見えない。そこで日本経済新聞が調べたところ、これまでに全株を手放した23件のうち元が取れたのは4件どまりであることが判明した。勝率は17%。ほぼ全損の案件がずらりと並び、2社は経営破綻した。追加出資で損が膨らんだ例は約10件あった。
これとは別に、格安航空会社(LCC)のピーチ・アビエーション株を一部売って120億円を稼いだが、ベンチャー全体の投資損益はなおマイナスという。
「設立当初は未熟。この時期の投資で『負け』が増えたのは反省だ」。2年前に就いた革新機構の志賀俊之会長は取材で率直に語った。ベンチャー投資に通じた人材が少なかったという。大手ベンチャーキャピタル(VC)は投資先3〜4社に1社が上場しており、勝率17%は低く見えるが、革新機構は創業間もない企業の支援で民間よりリスクを取っているという。
そもそも日本は超低金利なのに、企業や金融機関がリスクを避けるという問題がある。経済産業省によると15年度のベンチャー投資額は米国が7兆1000億円、日本は1300億円と遠く及ばない。民間資金の呼び水となる国のリスクマネーに一定の存在意義はある。
ただ、経営関与でしくじればリスクマネーの効果は薄れる。
「聞いた話と違う対応が何度もあった」。球状太陽電池を開発するスフェラーパワー(京都市)の井本聡一郎社長は革新機構と組んだ4年間を振り返る。革新機構出身の社外取締役(当時)による投資の内諾が後でなかったことにされ「議事録改ざんを暗に求めるメールがきたこともある」。この社外取締役は「投資は条件をクリアすれば、の話だった」と釈明するが、信頼関係は崩れた。結局、スフェラーパワー側は10分の1程度の価格で株を買い戻した。
別の企業は「国のお金を使う。高い目標を作ってほしい」と要求された。「必要な開発費を削られた」との証言もある。じっくり「芽」を育てる腕は磨かれていない。
志賀会長は「13年以降の案件は相当の成果を期待できる」と強気だ。専門組織をつくりベンチャーに強い人材を集めた。09〜12年度のベンチャー投資は計22件だったが、13年度は単年で24件に膨らんだ。14年初めの関連法施行で、10億円以下の投資は社外取締役が中心の「産業革新委員会」を経ずに可能になったことも増加を後押しした。
ベンチャー投資の拡大は12年末に自民党が政権を奪還した時期とも重なる。革新機構の元幹部は複数の大物政治家が「ベンチャー投資の拡大を迫った」と証言する。実際、経済産業相などを歴任し、革新機構の創設にも関わった甘利明氏は取材に対し、書面で「一般論としてベンチャー支援の充実を申し上げたことはある」と回答した。政治に影響を受けやすい官民ファンドの性質も浮かび上がる。
VCは成績が悪ければ「次のお金」は集まらないが、革新機構は「資金に困らず件数稼ぎに陥りやすい」(元幹部)。特有の資金調達構造が甘い見通しに基づく投資につながったとの見方も多い。
さらに財務省理財局が14年6月にまとめた革新機構への実地監査の報告では「支援先の経営状況が内部規程で定める水準まで悪化しているにもかかわらず、組織的な検討がなされていない案件を確認」と記された。野放図な投資を防ぐ手立てが必要だ。
■透明性求める声
「国のお金を預かっている。堂々と個別損益を公表すべきだ」。官民ファンド草分けの産業再生機構を率い、今は米系ファンドのKKRジャパン会長の斉藤惇氏は主張する。投資規律を働かせるには「説明責任や透明性が要る」という。再生機構は個別の投資回収状況を開示した。
ある革新機構のOBは「金額ベースのリターンだけでなく、失敗と成功の検証を丁寧に説明することが本質的な国民への『リターン』になる」と指摘する。だが、志賀会長は「失敗だけに焦点があたり、リスクマネーが萎縮する」と個別開示には後ろ向きだ。
国は大きな失敗もしている。特別会計を使って1985年に設立した基盤技術研究促進センターは、基礎研究支援として100社以上に投じた約2900億円の95%が回収不能になった。
いまや革新機構を含め官民ファンドの数は14に達し、いずれも多額の資本を国に頼る。同じ失敗を防ぎ、国費投入の効果や納得感を高めるためにも、官民ファンドは透明性を確保する必要がある。外部の目を避けていては、投資規律の緩みを招き、いたずらな膨張につながりかねない。