原発と裁判官
なぜ司法は「メルトダウン」を許したのか
朝日新聞 磯村健太郎、山口栄二
第一章 葛藤する裁判官たち
@科学技術論争の壁 「メルトダウンまで踏み込めなかった」
関西電力高浜原発2号機訴訟 一審 海保寛・裁判長 大阪地裁1993年 原告敗訴
関電美浜原発2号機で伝熱管(細管)が破断、緊急炉心冷熱システム作動
高浜は同型機で細管の痛みがひどいため、提訴
判決 破断の危険性は存在、炉心溶融にいたる具体的危険性があるとは認め難い。
確率的に複数本が同時に破断する可能性は極めて小さい。(審査指針では想定せず)
背景に最高裁判決 1992年伊方原発訴訟
「基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である
具体的審査基準に不合理な点があり、ーーー審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、(その場合のみ違法)」
A証拠の壁 「強制力なければ、電力会社は情報を出さない」
東北電力 女川原発1、2号機訴訟 一審仙台地裁 塚原朋一裁判長 1994年原告敗訴
「原発の安全性については、被告の側において、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、非公開の資料を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、(さまないと)安全性に欠ける点があることが事実上推定される」
「障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さい場合は、人格権又は環境権の違法な侵害に基づく差止請求を認めることはできない」
◎ 福島でHuman Error が重なったことに驚き、これが起こる確率は大きい!
B経営判断の壁 「東電のチェック体制を信頼しすぎた」
東電福島第二 3号機訴訟 鬼頭季郎・東京高裁裁判長 1999年株主敗訴
1989年元日 重大事故 水中軸受けリングがはずれて破損、ポンプ内部に傷
東電、ケーシングの傷部分を削り、再利用
広瀬隆ほかの株主(東京在住)が経営者相手に訴訟
経営判断にどこまで踏み込めるか?
許可取り消しの行政訴訟がベター?
善管注意義務の範囲
経営判断のもとになる事実認識に重要かつ不注意な誤り
判断過程が不合理
判断内容に著しい不合理
「代表取締役は、判断過誤を疑うべき具体的根拠がない限り、公的な専門機関の判断を再調査すべき義務はなく、−−−」、従業員の誠実さを信頼してよい。
その後、多数のトラブル隠しが露見 会社ぐるみの不正 (背景に危険性とコストの対比)
コストを大幅に上回る危険がなければ、裁判所も簡単には止められないとの判断があった。
判決 抽象的危険の可能性はある。具体的に差し迫った危険はない。電力安定供給義務あり。
経営判断には下記の考慮:
・電力供給の必要性の度合い
・代替電力供給手段の確保に要するコスト
・停止の場合の管理or廃炉コスト
・原発の信用不安が東電に及ぼす影響
国の検査、社内判断を信頼してよい。
◎国会事故調査委 規制する側とされる側に逆転現象、規制当局は業者の虜になっていた。
そんな行政がGo-sign、裁判所がそれにお墨付きを与えることとなった。
◎原発で、コストとリスクの単純比較はまずい。
C心理的重圧の壁 「だれしも人事でいじわるされたくはない」
東電 柏崎仮羽1号機訴訟 西野喜一・新潟地裁裁判官 1994原告敗訴
「報告事件」 最高裁に報告する案件 原発訴訟(国相手)、国家賠償訴訟、大きな薬害訴訟、公害訴訟・・・
裁判官の人事考課 所長、高裁長官が行い、最高裁に報告
第二章 電力会社、敗れる
「裁判所は国民にとっての最後の砦」
北陸電力 志賀2号機 井戸謙一・金沢地裁裁判長(住基ネット違憲判決も) 2006年原告勝訴
当初 建設差し止め訴訟→運転差し止め訴訟
従来 被告側に安全性立証要求→「国の指針どおり」→原告に立証責任再転換
営業運転開始 2006/3/15 9日後に判決
・確認できた活断層だけからの判断は危険
地下に震源断層がないという合理的根拠なし
・空白域にこそ危険あり
→ 想定のM6.5は耐震指針として甘すぎる
沸騰水型の危険
・碍子破損等による外部電力喪失
・非常用電源の喪失
・配管破断
・シュラウド(原子炉内中心部の周囲を覆っている、円筒状のステンレス製構造物)の破断
・冷却材の減少や喪失
・緊急炉心冷却システムの故障・・・・
・スクラム(緊急停止)の失敗も
炉心溶融事故、反応度事故(原子炉出力の暴走:チェルノブイリ事故)の可能性も
「様々な故障が同時に、あるいは相前後して発生する可能性が高く、多重防護が有効に機能するとは考えられない」
「安全審査に合格しているからといって、耐震設計に妥当性が欠けるところがないとは即断できない」
高裁で逆転、最高裁で2010年秋に敗訴確定、半年後に福島事故
福島第一原発の事故が起き、井戸さんたちが判決で指摘していたことが次々と現実のものとなった。「炉心溶融事故の可能性もある」「多重防護が有効に機能するとは考えられない」−−−。
第三章 国側、敗れる
「国策でも遠慮するつもりはなかった」
動燃・もんじゅ訴訟 川崎和夫・名古屋高裁金沢支部裁判長 2003年1月27日住民側勝訴
「原判決取り消し、設置許可処分は無効であることを確認」
ナトリウム漏れ: 床ライナに穴、コンクリートと接触し爆発 vs 基本設計でそうならない
実際に漏れた(温度計破損でそこから)
設計時の解析は甘い。 実験では床ライナに貫通孔
◎安全審査の調査、判断過程に看過しがたい過誤、欠落 具体的危険性は否定できない。
蒸気発生器細管が同時に大量破断 vs 早期に検知、水・蒸気を逃がす対策 同時大量破断は起きない
英国の高速増殖炉で40本の破損・破断事故
その前の動燃の実験でも25本破断
◎蒸気発生器や中間熱交換器の耐圧を示すことなく、機器の健全性が損なわれることがないと判断したのは無責任、ほとんど審査の放棄
審査機関が不備の補正を求めた形跡は全く認められず、記述を無批判に受け入れた疑い
過誤・欠落は看過しがたい重大なもの
−−−国は後にナトリウム漏れ対策や蒸気発生器などに変更を許可(当初の許可が不十分であったことを認めた)
炉心崩壊の可能性 vs 大量の安全対策
◎設計上はそうでも、燃料、機器、装置の品質管理が不十分とか、工事に瑕疵があれば設計上想定しない事故の可能性はある。
◎判決文に、米、英、仏、独などが研究開発を中止or断念していることに触れ、
「フランスでさえも、巨額な 資金を投じて建設した実証炉を閉鎖する決定をした。安全性を確保する技術と知見を確立するにはなお解決困難な課題が残されており、−−−」
知って欲しかった相手は最高裁。2年後、最高裁で逆転敗訴。
第四章 「奥の院」で何が起こったのか
もんじゅ最高裁判決
高裁で看過しがたい過誤、欠落があるとした3点について、みずから検討し、「安全審査を不合理」とはできない。
最初から結論ありきの判決? 差し戻しでなく。
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1979年 環境行政訴訟事件関係執務資料 by 最高裁事務総局 大事故は想定しなくてよい
1988年 行政庁の判断を尊重して審査に当たる。判断に合理性、相当性があるかどうかの審査で足りる。
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調査官裁判
調査官が上告案件に当たらないと判断すれば、
一堂に会して審議することなく結論をだせるとの報告書を主任裁判官に提出。
主任裁判官は主任メモをつけて各判事に回し、異議が無ければ持ち回り審議で処理
全事件の9割以上は持ち回り審議で上告棄却か不受理
元原利文・元最高裁判事 2件の原発訴訟で審議した記憶なし、おそらく調査官の意見どおり上告棄却。
当初はすべての事件を小法廷の5人が審議 (調査官が順番に説明)
1985年頃 持ち回り審議方式 口頭審議を省略する方式も
その後、上席調査官の決裁が必要に。 全体の意見のようになった。