2012/5/9 毎日新聞
時代を駆ける ハードロック工業 若林克彦社長
「緩まないネジ」のアイデアの元になったのは、住吉大社の鳥居の「ある部分」
ちょうど散歩の途中に、何となく鳥居を見た瞬間ですね。木と木が組んである鳥居の継ぎ目、その隙間にクサビが打ち込まれているのを見て、はっと思いついたんです。まあ、これも「神さん」の知恵、それをいただいたということでしょう。
会社に戻り、自ら実験してみた。
ボルトとナットの隙間にクサビを、ハンマーでこう、ぽんっと打ち込むと、確かに緩まない。ああ、こいつはいけるなと思いました。さあところが、こんなものを実際の現場に持っていったってできませんわ。何百何千と使うナットの一つ一つにクサビを打つなんて手間は、とてもかけていられません。そこからが試行錯誤の繰り返しです。
問題は、クサビの効果をナット自体にいかに持たせるかということです。あれこれ考えた末、それまで一つのボルトに対して一つだったナットを、上下二つに分けてみた。さらに、二つのナットそれぞれの接合部に凹と凸をつけ、その凸側だけを中心軸からずらすことでクサビの役割が生まれる、というところまでたどり着いたんです。
試作を重ね、振動を与えても緩まない製品が完成した。
住吉大社の鳥居にヒントを得た日から、そこに至るまでに1年以上かかりました。不都合を解決したら別の課題が出て、それを解決して。その繰り返しです。でも、その過程がまた面白いんです。
鳥居のクサビとネジの回転なんてかけ離れたものがくっついて、新しいものが生まれるんですから。何でもそうですよね。苦しみの中からいいものは生まれませんで。喜びがあって、自分の気持ちがプラスで前向きになっていなければね。
新たに開発した緩まないナットの製造販売のため、1974年に設立したのが「ハードロック工業」だ。心機一転、それまでの会社を共同経営者に無償で譲って再出発することにしたんです。絶対にいいものができた、という自信がありましたから抵抗はなかった。妻には怒られましたけどね。
ボーイングに納入目指す
次に進出を目指すのは航空産業分野だ
きっかけは経済産業省のミッションです。日本の中小企業の技術をボーイング社に売り込むという話がありまして、そこに参加することになりました。うちのような中小企業が米国の航空機メーカーに直接営業するなんて、こんな機会でもなければあり得ないことですからね。でもそこは、英国、台湾、豪州など世界の鉄道でも使われてるから、必ず通用する、と思ってました。
訪問に先立ち、サンプル送付を求められた
ところが1週間ぐらいしてボーイング社から「これでは重くて使えない」と送り返されてきた。それが一昨年の3月のこと。訪問予定が5月ですから、わずか2ヵ月で重さを5分の1にするように、というんです。そのサイズのハードロックナットは、上下ひと組で17グラム。それを3.4グラム以下にできなけれげ「来る必要はない」とね。
まず材質を鉄から「6-4チタン」という合金に代えました。加工の難しい材料でしたが、何とか5グラム、3分の1弱にして再送した。しかし、あくまで5分の1にせなあかんという。あっちもこっちも削って、ついに3.2グラムに落としました。必要な強度を保ったまま、要求をクリアすることができたんです。
世界の厳しさを思い知らされた
そうしたら、「やればできるじゃないか」と。ジャンボジェット1機にはナットが約100万個使われてるんだそうです。1グラム重ければ全体では1トン。さらにその機体を何年も使うのだから、0.5グラムがいかに大切か軽く見てはいけない、と説かれた。「ハードロックナットは機能がいいから、使いたい箇所がいっぱいある」とも言ってくれましてね。
昨年、航空宇宙産業で求められる国際品質規格「JIS Q 9100」を取得した
それからさらに、ボーイング社が独自に定めた規格もパスせないかん。仮に不具合が起きた時、陸上ならちょっと修理したらええけど、空の上やったら終わり。だからこその規格ですから、チャレンジのしがいもありますね。
2012/4/11 産経
ハードロック工業 若林克彦社長 ゆるまないネジ、航空機産業へ
絶対にゆるまないネジ「ハードロックナット」を開発したハードロック工業(東大阪市)。 “くさび”の原理を利用したこのネジは、大阪・住吉大社の鳥居をヒントに若林克彦社長が思いついた。瀬戸大橋や新幹線など国内外の鉄道、5月にオープンする東京スカイツリーでも使用され、私たちの安全を支えている。新たに航空分野への参入を目指す若林社長に、現在の取り組みを聞いた。
航空分野へ参入するきっかけは、 「非常に高い品質が求められる上に、生産量が少ないので本来は採算が合わないが、3、4年前に二階俊博経済産業相(当時)から『支援をするからやりなさい』と言ってもらったのがきっかけだ」
「当社の17グラムのナットを経産省の航空機分野の専門家に見せたところ、『重たすぎる。5分の1にしてほしい』といわれた。5分の1だと約3グラム。がんばって5グラムにまではできたが、『これ以上は無理です』と言わざるを得なかった」
「航空機1機に使われるネジは約100万個。1本につき1グラム重たければ、機体は1トンも重くなってしまい、燃費も悪くなってしまう」
「さらに工夫を重ね、素材を鉄からチタンに変更し、削れるところまで削った。最終的には高さも低くして3.2グラムにできたが、経産省からは『やりもしないのにできないと言わないように』と指摘されたのが心に残っている」