毎日新聞 2013年06月25日〜 


虚構の環:第3部・安全保障の陰で/1 プルサーマル再開、米に約束 昨秋民主政権時、軍事転用懸念受け

 民主党政権の原子力政策策定が大詰めを迎えていた昨年9月、野田佳彦首相(当時)の代理として訪米した大串博志内閣府政務官(同)が米エネルギー省のポネマン副長官に、プルトニウムを普通の原子炉(軽水炉)で燃やす「プルサーマル発電」の再開をひそかに約束していたことが分かった。毎日新聞が入手した公文書によると、日本の保有する軍事転用可能なプルトニウムの量を減らすよう強く迫られた大串氏が「(プルサーマルで)燃やす」と伝えていた。安全性を疑問視する声が多く、東京電力福島第1原発の事故後中断されているプルサーマルの実施が、対米公約になっている実態が明らかになった。

 プルサーマルは、軽水炉で燃やした使用済み核燃料を再処理し、取り出したプルトニウムにウランを混ぜた「MOX燃料」を使う。(1)高コスト(2)燃料の融点が下がり溶けやすくなる(3)制御棒の利きが悪くなる−−など経済・安全両面で問題点を指摘する専門家も多い。当初プルトニウムは高速増殖炉で燃やすはずだったが、原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)が実用化のめどが立たないことから2009年に導入された。

 毎日新聞が入手した公文書は、昨年9月12日の大串、ポネマン両氏による米国での会談内容を記録した公電をまとめたもの。大串氏は「30年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」「核燃サイクルは中長期的にぶれずに推進する」「もんじゅは成果を確認した後研究を終了する」など、政府の「革新的エネルギー・環境戦略」(昨年9月14日決定)に沿った説明をした。

 核燃サイクルの推進は、青森県六ケ所村の再処理工場の稼働、つまり使用済み核燃料からのプルトニウム抽出を意味する。「原発ゼロ」で「もんじゅも停止」となるとプルトニウムを燃やす施設が無くなるため、ポネマン氏は「軍事転用可能な状況を生み出してしまう」と安全保障上の懸念を表明。大串氏は「プルトニウムを軽水炉で燃やす計画は継続する」とプルサーマル実施を約束した。

 大串氏は取材に対し「誰に面会したのかは外交上言えない。(プルサーマルに関しては)覚えていない」と答えた。エネ環戦略には「安全性が確認された原発を活用」と記載され、プルサーマルへの言及はない。当時経済産業相だった枝野幸男衆院議員は「プルサーマル(と当面稼働させる普通の原発と)を区別していなかった。エネ環でそんなミクロな話はしていない。(私が訪米しても)そう答える」と述べ問題ないとの認識を示したが、国民への説明抜きに対米公約になった形だ。

池澤夏樹 「アトミックス ボックス」 毎日新聞連載 2013/6/25

(元老の大手雄一郎の言葉)

「しかし核は現実なんだよ。NPTの第十条には、加入国は『異常な事態が自国の至高の利益を危うくしているときは脱退する権利を有する』と明記してある。その権利の技術的な裏付けとして私は『あさぼらけ』をスタートさせた」

Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons

第十条 [脱退・有効期間]
1 各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する。
当該締約国は、他のすべての締約国及び国際連合安全保障理事会に対し三箇月前にその脱退を通知する。
その通知には、自国の至高の利益を危うくしていると認める異常な事態についても記載しなければならない。

 

Article X

1. Each Party shall in exercising its national sovereignty have the right to withdraw from the Treaty if it decides that extraordinary events, related to the subject matter of this Treaty, have jeopardized the supreme interests of its country. It shall give notice of such withdrawal to all other Parties to the Treaty and to the United Nations Security Council three months in advance. Such notice shall include a statement of the extraordinary events it regards as having jeopardized its supreme interests.

2. Twenty-five years after the entry into force of the Treaty, a conference shall be convened to decide whether the Treaty shall continue in force indefinitely, or shall be extended for an additional fixed period or periods. This decision shall be taken by a majority of the Parties to the Treaty.

 

     ◇

 安倍政権もプルサーマル再開の方針を維持している。毎日新聞は3月1日に経産省が作成し茂木敏充経産相に提出した公文書を入手した。

 核燃サイクル政策について「六ケ所再処理工場で再処理を行い軽水炉におけるMOX燃料利用(プルサーマル)を進める」と明記されている。茂木経産相はこの記載内容に沿う形で、3月22日の衆院経産委で「プルサーマルを着実に進めていきたい」と答弁した。

 7月施行の新規制基準により、どの原発の再稼働が認められるのかさえ分からない。にもかかわらず、通常の原発に比べ、問題が指摘されているプルサーマル再開方針を推し進める政府。経産省資源エネルギー庁職員は語る。「確かに異常だ。しかし六ケ所を動かすなら仕方がない」

     *

 再処理工場は19回も完工を延期し、5月にはもんじゅに運転再開準備の停止命令が出された。核燃サイクル政策が一層混迷を深めるなか、国際社会は日本のプルトニウムに厳しい目を向ける。第3部は安全保障を巡る攻防と、その裏でうごめく関係者の実態に迫る。

 

再処理、砂上の楼閣
 
 ◇「六ケ所稼働率ダウンを」 原子力委、異例の提言

 訪米した民主党の大串博志内閣府政務官(当時)がプルサーマルの再開を約束してから半年。長年、核燃サイクル政策を推進してきた内閣府原子力委員会で厳しいやり取りがあった。

 3月26日の原子力委定例会議。電力10社で作る電気事業連合会の小田英紀原子力部部長は「16〜18基でのプルサーマル導入を目指す」と述べた。本命だった高速増殖炉は実現しておらず、再処理で取り出したプルトニウムを燃やすには、プルサーマルしか選択肢はない。事業者側は東京電力福島第1原発の事故前から「16〜18基で実施する」と説明しており、小田部長の発言はこれに沿ったものだ。

 鈴木達治郎委員長代理は「実現するかどうか非常に不透明」と指摘した。元々立地自治体の反発が強く、プルサーマルの実施例は福島第1原発3号機(廃炉決定)を含む4基にとどまり、現在はすべてストップしているからだ。鈴木氏は「個人的提言」と断ったうえで「(プルトニウム)利用の見通しを明確にし、その見通しの上で再処理をする方向で検討してほしい」と発言した。「プルトニウム利用」とはプルサーマルのこと。「燃やす見通しの立った分だけプルトニウムを取り出すべきで、順調に燃やせないなら、その分再処理のペースをダウンすべきだ」という意味だ。内閣府関係者は「国が再処理工場(青森県六ケ所村)の稼働率を落とすよう勧告したのは初めて。それだけ厳しい状況だ」と指摘する。

 再処理工場が稼働すると年800トンの使用済み核燃料が再処理され、約8トンのプルトニウムが抽出される。工場の稼働年数は40年だから計約320トンのプルトニウムが生み出される。これは長崎型原爆5万発以上に相当する量だ。

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 プルサーマルには大きな問題がある。使用済みになった燃料(使用済みMOX燃料)は熱量が高く、通常のウラン燃料に比べ取り扱いが難しい。毒性も強く使用済みウラン燃料用に設計された六ケ所村再処理工場では再処理できず、別の工場、つまり「第2再処理工場」が必要だ。第2工場を建設できない場合、使用済みMOX燃料はプルサーマルを実施した原発の敷地内に置き続けるしかない。

 プルサーマル受け入れを求められた自治体は、この点に不安を抱き続けてきた。2009年1月、松江市で開かれた中国電力島根原発2号機を巡る住民説明会。経済産業省資源エネルギー庁職員は「45年ごろに第2再処理工場の操業を開始し、回収されるプルトニウムは高速増殖炉で再利用する」と説明した。松江市は同3月、使用済みMOX燃料の市外への搬出を国に強く要請したうえで受け入れを決めた。

 しかし、国が第2工場について具体的な計画を示したことはない。直近の原子力政策大綱(05年策定)にも「(第2工場は)10年ごろから検討を開始する」と記載されているだけだ。

 取材班は04年に経産省職員が作成した非公開の内部文書を入手した。そこにはこう記載されている。「原子力委と経産省資源エネルギー庁は『第2工場は宙ぶらりん』で合意(密約)している」。文書作成に関与した関係者が解説した。「2兆円以上投じた六ケ所がトラブル続きで動かないのに、第2工場なんて建設できるはずがない。ただプルサーマルが止まると核燃サイクルが破綻する。だから、国としては『ずっとあいまいにしておこう』ということ。今もまったく同じだ」=つづく

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 ◇大串・ポネマン会談(要旨)

 大串博志内閣府政務官(当時)と米エネルギー省のポネマン副長官の昨年9月12日の会談内容は次の通り。(敬称略)

 大串 日本は原発のあり方について今週中にも決定する。決定の大枠を申し上げる。2030年代に原発稼働ゼロを可能とするようあらゆる政策資源を投入する。核燃サイクルについては「中長期的にぶれずに推進する」という、使用済み核燃料の受け入れの際に青森県と交わした約束を尊重する。従って六ケ所村の再処理工場については完工に向けて進めていく。(高速増殖原型炉)もんじゅについては、研究炉とし成果を確認した後に研究を終了する。

 ポネマン 今伺った話の中には重大な内容が含まれている。第一は人材への影響。未来が原発ゼロであれば、そのような分野に入る人材はいないであろう。2点目は核不拡散に関して。六ケ所は稼働し続けてプルトニウムが分離される一方、もんじゅを研究施設とし原発もゼロになるのであれば、プルトニウムが日本国内に蓄積され、軍事転用が可能な状況を生み出してしまうのではないか。核不拡散に関して、日本はこれまでリーダーとして数十年にわたって世界の議論をけん引してきたが、今後もリーダーであり続けられるのか。見直しを行えるよう最大限の柔軟性を確保していただきたい。

 大串 柔軟性を持つことは決定に盛り込む。人材については廃炉、再処理、除染などで人材・技術の維持が重要と認識している。青森との関係でサイクル政策は変更しないが、一方で国際社会との関係で責務を果たしていく考え。昨日野田佳彦首相(当時)から「核不拡散の責務についてはしっかり果たしていく」との言葉を預かってきたのでお伝えしたい。

 ポネマン プルトニウムが日本国内に発生する中、どのように核不拡散のリーダーとしての地位を維持するつもりか。

 大串 プルトニウムを軽水炉で燃やす計画(プルサーマル)は今後も維持する。野田首相の不拡散に関する約束は明らかであり、具体策は米国と協議しながら検討していきたい。

 ポネマン 丁寧に説明していただき感謝する。

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◇プルトニウムを原子炉で燃やし発電

 なるほドリ 原発のニュースで「プルサーマル」って聞くけど何のこと?

 記者 プルトニウムを一般的な原子炉「サーマルリアクター」(熱中性子炉)で燃やす発電方法です。「プル」と「サーマル」を合わせた造語がプルサーマルです。普通の原発ではウラン燃料だけを使いますが、プルサーマルではプルトニウムとウランを混ぜた「MOX(混合酸化物)燃料」も燃やします。

 Q なぜ始まったの?

 A 元々は、ウラン燃料の燃えかすである使用済み核燃料を再処理工場に運び込んでMOX燃料を作り、使った分よりプルトニウムが増える「高速増殖炉」と呼ばれる原発で使う計画でした。ところが高速増殖炉がトラブルばかりで実用化のめどが立たないので、2009年からやむを得ずプルサーマルを導入しました。

 Q コストはどうなの?

 A 関西電力や九州電力などが09〜10年にフランスから輸入したMOX燃料の輸入総額は約680億円で、ウラン燃料より500億円以上高いとされています。その分が電気料金に跳ね返ることになります。

 Q 安全上問題は?

 A 既設の原発はすべてウラン燃料用に設計されているので、プルサーマルの場合、原子炉に装着する燃料の3分の1までしかMOX燃料が使えません。ウラン燃料との混在により、どうしても燃え方に偏りができます。このため「燃料が過熱・破損しやすくなる」などの指摘があります。

 Q 来月再稼働申請する原発でプルサーマルを実施するの?

 A 再稼働が認められても、プルサーマルを実施するかどうかは決まっていません。関電は前向きですが北海道電力は慎重な姿勢を示しています。地元が同意するかどうかも焦点です。(特別報道グループ)

 

虚構の環:第3部・安全保障の陰で/2 再処理継続、米は後ろ向き

 ◇経産省「新増設」で対抗  

 再処理工場で生まれる、軍事転用可能なプルトニウムを使うため、プルサーマル発電の再開を米国に約束した翌日の昨年9月13日、大串博志内閣府政務官(当時)はフロマン米大統領副補佐官(同)と会談した。

 核物質は「国籍主義」が取られるため、再処理はウランの生産・燃料加工国である米国の管理下に置かれる。かつて日本は毎年事前に米国の許可を得て、その量だけを再処理していたが、1988年の日米原子力協定で一定量まで事実上自由に再処理できる「包括同意」が認められた。フロマン氏は「核燃サイクル政策が一貫性を持ったものであるとの前提で包括同意を付与したのであり(前提が崩れれば)見直しの必要が生じるかもしれない」と述べた。88年協定はサイクルの生命線。オバマ大統領側近が見直しを示唆した事実は重く、内閣府関係者を驚かせた。

 一貫性とは、再処理で取り出したプルトニウムを原発の燃料として使うこと。民主党政権が会談の翌日に発表予定の「原発ゼロを目指すが核燃サイクルは推進」では一貫性を失う。フロマン氏は「プルトニウムに関する問題を(今後)しっかりと議論したい。その側面(核燃サイクル)については発表を控えてほしい」と要求した。大串氏は「サイクル推進は青森県との約束。青森の理解と協力が得られなくなれば、最悪の場合(青森に)搬入している使用済み核燃料の搬出を求められ、即座に全原発の再稼働が不可能となりかねない」と拒否した。

     ◇

 88年協定を巡る交渉が始まったのは82年。交渉を担当した元外務省科学技術審議官の遠藤哲也氏(78)が振り返る。「『日本にプルトニウムを自由にさせるのは危ない』と、国防総省、米原子力規制委員会が反対した。反対論を抑え87年1月に仮調印にこぎ着けたら今度は議会が反対した」。米議会の事実上の承認が得られたのは、交渉開始6年後の88年4月。88年協定の有効期限は2018年7月だからあと5年しかない。外務省幹部は「時間が残されていない」と焦燥感を漂わせる。

 韓国の存在も影を落とす。23基の原発を持つ韓国は16年改定の米韓原子力協定で再処理を認めさせたい考えだ。遠藤氏が予想する。「核不拡散の観点から米国は韓国には認めないだろう。2年後に日本が協定を改定するのだから包括同意の維持は簡単ではない。原発が減りプルサーマルも高速増殖炉も動かなければ、包括同意を失い再処理できなくなるかもしれない」

 安倍晋三首相は「10年間でベストミックス(電源構成の最適な組み合わせ)を考える」と述べ、原発依存度を明示していない。内閣府関係者によると、サイクル維持には15〜20%必要だ。それを下回ると再処理しても燃料として使う原発が不足するからだ。協定改定時期を念頭に置けば、早期に「一定数の原発は稼働する見込みだ」と米国にアピールする必要がある。

 経済産業省がひそかに動く。5月に作成された内部文書には「原発の新増設は法的に可能。新しい原発は既存の原発に比べ安全性が高い。事業者も既に相当額の投資を行っている」と書かれ、政府に提出済みだ。なぜ新増設なのか。経産省職員が語る。「新規制基準は厳しく、古い原発の再稼働は難しい。だから新増設で一定の原発比率を確保する。参院選で自民が勝ったら一気に動く」

 

安全保障の陰で/3 近づく再処理工場の稼働

 ◇米「大きな懸念」警告

 再処理してプルトニウムを取り出すのに、2030年代に原発ゼロを目指す−−。民主党政権のこの政策に米国は「懸念」を表明し続けてきた。軍事転用可能なプルトニウムを使う施設(原発)が無くなるからだ。安倍政権は一転「原発ゼロの見直し」を掲げる。ならば米国の批判は消えたのか? 政府関係者は「ますます逆風が強まっている」と証言する。青森県六ケ所村の再処理工場の稼働が近づいているからだ。

 象徴的な場面があった。4月10日、ワシントンを訪れた内閣府原子力委員会の鈴木達治郎委員長代理が「茂木敏充経済産業相が国会で『核燃サイクルの継続』を明言した」と説明するとカントリーマン国務次官補は「米国にとって大きな懸念となりうる」と述べた。

 民主党政権にも「懸念」と伝えてきた。一見同じだ。だが関係者は「大きな」という表現に注目した。

 カントリーマン氏はさらに警告した。再処理が高コストであることを持ち出し「経済面などの理由がないまま再処理するのは、日本に対する国際社会の評価に『大きな』傷がつく可能性がある」。翌11日に会談した米エネルギー省のポネマン副長官も鈴木委員長代理に「プルトニウムが増えないか『大いに』懸念している」と指摘。同行した大使館員は漏らした。「これまでにない厳しい反応だ」

 原子力委は1994年の原子力長期計画で「余剰プルトニウムを持たない」と決めた。フランスに依頼した再処理で生じた約1トンのプルトニウムを輸送船「あかつき丸」で運んだ92〜93年、予想航行ルートにある約30の国と地域から強い反発を受けたからだ。この決定から約20年。プルトニウムを使う本命だった高速増殖炉は実現せず、日本の持つプルトニウムは約44トン(11年末)と約3倍に増えた。一方、六ケ所村の再処理工場は今年10月の完成を目指す。操業が近づくにつれ米国の不信感は強まる。

     ◇

 日米両国は昨年、外務省外務審議官と米エネルギー省副長官をヘッドとするハイレベル会合「日米2国間委員会」を設置した。東京電力福島第1原発の事故を受け、米国が「日本の政策に関与するため制度化した」(外務省幹部)ものだ。会議は冒頭部分以外は非公開。取材班は昨年7月の第1回会合の議事録を入手した。核燃サイクルや再処理に関して「日米の共同研究開発について可能性を議論していく」と記載されている。米側は日本のサイクル政策への関与を強めようとしているのだ。


 外務省幹部は「ホワイトハウス中枢からことあるごとにプルトニウムに関する懸念を伝えられるが『国際原子力機関(IAEA)の厳しい査察を受けている』と答えるしかない」と頭を抱える。

 第2回の2国間委員会は来月にも米国で開催される。余剰プルトニウム問題が取り上げられるのは必至な情勢で、内閣府関係者は「米側は日本に対し正式にプルトニウム削減を求めるのではないか」と予想した。その通りなら、プルトニウムを新たに生み出す六ケ所の稼働は延期するか、プルトニウムを使うプルサーマルを早期に再開するか選択を迫られる。経産省中堅幹部は「プルサーマル再開を急ぐ」。

 原発事故への反省もないまま、政策回帰が急速に進む。


虚構の環:第3部・安全保障の陰で/4 弱まる「核の潜在的抑止力」

 ◇経産文書に「六ケ所不要」

 4月26日の内閣府原子力委員会。鈴木達治郎委員長代理が「核燃サイクルは潜在的核抑止力につながるという指摘についてどう考えるか」と安全保障に詳しい中西寛・京都大教授(国際政治学)に尋ねた。潜在的核抑止力は日本が「持とうと思えば核兵器を持てる」状態であることが、他国の核武装や核攻撃を抑止するという考え方。核燃サイクルは使用済み核燃料から軍事転用可能なプルトニウムを抽出するため、保守系議員らが過去にも有効性を強調してきた。

 中西教授は「1960年代、70年代、確かにそうした議論があった。しかし今効果的な軍事技術は、通常兵力やサイバー(分野)の整備にシフトしている。『潜在的核抑止力を保持するため再処理技術を持っていた方がいい』ということは言えない」と述べた。

    ◇

 60年代、政府は核武装を極秘裏に研究していた。

 内閣の情報機関である内閣調査室(現・内閣情報調査室)主幹、志垣民郎(しがきみんろう)氏(90)が日記を残していた。68年1月30日、志垣氏は国際政治学者と科学者を東京・紀尾井町の高級料亭に集め、核武装の可能性を研究するよう依頼した。中国が64年に原爆実験、67年に水爆実験に成功したことを受けたもの。志垣氏は取材に対し「発覚すれば内閣が吹っ飛んだかもしれない。保秘を徹底した」と証言した。

 メンバーは▽垣花秀武(かきはなひでたけ)・東工大教授(原子核化学)▽永井陽之助・同(国際政治学)▽前田寿・上智大教授(同)▽蝋山(ろうやま)道雄・国際文化会館調査室長(同)。氏名の頭文字から「カナマロ会」と名付けた。自衛隊のミサイル専門家や、唯一営業運転が始まっていた東海原発(茨城県東海村)を運営する日本原子力発電の技術者らの意見も聞き、68年9月に報告書「日本の核政策に関する基礎的研究その一」、70年1月に「その二」を佐藤栄作首相の秘書官に提出した。再処理で取り出したプルトニウムで「原爆を少数製造することは可能」だが、核武装した場合の▽外交的孤立▽国内政治不安の高まり▽開発実験費用の巨額さ−−などから「核兵器を持つことはできない」とした。

 外務省も極秘で研究した。69年9月の「わが国の外交政策大綱」には「当面核兵器は保有しないが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(潜在能力)は常に保持する」と記載され、再処理を軍事面から重視する姿勢がわかる。

 「安全保障上、青森県六ケ所村の再処理工場は必要だ」。原子力委員会関係者によると、今もそう主張する保守系議員は多い。

 取材班は経済産業省職員が2004年4月12日付で作成したA4判14ページの文書を入手した。日本初の再処理工場「東海再処理施設」の存在を念頭に、六ケ所村再処理工場の是非を議論するためのもので、「厳重取り扱い注意」と付記されている。

 「核燃サイクルが政策的に初めて位置づけられたのは1956年の原子力長期計画。当時は核オプション(核兵器保有という選択肢)を保有する意図があったことは公然の秘密。核爆弾1発に必要なプルトニウムの量が5キロ程度であることを考えれば、六ケ所を稼働させなくても東海再処理施設の能力で十分だ」と書かれている。文書作成に関与した関係者が語る。「04年に比べ核オプションの必要性は一層低下している。再処理は軍事面でも存在意義を喪失している」

 


虚構の環:第3部・安全保障の陰で/5 頭もたげる「再処理国際化」構想

 ◇「六ケ所延命の方便」

 昨年7月24日、来日した米エネルギー省のポネマン副長官は枝野幸男経済産業相(当時)と会談した。冒頭以外は非公開。取材班は会談内容を記した内部文書を入手した。ポネマン氏は「六ケ所村(再処理工場)やもんじゅ(高速増殖原型炉)の技術を利用すれば(日本は)国際的核燃サイクルに貢献できる」と提案。枝野経産相は「連携と協力を進めていく」と応じた。

 国際的核燃サイクルはA国の使用済み核燃料をB国に運び一定期間冷却(中間貯蔵)、C国で再処理してプルトニウムとウランを取り出し新燃料を作ってA国に渡すといった構想だ。米国は自国で再処理を実施していない。一方で原発の新規導入国は増えており「各国が再処理に乗り出すと、軍事転用可能なプルトニウムが拡散する。日本で集中的に処理してほしい」と考えるポネマン氏のような高官がいるのだという。

 日本側の事情はどうか。外務省幹部は「参加国が多いとコントロールは難しい。飛びつく話ではない」、経産省幹部も「海外の使用済み核燃料を六ケ所に持ち込むことになる。地元に受け入れられない」と語り、現実味はない。それでも多くの場面で「国際化」が取り上げられる。

 今年3月、東大(原子力国際専攻)の田中知(さとる)教授と久野(くの)祐輔委嘱教授らの研究会が報告書をまとめた。中国、ロシア、カザフスタン、ベトナムなどと国際的核燃サイクルを構築する構想で、概要は昨年3月、内閣府原子力委員会の小委員会で報告された。報告書には「一国ベースでは後退せざるを得ない核燃サイクルについても、多国間により対応することで議論の前進が期待される」と記載されている。「六ケ所を残すための研究か」。記者が尋ねると、田中氏は否定したが、久野氏は「確かに(六ケ所への)危機感はあった」と答えた。

 同様の研究は、民主党の細野豪志幹事長が原発事故担当相時代に設置した私的研究会でも取り上げられた。代表を務めた遠藤哲也・元外務省科学技術審議官が昨年5月、細野氏に提出した中間報告書には「六ケ所を利用した使用済み燃料の処理・返還の可能性を含め国際化を進める」とある。

 内閣府関係者は「日本にとって、国際化とは六ケ所を『延命』させるための方便」と解説した。

       ◇

 六ケ所は順調に稼働しても40年間で3万2000トンの使用済み核燃料しか処理できない。国内発生予定量の約8割に過ぎず、他国分を受け入れる余裕はない。


 2004年4月に経産省職員が作成した文書がある。省内部で再処理からの撤退を検討していた時期で、懇意の与野党議員への説明用にひそかに作成された。最終処分場のない現状を踏まえ、使用済み核燃料をそのまま捨てる「直接処分」と、再処理政策を続けるケースを比べている。「直接処分の場合は直ちに『トイレなきマンション』状態が露呈するのに対し(再処理なら)最終処分地選定が予定される20年代半ばまでモラトリアムを得るだけ」と指摘。再処理に膨大なコストがかかるため「政策的意義を喪失した政策(サイクル)を見直し、無用の国民負担を避けるべきだ」と結論づけている。作成に関与した関係者が語る。「さまざまな方便を使ってもサイクルの破綻ぶりは動かない。早く撤退しないと負担が増える一方だ」