毎日新聞 2021/12/27
汚染水 理解の壁
中国外務省の趙立堅(ちょう・りつけん)副報道局長が、東京電力福島第1原発の「処理水」放出に重大な懸念――という22日付のオンラインニュースが目にとまった。
「処理水」放出には韓国も反発している。日本政府は今年4月、2023年から海へ放出する方針を決めた。今回、中韓の反発を招いたものは「東電、放出計画認可を申請」という日本側の報道である。
日本では、政治決着のついた問題と見なされがちだが、対外説得に失敗している。<失敗の本質>を直視する必要がある。
◇
私自身、この問題で隣国との認識の違いを思い知らされた体験がある。
10月、「日中関係と国際協調」を主題とするオンラインのシンポジウム(言論NPO、中国外文局主催の東京―北京フォーラム)に参加した際のこと。中国の複数の識者が「海洋放出は中国人の対日印象悪化の要因だ」と発言した。
日本側の何人かが「放射性物質を無害化して放出する」と説明した。すると中国側は「(日中間に)領土問題は存在しないという日本政府の主張と同じ。安全だと言い張るのは奇妙」と切り返してきた。
中国側の発言者の一人は旧知の社会学者の女性だった。日本語の上手な彼女に後日、発言の真意をメールで聞くと返事が来た。要点はこうだった。
(1)中国は2018年9月から日本の説明に疑問を持ち始めた。きっかけは、処理済みの汚染水から、無害とされるトリチウム以外にストロンチウムなど有害な核種が検出された――という報道、それを確認した東電の発表である。
(2)最大の疑問は、通常運転中の原発から出る液体流出物とメルトダウン事故の処理水は同じと言えるか?という点である。
(3)東電の多核種除去設備ALPS(アルプス)の処理能力が不明。情報の全面公開がない。日本国内にさえ、海洋放出に強い異論があるではないか。
◇
以上の主張が政治的に偏っているとは言えないだろう。18年9月の報道というのは「浄化したのに高濃度放射性物質」という共同通信の特報である。東電が記者会見で認め、多くのメディアが追いかけたが、私自身、忘れていた。
改めて東電に聞くと、こういう説明だった。問題の貯留水は仮処理段階のもので、再浄化の上、希釈して捨てる。最初からそういう計画であり、ごまかす意図はなかった……。
報道以後、東電は仮処理しただけの汚染水を「処理途上水」と命名。現時点で福島の約1000基の貯留タンクの7割が「処理途上水」。再処理済みの「処理水」が3割という。
そこで「通常の原発排水と事故炉の処理水は同じか」「ALPSは機能するか」――である。
事故処理水もALPSを通せば同じだ――と東電は言う。ウェブ上の解説は詳しいが、核心は仮定に基づく計算。それも複雑過ぎて分かりにくく、第一、心に響かない。今春から中国語と韓国語の発信も始まったが、同じことだろう。
処理水の放出完了まで順調でも数十年という。50〜100年説もある。「トリチウムは無害」「どこの国も捨てている」と隣国に説いて得るものはない。
この問題は廃炉作業のごく一部に過ぎない。我々はなお事故を制御できていない。そこを認めず、計算上の楽観論を詳述するだけでは対話が進まない。