「想定外だった」。東日本大震災の東京電力福島第1原発事故後、この言葉を政府や東電は何度も口にした。それから5年4カ月。再稼働が進む中で、地震や津波の現在の想定に対して「過小評価だ」と警告を発するのは、2014年9月まで原子力規制委員会の委員長代理を務めた島崎邦彦さんである。“古巣”にもの申すのはなぜか。インタビューで明らかにした真意とは。
東京大地震研究所の教授や日本地震学会長などを歴任した島崎さんは、地震研究の重鎮として知られる。規制委では、電力会社が策定した原発の地震想定を審査していた。
その人が先月から、関西電力の大飯原発を襲い得る地震の揺れの想定は「過小評価だ」と指摘している。規制委に対し再計算を要請し、その結果に納得せず再々計算も求めた。自らも審査に関わった原発なのに、だ。大飯原発の運転差し止めが争われている名古屋高裁金沢支部に、同じ趣旨で陳述書も出している。加えて、内閣府が14年8月に発表した、日本海沿岸を襲う津波の予測にも「西日本の一部では過小評価で、本当の高さは2倍程度だ」と見直しを求めている。
大飯原発の基準地震動問題
大飯原発の基準地震動問題 その後
このように訴えるのは「揺れや津波を起こす震源断層の規模が本来の3〜5割に小さく推定された」という自らの研究結果に基づいている。規制委を退職した後にデータを調べ直し、「震源断層の規模を計算する式が、断層の種類によっては不適切で過小評価を生む」との答えに行き着いた。
リスクを知ってもらおうと、昨年から学会で4回発表した。さらに今年4月、震度7を記録した熊本地震が起きた。「熊本地震に式を当てはめると、過小評価がさらにはっきりした」。雑誌「科学」7月号に論文を出した。
在職中に過小評価に気がつかなかったのか、という疑問は当然ある。島崎さんに会うとこう話した。「震源断層規模の計算式は幾つかあり、大飯原発の審査で使ったのはその一つ。原子力規制庁の職員が私に『式によって違った揺れの規模が出る』と問題提起しましたが、誤差の範囲だと思っていました」
問題点に気づいても黙っている学者は多い。声を上げれば時間的、精神的にかなりの負担になるからだ。それを覚悟でなぜ今?と尋ねると、はっきりした口調でこう答えた。「過ちを繰り返したくないからです」
東日本大震災前の東北津波想定 言っても無駄と黙った原罪
「過ち」を犯したのは十数年前にさかのぼる。この時、島崎さんは政府の地震調査委員会に所属し、02年に発表した津波に関する報告書の責任者だった。報告書は、青森県から千葉県までの太平洋岸はどこでも10メートルを超す津波の危険がある−−と読める内容だった。
一方、津波対策を検討したのは、地震調査委とは別組織の「中央防災会議」。その傘下の調査会は04年、島崎さんたちの警告を退け、「岩手県では20メートルを超す津波も予想されるが、福島県以南では最高でも約5メートル」という別の試算結果を採用した。実は島崎さんも調査会のメンバーで、低い津波想定に反対したのだが、結局は黙認した形になった。
そして11年3月11日。東日本大震災が発生し約1万8000人が亡くなった。島崎さんの推定では死者の8割が、中央防災会議が採用した津波想定の、2倍を超える津波に見舞われていた。福島第1原発に到達した津波は15メートルを超えた。
「調査会で、もっと強く主張すべきでした。でも当時は言っても無駄だと思い、私は黙ってしまい『負け犬』になった。今回は、『変人』と言われるのを覚悟でしつこく主張していきます」。反省を交えながら語る島崎さんは今、若手の地震学者にも目を向ける。「彼らに『審議会に入るな』とアドバイスをしています。世の中の役に立ちたいならば外にいて『おかしいと思ったら指摘をしろ』と」。中で声を出しても「行政の裁量」という理由で退けられがちだと思うからだ。
政府は今回も警告受け入れに消極的だ。日本海沿岸の津波を予測した内閣府は「過小評価でない」と修正しない姿勢だ。規制委は大飯原発の揺れを再計算したが強引に問題なしと結論づけた。島崎さんの抗議に田中俊一規制委員長は「(不適切だとされた従来の計算法を)やめる手立てを我々は持たない」と開き直ったが、20日の規制委会合で問題の検討継続を決めた。
元委員の指摘すら受け入れない規制委の対応を見ていると、気になるのが原発耐震審査の実情だ。規制委は自ら作成した「審査ガイド」で、「原発を襲う可能性がある揺れの全てを考える」ことを基本原則に掲げている。だが、原則通りの審査が行われているのかを疑問視する専門家も多い。
この点について島崎さんの答えは当初、「ノーコメント」だった。ただ、インタビュー前に、次のような回答をメールで寄せてくれていた。<(全ての揺れを考えるという)原理に穴があいているのではないか、というのが私の現在の主張です。在職中にこのような(穴がないかの)検討は行っておりません>
この回答について質問を重ねると、次のように話した。「強震動(地震の強い揺れ)の計算が、どの程度確かなのかが問題です。私は強震動の専門家ではなく、在職中は計算を疑いませんでした。『揺れはちゃんと計算できるから、審査でカバーできる』と思ったわけです」。だが今は自らが、揺れの計算法に異を唱え、規制委と対峙(たいじ)している。
一方、強震動計算の専門家は揺れの計算に慎重さを求める。纐纈(こうけつ)一起・東大地震研教授は「揺れの計算では、倍半分(実際の値の5割〜2倍)程度の誤差が不可避。以前からの常識です」と話す。藤原広行・防災科学技術研究所社会防災システム研究領域長は、審査ガイドの作成中に「揺れの計算結果に、もっと大きな幅を見込んで規制してはどうか」と島崎さんに提案したが、採用されなかった。
このような意見を採用しなかったのはなぜか。「当時は『何年に1度程度の原発事故まで許容するか』という安全目標が未定でした。計算結果の幅をどこまで見込むかは、その目標次第なのです。揺れに幅を持たせるとの提案には厳し過ぎるとの批判もあった。だからガイドでは明文化せず、実際の審査に任せました」
安全目標は「大事故は原子炉1基あたり約100万年に1回以下」などと決定済みだ。揺れの計算に慎重を期すならガイド改定が必要ではないか。島崎さんは「今の規制委には何も言いたくない」と前置きするのだが、「一般論として科学はどんどん進む。ガイドは不断の見直しが必要です」と話す。
規制委は揺れの専門家が不足しており、「電力会社と対等に議論できていない」との指摘もある。島崎さんは「米国と違い、日本はそういう専門スタッフを雇う制度がありません。仕方なく強震動の専門家を招いて講演をしてもらっていました」と実情を明かした。
話を聞いて、規制委の専門性に疑問を抱いた。規制委は専門家の指摘に謙虚に対応し、審査の精度を向上させるべきではないか。
■人物略歴
しまざき・くにひこ
1946年東京生まれ。68年東大理学部地球物理学科卒。74年理学博士(東大)。89〜2009年東大地震研究所教授。06〜08年日本地震学会会長。09〜12年地震予知連絡会会長。12〜14年原子力規制委員会委員長代理。