清水一行  「小説財界」  大阪商工会議所会頭争い

大阪商工会議所会頭の5選を目指す佐伯勇に対して経団連副会長として東京で活躍していた長谷川が公然と異を唱え出馬したが、住友グループの日向は佐伯支持に回った。住友グループの長老らは長谷川の説得に回ったが、長谷川の意志は固く、また芦原義重(元関西電力社長)が支持に付いた。長谷川・日向両者とも住友合資の同期であり、常にライバル関係にあったこと、住友の関西財界における寡占が背景にあった。結局、新会頭には古川進(大和銀行会長)が就いた。

大阪商工会議所会頭の椅子を巡る争いは、その前には小田原大造久保田鉄工社長窪井鉄工所 小田部安造と土井正治住友化学社長 井出啓二との間で、大企業の利益代表・キタ、中小企業の利益代表・ミナミを双方担った「第1次南北戦争」として争われた経緯はあったが、それとの対比で、実質的に長谷川と日向との住友系内部のライバル関係を反映したこの争いは「第2次南北戦争」と呼ばれた。

小説 実際  
阪電鉄道 迫田勇太郎 近鉄 佐伯勇 大阪商工会議所会頭を10年、再選を狙う。
住倉化学  小早川寛重 会長 住友化学  長谷川周重  
妻 (新宅)美登子 妻(安宅)登美子 新宅財閥 新宅尚吉の娘 (安宅財閥 安宅弥吉の娘)
内村茂 社長  土方武 社長  
柳井恒武 専務 糸井平蔵 専務 本件を担当
井出啓二 前任社長 土井正治 窪井鉄工所 小田部安造(久保田鉄工 小田原大造)との第一次南北戦争で敗北 
大竹製薬  大竹兵衛社長 武田薬品  6代目武田長兵衛 次期会頭含みの副会頭 1980年9月逝去 これにより後継者問題が発生
長男 則雄副社長 長男 武田彰郎 社長就任予定の前年の1980年2月急逝
関西ガス 安原渉社長  大阪ガス 安田博社長 安田の後継として副会頭就任、直後1981年4月に急逝
住倉金属 宗方斎志(関経連会長) 住友金属 日向方斉  長谷川と「住友の飛車角」とよばれた。佐伯側に付く。
コトホギウイスキー 左藤章三 サントリー 佐治敬三 副会頭狙い 佐伯側に付く。
住倉銀行 大堀蔵三相談役 住友銀行 堀田庄三  住友グループからの出馬を容認 (力を無くしている)
大阪電力 芦塚亮義 関西電力 芦原義重 関経連前会長  反日向で長谷川側に付く。 1987年2月の小林庄一郎会長による「関電クーデター」でともに取締役解任
藤井 特務機関 内藤千百里副社長 芦原の側近 

実際の大阪商工会議所会頭

 杉道助ーーー小田原大造ーーー(丸紅飯田)市川忍ーーー佐伯勇(阪電鉄道 迫田勇太郎)−−−(大和銀行)古河進 ーーー(サントリー)佐治敬三