孫正義氏インタビュー「未来をつくるため、いかがわしくあり続ける」
ジェームズ・ワットやトーマス・エジソン、ヘンリー・フォードなどの発明家、起業家が産業革命をけん引しましたが、彼らとビジョンを共有しリスクを取ったロスチャイルドのような資本家がいた。日本でも幕末や明治維新のころは三井や三菱、渋沢栄一などの資本家が新しい会社をどんどん興していきました。
そうして両輪で未来をつくりにいった結果、人類に有益な結果を生み出したんだろうと思うんです。AI革命の担い手である起業家、発明家とビジョンを共有して、人類の未来をつくりたい。それが我々のゴールであり正義なんです。
ー ロスチャイルド家と交流 ー
Q. ロスチャイルドは18世紀に始まり、今も存在します。孫さんの言う「300年企業」のロールモデルでしょうか。
孫氏:そうですね。そのまま模倣するつもりはないですが。現在のロスチャイルド家の当主とも親しくしていて、つい最近も彼がロンドンで主催したAIについてのカンファレンスで、リモートで基調講演をしました。産業革命の中心のロスチャイルド家が、AIでもいろいろなことに取り組もうとしているのは、なかなか興味深いところだろうと思います。
お金をつくることが主な目的なら、それに適した組織や人材、ビジョンがあるかと思います。為替や金利、雇用統計、誰が政権を取るかなどを、毎日気にしなければいけない。
僕はそういうことを気にしたことはあまりない。むしろ今、AIでどんな技術やビジネスモデルが出てきているかに関心があります。今日も朝から議論していましたけど、自動運転がどこまでどう来ているか、AIで金融の流れがどう変わるかといった未来に興味があるわけです。
Q. 「資本家」という言葉は誤解される可能性があります。マルクスの『資本論』でいうと、労働者が生み出した剰余価値を搾取する支配者といった意味合いもあります。
孫氏:そういうふうに意図が正しく理解されない場合があるので、「投資家」と説明していたわけです。けれども、産業革命は労働者だけでは成就しなかったと思うんですね。発明する人、起業家、そして資本家も、失敗したら全部失うかもしれないという膨大なリスクを取ったわけです。
一方、8時間働いた分の対価をもらえるというのは、8時間分のリスクを取っただけ。賃金が保障された人々が世の中で最も尊いかというと、そうでもないと思うんですね。
もちろん発明家も投資家も資本家も、労働者がいないと成り立たない。それぞれが役割を果たしているわけで、資本家が搾取しているかのような言い方はバランスを欠いていると思います。
Q. ソフトバンクグループは世界に類を見ない企業だと思います。ライバルはいるのでしょうか。
孫氏:この会社のようになりたいとか、あの会社と戦うとか、具体的なイメージはあまりないです。世界に約5000あるベンチャーキャピタル(VC)は、我々と似たことをやっています。彼らは小さいけれどキャピタリスト(資本家)であり、インベスター(投資家)じゃないんですよ。
インベスターは既にある会社の株の2次的な売り買いが活動の大半ですよね。その会社に直接入る、英語で言う「プライマリーキャピタル(Primary Capital)」ではない。主に上場企業の株を売買している米バークシャー・ハザウェイはインベスターで、我々はそこを目指していません。興味があるのはあくまでプライマリーです。
投資家は基本的に利益が出ている、バランスシートを見れば分かる会社に興味があるわけです。我々が投資している会社で利益が出ているのは3〜5%しかない。テクノロジーもまだ進化途中でビジネスモデルだってまだ柔らかくてほわほわしている。日本的常識で言えばいかがわしい会社だらけ。まあ、ソフトバンクも多くの大人たちはいまだにいかがわしいと思っているんでしょうけどね(笑)。
誤解を恐れずに言えば、我々は若者や起業家に「いかがわしくあれ」と言っているぐらいなんです。世の中が「立派な会社だ、安心な会社だ」と思うころには、成長しない成熟した会社になってしまう。ですからまだまだ僕も、いかがわしくありたいと思っているんですよね。
決算発表で「冬の大嵐の真っただ中」と表現したように、毎日が春では決してない。常に挑戦し続けて、少しはらはらどきどきするくらいがドラマがあって楽しいと思うんですけど(笑)。
Q. 「冬の嵐」には中国での逆風も含まれると思いますが、今後の中国市場をどう見ていますか。
孫氏:中長期で見れば中国と米国がAIの2大勢力だと思うんですね。ただ、新たな規制の波がどの範囲、内容になるのかはよく分からない部分があり、慎重に検討しなきゃならない。
我々は中国での投資をやめたわけではなくて、今でも毎日のように投資活動は続けています。よりスタートアップに近い規模やBtoB(企業間取引)、メディカル分野などで、中国政府がセンシティブだと思う範囲をできるだけ避けるような形で投資を続けています。
我々も資金が無限にあるわけじゃありません。米国は継続して急成長していますし、インドやインドネシア、欧州、ラテンアメリカなど世界中でAIのユニコーン軍団が、ちょうどインターネットの揺籃期のような形で毎日生まれていますから、そういうところに資金を優先的に回していくということが今起きています。
Q. 世界のリーダーたちと付き合えるのは、日本というバックグラウンドも関係していますか。
孫氏:今、米中間にはいろいろな緊張感があります。中国の資本家は米国の会社にほとんど投資ができず、米国の会社も中国への投資はしにくくなると思います。そういう観点では、僕が日本で生まれ育ったというのは幸運なのかもしれません。比較的バランスよく世界中に投資することができる立場にあるというのは恵まれていることかもしれません。
Q. 投資の仕組みについて。「金の卵を産む産業」だと以前から話していました。この仕組みはいつごろからできてきたのでしょうか。
孫氏:ビジョン・ファンドを開始してからです。それまでは僕の趣味の範囲で投資をやってきました。ビジョン・ファンドの形をつくりたいという思いはずっとあったんですが、先立つ資金や経験が十分じゃなかった。
ブロードバンド事業の「Yahoo! BB」を始めたら真っ赤っかの大赤字で、それを何とかしなきゃいけなくなった。さらに日本テレコムを買って、米携帯通信のスプリントまで買ってということになると、そっちを成就させなきゃいけないから忙しかったし、資金もだいぶ取られていました。それらがやっと落ち着いてきたので、ビジョン・ファンドを本業として、完全にシフトする意思決定ができたわけです。
Q. 内部では15年ぐらいの長期計画を持ち、頻繁に修正していると聞いています。
孫氏:これまであまり外には言ってきてないのですが、15カ年計画というのがあり、それを毎週見直しています。そもそも、15カ年計画を本気でつくっている会社は世界中にもあまりないと思います。仮にあったとしても、社長が自ら毎週見直している会社は1社もないんじゃないですかね。
経営企画部が1年ぐらいかけてつくった5カ年計画があっても、いざ出来上がったら満足してしまって、見直したり作り直したりする情熱がトップになくなってしまうのだろうと思いますね。2〜3年たってかなりずれてしまっても、なかなか修正しない。僕に言わせれば当然のことなんですけれども、それをやっている会社はほとんどないと。
アポロ計画で月に向かうロケットは、発射前に何年もかけてコンピューターで計算をするんですね。膨大な計算をしても、飛び立った直後から到着までずっとコンピューターで計算し続けているんです。途中で空気が薄かったり、風が吹いてきたりと、刻々と環境が変化しますから、計算し直す。そうやって方向を微修正しないと軌道から外れるらしいです。
つまり微修正がない計画というのは、達成しようという執念が足りないんじゃないかと思うんですね。僕は本気でやりたいし、その程度がみんな腰を抜かすほどの極致で(笑)。
Q. アポロは本当に月に着くという明確な目標がありました。孫さんは15年後に何を見ていますか。
孫氏:上場企業の社長が言うと問題になるから言わないですけど、びっくりする内容です。聞いた人のほとんどが笑っちゃう、信じないレベルだと思います。そもそもソフトバンクをつくった当日から、アルバイト2人を前にして、大ぼら吹いて、聞いた人が誰も信じないというレベルでしたから。でも僕は本気だった。
例えば米中問題だって毎日のように新しいことが起こるので、どこにどう配分するのかとか。テクノロジーも同じです。テスラがこういう技術を開発したとか、遺伝子の編集技術がどこまで来たとか、新しいことが次々に起こる。そうした情報を毎日仕入れることで僕も賢くなっていきますし、会社の置かれた状況も変わる。
ですからこれは、「計器飛行」なんです。僕は事業会社の社長だったときも「1000本ノック」と言って、いろいろな情報をグラフ化、数値化して徹底的にやっていました。今は資本家を本業にするという意味で、科学的なアプローチにしていっている最中なんです。
Q. 投資プロセスをシステム化すると、動物的な勘が失われませんか。
孫氏:両方必要だと思いますね。動物的な勘でやっていますと言っていた長嶋茂雄さんでも、実際は理にかなうスイングをして、理にかなう練習を相当していたんだと思うんです。それでも理屈を超えるようなスイングをしたり、球を打ったりというようなこともやらなきゃいけない場合があります。
時には一般的な常識を超えるような判断も必要だと思いますが、そればっかりやっていると試合には勝てない。ある程度システムをしっかりと作っていくことは大事です。
Q. ビジョン・ファンドが日本のスタートアップへの投資を本格化し始めています。どのようなメッセージでしょうか。
孫氏:1社、2社と言っているぐらいじゃ全然だめだろうと思うんです。日本のGDPは世界の10%ぐらいなので、AI関連のユニコーンが世界中に3000社あるので、本来なら日本にも300社ぐらいなきゃいけないのに、せいぜい5〜6社ぐらいしかない。日本の政治家も教育者も親世代も、メディアも含めて気が付いて、そこに取り組まなきゃいけない。
日本の有識者といわれる人たちは、すぐ「AIは人間の敵か」みたいな話をしたがる。AIに対抗するために読解力を育てましょうとか、話がずれすぎていて議論する気にもならない。
読解力は大事だけど、今はAIも読解できるようになってきているわけですから。AIの技術を1日も早く理解し、応用できる力を今の子供たち、そして大人たちに1日でも早く広げていって、追い付いていかないと、どんどん取り残されると思うんです。
今、世界の経済はGAFAが中心になっています。10年前、日本の大人たちはGAFAのことを「いかがわしい連中」だと言っていたわけですよ。20年前のネットバブルでも、ネット企業はまるで犯罪者のような扱いでした。大人たちが自分たちの価値観で、新しい時代を知りもしないで批判する。これが日本の一番の問題だろうと思うんです。
僕らが子供のときはビートルズの音楽を聴いただけで不良と言われたでしょう(笑)。今やビートルズは音楽の教科書に載っています。新しい時代の息吹を批判したり避けて通ろうとしたりしてはいけない。挑戦し続けていかないと、時代はどんどん変わっていくというふうに思います。
Q. 日本でスタートアップが少なく、小粒なのはなぜでしょうか。
孫氏:「いかがわしい起業家」が少なすぎるんだと思います。真面目で、まともな人ばっかりで。けさも昨日の深夜もそうでしたが、僕は毎日、世界中の起業家のプレゼンを受けて、投資するかどうかの交渉をしています。
まあ、大口をたたくんですよね。新しい価値観とテクノロジー、ビジネスモデルで人々を救い「革命を起こす」と本気で言っているんですね。
そこに、確かにそうかもしれないなとベンチャーキャピタリストが一口乗って、うまくいったら、大ぼらの塊のような起業家と欲望の塊のような投資家が宝を分け合えるという。
Q. 狂気みたいなものですか。
孫氏:冷静になって聞いたら本当か、というような話ばっかりなんですけど。でもね、そこからやはりエネルギーとなって、いくつかに1つは本当に大化けするんですよね。
そういうベンチャラスな、生きていること、挑戦していることを実感するような人々が、特にAI絡みではもうわんさか出てきているんです。それがどんどん広がって、社数が増え、規模も大きくなっています。テクノロジーの進化がまさに今、ビッグバン状態で興奮のるつぼにいます。
毎日、世界中のそういう半分クレージーな連中と、クレージーな話を、一緒に夢見ているんですけど、実に痛快だし、もう寝ている暇がない。興奮の連続ですね。痛快活劇のドラマとか映画とかを見ると楽しいじゃないですか。寝てられないというぐらい興奮するじゃないですか。
Q. その場で投資を即決するんですか。
孫氏:世界で約5000社あるVCの大半はアーリーステージへの投資で、それこそビジネスモデルやバックグラウンドの話が中心になります。我々は上場少し手前のレートステージに集中していて、企業価値が300億円未満のところには基本的に投資しない。1000億円、2000億円、1兆円というレベルの会社に、30分のミーティングで数百億円、時には1兆円ぐらいの投資を決めるわけです。
Q. 1分当たりの金額がすごい(笑)。
孫氏:ですから真剣勝負ですよ。判断を間違えば数百億円を失うわけです。でも、僕がミーティングをするのは最終的なアンカーミーティング。その前にチームが何回もスクリーニングして、相手と内容を確認して、絞られた会社の段階で、最終的に僕がミーティングをします。
そういうプロセスを経て今まで400社ぐらいやっていますから、我々の組織もだいぶこなれてきたし、僕もチームもいっぱい失敗しながら学びました。
Q. 最後に、後継者のめどはつきましたか。
孫氏:難しいね。難しいんですけど、何とはなしに考え続けています。絶対避けて通れないことですから必ずやりますけど、慎重にじっくり時間をかけながらやっていきたい。
僕自身は今、やっていることが興奮の連続で面白すぎて、当分はリタイアするつもりがないですね。「60代で引退」と言ったけど……、前言撤回でまだまだやる、と(笑)。まだ譲れないという気持ちとやる気でいっぱいですね。