特定産業振興臨時措置法案
貿易の自由化に対応して特定産業 (自動車,石油化学,特殊鋼など) の産業構造を高度化することにより,これら産業の国際競争力の強化をはかることを目的とした法案
(1963) 。しかしこの政策目的を達成するために日本開発銀行 (現日本政策投資銀行)
の融資という資金調達面での優遇措置を支えとして,企業規模の過小性を理由とした集中ないしは合併の促進,および過当競争を理由とした共同行為容認の拡大など競争制限的行為に関する法規制の緩和を内容としていたため強い批判を受け,廃案となった。
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政府による選択と集中の危険性を示す好例が、高度成長期日本の特定産業振興臨時措置法(特振法)だろう。1963年(昭和38年)3月閣議決定された同法案では、鉄鋼・有機化学・自動車を特定産業に指定し合併と整理統合を通じて競争力ある企業をつくることが目標とされた。特定の企業を選択し、その企業に資源を集中させることで成長を加速させようとしたわけだ。
特振法をめぐるエピソードは城山三郎の『官僚たちの夏』のモチーフとなっていることから、どこかで耳にされたことのある方も多いだろう。
63年から64年にかけて3回にわたって国会に提出されるも、幸いにも、いずれも審議未了のまま廃案となった。同法案が通過していたならば、ホンダやスズキの自動車が生まれることはなかった。(小型車生産企業に指定されたであろう)スバルのインブレッサもBRZもこの世に存在しなかっただろう。「選択と集中」が行われなかった未来から振り返ると、同法がもたらしたであろう危険性を確かに感じることができる。
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貿易自由化や資本自由化という外資参入の危機感から、通商産業省企業局長・佐橋滋が立案し、同局第一課長・両角良彦(もろずみ)らと共に推し進めた国内産業向けの合理化構想の法案である。
1962年(昭和37年)5月、通産省は産業構造調査会(部会長・有沢広巳)を通じて、フランスの混合経済をお手本にした「新産業秩序」を提唱。
イギリスが、国内企業が外資に駆逐されて“ウィンブルドン現象”に陥ったのに対して、フランスをお手本に、企業の大規模化のためには、民間だけに任せたのではダメで、政府が権力を持たずに民間と平等の立場で参加する、との官民協調の推進策であった。
当初、経団連会長 石坂泰三は「形を変えた官僚統制」と反対、また合併・集中の促進なら「独禁法緩和が先」だとした。
同年8月末、通産側も、乗用車・特殊鋼などの問題業種・企業を対象とすること、(1)まずその業種・企業に自主調整・官民協調・法的規制のいずれが適当かを官民で検討、(2)官民協調が適当である業種・企業に対してだけ、政府・金融・産業・中立のそれぞれの代表者から協調懇談会を設け、生産・投資・輸出などの目標を設置する、という二段構え方式で妥協して財界の了承をとりつけた。しかし、自主調整論が財界・産業界に根強く、「新産業秩序」の中身も未だ具体化していなかった。
1963年(昭和38年)3月、鉄鋼業(合金鉄・特殊鋼・電線)・石油化学(化学繊維)・自動車産業(乗用車・自動車タイヤ)を特定産業に指定し、合併ないし整理統合、設備投資を進めることを骨子として、この法案が閣議決定され、通産省にとっての最大課題であった中小企業基本法案と同時に国会に提出されたが、中小企業基本法案は成立、特振法案は三度にわたって審議未了のため廃案となった。
特振法案は、通産省・金融界・産業界の三者間の協調による混合経済体制作りを目指したものであったが、野党、業界、全銀協会長・宇佐美洵などが反対の立場をとり、またこの法案を巡る通産省内での、“統制派”と“自由派”、ないし“国内派・民族派”と“国際派”といった対立軸が城山三郎の「官僚たちの夏」などの媒体でも描かれた。産業政策を専門とする一群は統制派に、ジェトロや在外公館出向経験者ら通商政策・貿易振興を所管するグループが自由派の中心であった。のちに“佐橋派”は川原英之の死で実質瓦解したが、両角良彦、山下英明、小松勇五郎らが中心となった“反佐橋派”といった派閥争いの形で継続していった。
1964年(昭和39年)には、日本はIMF8条国に移行、さらに同年4月にはOECDに加盟し、その後は資本自由化[3]も含めた貿易自由化の急速な進展を見ることとなった。
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同法は、戦後復興から経済自立に向かう過程で、基幹産業としての機械工業の合理化を促進し、その振興を図ることを目的として、金属工作機械、銑鉄鋳物、自動車部品など延べ 45 業種について、通商産業大臣が合理化基本計画や生産技術向上基準を策定し、これに基づき日本開発銀行と中小企業金融公庫が合理化設備資金を特利で融資するなどの支援策をとるものであった。
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特定産業振興臨時措置法案 昭和38年3月22日 閣議決定(通商産業省・公正取引委員会・大蔵省所管)
第一条 この法律は、貿易の自由化等により経済事情が変動しつつある事態にかんがみ、産業構造の高度化を促進するため、その国際競争力を培養する必要がある産業について、生産又は経営の規模の適正化を通じ産業活動を効率化するための措置を講ずることにより、その振興を図り、もつて国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
第二条 この法律で「特定産業」とは、次に掲げる業種に属する製造業であつて、政令で指定するものをいう。
2 主務大臣は、前項第四号の政令の制定又は改廃の立案をするには、産業合理化審議会の意見をきかなければならない。
3 第一項各号に掲げる業種に属する製造業に係る事業者団体であつて、その加入者に当該製造業を営む者の大部分を含み、かつ、その加入者が当該製造業の事業活動の大部分を行なつているものは、主務大臣に対し、当該製造業を特定産業に指定し、又はその指定を解除すべき旨の申出をすることができる。
4 主務大臣は、第一項各号列記以外の部分の政令の制定又は改廃の立案をするには、前項の申出に基づき、かつ、産業合理化審議会の意見をきかなければならない。
第三条 一の製造業が特定産業となつたときは、特定産業ごとに、次の各号に掲げる者は、政令で定めるところにより、学識のある者又は関係事業者その他の利害関係者の意見をきいて、当該特定産業の振興を図るための基準(以下「振興基準」という。)について討議するものとする。
2 事業者団体であつて、その直接又は間接の加入者に当該特定産業に資金を供給している銀行(銀行法(昭和二年法律第二十一号)第二条の規定による免許を受けた銀行及び長期信用銀行法(昭和二十七年法律第百八十七号)第二条に規定する長期信用銀行をいう。以下同じ。)の大部分を含むものの指名を受けた者及び政令で定める政府関係金融機関の指名を受けた者は、前項の討議に参加するものとする。
3 大蔵大臣は、税制、金融その他の所掌事務に関し、第一項の討議に参加するものとする。
4 振興基準には、次に掲げる事項の一又は二以上に関する一般的な方針が定められていなければならない。この場合において、第五号又は第六号に掲げる事項に係る方針は、適正な生産の規模又は方式その他の目標を明らかにして定められていなければならない。
5 主務大臣は、第一項の規定による討議を経て同項第二号に掲げる者との間に振興基準についての合意が成立したときは、あらかじめ大蔵大臣に協議し、これを官報で公示しなければならない。
6 第一項から前項までの規定は、振興基準を変更する場合に準用する。
第四条 前条第一項第一号若しくは第二号に掲げる者又は同条第二項若しくは第三項に規定する者は、振興基準が特定産業を営む者若しくは特定産業に資金を供給している銀行の利益を不当に害することとなると認められるとき、又は経済事情の著しい変動その他の理由により特に必要があると認められるときは、同条第一項第一号又は第二号に掲げる者に対し、振興基準の変更についての討議を開始すべきことを求めることができる。
第五条 特定産業を営む者は、当該特定産業に係る振興基準で定められた方針に従つて生産又は経営の規模の適正化を通じ産業活動を効率化するように努めなければならない。
第六条 銀行は、特定産業を営む者に対する資金の供給については、その判断に当たり、この法律の趣旨にそうよう留意するものとする。
2 政府関係金融機関は、特定産業に係る振興基準で定められた方針に従つて生産又は経営の規模の適正化を通じ産業活動を効率化することに寄与すると認められるときは、特定産業を営む者に対する資金の供給に努めなければならない。
第七条 政府は、特定産業を営む者に対し、当該特定産業に係る振興基準で定められた方針に従つて生産又は経営の規模の適正化を通じ産業活動を効率化するため必要な資金について、その確保に努めるものとする。
第八条 主務大臣は、政令で定めるところにより、特定産業を営む者に対し、その者が同一の業種の特定産業を営む他の法人と合併し、又は同一の業種の特定産業を営む他の法人に対して出資し、若しくは同一の業種の特定産業を営む他の者とともに出資して特定産業を営む法人を設立することにより、当該特定産業を営む者の事業の生産性が著しく向上し、かつ、当該特定産業を営む者が当該特定産業に係る振興基準で定める適正な生産の規模又は方式その他の目標に達することとなると認められる旨の承認をすることができる。
2 主務大臣は、前項に規定する出資をする特定産業を営む法人に対して同項の承認をする場合には、政令で定めるところにより、当該法人に対し、当該出資に係る資産が当該出資を受ける法人又は当該出資に基づいて設立される法人の営む特定産業の用に供するため必要なものである旨の承認をあわせてすることができる。
3 第一項若しくは前項の承認を受けた者、第一項の承認に係る合併後存続する法人若しくは当該合併により設立した法人又は同項の承認に係る出資を受けた法人若しくは当該出資に基づいて設立された法人については、租税特別措置法(昭和三十二年法律第二十六号)で定めるところにより、法人税又は登録税を軽減する。
第九条 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号。以下「私的独占禁止法」という。)の規定は、特定産業に係る振興基準で定められた方針に従つて生産又は経営の規模の適正化を通じ産業活動を効率化するため特に必要がある場合において、当該特定産業を営む者が公正取引委員会の認可を受けて実施する次に掲げる事項に係る共同行為については、適用しない。ただし、不公正な取引方法を用いるときは、この限りでない。
2 私的独占禁止法の規定は、前項第一号に掲げる事項に係る共同行為のみをもつてしては特定産業に係る振興基準で定められた方針に従つて当該特定産業の製品の規格を整備することが困難である場合であつて、その規格を整備するため特に必要がある場合において、当該特定産業の製品を使用する産業(製造業又は電気供給業に限る。)を営む者が公正取引委員会の認可を受けて実施するその使用する当該特定産業の製品の規格の制限に係る共同行為については、適用しない。ただし、不公正な取引方法を用いるときは、この限りでない。
3 公正取引委員会は、前二項の認可の申請に係る共同行為が次の各号に適合すると認めるときは、その申請を認可しなければならない。
4 第一項又は第二項の認可の申請は、主務大臣を経由しなければならない。
5 主務大臣は、前項に規定する申請に関する書類を受理したときは、遅滞なく、これを公正取引委員会に送付しなければならない。
6 主務大臣は、第四項に規定する申請に関し、公正取引委員会に対して必要な意見を述べることができる。
第十条 公正取引委員会は、前条第一項若しくは第二項の認可をし、若しくはその申請を却下しようとするとき、又は次条において準用する私的独占禁止法第六十六条第一項の規定による処分をしようとするときは、あらかじめ主務大臣に協議しなければならない。
第十一条 私的独占禁止法第二十四条の三第五項から第七項まで(処分の公表等)、第六十五条(認可申請の却下)、第六十六条第一項(認可の取消等)、第六十七条第二項及び第三項、第六十八条(停止命令等)、第七十条の二(不服申立ての制限)、第八十六条(専属管轄)並びに第八十八条(異議申立てと訴訟との関係)の規定は、第九条第一項及び第二項の認可に準用する。
第十二条 主務大臣は、特定産業に係る振興基準であつて合併に関する方針が定められているものを第三条第五項の規定により公示した場合には、公正取引委員会に対し、当該特定産業を営む法人が他の法人とする合併が一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるかどうかについての判断の基準となるべき事項を定めて公表すべきことを求めることができる。
2 主務大臣は、前項の規定により判断の基準となるべき事項を定めて公表すべきことを求める場合には、公正取引委員会に対し、当該特定産業の製品と同種の製品その他用途が直接競合する製品の輸入の制限の廃止その他これに準ずる措置に関する事項及びその措置が当該特定産業の製品に係る競争に及ぼす影響に関する事項について意見を述べることができる。
3 前二項の規定は、第三条第六項において準用する同条第五項の規定による公示があつた場合及び前項に規定する事項に著しい変更があつた場合に準用する。
4 前三項の規定は、営業の全部又は重要部分の譲受その他合併に準ずる行為に準用する。
第十三条 第十一条において私的独占禁止法第六十七条第二項の規定を準用する場合の違反については、同法第九十八条の規定を準用する。