Wedge Report June 2017
東芝メモリの未来を奪う外為法適用
的外れの議論が生む数々の「弊害」
しかし本当に、東芝メモリのNANDは外為法に抵触するのか? また、官民ファンドの革新機構が東芝メモリの買収に出資することは合法なのか?
そして、それは東芝メモリの将来にとって良いことなのだろうか?
中国が既にもつ“最先端技術”
半導体はムーアの法則に従って集積度が2年で2倍に増大する。集積度を増大させるためには、素子の微細化が必要となる。ところが、NANDでは、15ナノメートル(ナノは10億分の1メートル)以降の微細化が困難になったため、縦方向に素子を積層する3次元NANDを各社が開発し、製造しようとしている。高集積化のためには縦方向により多く積層する必要があるが、それとともに製造技術の難度が増す。
そのため「何層積層するか」という技術開発で、各社が火花を散らしている。
この3次元NAND技術を巡る攻防の詳細は次の@〜Eの通りだが、中国には既に3次元NANDの技術が存在する。
@富士通が、ソフトウエアを格納用にNORフラッシュメモリを開発した。
NAND型フラッシュメモリとは異なり、データの読み出しにおいて、RAM(Random access memory)と同様にアドレス指定によるアクセスができ、コードをRAMにコピーすることなく直接実行することが可能。
A富士通と米AMDの合弁会社スパンションが新型のNORを開発し、これを中国紫光集団傘下のXMCに生産委託していた。
BスパンションのNORの技術をサムスンがNANDに転用した。技術を盗まれたスパンションはサムスンを訴えた。サムスンは敗訴し、2009年にスパンションに対して和解金7000万ドル(約66億円・当時) を支払うとともに、クロスライセンス契約を締結した。
Cサムスンは、スパンションのNORの技術を用いて3次元NANDを開発し、昨年初旬から中国の西安工場で最先端3次元NANDの量産を開始した。
D昨年3月、XMCが3次元NANDに参入することを発表した。XMCは、サムスンとクロスライセンスを締結しているスパンションと共同で(サムスンの技術を合法的に使って) 3次元NANDの開発を始め、工場建設に着手した。
E3次元NANDの開発に苦しんだ東芝は、サムスンの技術を模倣して、3次元NANDの量産を開始した。
東芝関係者は「正確には、東芝はサムスンの技術を模倣したSK Hynix の技術を模倣した」と話す)。
つまり中国では、既にサムスンが世界に先駆けて西安工場で最先端の3次元NANDを量産している。また、サムスンの技術を合法的に使えるスパンションとともにXMCが3次元NANDを立ち上げ中である。
そして、SK Hynix 経由でサムスンの技術を模倣した東芝は、サムスンから周回遅れとなっている。
このような状況において、日本政府が神経をとがらせている東芝メモリの技術流出の懸念は杞憂であり、特に中国企業による東芝メモリの買収を外為法違反で阻止することは、意味がない。
中国が半導体にこだわる理由
1次入札前には、中国の紫光集団がXMCの3次元NANDの開発を加速するために東芝メモリを買収しようとして
2.4兆円を準備したが、日本政府が外為法を持ち出したため応札しなかった。また、本社は台湾で中国に工物を持つホンハイは、最高額の3兆円で応札し2次入札に臨むが、外為法が最大の障害となっている。
そもそも、なぜ中国(またはホンハイ)が、東芝メモリを買収したいのか?
それは、ホンハイの巨大工場がある中国が「世界の工場」となったからである。現在、PC、スマホ、各種デジタル家電のほとんどが、社員100万人を擁するホンハイの中国巨大工場で生産されている。その電子機器の生産には、大量の半導体が必要である。その半導体の一つがNANDである。
世界の工場となった中国は現在、世界の半導体の50%以上を消費している。ところが中国の半導体の自給率は十数%しかなく、中国における貿易赤字の最大の元凶になっている。そこで、習近平国家主席は18兆円ものIC基金
を設立し、M&Aや巨大半導体工場の建設などを推進しようとしている。
その中心となっているのが紫光集団である。紫光集団は2020年までに、次に示す巨大半導体工場の建設を計画している。
@ 武漢のXMCに240億ドルを投じて、12インチウエハで月産30万枚の3次元NAND工場を建設する。(この工場は、30年までに月産100万枚に拡張する予定)
A南京に、300億ドルを投じて、月産30万枚のDRAMか3次元NAND工場を建設する
B成都に、280億ドルを投じて、月産50万枚の半導体製造専門のファンドリーを建設する
これらを合計すると、紫光集団は、20年までに、820億ドルを投じて、月産110万枚の半導体工場を建設することになる。
この計画がどれくらい途轍もないことなのかお示ししたい。例えば、東芝メモリとWDの合計生産キャパシティは、16年3月時点で月産49万枚であり、世界最大である。
ところが、紫光集団の南京工場がNANDになったとすると、武漢のXMCと合計で月産60万枚となり、中国が東芝メモリ&WDを抜いて世界一のNAND生産国になる計算だ。それほど、中国にはNANDをはじめとする半導体の需要があるのだ。
なお、日本政府は、東芝メモリの技術が中国に渡ることに対して、セキュリティの問題があると懸念している。NANDはサーバーの記憶装置として使われるため、サーバーの情報が漏れる可能性があるからだ。
しかし、中国が東芝メモリの技術が欲しかったのは、PC、スマホ、各種デジタル家電などの電子機器用に大量のNANDが必要だからである。中国では、今のところ、日本政府が懸念するサーバーの製造は行っていない。また、今後行うとしても自国用に使用するはずだ。中国はIoT先進国であり、ビッグデータ大国となったため、大量のサーバーが必要だからである。中国は日本政府にサーバーを輸出しない。したがって日本政府の懸念は的外れの杞憂としか言いようがない。
東芝のシェアダウン
NANDが稼いだ利益を、原子力、PC、テレビなどの赤字部門が食いつぶしていたことである。そして、十分な投資ができない⇒売上高が上がらず利益も上がらない⇒そのなけなしの利益を赤字部門が侵食する⇒投資ができない⇒売上高シェアが下がる.・・・という悪循環に陥っていた。