ブダペスト覚書 Budapest Memorandum on Security Assurances 米担当者に聞く 


2025/4/44/5 毎日新聞夕刊

 ロシアによる侵攻を受けるウクライナのゼレンスキー大統領は、激しい口論となった2月末のトランプ米大統領との首脳会談で、停戦後の「安全の保証」を求めた。そこには伏線がある。ソ連崩壊後、ウクライナに残された核兵器の放棄を巡り、1994年に米英露との間で合意したブダペスト覚書に「安全の保証」という文言が盛り込まれなかったことだ。

米国の交渉担当者だったスティーブン・パイファー氏に、米側が当時、ウクライナの求めに応じなかった背景などを聞いた。
 

Steven Pifer

米スタンフォード大国際安全保障協力センターに所属し、ブルッキングス研究所非常勤上級研究員も務める。1978年に米国務省入りし、25年以上にわたり旧ソ連諸国や欧州、軍備管理を担当。駐ウクライナ大使などを歴任した。

 【聞き手・ワシントン西田進一郎】

 

核放棄の「見返り」破った露

ウクライナに安全の「約束」 侵攻予見できず 

ー 米国がブダペスト覚書の交渉に関与した経緯は。

◆ソ連崩壊時にはロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンに戦略核兵器が配備されていた。米国の政策は、ソ連崩壊による核保有国の増加を望まないというものだった。最も多くの核兵器を持っていたロシアが、ソ連の核兵器の「後継国」となった。他の3力国は自国領土内の核兵器を全て廃棄し、その運搬手段(弾道ミサイルなど)7年以内に全て廃棄することになった。

 問題は、その具体的な条件だった。当時のエリツィン露大統領とウクライナのクラフチュク大統領の93年の会談ではまとまらず、米国は関与せざるを得ないと考えた。そのままでは、91年にソ連との間で調印した第1次戦略兵器削減条約(START 1)が危機に瀕する可能性があると懸念したからだ。

ー 交渉の焦点は。

◆一つ目は、ウクライナ経済の見通しが不透明な中、多大な費用がかかる大陸間弾道ミサイルや爆撃機などの廃棄をどうするかだった。これは、基本的に米国が全ての費用を負担して78年かけて処理することになった。

 二つ目は、核弾頭には高濃縮ウランが含まれており、それを低濃縮ウランに混合すれば原子力発電所の燃料棒の製造に使用できるという「経済的価値」があることだった。

 核弾頭の所有権を巡る論争になったが、ウクライナが核弾頭をロシアに引き渡す代わりに、ロシアが低濃縮ウランの燃料棒をウクライナに送るという取り決めが成立した。

 三つ目は、「安全の保証(security guarantee)」か「安全の約束(security assurances)」か、という点だった。ウクライナ側は「核兵器は一定の安全を保証する。それを廃棄する代わりに何を得られるのか」と言っていた。ウクライナ側は多くのことを望んでいたが、米側は安全の「保証」を与える用意はないことを明確にし、安全の「約束」だと伝えた。


ー 米国が安全の「保証」でなく「約束」という言葉にこだわったのですね。

◆そうだ。米国が「安全の保証」と言えば、NATO(北大西洋条約機構)加盟国や豪州、日本などの国と同様に、米国が軍事的コミットメントを行うということを意味する。米軍があなたたちを守るためにそこにいる、ということだ。しかし、当時のクリントン政権も、その前のブッシュ()政権もそうした用意はなかった。

 仮に政権に準備があっても、(条約などの)批准には上院の承認が必要だ。そのための3分の2の票を確保することはできないだろうという、かなり強い感覚がクリントン政権内にあった。ブッシュ()政権も同じ感覚だった。冷戦後の時代であり、我々には「約束」という言葉がしっくりきた。

ー ブダペスト覚書では、核放棄の見返りに、米露英はウクライナの独立と主権、領土を尊重し、ウクライナに対する脅威や武力行使、経済的圧力をかけることを控えると約束しました。

◆そうです。ただし、ロシアが約束に違反した場合、米英はどうするのかは書かれていない。書かれたのは、約束に疑問があれば署名した4者で協議するということだった。

 実際、ロシアがウクライナ南部クリミア半島を一方的に併合した直後の20143月、ウクライナの外相は4者協議を招集した。ところが、ロシアのラブロフ外相だけが現れなかった。

 米国はウクライナを支援するという約束をしていた。交渉の過程で、ウクライナ側から「もしロシアが約束に反したら米国はどうするのか」と尋ねられた。我々は「ウクライナに関心を持ち、さまざまなことを行うが、米軍を防衛に派遣するつもりはない」と答えていた。

 ただ、具体的に何をするかについて詳細な話し合いは行われなかった。当時は我々もウクライナ側も、14年や(ロシアの全面侵攻が始まった)22年に何が起こるか予見していなかった。両国政府が犯した過ちだ。

 もし、ウクライナ側が、ロシアが将来何をするかある程度予見していたら、ウクライナはもっと厳しい要求をしていただろう。だが、そうなると核兵器を撤去する合意自体がなかったかもしれない。

ー ロシアの侵略行為や武力行使の可能性について、当時は念頭にはなかったのですね。

◆当時はなかった。我々が見ていたのは、非常に困難な時期を経験していたロシアだった。当時のエリツィン大統領は、ロシア議会で領土を巡る論争が起きるたびに正しい立場をとっていた。

 91年時点でエリツィン氏とウクライナの人々、我々は(ウクライナとロシアの画定された) 国境について合意していた。我々は近視眼的で、エリツィン氏の見解が彼の後継者たちの見解になると思い込んでいた。

 ーウクライナが核兵器を保持し続けるというシナリオはあり得たのでしょうか。

◆いくつもの問題があった。まず、核の保持を選択した場合、第1次戦略兵器削減条約(START 1)が履行されなかった。ロシアは、ウクライナが非核保有国として核拡散防止条約(NPT)に加盟することを、STAR l発効の条件としていたからだ。

 二つ目は、70年に発効したNPT25年間の期限付きで、95年に失効することになっていた。国連では9394年に無期限延長の合意を目指す動きがあった。ウクライナや他の国が核兵器を保有するようになれば、その延長は非常に難しくなった。

 三つ目は、核兵器を保持したままでは、ロシアとウクライナの関係で大きな問題になる可能性があった。共に核を持つロシアとウクライナがにらみ合うことになれば、安定した状態にはならない。ロシアがウクライナに戦争を仕掛けてくるかもしれないと予想する人たちもいた。

 また、米国はウクライナに「核保有を選択した場合、両国の関係で大きな障害になる」と説明していた。ウクライナが核を保持し続けていたら、米欧諸国との間で現在のような外交閲係を築けなかっただろう。

ー ウクライナが核兵器を保持していたら、ロシアは今のような全面侵攻をしなかったと言う人もいます。

◆その見方は理解できるし、正しいかもしれない。しかし、ウクライナが本気で核を保持しようとすれば、
94年か95年にはロシアとの戦争になっていた可能性が高いとも思う。

 私は、米政府を退職した2007年ごろにウクライナの元政府高官と話した。(彼によると)ウクライナの政府や軍が92年に開いた会議で、軍はウクライナには核弾頭を維持するインフラがないと説明した。

 基本的なメンテナンスこそできるものの、核弾頭を使用可能な状態にしておくためには比較的短期間にロシアの施設でメンテナンスを行う必要があったのだという。

 ウクライナは当時、核弾頭を維持する技術的な専門知識は持っていたが、インフラを持っていなかった。それを建設する経済的な余裕もなかっただろう。

ー ウクライナに「安全の約束」をした米国の支援は十分でしょうか。

◆さらに多くのことをしてほしいとは個人的に思うが、米国は30年前にウクライナに伝えたことと一致する行動は取ってきた。

 バイデン前政権の支援について22年秋に評価を求められた時は、「BブラスかAマイナス」と答えた。しかし、現時点では「Bマイナスかそれより低い」だ。もっと多くの武器を提供すべきだったし、武器使用に関する制限は設けるべきではなかったからだ。

 バイデン前政権の目標は、ウクライナの勝利を支援することと、北大西洋条約機構(NATO)とロシアの直接的な軍事衡突を回避することだった。正しい二つの目標であり、完全に同意する。しかし、これらの目標のバランスを取る際に、必要以上に慎重になり過ぎていた。ウクライナにもっと多くのことができた。

 振り返れば、対露制裁という意味でも、ウクライナへの軍事支援という意味でも、14年に当時のオバマ政権はもっと強硬な措置をとるべきだった。我々はさまざまな軍事支援を提案したが、動かなかった。

 ただし、それがロシアの計算に影響を与えたかどうかは分からない。プーチン氏が22年に起こしたことは、ソ連崩壊時に失われたソ連の一部、ロシア帝国の一部を取り戻したという願望に基づくものだからだ。 

― トランプ米大統領の「戦争終結に向けた交渉」をどう見ているか。

◆トランプ政権の戦略を理解するのは難しい。

 ウクライナは被侵略国であり、ゼレンスキー大統領は柔軟性を見せている。24年末には、自国のNATO加盟と結びつけてはいたが、武力による占領地奪還をしないことに同意する用意があると述べた。

 これに対し、プーチン氏とロシアはまったく融通が利かない。ロシアは妥協点を見いだすために動く用意があるような様子を見せていない。

 それにもかかわらず、トランプ政権はゼレンスキー氏に対して、228日のホワイトハウスでの出来事(首脳会談での口論)やウクライナへの(軍事)支援や情報共有の停止など、圧力をかけている。

 一方で、(ロシアに対しては)交渉が始まる前に、ウクライナが全領土を取り戻したり、NATOに加盟したりすることはできないと発言して譲歩している。さらに、西側諸国の指導者たちと仲間割れしてプーチン氏との協議に応じたり、ロシアを侵略者と名指しする国連総会決議や主要7力国(G7)首脳の共同声明に反対したりするなど、ロシアに「贈り物」をしている。

 プーチン氏は一連の全てを見て、ただ座ってさらなる譲歩を待っている。これはクレムリン(露政権)と交渉する方法ではない。