化学工業日報 2012/11/27−

ナフサ連動価格の終焉ー石化産業もう1つの危機

誘導品の輸出採算性悪化

 需要縮小に苦しむ石油化学産業。国内のエチレン設備は昨年秋から稼働率が8割台に低迷し、余剰能力削減の機運が一気に高まっている。その石化産業の土台を揺るがしかねない、もう1つの異変が起こりつつある。国内価格のグローバル化だ。石油化学製品の国内価格は主産物であるエチレン、プロピレンを除けば国際市況とのリンクが急速に進んでいる。これが主産物にも波及した場合、エチレンセンターの収益構造は大きく劣化する可能性が指摘されている。   

※原料価格に原因※
 「ナフサリンクのエチレン価格は長くはもたない。自然に消滅していくだろう」。千葉地区で石化コンビナート地区に参画し、基礎原料をセンター会社から購入する誘導品企業の社長が指摘する。センター会社にも同調する声がある。「ナフサ連動の原料では誘導品段階で利益が出ない。グローバルな視点を取り入れた新たな価格体系が必要だ」。
 昨年来、石化誘導品事業は輸出市場でコストが合わず大幅な赤字に陥るケースが続出している。責任を追及される誘導品事業の担当者は、赤字の原因の1つに「基礎原料の価格決定方式がある」と指摘する。石化産業を守ってきた価格メカニズムに対し、身内から反乱が起きつつある。
 石油化学製品の国内価格は、第2次オイルショックで原油価格が高騰した1970年代に、「2N方式」と呼ばれるナフサ価格と連動した価格体系が定着した。ナフサ価格が1キロリットル当たり1000円変動するごとに、石油化学製品の価格を1キログラム当たり2円変動させるもので、「1000円・2円方式」とも呼ばれる。基準となるナフサ価格は輸入通関統計の3カ月間の平均価格(円建て価格)に諸費用を加えた価格が採用されている。

※変動リスク回避※
 こうして定着した国内の石化製品価格体系は、原料コストの変動リスクをメーカーが負わない代わりに、需給バランスの変動も反映されないメカニズムとなった。つまり大儲けも大損もない世界だ。
 なぜ、このようなガラパゴス的メカニズムが定着したのか。その背景には当時の日本の石化産業が自動車、家電といった日本の製造業を支える産業に対し合成樹脂などの基礎素材を安定提供する立場から、価格も安定化が求められたことがある。つまり、川下業界との合意形成のもとで定着した価格体系だった。
 当時はアジアにおいて日本以外で石化産業そのものが育っておらず、日本固有の価格体系が成立しても不都合がなかった。需要家が等しく日本で素材を調達し、日本やアジアで製品を販売している限り国内価格に矛盾はなかった。

※主産物にも乖離※
 しかし、経済のグローバル化や中東・アジアにおける石化産業の勃興などを背景に、その後は国内価格の矛盾が表面化。近年ではベンゼン、キシレンなどエチレン、プロピレン以外の製品とその誘導品群の価格体系は、紆余曲折を経ながら国際市況など需給バランスを反映させる値決め方式に移行している。
 さらに、足元の急激な円高やアジア市況の下落を背景に、なおナフサ変動で推移する主産物のエチレン、プロピレンおよびその誘導品も、国内価格と国際価格の間には看過できない乖離が生じている。この乖離に対し、需要家だけでなく石化メーカー内部からも異論が噴出している。

※大震災が契機に※
 「ナフサ連動の価格がうまく反映できなくなってきた」。大手ポリオレフィンメーカーの営業担当者は、大口需要家である自動車部品メーカーとの取引で起こっている異変を明かす。ここにきて顧客の購買担当者はナフサ価格が安い期間に大量に発注をかけ、高くなると購入を控えるようになったのだ。このため、原料コストの上昇分を予定通り製品価格に転嫁できない。ただ、「結果的に年間の契約量を買ってくれるので何もいえない」と表情を曇らせる。
 石化製品のナフサ連動価格、すなわち1000円・2円の論理が最も色濃く反映されているのがポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)などの合成樹脂だ。しかし、円高や価格決定メカニズムの違いが生み出す内外価格差により、合成樹脂の内需浸食は加速している。
 川下産業は東日本大震災を契機に合成樹脂の輸入量を拡大している。国際市況で原料を調達すれば、コストを大幅に引き下げることを学習した。ネックだった品質面での格差の問題も、使いこなすうちに克服しつつある。

※品質問題も克服※
 円高メリット創出に躍起となっている自動車メーカーは、樹脂加工メーカーなどのサプライヤーに対し一定量の輸入原材料の使用を指示するケースが増えている。「部品や半製品を輸入調達に切り替える動きも加速している」(サプライヤー)。さらに、国内調達分も3カ月あるいは半年ごとの価格改定というルールの虚を突くかたちでコストダウンが進められているのだ。
 食品包装業界も原料である合成樹脂の輸入拡大に乗り出している。「最初は2割。その後3割、4割と輸入比率を拡大する」と明かすプラスチック食品容器メーカーの経営者は、「日本の石化産業がアジアで断トツの地位だった時代は終わった。輸入品は品質面でもキャッチアップしつつある」と指摘する。
 それでは需要家が望む新たな価格決定メカニズムとは何か。「やはり需給バランスに連動した国際市況を採用するのが最も公平でリーズナブルだ」との声が多い。その一方、四半期あるいは半年に一度という価格決定のサイクルについては、現行のメカニズムを評価する声もある。「アジア市況のように毎週値段が変わり、その都度交渉するのではエネルギーがかかりすぎる」(包装材料メーカー)。

※汎用品は放棄へ※
 石化メーカーも黙ってこうした状況をみているわけではない。価格フォーミュラーと呼ばれる決定要因のなかに原料価格だけでなくアジア市況の変動分などを一定の割合で織り込み、需給バランスを反映させる動きは始まっている。
 ただ、主産物であるエチレン、プロピレンおよびその誘導品は原料コストを転嫁しなければ事業として成り立たないというのが石化メーカーの本音だ。このため「海外勢と競合する汎用製品について、日本の石化メーカーは放棄する過程にある。独自の価値を認められる高付加価値製品に特化することで価格体系も維持できる」という。しかし、高付加価値製品も主戦場は海外にシフトしつつある。グローバルに考えれば、国際市況から逃れた事業を構築することは難しいといわざるを得ない。

 

[シェール革命でベンゼン復活]
「軽質化」時代への対応を

※いち早く国際化※
 米国のシェールガス革命による「石油化学の軽質化」を背景に、国際市況が一気に高騰しているベンゼン。日本の大手石油精製メーカーは「ベンゼンの輸出が石油化学部門の収益を下支えすると期待している」と表情を緩める。エチレン、プロピレンのナフサ連動価格が生き残る一方で、いち早く価格が国際化したのがベンゼン。ここにきて、そうした製品の事業環境がむしろ好転している。
 芳香族製品のうち、ベンゼンはバイプロダクト(副産物)という宿命から歴史的にみて事業採算の厳しい時期が長かった。ベンゼンの供給ソースには大きく2つある。1つはエチレン設備で、もう1つは石油精製の2次精製工程である改質装置(リフォーマー)。
 このうち、エチレン設備の主産物はエチレン、プロピレンなどのオレフィン。また、リフォーマーの主産物はガソリン基材のトルエンやポリエステル原料のパラキシレンだ。ガソリン基材としてのベンゼン使用規制が起きた蜚N代以降、副産物としての性格がより強まった。
 かつてベンゼンの営業を担当していた精製系企業のOBは「どうせ余りものなのだからタダで持ってこいとドヤされたこともある」と苦しかった時代を振り返る。しかし、シェールガス革命と価格の国際化がベンゼンを復活させている。

※エタン転換進む※
 米国のエチレン設備はナフサと天然ガス(エタン)の両方を原料に使用できる、いわゆるスイングプラントが多い。シェールガス生産の本格化とともに、エチレン原料はナフサからエタンへの転換が一段と進み、副産物ベンゼンの供給が大きく減少しているのだ。米国のベンゼンスポット価格は今年10月に過去最高を更新し、なお騰勢を強めている。
 ベンゼンと裏返しのケースがブタジエンだ。合成ゴムの原料であるブタジエンも石化の軽質化で需給バランスがひっ迫化。とくに昨年はアジア市況が一時1トン当たり4000ドルを突破し、韓国などアジアの石化企業はエチレンセンターの収益を大きく伸ばした。しかし、ナフサ連動方式の日本国内ではその恩恵を享受できなかった。
 現在、エチレンセンターはエチレン、プロピレン、ブタジエンの3製品のマージン(3品マージン)で収益を支える構造だ。いずれもナフサ連動価格を基本としているが、ここにきてブタジエンは需要家との間でアジア市況を織り込んだ価格体系に切り替える交渉が進んでいる。

※新規技術で増産※
 一方、エチレンはシェールガス革命などの石化の軽質化により長期的にも市況が低迷すると予想されている。天然ガスを由来としたエチレン系製品の輸入が増大すれば、国内価格をナフサと連動させる考え方そのものが成り立たなくなる可能性がある。
 価格の国際化が避けられない情勢をにらみ、石化メーカーはエチレン設備を削減する一方、ブタジエンを増産できる新しい生産技術の商業化を目指すなど、石化の軽質化時代に生き残る道を模索し始めている。
 世界の石化の需給構造に歴史的な転換点が訪れるなかで、原料の9割以上をナフサに頼る日本の石化産業。ブタジエンやベンゼンなどを目的生産物に転換する構造改善に成功すれば、鎖国状態を解いて価格の国際化時代に生き残れるかもしれない。