以下が中山の意見です。
横山さんコメント
”文春”での浜田氏の論説は極めてまっとうでわかりやすいものです。”変節”と大騒ぎする程のことは無く、金融緩和だけでデフレ対策となるとしたことが間違っていたということですが、金融緩和それ自身が間違った政策であったとは言っていません。
それどころか大いに効果があったし、まだ金融緩和のレベルを維持しておくべきとしている点などは、変節どころか一貫した論旨です。
金融政策だけでは限界で財政政策も動員しないとデフレ対策におはならないという点も同感できます。それに対して朝日新聞の記事は相当ピント外れです。
「大いに効果があった」というのはこの部分です。
QQEは当初、抜群の効果を発揮しました。民主党政権時代8千円台だった日経平均株価はグングン伸びて、15年7月には15年ぶりに2万585円に到達しました。
効果は実体経済にも波及し、雇用者は第二次安倍政権発足後3年間で約150万人増。東京ドーム30個を埋め尽くす人々が新たな職を得たのです。また、15年4〜6月期の企業収益は過去最高を更新。そして、16年度の政府の税収は約58兆円と、バブル期の1991年度(約60兆円) 以来の高水準になる見通しです。ここで重要なのは、物価が上がることではなく、雇用や生
産、消費が回復したことです。一部の経済学者は「物価目標」を重視しますが、私は物価目標それ自体は重要でなく、雇用等を伸ばす手段に過ぎないと考えているからです。
しかし、これがアベノミクスの効果で需要が増えたためとは考えません。
1) 日銀が「無制限」の金融緩和をすると宣言すれば、安心して円を売るので、円安になるのは当たり前です。円安になれば輸出企業は大儲けで、大会社の企業利益は増え、税収は増えます。
(逆に、住化の上期決算は減益でしたが、120円の予定が円高に動いたためです)
円安で輸出企業や海外進出企業はもうかりますが、輸入価格アップで消費者や非輸出企業は損をしています。
2016年に入り貿易収支黒字になりましたが、それまでは赤字が続いており、日本全体の貿易では円安で損になります。
輸出企業も価格差で儲けただけで、増設はほとんどありません。
2) 株についても同様です。外国人株主が増えていますが、「東証が発表している主体別売買動向」によれば、
外国人が買い越している週は、日経平均が上昇する傾向が強く、外国人が売り越している週は、日経平均が下落している傾向が強いことがわかります。
日本株が外国人の売買で動いていることが良くわかります。」(楽天証券)
円安になれば、日本の株価はドル建てでは下がることになり、外人株主の買いが増え、値上がりします
3) 雇用は増えていますが、復興関係などによる土木建設関係や、小売りなどでの非正規雇用が中心です。正規雇用は増えていません。需要が増えていないからです。
2012年と2015年で、自営業者で16万人、家族従業員で18万人減少している。雇用者は130万人増加したが、非正規雇用が167万人増える一方、正規雇用は36万人も減少している。
浜田氏は、「物価目標それ自体は重要でなく、雇用等を伸ばす手段に過ぎない」としていますが、需要が増えて(その結果、物価が上がる)、初めて、雇用が増えます。
アベノミクスで経済実態はよくなっていない。良くなったといっている部分の大半は円安によるもので、「為替操作」ギリギリです。
浜田氏は財政政策との組み合わせを主張しますが、これもうまくいきません。
こう言っています。
例えば、金融政策の効果を阻害しているのは巨額の企業の内部留保です。15年度の内部留保は約378兆円。前年度比約23兆円も増えています。貯めた利益を従業員の賃金に還元せず、株主への配当も増やさない、投資にも回さないといった具合です。動かさないお金は何も生み出しません。しかしこれは金融政策では是正できない領域です。
そこで、留保した利益を投資に回した企業を減税する、あるいは内部留保そのものに課税するなど、財政政策で工夫すれば良いわけです。
企業の内部留保は、需要がないために投資ができないからです。個人預金は、将来の不安と、買いたいものがないということのためです。
政府が課税などの脅しをしても、投資や消費は増えません。
政府が公共投資をしても、その金がまわるさきの企業や個人は金を使わないため、効果は限られ、財政赤字が増えるだけです。
小生の主張は次の通りです。(以前と同様です)
アベノミクスの理論
実際は、デフレは貨幣現象ではなく、需要の変化に供給が対応できないため。金融緩和は意味無し。
構造改革によって初めて、需要と供給が対応するようになる。
政府も自民党も政治献金をしている財界(大部分が需要が減った産業を代表)を保護し、代替しようとする新興産業を規制しています。
保護の一つが膨大な数の租税特別措置です。
規制は山ほどあります。既存業界の保護のためです。
孫正義氏は1000億ドルのファンドをつくり、米国に500億ドルの投資を約束し、英国でもアームを買収し、英首相に雇用の倍増を約束しています。
日本で大きな投資をしないのは規制のせいです。規制を除けば、逆に海外からの投資も可能です。
日本の根本問題を考えずに、机上の経済理論だけで考えるのが浜田氏の限界です。
需要と供給を考えるのに、アダムスミスの「神の見えざる手」で考えている。市場では高く売りたい売り手と、安く買いたい買い手の需要と供給を自動的に一致(均衡)
製品Aが余り、製品Bが不足すると、Aの価格が下がり、Bの価格が上がる。作り手はAを減らし、Bを増やし、均衡する。「神のみえざる手」である。
日本の株式市場における売買シェアは60%超と投資家別では最大で、株価形成に大きな影響力を持つ
朝日新聞 2016/12/13 アベノミクスよ、どこへ 理論的支柱の「教祖」が変節
日経 2016/11/15 アベノミクス4年 減税含む財政拡大必要
内閣官房参与 浜田宏一氏
文芸春秋 2017年1月号
「アベノミクス」私は考え直した
首相ブレーンが提案する新たな経済政策とは? 浜田宏一
「僕は、状況が変われば意見を変える。君はそうしない?」
かつて、マクロ経済学を確立したイギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズはこう言い残したことで知られています。
私は2012年12月に発足した第二次安倍政権の内閣官房参与として、金融政策のアドバイザーを務めてきました。政策アドバイザーとは医者のような存在です。日本経済という“患者”は、安倍政権が推し進めるアベノミクスという“処方せん”により、停滞した20年という“病気”から一応回復することができました。安倍首相が金融政策の効果をよく理解してデフレに立ち向かい、日本経済が生き返ったことは日本国民が一番よく知っていることでしょう。実際、当初のアベノミクスは目覚ましい成果を上げました。私はその成果を100%認めています。
しかし今、日本経済は世界各国で起こる波乱要因に翻弄されています。特に過去1年あまり、予想外の出来事によって、アベノミクスはやや手詰まり感を見せています。
私が日本経済新聞のインタビューで考えを変える発言をしたことが話題になっているようです。メディアは一般的に自分たちが信じることを学者や評論家に言わせる傾向があります。しかし、今回の日経新聞のインタビューはそうではありません。私が「自分の考える枠組みに変化がある時は、正直にそれを伝えたい」と思ったことは事実です。
11月15日付の日本経済新聞が掲載した浜田宏一イェール大学名誉教授(80)のインタビュー記事が波紋を呼んでいる。
<私がかつて『デフレは(通貨供給量の少なさに起因する)マネタリーな現象だ』と主張していたのは事実で、学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない>
アベノミクスの理論的支柱である浜田氏の突然の"転向"を、多くの関係者は驚きをもって受け止めた。従来の考えを変えた経緯と理由とは何なのか---。
金融政策という薬
2013年4月、日本銀行の黒田東彦総裁は前年比 2%というインフレ目標を掲げ、量的・質的金融緩和(QQE)を打ち出しました。アベノミクスの「第一の矢」です。
QQEは当初、抜群の効果を発揮しました。民主党政権時代8千円台だった日経平均株価はグングン伸びて、15年7月には15年ぶりに2万585円に到達しました。
効果は実体経済にも波及し、雇用者は第二次安倍政権発足後3年間で約150万人増。東京ドーム30個を埋め尽くす人々が新たな職を得たのです。また、15年4〜6月期の企業収益は過去最高を更新。そして、16年度の政府の税収は約58兆円と、バブル期の1991年度(約60兆円) 以来の高水準になる見通しです。ここで重要なのは、物価が上がることではなく、雇用や生
産、消費が回復したことです。一部の経済学者は「物価目標」を重視しますが、私は物価目標それ自体は重要でなく、.雇用等を伸ばす手段に過ぎないと考えているからです。
マクロ経済政策には金融政策と財政政策があります。アベノミクス以前、多くのエコノミストや経済学者は財政政策を重視し、金融政策の役割を無視していました。その中で、当時学習院大学教授だった岩田規久男氏(目本銀行副総裁)は、ほとんど孤軍奮闘で金融政策の必要性と効果を説いていました。
アベノミクスは金融緩和を「第一の矢」に据えましたが、その波及経路は「マネタリズム」によって説明できます。シカゴ大学教授のミルトン・フリードマンによる<物価を左右するのは、もっぱら貨幣供給量である>という理論で、つまり、市場の通貨供給量を増やせばインフレを起こすことが出来る、という考え方です。
岩田副総裁がかねてから提唱していた「人々の期待に働きかける金融政策」もマネタリズムに分類できます。彼は「インフレ目標を設定し、通貨供給量を増やせば、人々の(インフレヘの)期待値が上がり、自然とインフレになる」と説明しています。
そして私も、シカゴ学派のマネタリズムの国際版である「マンデル・フレミングモデル」という理論を基本にしてきました。「デフレはもっぱら貨幣的現象であり、金融政策によって影響できる」と説明してきましたし、アベノミクス発足当初は、金融政策という"薬"だけで日本経済は立ち直ると思っていました。
衝撃を受けた論文
ところが、昨年末から「QQEは頭打ちになっているのではないか」と思える事態が次々と起こり始めました。おそらく為替投機のせいでしょうが、外為市場の価格形成に不可解な動きが現れ、その結果、QQEの効果に翳りが出てきたのです。また、14年の消費増税の消費抑制効果によるQQEの効果が出ていない期間は、予想を超える長さで続いています。
QQEとは、日銀が市場を通じて国債を買い、市場に出回った通貨が購買力を刺激する政策です。いわば、貨幣という"金利がないモノ”と、国債という"金利があるモノ”を交換しているわけです。ところが、金利はゼロに近い水準まで下がり、国債と貨幣で金利差がほぼ無くなってしまった。リンゴとミカンを交換していたはずなのに、気付いたらリンゴとリンゴを交換していた、というわけです。だからQQEの効果が弱まっている。これはケインズ経済学で「流動性の罠」と呼ばれる
現象です。金利がゼロ近くまで下落すると投機的需要が無限に大きくなり、金融緩和の効果が無くなる、というわけです。
さらに、金融政策の効果を緩める現象が二つ起こりました。
一つ目が、外為市場でおこった異変です。経済学の原則では、(日本が)低金利の時は、円安になるとされています。円が売られるので、円の価値が下がるからです。
ところが、11月8日(現地時間)にドナルド・トランプ氏が米大統領選挙で当選するまでの1年間はQQEの結果、日本の金利が下がっても円安にならなくなっていたのです。
二つ目が、日銀が16年1月に導入したマイナス金利政策の効果が出ていないことです。
マイナス金利政策とは、日銀の当座預金の一部にマイナス 0.1%の金利を課すというもの。ヨーロッパでは、欧州中央銀行(ECB)など4つの中央銀行がマイナス金利政策を導入しています。意図的に金利を押し下げることで、景気を活性化させ、2%のインフレ目標を目指そうというわけです。
金融機関にとっては"課税的措置"とも言えます。日銀の当座預金に預け入れるだけで手数料を取られるので、金融機関の収益は圧迫されます。そこで多くの銀行はこの政策に対して抗議の声をあげています。マイナス金利の範囲を広げたり、利子率をもっとマイナスに深掘りすれば、銀行に対する被害が拡大するので、銀行が神経質になる理由も分かります。ただ、銀行は、現在も過去の預け金に対してプラス
0.1%の利子を受け取っているので、私には、彼らの苦情は大げさで、過保護企業が「補助金が少なくなった」と嘆いている様子に似ているようにも見えます。
一方で、国民生活には良い影響があります。住宅ローンの金利は下がりますし、消費者金融の金利を押し下げる作用もあるからです。
マイナス金利政策で、確かに金利は下がりました。しかし、理論上あるはずの"円安効果”は一切ありませんでした。
そんな矢先の16年8月。"世界の中央銀行のお祭"ともいえる「ジャクソンホール会議」で、ブリンストン大学教授のクリストファー・シムズ氏による基調報告がありました。シムズ氏は計量経済学の専門家で、11年にはマクロ経済における因果関係の統計的な研究に関する功績により、ノーベル経済学賞を受賞しています。
私はシムズ氏の論文を読み、衝撃を受けました。「金融政策はなぜ効かないのか」という問いに、明快な答えを与えていたからです。シムズ氏は「金融政策が効かない原因は『財政』にある」というのです。
中央銀行が量的緩和で貨幣量を増やしても、同時に政府が財政赤字を減らそうとして増税を行えば、インフレにはならず、デフレになってしまう。シムズ氏の分析は〈貨幣の価値を究極的に保証しているのは国家の徴税権力である〉とする物価水準の財政理論(PTPL)の応用でした。そして、現在の日本の状況も例に挙げて、なぜ金融政策だけではうまくいかないかをずばりと言い当てていました。
シムズ氏は、金融緩和が有効であることを認めたうえで「より強い効果を出すためには、減税など財政拡大と組み合わせよ」と提唱しています。従来の経済学では、財政規律が緩むと、過度なインフレを招くうえに財政赤字はかさみ、経済にダメージを与えることが強調されていました。しかし、シムズ氏は意図的に「赤字があっても、財政を拡大するべき(時もある)」と主張します。これは斬新なアイデアでした。
シムズ氏の論文の内容にハッとさせられたのには理由があります。
トランプ氏当選以前の円高傾向について、私は外国の実務家仲間と議論を交わしていました。「海外のヘッジファンドの投機が円を高含みにしているのではないか」
こう主張する私に対し、ある友人がこう指摘してきたのです。
「日本の財政はこのままで良いのか? 消費増税と、将来のさらなる増税への見通しが、為替投機以上に日本経済の足を引っ張っていないだろうか」
その時は聞き流していましたが、シムズ氏の論文を読み、両者が繋がったわけです。
これまで私は金融政策については様々な意見を述べてきましたが、財政政策についての意見は「消費増税反対」などに限られていました。しかし、シムズ氏の論文を読み、QQEが効かず、インフレが起こらない理由は、「財政とセットで行っていないからだ」と分かったのです。
アベノミクスの金融緩和がうまくいっていた一方で、消費増税は景気を挫折させる方向に働きました。
つまり、私は「(人々の)資源配分を改善するような政府支出や減税などによる財政政策を、金融緩和の手助けに使ったほうが良い」という点で考えを変えたわけです。
ですが、金融政策を止めてしまえというわけではありません。金融緩和を止めてしまえば旧日銀体制に戻り、「停滞の20年」に戻るわけですからとんでもないことです。
秋、紅葉の綺麗なプリンストンに、かつてイェール大学で同僚だったシムズ氏に会いに行ぎ、「日本のマイナス金利政策は、失敗と思うか?」と訊ねました。やや意外なことに、シムズ氏はこう話しました。「マイナス金利はそれ自体が悪い政
策では決してない。しかし、この政策で傷ついた主体を、政府は財政措置等で助けるべきだ。そうすれば、マイナス金利は良い政策ともなるだろう」
金融緩和と財政政策をセットで考えれば次のような視野が持てます。
例えば、金融政策の効果を阻害しているのは巨額の企業の内部留保です。15年度の内部留保は約378兆円。前年度比約23兆円も増えています。貯めた利益を従業員の賃金に還元せず、株主への配当も増やさない、投資にも回さないといった具合です。動かさないお金は何も生み出しません。しかしこれは金融政策では是正できない領域です。
そこで、留保した利益を投資に回した企業を減税する、あるいは内部留保そのものに課税するなど、財政政策で工夫すれば良いわけです。
また、「金融と財政の合体」は、次のような政策に落とし込めば良いでしょう。
インフレ目標と消費増税は"2つで1つ”と考えて、連動させるのです。例えば、食料とエネルギーを除くコアコアCPI(消費者物価指数)が目標の2%を達成できた場合に限り、消費税を年々1%ずつ段階的にあげる。逆に、目標を達成できない場合、消費増税はずっと凍結し続ける、といった具合です。現在のように、インフレ目標は金融政策だけで目指して、増税だけあらかじめ時期を決めてしまうのでは金融と財政の足並みは揃いません。
仁徳天皇と「民のかまど」
しかし一方で、財政赤字を拡大し続ければ国家財政が破綻すると心配をする人がいます。
財務省による財政の無駄遣いをチェックする役割は重要です。国民に景気悪化の迷惑がかからない限り、消費税引き上げは政府債務を減らし、無駄な利子負担を取り除き、経済厚生(経済的観点から見た人々の幸福)を改善し得るからです。
しかし、実際に生活をしているのは国民であり、政府や財務省ではありません。一時的に政府に赤字が出ても、国民が消費を増やし、経済が潤えば、お金は税収として戻ってくるのです。前回の消費税の3%という大幅な引き上げは、国民に大きな負担を与え、消費の足を長々と引っ張っており、予定されている次回の引き上げも、旅人の行き先に見える黒雲のように、国民に不安を与えて消費を控えさせています。
次のような逸話があります。
第16代の仁徳天皇(290年〜299年)は皇居から見下ろす家々のかまどから炊事の煙が立っていないので、国民が貧しい暮らしをしているのに気づきました。そこで3年間、年貢を免除。宮殿が荒れ果てても民の生活を優先したのです。3年後、家々のかまどの煙が立つようになり、天皇は喜ばれたといいます。この逸話はシムズ氏の主張そのものです。
友人の多い財務省を批判するのは私が意図するところではありません。ただ、なぜ仁徳天皇の話をするかというと、経済学では国民の生活を第一に考えるので、"宮殿”だけを見るような財務省の考えは一面的だということを読者に理解してほしいからです。
また、国全体のバランスシートを見れば、政府の負債である公債と日銀の負債である貨幣は、民間部門にとっての資産となります、イギリスの経済学者、デヴィッド・リカードが唱えた「リカードの等価定理」では、〈公債は増税という国民の将来の負債だから相殺される)、つまり民間の資産とは言えない、とされますが、一方でリカード自身が書いているように、実際はそこまで利口な国民はいません。今、お金を持っていれば、「私は富んでいる」と錯覚するのが現実です。
むしろ国民がデフレで困っている状況下では、その錯覚を利用して、公債という“ニセ金”で皆を富んでいる気持ちにして消費を刺激した方が経済は活性化するのです。また、国の借金であれば消費者金融などとは違って返済期限もなく、将来世代に繰り延べすることもできます。日本の政情が安定していて、次期の納税者が存在する限り、国の財政の長所は、公債を発行して税の繰り延べが可能なことなのです。
11月8日、アメリカの次期大統領が誕生した。当初は泡沫候補とされていたドナルド・トランプ氏(70)が世論調査の結果を覆し、ヒラリー・クリントン氏(69)を破ったのだ。日本経済にとってもトランプ大統領の存在は大きい。アメリカ在住の浜田氏はトランプ大統領の経済政策をどう見ているのか。また、日本はどのように付き合っていくべきなのだろうか。
毅然とした"通貨外交”を
トランプ氏の当選はアメリカの知識人にとって大きなショックでした。トランプ氏はアメリカの「国家の品格」を捨て去るような言行を利用して、当選を勝ち取りました。その過程で多くの国民を怒らせ、不安にさせ、心配もさせました。今、アメリカが“分裂国家”にならんとする恐れはあります。他方、アメリカ人は、急激な変化や改革にも対応できる。例えば、1920年代には「禁酒法」を採用し、うまくいかないとそれを捨て去る勇気のある国民です。確定事実となったトランプ大統領への適応も早い気もします。
オバマ政権が誕生した09年1月は、リーマンショックの直後で、アメリカ経済はほぼ壊滅していました。オバマ大統領が真面目に難題に取り組み、経済を立て直したのは実に大きな功績です。
ですが、ショックの後でもあり、市場に対しては規制派でした。10年に成立したドッド=フランク法はその象徴で、銀行やノンバンクの業務内容を大幅に制限し、これが市場機能をゆがめる方向に働きました。トランプ氏は同法を撤廃すると公言してきました。当選直後に米株が急伸したのは、それが一因と言えるでしよう。
ただ、トランプ氏の経済政策には未知数の部分が多い。選挙期間中、ジャネット・イェレンFRB(連邦準備制度理事会)議長の低金利政策を「恥を知れ」と批判したかと思えば、日本政府を「円安誘導している」と批判してドル安に誘導すると公言しています。ドル安にするには、低金利が必要なので、言っていることが矛盾しています。
ただ、「必要とあらば財政出動はどんどん行う」ど明言していますので、同時に金融緩和を進めれば大成功する可能性もあります。その全容が分かるのはまだ先のことですが。
新生アメリカと向き合う日本には多くの難題が待ち受けています。
現在は円安傾向が続いていますが、円高に振れる時もあり得る。もし1日に5円も6円も円高に振れる時には、財務省は−−−アメリカに気を遺い過ぎないでーーーすぐに為替介入をすべきでしょう。通商強硬派のトランプ政権が円安に対して「保護貿易を強めるぞ」という威嚇をしてきても、毅然として対応する"通貨外交”の姿勢が必要です。
トランプ氏の当選直後、安倍首相がすぐに面会して議論の糸口を掴もうとしたことは、今後の日本にとって、大きな布石となるはずです。
経済政策にとって最も重要なのは、物価が上がることでも、財政が健全化することでもありません。雇用、生産、消費など国民の暮らしがもっと良くなることです。ここまでうまく働いた金融政策の手綱を緩めることなく、減税も含めた財政政策で刺激を加えれば、アベノミクスの将来は実に明るいのです。
朝日新聞 2016/12/13
アベノミクスよ、どこへ 理論的支柱の「教祖」が変節
人為的にインフレを起こすリフレーション(reflation)はアベノミクスの主軸政策だ。その提唱者である浜田宏一米エール大名誉教授の変節が最近、リフレ論者たちを失望させ、政府幹部や経済学者たちをあきれさせている。
リフレ派は、日本銀行が空前の規模のお金を市場に投入する政策で必ずデフレから脱却して景気が良くなる、と主張してきた。浜田氏はその指導者であり、安倍晋三首相がアベノミクスの理論的支柱として内閣官房参与に迎え入れた経済ブレーンだ。
その当人が突然「QE(量的金融緩和)が効かなくなっている」(「激論マイナス金利政策」日本経済研究センター編)と言い始め、「学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」(日本経済新聞11月15日付インタビュー)と白旗を掲げたのだから、関係者は驚いたに違いない。教祖が突然「信仰をやめる」と言い出したに等しい。
現実を見ればリフレ論を掲げ続けるのには無理がある。日銀がいくら市場に資金を投入してもインフレの兆候は見えないからだ。足元の消費者物価は8カ月連続でややマイナス。リフレ派がいくら強弁しようと、政策の誤りは隠しようがない。
日本銀行でリフレを推進してきた岩田規久男副総裁らも事実上の転向を余儀なくされた。9月の政策決定会合で、お金の量の拡大に必ずしもこだわらない新政策への変更に反対票を投じなかったのだ。
当人たちは現状をどう総括しているのだろうか。
浜田氏に取材を申し入れたが、残念ながら回答は得られなかった。
「リフレ派は終わった」と断じるのは中原伸之氏だ。浜田氏とともにリフレ論を唱え、首相の経済ブレーンを務めてきた元日銀審議委員だ。
「私はリフレ派というよりリアリスト。インフレ目標にこだわって手を広げるより、名目国内総生産を目標にじっくりやればいい」と語り、日銀に路線修正を求める。
問題は「リフレ派なき日銀」に変わったとしても、金融政策がきれいさっぱり正常化するわけではないことだ。
市場にたまったお金の量は平時の3倍の415兆円にもふくらんでしまった。今後の金融のリスクを考えれば、これは放置できない。
しかもこれが年間80兆円ペースで増え続ける仕組みを、日銀はいまも明確には修正できていないのだ。
経済危機をしのぐため先進各国は異常な金融緩和にのめり込んだ。その危機が終わり米国はすでに利上げに転じ、正常化に動き出した。欧州も量的緩和の縮小を決めた。
ひとり日銀だけが出口論の議論さえ「時期尚早」(黒田東彦総裁)と封印し続ける。
アベノミクスの呪縛にとらわれた日銀が生みだす金融政策の異常。それが、こんどはアベノミクスそのものを漂流させようとしている。(編集委員・原真人)
2016/11/15 日本経済新聞
経済観測 アベノミクス4年 減税含む財政拡大必要
内閣官房参与 浜田宏一氏
安倍晋三首相の誕生を先取りする形で株価が上昇し、アベノミクスが実質的に始まった2012年11月16日の衆院解散からあすで4年。内閣官房参与としてアベノミクスを理論面から支える経済学者の浜田宏一エール大名誉教授に4年間の総括と米大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利による影響など今後の政策の展望を聞いた。
金融政策を転換
――アベノミクスの4年をどう評価しますか。
「就任前の安倍首相から『金融緩和を主軸に選挙に打って出る』と米国の自宅に電話があってからもう4年かと思う。12年から13年にかけて堅実一辺倒だった旧日銀の金融政策を転換した。アベノミクスの『第1の矢』では岩田規久男日銀副総裁のインフレ期待に働きかける政策が効いた」
――日銀は国債の買い入れを年80兆円増やしましたが、4年たっても物価は目標とする2%に達していません。
「国民にとって一番大事なのは物価ではなく雇用や生産、消費だ。最初の1、2年はうまく働いた。しかし、原油価格の下落や消費税率の5%から8%への引き上げに加え、外国為替市場での投機的な円買いも障害になった」
――デフレ脱却に金融政策だけでは不十分だったということですか。
「私がかつて『デフレは(通貨供給量の少なさに起因する)マネタリーな現象だ』と主張していたのは事実で、学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」
「(著名投資家の)ジョージ・ソロス氏の番頭格の人からクリストファー・シムズ米プリンストン大教授が8月のジャクソンホール会議で発表した論文を紹介され、目からウロコが落ちた。
金利がゼロに近くては量的緩和は効かなくなるし、マイナス金利を深掘りすると金融機関のバランスシートを損ねる。今後は減税も含めた財政の拡大が必要だ。もちろん、ただ歳出を増やすのではなく何に使うかは考えないといけない」
――すでに経済規模に対する日本の政府債務残高は主要国で最悪です。
「政府の負債である公債と中央銀行の負債である貨幣は国全体のバランスシートで考えれば民間部門の資産でもある。借金は返さずに将来世代に繰り延べることもできる。リカードの考えでは公債は将来の増税として相殺されてしまうが、そこまで合理的な人はいない」
――財政の悪化に歯止めは要りませんか。
「私は食料とエネルギーを除く『コアコア』の消費者物価指数でインフレ率が安定的に1.5%に達したら、消費税率を1%ずつ引き上げてはどうかと提案している。逆にそれまでは消費増税を凍結すべきだ」
米国債で緩和も
――米国債の購入による金融緩和や外国為替市場への介入を提唱しています。
「金融緩和は『買うものがない』のであれば米国債も選択肢になる。過度な円高を仕掛けた人は介入でとがめればよい」
――トランプ氏が次期米大統領に決まりました。
「粗野な行動をしていた彼も勝利演説では品格が出てきたと見る向きもある。危ぶまれていながら名大統領となったレーガン元大統領を見習ってほしい」
――首相に日ロの経済関係強化を助言した発言が話題になりました。
「ロシアとの政治や外交について進言したかのように紙上で受け取られているならば本意ではない。ロシアとの外交では米国の嫌がりそうなこともしているのに、どうして円相場が5円も6円も円高に動いても為替介入ができないのかということだ。財務省も米国の嫌がることができるような通貨外交をしてほしい」
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2016年11月16日 池田信夫Blog
Christopher Simsプリンストン大教授が8月のジャクソンホール会議で発表した論文について
トランプ大統領はマクロ経済政策の常識も破壊し、金融緩和とバラマキ財政を併用する方針らしい。これが短期的には景気刺激になることは明らかで、さっそく株高やドル高になっているが、長期的にはどうなるのだろうか。浜田宏一氏が「目からウロコが落ちた」というシムズのジャクソンホール論文をざっと読んでみた。
確かに常識破りでおもしろい。この論文が解明しているのは、アメリカでも日本でもEUでも金融政策がきかないのはなぜかという謎で、シムズの答は単純明快だ。
Fiscal expansion can replace ineffective
monetary policy at the zero lower bound, but fiscal expansion is not the
same thing as deficit finance. It requires deficits aimed at, and
conditioned on, generating inflation. The deficits must be seen
as financed by future inflation, not future taxes or
spending cuts.
「財政赤字は増税や歳出削減ではなく、将来のインフレでファイナンスすると予想されなければならない」という記述は一瞬、目を疑うが、これまでの経済学の常識をくつがえす発想だ。普通は財政規律がゆるむとインフレになるので危険だと考えるが、彼は意図的に政府債務をinflate
outすべきだというのだ。
このFiscal Theory of the Price Level
(FTPL)は1990年代からある理論で、直観的にはシンプルだ:今までの金融理論では物価水準は通貨供給で決まると考えたが、通貨の代わりに金利のつく国債を考えるとどうなるか。日本の国債残高は1100兆円で、マネタリーベース400兆円の3倍近いのだから、通貨だけでインフレ率が決まるはずがない。
財政赤字を中央銀行がマネタイズすると高率のインフレになって経済が崩壊するというのが常識だが、現実には先進国の政府債務は増え、中銀は低金利を続けているのにインフレは起こらない。なぜだろうか。
その原因は金融ではなく財政だ、というのがシムズの答である。将来の財政赤字が増えると名目債務が増えて金利が上がり、投資家は国債に投資するので現在の資金需要が増え、インフレになって実質債務が減る。その逆に財政赤字が減ると、デフレになって実質債務が増える…という連立微分方程式で物価水準が決まる。これはリフレ派のような「どマクロ」の幼稚な理論ではなく、完成された動学的均衡理論だ。
ただ財政赤字がインフレを本当にもたらすかどうかはわからない。大事なのは「日本政府は今後ずっと財政赤字を増やすのでインフレになる」と投資家が予想することだから、シムズの日本についての政策提言は、消費税の増税とインフレ目標を明示的にリンクさせることだ。たとえば「消費増税=インフレ率」という目標を立て、コアCPI上昇率が1%になったら消費税は1%ポイントしか上げない。デフレになったら消費税を減税する(!)
一見めちゃくちゃのようだが、シムズはスウェーデン銀行賞受賞者である。2013年の全米経済学会長講演は、FTPLを実証的にも検証している。ジャクソンホール講演が、イエレン議長も吹っ飛ぶ大反響を呼んだのもうなずける。FRBがシムズを基調講演に選んだということは、政策転換の前兆かも知れない。
日本のように巨大な政府債務は増税や歳出削減では正常化できないので「インフレ税」しかない、というのは本質を突いている。歴史的にも、GDPの2倍を超える政府債務を緊縮財政で正常化した国はない。これは実質債務のデフォルトだが、名目債務はデフォルトしないので、政府が中銀を支配すればコントロール可能だ、というのがシムズの理論だ。
財政赤字の中身が問題だという批判は多いが、消費税のような一律減税ならバイアスは発生しない。「財政健全化に逆行する」というのは逆で、これは実質債務を削減する財政再建策なのだ。FTPLは「合理的予想」には依存していないが、均衡理論なのでハイパーインフレのような不均衡になったらどうなるかは不明だ。私の理解が正しいかどうかわからないので、専門家の投稿を歓迎する。
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15日の日経新聞に浜田宏一内閣官房参与とのインタビュー記事が掲載された。このなかで浜田氏は次のような発言をしていた(以下、日経新聞朝刊より引用)。
「アベノミクスの『第1の矢』では岩田規久男日銀副総裁のインフレ期待に働きかける政策が効いた」
「国民にとって一番大事なのは物価ではなく雇用や生産、消費だ。最初の1、2年はうまく働いた。しかし、原油価格の下落や消費税率の5%から8%への引き上げに加え、外国為替市場での投機的な円買いも障害になった」
「私がかつて『デフレは(通貨供給量の少なさに起因する)マネタリーな現象だ』と主張していたのは事実で、学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」
2012年11月にスタートしたアベノミクスと呼ばれた大胆な金融緩和を中心とした政策は、インフレ期待に働きかける政策が効いたものの、原油価格など外的要因の障害により物価上昇が阻まれたかのような分析である。このあたりは日銀の主張と一致する。しかしである。少なくとも一時的には効いたとした量による政策効果をここにきて否定してきたのである。
学者があらたな事実が発覚したことで、考え方をあらためるということは通常であれば、当然あってもしかるべきということになろう。しかしである。浜田氏はその間違っていた政策を政府に提言した上で実行に移されてしまった。いわば実証もされておらず、むしろ以前の日銀を中心にリフレ政策は誤りであると認識されていたものを、アベノミクスというかたちで実行に移してしまった。それが4年経ってやっと浜田氏がその誤りを認める事態となった。浜田氏は次のような発言もしている。
「(著名投資家の)ジョージ・ソロス氏の番頭格の人からクリストファー・シムズ米プリンストン大教授が8月のジャクソンホール会議で発表した論文を紹介され、目からウロコが落ちた。金利がゼロに近くては量的緩和は効かなくなるし、マイナス金利を深掘りすると金融機関のバランスシートを損ねる。今後は減税も含めた財政の拡大が必要だ。もちろん、ただ歳出を増やすのではなく何に使うかは考えないといけない」
いまさら目からウロコもないであろう。そもそも金利がゼロに近くては量的緩和は効かなくなるというのもおかしい。政策金利がゼロ近くになってしまったのでその代替手段として出てきたのが量的緩和ではなかったのか。ただし、量を増やせば物価が上がるという波及経路に関しての認識が誤っていたことも、ある意味立証されたということになる。
しかし、だから減税も含めた財政の拡大が必要だという理論も本当に正しいのか。リーマン・ショックや欧州の信用不安に対して、日米欧の中央銀行が大胆な金融緩和を実施したのは、財政出動に限界が来ていたためである。金融緩和がダメなら財政出動という考え方はあまりに安易すぎる。
浜田氏がデフレはマネタリーな現象だとの説の誤りを認めても、日銀が踏み込んでしまった異次元緩和は簡単に止めることはできない。ブレーキすらも掛けることが難しいことで、それとなく買入額の縮小も可能となる「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という絡め手を打ち出した。しかし、これにも「オーバーシュート型コミットメント」を付けないとリフレ派の賛同は得られなかった。「オーバーシュート型コミットメント」とは安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続するというものであり、これは浜田氏が認めた間違った政策を強く押し進める姿勢を示してしまったものである。