−代謝もされ、持続可能な未来に向けた画期的な材料開発−
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発ソフトマター 機能研究グループの相田 卓三 グループディレクター(東京大学 卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ))、程 逸人 研修生(研究当時)、平野 英司 研究パートタイマーU、黃 虎彪 研究員(研究当時)らの国際共同研究チームは、強靭でありながら海水中などで容易に原料にまで解離し、生化学的に代謝される「超分子プラスチック」の開発に成功しました。
本研究成果は、プラスチックの代替材料として、固体の超分子ポリマーの可能性を初めて示唆し、マイクロプラスチックによる環境汚染の抑制に貢献すると期待されます。
今回、国際共同研究チームは、食品添加物や農業用途に広く用いられている安価な生化学的な物質代謝を受ける2種類のイオン性モノマー[1]を用いて、高い物質代謝活性を持ちながら、優れた成形加工性、耐熱性、高い力学特性など、従来のプラスチックに匹敵、あるいはそれらをしのぐ性能を備えた無色透明で超高密度のガラス状超分子プラスチックを得ることに成功しました。
本研究は、科学雑誌『Science』オンライン版(11月22日付)に掲載されました。
昨今、地球温暖化に起因するとみられる大規模な自然災害が世界の各地で頻発し、人類を含めた生物の存続に警鐘が鳴らされています。そのため、人類の生活様式の可及的速やかな変容が求められています。廃プラスチック問題は地球温暖化や地球環境汚染を加速する大きな要因の一つです。
現代社会に欠かせないプラスチックは巨大分子であるポリマー(重合体)で構成されています。ポリマーとは、重合反応によって多数のモノマー(単量体)が安定的な共有結合で結ばれたもので、そのほとんどが化石資源を原料としています。プラスチックは現在世界で年間4億3千万トン生産されていますが、そのうち、リサイクルされているのはPET[2]を中心にわずかに9%以下注1)で、燃焼も含め、他は廃棄されています。日本では燃焼による廃棄が中心で、これは温室効果ガスの発生につながります。一方、カーボンニュートラルを実現する再生可能資源から成るプラスチックは全プラスチックのわずか1.5%にとどまっています。プラスチックを自然環境に投棄すると、次第に分解してマイクロプラスチック(5mm以下の微細なプラスチック)となって蓄積し地球環境を汚染し、生態系や人の健康への悪影響も懸念されています。
そこで、注目されるのが超分子ポリマーです。超分子ポリマーは結合の可逆性から原料モノマーに簡単に戻すことができます。しかし、この可逆性が故に、超分子ポリマーはゴムのような柔らかい材料にしか使えず、プラスチックの需要を満たす代替材料になることはできないと長い間信じられてきました(図1)。
相田グループディレクターは、2種類のイオン性原料モノマーが架橋すると同時に相分離するという特性を生かして結合の可逆性を押さえ込むという新しい着想を基に、原料モノマーが可逆的な「非共有結合[3]」で接着されている「超分子ポリマー(液体・固体両方の状態を取る)」が廃プラスチック問題の解決の鍵を握ると直感しました。そこで、国際共同研究チームは、超分子ポリマーから堅固なプラスチックの作製に挑みました。
図1 モノマーと超分子ポリマーの概念図
超分子ポリマーは原料のモノマーが可逆的な「非共有結合」で接着して形成されている。この可逆性があるため、超分子ポリマーから原料モノマーに戻せ、リサイクルが容易である一方、丈夫なプラスチックの材料には向かず、柔らかいゴムのような材料にしかならないと信じられている。
今回、国際共同研究チームは、生化学的な物質代謝を受ける2種類のイオン性モノマーを室温の水中で混合しました(図2)。水素結合で強化された静電相互作用(塩橋)[4]により2種類の原料が互いに接着し、架橋構造体を形成すると同時に、この混合物は上相と下相に相分離[5]を起こします。上相(水相)は高密度の水にモノマーの無機対イオンを取り込み(脱塩)、下相は静電相互作用(塩橋)によって接着した架橋構造体を形成して凝縮相を作ります。この相分離により、架橋構造が安定化して、塩を外部から添加しない限り、架橋構造体から原料への解離ができなくなります。そして、凝縮相を分離して乾燥させると、無色透明で超高密度(1.71gcm-3)のガラス状超分子プラスチックがほぼ定量的に得られることを発見しました。
図2 相分離を利用した超分子プラスチックの合成
2種類のイオン性モノマー、ヘキサメタリン酸ナトリウム((Na2PO3)3)と硫酸グアニジニウムを、有機溶媒を使わず水中で混合する。この2種類のモノマーは水中で静電相互作用(塩橋)によって接着し、架橋構造体を形成する。そうするとこの混合物は相分離を起こし、架橋構造体は下層の凝縮相を作り、上層の水相はモノマーの無機対イオン(Na+、SO42-)を集める(脱塩)。分離した架橋構造体の凝縮相を乾燥させるとガラス状超分子プラスチックが得られる。架橋構造体は塩を添加しない限り、原料へ解離しない。
さらに、硫酸グアニジニウムのモノマーの構造の設計によりさまざまな物性の超分子プラスチックに変調することも可能です。今回、それぞれ異なるモノマー構造の硫酸グアニジニウムを用いて、耐熱性に優れた超分子プラスチック(耐熱温度:315℃)と、硬度を備えた超分子プラスチック(ヤング率:18ギガパスカル(GPa、1GPaは10億パスカル))と、引張強度が高い超分子プラスチック(材料の破断に必要な力:36メガパスカル(MPa、1MPaは100万パスカル))を作製しました。
今回開発した超分子プラスチックは、作製した三種類を含めていずれも、堅固でありながら、加熱により容易に成型加工することができ、複雑な形も作れ、既存のプラスチックと遜色がない物性を確認しました。
一方、ひとたび塩水(例えば海水)に入れると、原料モノマーにまで速やかに解離し、バクテリアなどによる生化学的な物質代謝が可能となるので、環境を汚染しません。原料モノマーの一つのヘキサメタリン酸ナトリウムは、食品添加物や農業用途に広く用いられているうえ、安価です。もう一つの原料モノマーである硫酸グアニジニウムの一部は天然由来のアミン[6]から合成することができます。両原料モノマーに含まれているリン(P)や窒素(N)は肥料として重要です。また、リンは近海を除く海洋で不足しています注2)。
超分子プラスチックは透明度が高く、既存のプラスチックをしのぐ硬さがある。また、難燃性でありながら、熱可塑性(加熱すると柔らかくなり、形成加工できるが、冷やすと硬くなる)も備えており、熱加工も容易である。
塩水中で解離したモノマーは、エタノールを用いて簡単に分離・回収可能であり、再度、超分子プラスチックに戻すことができます。化石資源由来の従来型プラスチックをリサイクルするには、回収・分類・分解・再利用などで多大なエネルギーを要しますが、超分子プラスチックはそれとは対照的です。なお、超分子プラスチックの表面を撥水被膜で覆っておくと、被膜に傷を付けない限り、塩水を含む水中でも長期の使用が可能となります。
国際共同研究チームはさらに、天然由来の多糖類であるコンドロイチン硫酸ナトリウムをヘキサメタリン酸ナトリウムの代わりに用いた多糖超分子プラスチックを開発し、この超分子重合の可能性を広げました。この多糖超分子プラスチックはより優れた引っ張り強度(約93MPa)を有し、3Dプリンティングにも応用することができます。
多糖超分子プラスチックの合成とその応用
2種類のイオン性モノマー、コンドロイチン硫酸ナトリウムと硫酸グアニジニウムを水中で混合させた。図2と同様に、架橋構造体の凝縮相と無機対イオンの水相に相分離した。凝縮相を乾燥させると多糖超分子プラスチック(右上)が得られた。これは引っ張り強度が高く、3Dプリンティング(右下)にも使える。
以上のように、塩水に溶解し、原料モノマーにまで容易に解離する超分子プラスチックは、化石資源由来の従来型プラスチックには期待できないリサイクル性やバクテリアなどによる高い物質代謝活性を持ちながら、優れた成形加工性、耐熱性、高い力学特性など、従来のプラスチックに匹敵、あるいはそれらをしのぐ性能を有することが分かりました。高密度で無色透明であり、自己修復能もあります。また、リン原子があるために難燃性で、温室効果ガスを出しませんし、遺伝毒性も持ちません。自然環境下で土壌の上に置いておけば、次第に土壌に吸収されます。これは親水性が低く、自然環境下では分解速度が遅い生分解性のポリ乳酸などとは対照的です。使い終わったプラスチックの「土壌」でおいしい野菜が育つかもしれません。盛りだくさんな利点を持つ超分子プラスチックですが、これは今後のプラスチックのあるべき姿を示していると考えられます。
超分子ポリマーは、可逆的な非共有結合で連結されたモノマーから成り、SDGs時代の立役者として期待されていました。しかし、同時に「超分子ポリマーは動的で弱い」という否定的な考えが定着したため、実用を考える際に最も重要となる「超分子ポリマーの固体科学」がほぼ手つかずの状態で置き去りにされており、超分子ポリマーは溶液中での基礎研究の対象としか見なされていませんでした。
溶液状態の超分子ポリマーは、モノマー間での非共有結合の形成や解離に脱溶媒和[7]や溶媒和[7]が関与し、活性化エネルギーが小さくなるので、動的に振る舞います。しかし、固体状態の超分子ポリマーは、溶媒分子が存在しないため非共有結合の形成や解離の活性化エネルギーは大きく、動的性質は小さくなり、従来のポリマーに匹敵する優れた力学特性が発現することになります。このように溶液状態と固体状態では分子間相互作用の様相が大きく異なることに手掛かりをつかみ、超分子ポリマーから従来の固定概念を覆す超分子プラスチックが実現しました。
本研究では、二種のイオン性原料モノマーが架橋すると同時に相分離するという特性を生かし、従来の超分子ポリマーが持つ結合の可逆性を押さえ込むことで、超分子プラスチックの安定性を大きく向上させています。コンドロイチン硫酸ナトリウムなどの例のように、多様なイオン性原料モノマーを用いれば、超分子プラスチックの概念の一般化も可能となります。本研究は、「超分子ポリマーは弱く役に立たないのか、それとも革新的な材料の開拓につながる固体物性を発現し得るのか」という問いに答えを与えるものです。