日本経済新聞 2007/12/22
第2回四大学連合文化講演会(東京医科歯科大学・東京外国語大学・東京工業大学、一橋大学)
2007/12/4 一橋記念講堂
持続可能な社会のための資源・エネルギー生産
東京工業大学応用セラミックス.研究所教授 原亨和
省エネで化学資源を生産 硫酸代替固体触媒を開発
可能な限りエネルギー消費を抑えた化学資源の生産は環境への負荷を低減して、この社会を持続させるために避けては通れない課題である。これまで我が国の化学産業は省エネ・低環境負荷の化学資源生産にたゆまない努力を続けており、その成果は省エネ先進国日本の誇るべきテクノロジーとして世界から注目を集めている。
その一方で、これまで省エネ化が大きく進んでいない課題も多く残っている。その一つが硫酸を触媒とした化学資源の生産である。硫酸は高分子・繊維の原料や工業用アルコール、燃料添加剤、さらに最近ではバイオエタノール、バイオディーゼルといったバイオ燃料などのさまざまな化学資源の生産に必要不可欠な触媒である。硫酸は安価で高性能な触媒である反面、反応後にプロダクトと混じり合って均一な液体を作るため、反応後の硫酸とプロダクトとの分離、硫酸の回収・処理に大きなエネルギーが必要である。
この問題を解決する最も簡単な方法は硫酸のように強い酸性を持つ固体の酸、すなわち固体酸を硫酸代替触媒として用いることである。反応後に固体酸は液体のプロダクトからエネルギーをかけずに簡単に分離するだけでなく、分離した固体酸は触媒としてそのまま繰り返し、あるいは連続的に使用できる。
これまで、この目的に利用できる満足のいく固体触媒は実用化されていなかったが、東京工業大学応用セラミックス研究所は安価で豊富な原料から簡単に合成できる硫酸代替固体触媒の開発に成功した。この触媒は酸が強固に結合した大きさ数ナノメートルのカーボンナノシートから成るアモルファスカーボンであり、木材、農産廃棄物などのセルロースを低温で炭にし、この炭を硫酸で処理することによって簡単に得られる。この触媒は硫酸に匹敵する性能を持ち、優れた熱的・化学的安定性を有するため、さまざまな化学資源の生産で環境負荷を大きく低減するポテンシャルを持つ。
この触媒の期待できる利用法の一つは農産廃棄物、廃木材といったセルロース資源からのバイオエタノール製造である。食糧を使わずにバイオエタノ一ルを得るためには豊富な天然セルロース資源から糖を製造し、得られた糖を発酵する方法が有望であるが、省エネで天然セルロース資源から迅速に糖を製造する方法はいまだ確立されていない。アモルファスカーボンの固体触媒はこの反応に対して高い触媒性能を示すだけでなく、反応後の糖と触媒の分離、触媒の再利用にほとんどエネルギーを必要としないことを見いだされており、この触媒の今後の実用化展開に大きく期待している。
脂肪組織の驚異とメタボリックシンドローム
東京歯科医科大学難治疾患研究所教授 小川佳宏
脂肪組織の多面性解明し成因究明と治療戦略開発
内臓脂肪型肥満を背景として糖代謝異常、脂質代謝異常、血圧上昇を複数有する場合、脳卒中や心筋梗塞のような動脈硬化性疾患のリスクが増加することが知られており、メタボリックシンドロームとして各方面から高い関心が持たれている。従来、肥満の実体である脂肪組織は単なる余剰エネルギーの貯蔵器官とみなされていたが、実に多彩な顔を持っている。例えばアディポサイトカインと総称される多くのホルモンを分泌する内分泌器官として、肥満やメタボリックシンドロームの発症・進展に大きく関与する。
代表的なアディポサイトカインであるレプチンは、食欲の減少とエネルギー消費の増加をもたらすことが知られている。遺伝子変異により生まれつきレプチンを欠損する場合には著しい肥満を発症するが、このような単一遺伝子変異による先天性肥満症はまれである。
人類の進化の過程では、長い間生存を脅かしてきた飢餓に適応するために、複数の遺伝子変異により余剰エネルギーを体脂肪として蓄えることができる体質を獲得してきた。豊かな飽食の現代ではむしろこれが裏目に出て肥満やメタボリックシンドロームの増加をもたらす可能性がある(倹約遺伝子仮説)。
一方、多くの疫学研究により、胎児期に低栄養を経験した低出生体重児では、成人後に肥満やメタボリックシンドロームの罹患率が増加することが指摘されている。「胎児期の飢餓」の記憶が刷り込まれることにより遺伝子変異を伴わずに余剰エネルギーを蓄積しやすくなる体質を獲得するのである(倹約表現型仮説)。
以上のように、人類の進化の過程あるいは一個体の発生過程において獲得された体質と過食や運動不足のような生活習慣の乱れが相まって、肥満やメタボリックシンドロームがもたらされるのである。
いったん肥満を発症すると、脂肪組織では脂肪細胞のサイズが大きくなるだけではなく、多くのダイナミックな変化が認められる。例えば肥満の脂肪組織では、動脈硬化の血管壁と同じようにマクロファージの浸潤が認められ、このマクロファージが脂肪細胞における脂肪分解を促進して脂肪酸を全身に放出する。脂肪酸のうち動物性脂肪として食事で摂取される飽和脂肪酸はマクロファージを活性化して、メタボリックシンドロームの病態を悪化させるが、逆に魚油に多く含まれるオメガ3多価不飽和脂肪酸はこれに拮抗することが分かってきた。魚を多く摂取する昔ながらの日本食はメタボリックシンドロームや動脈硬化性疾患の発症・進展を抑制できるのである。
以上のような脂肪粗織の驚くべき多面性を解き明かすことにより、全身臓器の機能障害を特徴とするメタボリックシンドロームの成因の解明と新しい治療戦略の開発を期待したい。