牧野洋 「不思議の国のM&A 世界の常識 日本の非常識」

まえがき
第1章 三角合併アレルギー
1 経団連が猛反対

小さいコラムにクレーム/医薬大手三社が狙われる/「持ち株は外資に全部売る」/武田会長発言で外資脅威論広がる/敵対的買収を誘発するのか/怒り心頭の在日米国商工会議所/第二の開国が必要/経団連の主張通らず

2 外国株は危険なのか

マイクロソフトによる三角合併/東証上場に興味失う外国企業/的外れの「中小企業が狙われる」/「敵対的合併」は不可能/三角合併解禁に外資は関心もたず/シティは日興買収で三角合併見送る

3 株式交換で世界の孤児

日本だけで使われる「三角合併」/本邦初公開のデータ/日本企業に対する三角合併解禁、注目されず/M&Aのパイオニア、そーせい/日本板硝子は英社買収で株式交換断念/日本だけできない株式対価のTOB

第2章 価格を知らずに企業を売買
1 価格に関心なし ーHOYAとペンタックスー

合併合意後、とりあえず株価は正常/買収金額がどこにもない/だれも過去最大のM&Aを知らない/「いちごの乱」と歩調を合わせ異変/比率見直しか、新たな買収者か/三共と帝石の株価にも異変/合併は買収である/世界的にも異例な"持ち株会社大国"/M&Aと株式相場が連動しない

2 価格なき売り物UFJ

「価格がないTOB」/三菱東京はM&Aのプロ?/日本的「四種の神器」/三井住友が大幅なプレミアム提示/合併比率「1対1」を対等と勘違い/大型M&A番付で三井住友が"勝利"/プロクシーファイトの予感/「資産査定してから」はおかしい/UFJの社外取締役が背中押す/プレミアムでは三菱東京の負け

3 最後まで価格なし −楽天とTBSー

ホリエモンを意識する楽天社長/「非友好的」なのに具体的条件なし/新興ネット企業には大幅なプレミアムが必要/プレミアムは議決権比率にも影響/ディズニーと比べるとおもしろい/拒絶理由もプレミアム/オーナー不在のM&A

第3章 敵対的買収が成立しない
1 安定株主が王子製紙を粉砕

大企業初の敵対的買収/ウォール街の専門用語が次々に/神主と買収防衛/北越の独立委員の持ち株はゼロ/日本製紙が前代未聞の株買い集め/北越株は4年後に2倍以上になるか/北越の貸株が枯渇、ヘッジファンド動けず/「株主価値を見ない株主」が勝つ/復活する株式持ち合い/「タダで株取得」は問題

2 価格が安いほうに売る

フタタ争奪戦では「現金は王様」通用せず/買収通貨のコナカ株、長期の下落/新日本無線にも同じ構図/ニッポン放送争奪戦で「ディスカウントTOB」/フジテレビの取引先が応援団に/一般株主の出番なし/平時でもディスカウントTOB

3 世界で消えゆく"乗っ取り"

歴史的な判決で生まれたレブロン基準/過剰防衛が糾弾された1990年代/今後のモデルケース、旧ワールドコム買収合戦/買収価格がすべてではない/トイザラスは完全入札/競売にならない日本のMBO

第4章 本物のM&Aへ
1 ハゲタカを見直そう

村上ファンド代表から最後の電話/出発点は株主権運動の主導者モンクス/三菱自動車の総会、利益相反の疑い/村上銘柄の昭栄にみるプラスの変化/元祖ハゲタカ外資と「国賊」の新生銀社長/ファンドの利益は先行者利益/リップルウッド創業者の素顔/ハゲタカが日本を救う

2 スピンオフを解禁せよ

富創造のAT&Tと富破壊のNTT/株式を通貨のように使う/BT株主課税事件/中外製薬も痛い目にあう/経営者でなく株主が事業を選ぶ/「コングロマリットプレミアム」の時代? 

3 株主主権を根づかせよう

コカ・コーラで株主価値を"発見"/株主価値から企業価値へ/株主も生身の人間/バフェットは日本に登場しない/株主総会でわかる株主主権の虚像/選挙ポスターを見て投票/いまも議決権行使は紙べース/株主に背を向けた米「白動車王」/トヨタにみる株主主権

Revlon Duty

 1980年代の主役は、日本では小糸製作所株の買い占めで有名になったT・ブーン・ピケンズら「企業の乗っ取り屋」だ。その中でM&A史上に最も大きな軌跡を残した人物の一人は、1980年代の半ばに化粧品メーカーのレブロンに狙いをつけて敵対的買収に乗り出したロナルド・ペレルマンだろう。ちなみに、レブロンは口紅などで女性の間に化粧の習慣を広げさせたともいわれるほどの名門だ。
 レブロンの取締役会はペレルマンを拒絶し、ホワイトナイト、つまり白馬の騎士として友好的な相手を見つけ出して買収を依頼した。買収価格ではペレルマンがホワイトナイトを上回っていたのに、取締役会はホワイトナイトに買収されることを支持し続けた。そればかりか、ペレルマンを退けるためにポイズンピルを導入した。
 20年後の日本ではレブロンのような事例が相次いでいた。たとえば、UFJは三井住友ではなく三菱東京の傘下に入ることを一貫して支持し続けた。三菱東京は買収価格を提示していなかったのに、である。三菱東京から資本注入を受け入れる形で一種の買収防衛策も導入した。
 レブロンが導入したポイズンピルとは、1982年に原型が編み出された敵対的買収に対する防衛策のことだ。発動すると大量の新株を発行でき、敵対的買収者の持ち分を大幅に引き下げる効果をもつ。司法の場で合法性が確認されたのを受け、乗っ取り屋対策として米国企業の間で急速に普及し始めていた。

 ペレルマンは法廷闘争にもち込み、1985年、米国企業の多くが本社を置くデラウェア州の最高裁で勝訴。

 「レブロンの取締役会は株主に対する受託者責任を放棄した」と判定された。
 「いったん会社を身売りすると決めた段階で、取締役会の義務は会社を守ることではなく、会社を競売にかけることに切り替わる」という司法判断だった。

 敵対的であっても、最も高い価格を示した相手を身売り先に選ばなければならないということだ。この判例は、敵対的買収に絡んだ取締役会の義務を示す「レブロンデューティー(レブロンの義務)」として知られるようになった。日本では単に「レブロン基準」といわれる。

 

Spin-Off

BT株主課税事件
 私がニューヨークに駐在していた1990年代後半、米国企業が大がかりなスピンオフで事業再編を行っている例をたくさん目撃し、記事にも書いていた。帰国してからも、なぜ日本では実質禁止になっているのか腑に落ちなかった。世界の常識が日本の常識になっていなかったわけで、折に触れてスピンオフの問題を記事の中で取り上げていた。それが縁となって、2003年の春に日本BT会長だった北里光司郎から「ちょっと話がしたい」と連絡があった。日本BTは英大手通信会社BTグループの日本法人だ。
 少し古い話だったが、北里が世間に訴えたかったのは2001年11月に親会社がスピンオフを行い、日本の株主が被害を受けたということだった。親会社はBTグループヘ社名変更する前のブリティッシュ・テレコム(BT)で、携帯電話部門をmm02(エムエムオーツー)としてスピンオフし、世界中の株主にmm02株を無償で割り当てた。その際、日本の株主だけが課税されるという、いびつな状況が浮き彫りになったのだ。
 当時、東京証券取引所へ上場していたBTは、外国企業としては最大数となる3500人の日本人株主を抱えていた。スピンオフに伴ってこれらの株主は固定電話事業のBT株に加えて、携帯電話事業のmm02株を持つようになった。厳密にいうと、BT株と交換する形でmm02株を割り当てられ、その後に新しいBT株を配当として割り当てられた。国税庁は配当として割り当てられたBT株について配当とみなして、株主への課税に踏み切った。
 海外市場でBT株を買っていた機関投資家は無税の扱いを受けたため、課税された株主のほとんどは東証でBT株を買った個人投資家だった。多くは主婦や年金生活者で、中には多額の所得を得たとして、扶養家族としての身分を剥奪されて自分で健康保険へ加入しなければならなくなったうえに、住民税を追徴課税された人もいた。日本BTの調べでは、平均で30万円、多い人では500万円の税金支払いを求められ、納税総額は10億円を超えた。全体の4割の人が手持ちのBT株を売って換金しなければ納税できなかったため、課税によって日本のBT株主数は一気に4割減って2100人になったという。
 日本BTは多数の株主から苦情を受け、ロンドンの本社から責任者を呼んで国税庁の担当者に面会させたり、財務大臣、財務省主税局長、国税庁長官に対して書簡を送ったりした。それに加えて、通信所管の総務省のほか、経済産業省、経団連、東証、在日英国大使などに対しても説明を行うなど、悪戦苦闘したらしい。北里は当時を振り返って、「関係者の多くは課税された株主に同情してくれたけれども、どうすることもできないという対応でした」と語った。マスコミもそれほど騒がなかったので、”BT株主課税事件”は世間的にはあまり注目を集めないままでうやむやになってしまった。
 日本で無税扱いになるためには「適格分割」でなければならない。適格分割とは、分割後も同じグループとして経営されるような分割を指す。親会社が50%以上の株式を握って経営支配権を握っている場合のほか、ほかの会社と折半出資で共同事業を行っているなどを想定している。スピンオフのように資本関係を断ち切って事業部門をグループ外へ出してしまうのは不適格とみなされ、課税される。
 これは経営者の視点といえよう。現状では、事業を分割しても資本関係を保ってグループ企業として一体的に経営していれば売却したとみなされないが、一体的に経営できなくなれば売却したとみなされる。言い換えれば、経営者として影響を及ぼすことができなくなった事業は売却したとみなされ、課税されるということだ。法人が課税される場合もあれば、株主が課税される場合もあるが、問題なのはどの段階で課税されるかということよりも、課税されるかどうかということだ。
 ちょっと考えればわかることだが、株主の視点では、スピンオフ後も保有資産は同じであり、一体性を保っている。株主は何も売却していないのだ。BTの場合では、スピンオフ時点で株主は固定電話事業のBT株と携帯電話事業のmm02株を持っていた。スピンオフ前にはBT株しか持っていなかったが、そのBT株は固定電話と携帯電話の両事業を裏づけにした株式だった。すわなち、スピンオフ前もスピンオフ後も保有する資産は同じであり、配当などで特別な利益を得たわけでもなかったのだ。
 欧米では株主の視点で課税が行われているから、BTのスピンオフによって株主はだれも課税されなかった。課税されるのは株主が保有株を売却するときだ。日本では経営者が事業部門をグループ外へ売却する際に会社や株主が課税されるが、欧米では株主が保有株を第三者へ売却する段階にならないと課税されないわけだ。日本では税務当局が経営者の視点で課税するというのは、株主の立場が弱いことの裏返しであるようにみえる。
 株式分割とスピンオフを比べるとわかりやすい。1株を2株にする株式分割では、分割前に1株保有していた株主は分割後に2株を保有するが、「1株しか持っていなかったのにもう1株を株式配当として受け取ったから税金を払え」などとは言われない。同じ資産を1株ではなく2株で持つようになっただけの話だからだ。スピンオフも同じで、1株保有していた株主はスピンオフ後に2株保有するが、やはり同じ資産を1株ではなく2株で持つようになっただけだ。それなのに、日本では株式分割は無税でスピンオフは無税ではない。
 三角合併解禁をめぐって経団連が騒いでいた2006年の秋、スピンオフが実質禁止になっていることについて経団連はどう考えているのか、担当者に聞いたことがある。経済法制グループ長と兼任で税制・会計グループ副長も務めていた小畑良晴が次のように答えてくれた。
 「日本企業にスピンオフヘの需要はありません。(仮に需要があっても) 税制面での手当てはできないでしょう。日本の現状は、事業を一緒にやっていこうという観点から組織再編税制ができています。事業を異にして、縁もゆかりもなくなってしまう場合には課税するのが大原則です。モノを売ったり買ったりする場合と同じように、企業を売ったり買ったりする場合も必ず課税する。その部分では財務省は絶対に譲らないでしょうし、経団連としても財務省と意見が一致しています」
 経営者の視点を軸にして動く経団連とすれば、当たり前の見解だったのかもしれない。経営者の視点であっても、スピンオフには「売却先を探す必要がなくスピーディーに企業分割を行える」といった利点があるのだが、少なくとも経団連には、会員企業から「スピンオフをやらせてくれ」といった要望が寄せられていなかったようだ。

中外製薬も痛い目にあう
 BTのスピンオフとほぼ同時並行で進んでいたM&Aがあった。2001年12月、スイスの医薬品大手ロシュが中外製薬を買収して傘下に収めることで合意した。BTのスピンオフと中外の買収は何の関連性もないようにみえた。実際、二つの案件を関連つけて語る人はだれもいなかった。
 しかし、BTと同様に中外も同じ境遇に放り込まれ、痛い目にあっている。スピンオフを行ったため予想外の税負担が発生し、「不条理だ」と訴えながら税務当局とやりあったのだ。中外がスピンオフしたのは、米国子会社でバイオ企業のジェン・プローブ。中外がロシュ傘下に入ることに伴って、米国での特定分野でロシュとジェン・プローブの市場シェアが大きくなりすぎると予想され、米国の独占禁止法に抵触しかねなかった。そのためジェン・プローブをグループ外へ切り出す必要が出てきたのだ。
 切り出す方法としては第三者への売却もあった。しかし、そのためには第三者となる売却相手を見つけなければならないし、だれでもいいわけではなかった。ロシュによる資本参加を実現するためには、一定の期間内でジェン・プローブを売らなければならず、それを相手に見透かされて値切られる恐れもあった。その点でスピンオフはスピーディーで効率的な方法だった。自社の株主へ売却する形になるから、相手を見つける必要がなかっただけでなく、無税で切り離すことも可能と考えられたからだ。
 そんなことから、中外製薬は日本企業としてスピンオフを実施する第1号になった。実験台にされたといってもいい。中外の財務担当副社長としてスピンオフを仕切った須澤悠自に、「独禁法の問題さえなければ絶対やりませんでした」と言わせるほど割に合わないプロジェクトとなったからだ。
 ジェン・プローブのスピンオフがどのように行われたのかおさらいしておこう。まず、中外はジェン・プローブ株を中外の株主へ無償で割り当てたうえで、米ナスダック市場へ上場させた。中外がジェン・プローブを直接保有する形から、株主が直接保有する形へ切り替えたわけだ。これによって経営者の視点では中外とジェン・プローブとの関係は断ち切れた。もちろん、従来の株主がジェン・プローブ株を100%保有していたから富の形態は実質的に同じで、株主の視点からは引き続き一体性があった。
 ところが、利点とみられた「無税」はかなわなかった。法人と株主というそれぞれの段階で課税されたから二重の意味で、である。
 一段階目は法人段階の課税だ。ジェン・プローブを売却したとみなされ、法人としての中外は「みなし譲渡益」に対して225億円の法人税などを払わされた。具体的には、ジェン・プローブの買収価格256億円に対してスピンオフ時の時価が795億円と評価され、その差額について売却益を得たと判断された。形としてジェン・プローブを法人保有から株主保有に切り替えただけで、第三者への売却などと違って売却益を実現したわけでもなかつたのに、である。
 二段階目は株主段階の課税だ。中外はジェン・プローブ株を自社の株主へ無償交付したため、株主は株式配当を得たとみなされた。ここで「みなし配当」への課税が発生した。この部分は株主への課税であったものの、中外は「換金売りしたわけではない」などと訴える株主の理解を得るのは無理と判断し、株主への課税も肩代わりした。個人株主数は2万人にも上っていたから、個々の株主と連絡を取るだけでも大変な作業だった。念のために補足しておくと、中外の株主のうち日本国外の株主は課税されなかった。
 結局、中外は総額350億円の税負担を強いられ、キャシュフローが黒字から赤字へ転落しかねないほど財務上の打撃を受けた。日本BTの北里に会つてから数カ月後、中外の副社長の須澤にインタビューしたら、彼はなお納得できないという様子で中外のスピンオフを振り返った。
 「会社は株主のものであるとの意識をもち、株主の視点からスピンオフをみれば無税扱いにするのは当たり前のことです。スピンオフを実行すると、経営者の視点では会社は2つになりますが、株主の視点では資産は引き続き一体なのですから。保有形態を変えただけで換金売りしていないのに、課税するのは理屈として成り立ちません。税務当局にも質問したのですが、『法律がこうだから仕方がない』というだけで、らちが明きませんでした」
 そもそも、日本は長期投資の文化を国民の間に根づかせようとしていたのに、換金売りを強いて短期売買を促すような税制を変えずに放っていたのもおかしかった。そんな問題意識から、「年金基金など長期投資を基本にする株主は、中外に対して『保有するジェン・プローブ株を換金売りして利益を確定してほしい』とは思わないのでは?」と須澤に聞いてみた。
 「その通りです。実際、欧米の機関投資家はジェン・プローブを第三者へ売却することに否定的でした。『中外株を持っている理由の一つは、ジェン・プローブという将来有望なバイオ企業が傘下にあるということ。勝手に換金売りをしないでくれ』と言ったのです。スピンオフであれば引き続きジェン・プローブ株を持てます。重要なのは株主に選択肢を与えることです。持ち続けるのも、即時に売却するのも株主の自由。ちなみにナスダック上場後、ジェン・プローブは3倍以上に値上がりし、長期保有の株主に大きな利益をもたらしました」


武田会長

 三角合併が解禁される2007年5月よりちょうど3年前の2004年5月へ時計の針を戻してみよう。このときに三角合併問題をテーマにして武田薬品工業の会長、武田国男にインタビューしたからだ。

 彼の発言が紹介される前と紹介された後では、明らかに世の中の風向きが変わっている。当時は三角合併問題への関心が乏しかったから、「三角合併解禁で外資が攻めてくる」といった論調も皆無に等しかった。それでも水面下ではきな臭い動きもあった。
 たとえば、武田が属する医薬品業界。山之内製薬と藤沢薬品工業が合併を発表したばかりだった。6月の株主総会で合併承認の決議をする予定だったが、「総会前に外資系メーカーが山之内と藤沢にTOBをかけるのでは」といった噂が株式市場に出回っていた。たまたま武田会長とは別に山之内社長の竹中登一にも取材のアポが入っていたにもかかわらず、直前になってキャンセルされ、「何か怪しいな」と思ったものだ。
 少なくとも、山之内と藤沢の合併を受けて、欧米の巨大メーカーがいっせいにM&Aの専門家集団である投資銀行を呼びつけて、「これからどうしたらいいのか」などと相談をもちかけていたことはわかった。山之内と藤沢では外国人株主の比率が4割程度に達していたから、ここがTOBに応じれば外資を軸に新たな再編劇が起きてもおかしくなかった。国内勢力同士の合併であるにもかかわらず、山之内がモルガン・スタンレー証券、藤沢がリーマン・ブラザーズ証券を財務アドバイザーにしていたのも、国際的な投資銀行でなければ欧米勢の動きを察知できないと考えていたからだ。
 噂の根拠がないわけではなかった。山之内と藤沢の合併では実質的に買い手側にあったのは株式時価総額で勝る山之内。その山之内が藤沢の買収に際して示したプレミアム(上乗せ幅)は数パーセントに過ぎず、世界的な再編が起きていた医薬品業界の常識に照らし合わせれば「非常識」ともいえるほど小さいプレミアムだった。
 プレミアムとは、時価に対してどれだけ価格を上乗せしているかを示す数字だ。M&Aでは、売り手側の株価に対する上乗せ分であり、買収者が経営支配権を取得するための対価と考えられている。欧米の平均は3割前後だ。理屈のうえでは、大幅なプレミアムを提示して外資系メーカーが割り込んできてもおかしくなく、米最大手のファイザーが数年前に山之内の買収に動いたことは公然の秘密だった。
 欧米では医薬品は成長産業の代表格で、大がかりなM&Aが相次いでいた。米国では2000年にファイザーがワーナー・ランバートを敵対的に買収して世界最大手にのし上がったほか、欧州では2004年にサノフィ・サンテラボがアベンティスを敵対的に買収した。欧米勢が巨大化しているなかで、日本では業界再編が遅々として進まず、世界基準からすると小粒のメーカーがなお多数存在していた。薬価基準など古い規制に縛られてきたことが背景にあった。
 逆にいえば、その分だけ再編の余地があり、M&Aが連鎖的に起きる可能性も大きかった。最大手の武田でも株式時価総額は4兆円に過ぎず、30兆円もあるファイザーの7分の1以下だった。「こんな状況で株式交換を可能にする三角合併が認められると、武田にとっても大きな脅威になるのではないか」と思い、武田の実力会長を直撃したのだった。
 武田国男は東京・日本橋にある東京本社で出迎えてくれた。M&Aについては語りにくい部分が多いはずだが、彼は違った。創業家出身で株主の意識が強くあるうえ、ざっくばらんな性格も手伝ったからなのか、「こんなこと言ってもいいのか」と思わせるような発言が次々と飛び出した。
 「買収されるかもしれないというリスクは10年前から常に感じている。外資が日本企業を買収対象にするとしたら大手3社になる。武田、山之内・藤沢、三共の3社だな。武田は幸か不幸かパイプラィン(新薬侯補)が端境期にあるから、外資にとっては魅カ薄かもしれない。有力なパイプラインをもっていれば、欧米の大手メーカーはいまごろどんなことをしてでも買いにきているだろうな」
 買収防衛のためには国内勢同士で合併して大きくなるのが手っ取り早い。当時、私は投資ファンド筋から「武田は藤沢と合併しようとしたが断られた」と聞いていた。企業規模が違いすぎたことが一因だった。だが、武田国男はあっさりと引き下がることはせず、「ならば藤沢は山之内とくっついて大きくなり、その段階でウチと対等合併するのはどうか」と提案したそうだ。そこで、さっそく本人に「外資による買収に対抗するためには、日本企業同士が日の丸連合を組む必要があるのでは」と聞いてみた。
 「買収に対抗するには時価総額を大きくすることに尽きる。ただ、合併を決めてもその後の統合がうまくいくとは限らない。企業文化も違うから。武田は独自の企業文化をもっているし、合併したからといってそれを捨て去って新しいやり方を採用することはない。こちらのやり方を押しつけると相手も嫌がるのは間違いないからね。その意味で日の丸連合の結成は難しいと思う。外資による買収で国内産業が空洞化しそうになったら、政府が動くべきでしょう」
 日の丸連合を目指しているのかどうか、はっきりと教えてはくれなかった。

「持ち株は外資に全部売る」
 武田国男とのインタビューで最も印象に残ったのは、株式交換が認められると、時価総額が巨大なファイザーなど外資の攻勢が強まるかもしれないですが、どう思いますか」と聞いたときに返ってきたコメントだった。
 「本気で武田を買いにきたら法外なプレミアムをふっかける。まず受け入れてもらえないだろうね。でも、もし相手がそんなプレミアムを払うといってきたら、それは間違いなく本気。そしたらぼくはどうしようかな。まあ、持ち株を全部売ってやるかな」
 法外なプレミアムとはどの程度か見当もっかないが、創業家の経営者らしい発言だと思った。サラリーマン社長ではこんな発想はまずできないだろう。
 買収者が高いプレミアムを払うと宣言するのは、それだけ経営に自信があるということだ。高いプレミアムを回収するだけの利益を将来的に上げられると考えれば、外部からみれば高いプレミアムも買収者にとっては適正なプレミアムになる。逆に、買われる側はちょっと複雑な心境になるだろう。それだけの高いプレミアムに見合う利益を将来的に上げる自信がないから、買収を受け入れざるをえないということを意味しているから。
 武田国男は経営者として、法外なプレミアムであればそれを受け取るのは当然の使命と考えたのかもしれない。 

 武田国男はインタビューでは冷静で、「株式交換を認めるのは時期尚早」などと発言することはなかった。むしろ「時価総額を大きくする努力が必要」と自助努力を強調し、株安を放置している企業が外資に買収されるのは仕方がないとの立場だった。