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健康と医療のトレンドブログトップ>> アスベスト被害 2005年07月22日
壊滅した米国のアスベスト産業とトラストファンド
http://www.botanical.jp/libraries/200507/22-1757/?osCsid=
壊滅した米国(アメリカ)のアスベスト(石綿)産業とトラスト・ファンドで再生した国際企業
独特な日本のアスベスト被害事情。「けい肺(silicosis)」と「石綿肺(asbestosis)」
クボタ、ニチアス、エーアンドエーマテリアルなどによる、アスベスト中皮腫(mesothelioma)の被害者数公表は、関連業界に拡がり、大きな波紋を起こしています。
これを受けて7月21日には 厚生労働省安全衛生部、経済産業省、石綿関係業界20団体は、石綿含有製品の代替化の一層の促進、今後の禁止規制の見直しについて検討を始めました。
日米に限らず、多くの国は、経済の安定と成長が政府と行政の最優先課題であり、産業界の保護は最重要政策ですが、結局、米国のアスベスト業界は、そのつけにより、壊滅的な打撃を受け、倒産後再生したのは、体力のある国際的な大企業だけでした。
1. アスベスト製品の製造を強行した米国産業界
イタリア、ギリシャで始まったアスベストの繊維産業は20世紀に入ると、イギリスなどを中心にその有害性が指摘されるようになりました。1924年ごろには、その因果関係を立証する診断がなされ、アスベストーシス(asbestosis)と名付けられています。その後も有害性の研究発表が続き、1930年代には危険な鉱物であることが広く知られるようになりましたが、復興が最優先された第二次大戦後(1945年)の世界経済は、経済効率の追求にしのぎを削ります。
断熱材、防火材、床材などに関しても、パフォーマンスの良いアスベスト使用の建材が主流となり、危険性は無視されました。
この傾向は関連製品生産量の多い米国で顕著でしたから、1980年代になると、業界関係者に遅行性の中皮腫(Mesothelioma)が年間数千人以上も多発するようになり、危険性が表面化します。
70年近くも有害性が叫ばれてきたアスベストですから、多くの被害者は当該企業に賠償を求めて訴訟を起こします。
米国の関連業者のほとんどに対して訴訟が起こされましたが、すでに疫学的な因果関係の立証が容易になっているために被害者の勝訴が続き、約8,400社にも達していた米国のアスベスト業界は大混乱に陥りました。
2. アスベスト被害者のクラス訴訟(クラスアクション)(class action)
近年の悪性胸膜中皮腫(mesothelioma)の年間新規発生数は全世界で10,000人から15,000人と言われます。
米国では毎年この数字に近い10,000人が、アスベストによる中皮腫や肺がんなどの肺疾患により死亡しているとも言われますから、アスベスト関連の訴訟が急増した1980年代ごろには、裁判所の個別審理が難しくなってきました。そこで、メリーランド州のボルチモアで採択されたのが、原告8,000人以上を統合した、クラスアクションと呼ばれる集団(団体)訴訟でした。この例では1992年に被告の製造会社複数に賠償責任を認める判決が下されています。この頃から集団訴訟が急増しましたが、敗訴が続いた関連業界は壊滅的な打撃を受けてしまいました。
訴訟がピークに達する1990年代初期からは、ほとんどの関連業者が賠償に耐えられずに倒産に向かいました。
3. マンビル社の倒産と係争の和解条件
最も早くから打撃を受けたのは、アスベスト使用の商品群が世界最大規模の生産量に達していたジョーンズ・マンビル社(Johns-Manville
Corporation)です。集中的な訴訟を受け、敗訴が続いたマンビル社は、毎年のように増大する責任賠償総額が、とどまることなく数十年先までも続くことが予想されました。結局、1982年に、敗訴による責任賠償金に上限を設けるために、再生法(チャプター・イレブン*)の適用を申請し、1988年に受理されました。
このとき裁判所から条件として提示されたのが、固有なトラスト(Personal Injury and Property Damage
Settlement Trusts)の設立による和解です。
*チャプター・イレブン(Chapter
11 )。破産法の条項(the Bankruptcy Reform Act)。1978年に制定された。
4. マンビル社のトラスト・ファンド(信託基金)
米国では増加するアスベスト被害に対して、1986年に「アスベスト災害緊急対策法」(the Asbestos Hazard Emergency Response Act)が制定されましたが、これに基づいて財務省内に設けられたのがアスベスト・トラスト(Asbestos Trust Fund)と言われる信託基金です。トラストは敗訴する企業の賠償金の受け皿となり、認定された被害者に配分する組織となります。
最大規模の訴訟であるマンビル社の場合は、固有のトラストを設立し、再生後の利益の20%を毎年このファンドに拠出することになりました。
相次ぐ訴訟でイメージダウンしていたマンビル社は、1996年3月、所有するリバーウッド社(Riverwood International Corporation)の株式を売却した機会に社名をシューラー(Schuller Corporation)に変更しました(その後元の社名に戻る)。このときにトラスト(信託基金)はマンビル社に対して所有していた利益配分の権利(20%)を株式に転換しました。
これによって、マンビル・トラストは新会社の株、1億2千800万株を持ち、約850億円(7億7千2百万ドル)の記念配当を受けましたので、トラストの支払い能力は約1300億円(12億ドル)に増加しました。古いデータですが、1995年12月現在で、トラストは103,551件のクレームを受理し、55,000件の和解により、約300億円(2億7千万ドル)の支払いをしました。
その後マンビル社が、広く被害者を救済するためにクレームを受け付けるインターネット・サイトを開設したため、日本からも100名を超える被害申請(クレーム)があったようです。ただし、受理に際して問題となったのはマンビル社の製品によるものかどうかの立証でした。
5. 独特な日本のアスベスト被害事情。「けい肺(silicosis)」と「石綿肺(asbestosis)」
アスベストの危険性を無視して生産を強行したのは日本も例外ではありませんでした。
少なくとも25年以上も前から、アスベストによる胸膜中皮腫(mesothelioma)や肺がんは、関係省庁を含めて、企業関係者の間では広く知られている因果関係です。石綿肺(asbestosis)とはアスベストを原因とする胸膜中皮腫や肺がんなど、全ての肺疾患の総称です。
日本では炭鉱の粉塵による「けい肺」「塵肺」がより有名でしたが、これは「石綿肺」同様に珪素を主体とする粉塵に肺が侵されるものです。
米国では「けい肺(silicosis)」はアスベストの「石綿肺(asbestosis)」と同様に、企業が多額な賠償を要求される訴訟対象ですが、日本では「けい肺」「塵肺」「石綿肺」や繊維産業従事者の肺疾患を含めて、被雇用者による訴訟事件は稀であり、企業との因果関係が認められる場合には労災認定で済まされていました。文化の違いなのでしょう。
日本でも例外的に日本アスベスト(現ニチアス)、朝日石綿(現エーアンドエーマテリアル)、住友機械などに対して数例の訴訟があります。裁判記録によれば、1980年のアスベスト訴訟で、日本アスベストと関連工事会社が敗訴になり、合計約8,000万円を賠償する判決が出ています。これは関連業界の労務関係者には有名な判決だそうです。この頃から日本でもアスベストと「石綿肺」の因果関係が認知されていたわけです。
胸膜中皮腫は最も悪質ながんの一つといわれており、治療法が限られています。早期発見での切除が有効と言われますが、自覚症状が出る頃は手遅れです。
最近5年間の日本の中皮腫死亡者は年平均600人前後ですが、漸増しており、2002年は800人となっています。このうちアスベスト産業従事者が70%以上を占めるといわれます。発症に数十年かかる場合が多いとも言われるために、顕在化するこれからは、死亡者の急増が予想されます。
6.倒産、再生した米国の大手アスベスト関連企業
数千社の倒産で壊滅した米国アスベスト関連業界では、1976年のノースアメリカン・アスベスト(North American Asbestos Corporation)の倒産以来、2004年のハリー・バートン(Haliburton)までに50社以上の大手有力会社が倒産していますが、体力のある国際的な大手企業に限っては、トラストによる補償を条件に再生しています。