毎日新聞 2007/10/2

記者の目
BSE全頭検査は税金の無駄  小島正美(生活報道センター)
 ピッシング・扁桃こそ肝要 実態報告せぬ国、無責任

 BSE(牛海綿状脳症)問題で01年10月に牛の全頭検査が始まって6年がたった。国が来年7月末で生後20ヵ月以下の牛については検査を一斉にやめるよう求めているのに対し、自治体からは検査の継続を望む声が強い。なぜ、こんなねじれが生じているのか。
 世界中で日本だけがいまも「検査すれば安全」という神話に取りつかれている。私は5年前にも、この欄で「全頭検査の意味と限界が正しく国民に伝わっていない」と訴えたが、いまの状況は当時と変わっていない。
 なぜ、検査が安全性を確保する手段にならないかを説明したい。図を見てほしい。4頭とも、BSEの原因となる異常プリオンたんぱくを体内にもつ感染牛だ。異なるのは異常プリオンの存在する部位だ。

 現在、食肉処理場で行っている検査法は、牛の脳みその一部(延髄)を取って、そこに異常プリオンが見つかるかを調べている。この検査法では、異常ブリオンが脊髄や腸、舌扁桃にあったり、脳内蓄積量が少ない場合には、感染は発見できない。このため、全頭を検査しても、4頭のうち3頭(B〜D)は市場に出荷されている。
 特に若い牛だと発見できる可能性がゼロに近いため、厚生労働省は2年前「20ヵ月以下の牛は検査対象から外す」とした。しかし、自治体から全頭検査の継続要望が強く出され、結局、検査費用に補助金を出し、全頭検査が続いている。
 感染牛が計100万頭以上も発生した西欧諸国でさえ、全頭検査は実施していない。検査をしても感染牛の一部しか見つからないからだ。
 これに対し、日本では当時の農林水産相らが「全頭検査は世界一厳しい検査だ。これで安全」と説明したため、国民は「全頭検査で安全が確保される」と信じてしまった。
 では、何が安全性の対策かといえば、主に危険部位の除去と飼料規制だ。日本の食肉処理場でも危険部位を除去しているが、気がかりなのがピッシングと危険部位の舌扁桃だ。
 ピッシングは牛が暴れないよう頭部にワイヤ状の器具を差し込み、脳組織を破壊する作業だ。もし感染牛にワイヤを差し込むと異常プリオンが血液に流れ、肉を汚染する可能性があるため、欧米では絶対禁止となっているが、日本ではいまだに半分近い処理場が実施している。
 舌の奥にある扇桃は、欧米では切除法を決めて大幅に切除しているが、牛舌を食べる習慣のある日本では統一した切除法がなく、どこまできっちりと除去されているかは不明だ。危険部位の背骨とその神経組織も食肉処理場の外まで流通しているが、どこでどう廃棄されているかの実態報告はない。こういう肝心な点の議論がおろそかにされてきたのは、全頭検査への過信があったからだ。
 現在、国内では年間約125万頭の牛が検査され、うち20ヵ月以下の牛は約16万頭だ。検査費用の補助金として推定で年間約2億円を支出してきた厚労省もついに「もはや貴重な税金を効果のない対策に使うわけにはいかない」と補助打ち切りを決めた。
 ところが、自治体からは補助継続の大合唱だ。ある自治体が独自に全頭検査を続けた場合、検査済みと検査なしの牛肉が店に並び混乱が起きるといわれるが、検査で台格したからといって感染していないという証明にはならないわけだから、どちらを買っても同じだ。むしろ私にとっては、検査済みの肉は無駄な税金を使ったとの表示に映る。
 検査の有無よりもピッシングの有無、舌扁桃の切除法の表示こそが知りたいが、肝心なことは全く知らされない。
 ある自治体担当者は「全頭検査の無意味さは分かっているが、国民が全頭検査を信じ込んでいるのでどうしようもない。国がはっきりと全頭検査の限界を説明しないと事態は動かない」と話す。全く同感だ。
 01年の発生当初、私たち記者に厚労省の担当者は、「30ヵ月以上の検査で十分だ」と答えていたが、その後、政治的な論議の中で「国民の不安解消に全頭検査をする」という具合に変わった。当時はやむを得なかったにせよ、6年もたってまだ国民が信じているのは、政府の説明があいまいで不十分だからだ。
 国民が全頭検査を信じているなら、無駄な税金投入も安心料としてやむを得ないという見方もあるが、それではあまりにも悲しい。検査をすることでBSEの発生頻度を知りたいなら、西欧並みの30ヵ月以上で十分だ。