日本経済新聞 2006/8/28

ダスキン株主訴訟判決の衝撃
 「不祥事非公表 隠蔽と同じ」 危機対応 司法の厳しいメッセージ 黙認の役員にも賠償責任

 無認可添加物入りの肉まん販売を巡るダスキン(大阪府吹田市)の株主代表訴訟で、大阪高裁が言い渡した判決が企業関係者に衝撃を与えている。「不祥事を積極的に公表しないのは隠蔽と同じ」と一刀両断にし、トップの方針を取締役会で黙認した当時の役員全員に賠償を命じたためだ。隠蔽体質を残す企業、首脳に従うだけの役員への、司法からの厳しいメッセージといえそうだ。

 6月9日、判決後に記者会見した株主側代理人の中山巌雄・弁護団長は「企業が不祥事を自ら『公表する義務』を認めた画期的料決」と勝利宣言した。判決は一審・大阪地裁で賠償責任がないとされた役員10人を含む11人全員に総額約5億5千万円の賠償を命じた。

事後対応に過失
 高裁判決で最も注目されたのは、役員が不祥事を防げなかった監督責任を問われたのではなく、不祥事を知った後の危機対応の過失責任を問われたこと。「事実を知った後、速やかに信用失墜を最小限にとどめる適切な対応を敢らなかった」と指摘された。
 当時の社長ら幹部は2001年11月、問題の肉まん販売について善後策を協議し、「事実を公表すれば消費者の非難は免れず信頼を損ねる」と判断。「積極的には公表しない」という方針を決定した。他の役員らは直後の取締役会で報告を受けたが、社長らが決めた非公表方針に異議を唱えることもなく黙認した。
 判決は、この危機対応について「積極的に公表しないということは、消極的な隠蔽と言い換えられる」と指弾。さらに「最後まで社会に知られないで済む可能性に賭けたようなもので、経営判断に値しない」と非難した。
 不祥事を起こした企業には「進んで事実を公表し、安全対策を取ったことを明らかにして新たな信頼を築くしかない」と厳正な姿勢を求めた。背景として「世論は企業の隠蔽体質に敏感。隠蔽が発覚すれぱそれ自体が大々的に取り上げられ、信頼が大きく傷つく」との認識を示した。
 企業の内部統制に詳しい山口利昭弁護士は「危機時の対応指針の『クライシスマネジメント』という言葉が、判決文で使われたのは初めてだろう」と驚く。判決は「クライシスマネジメントでは公表回避の不利益、早期公表と説明の重要性が説かれている」と言及、ダスキンの非公表方針は許されない、と断じた。
 「危機管理の専門家が企業役員に口を酸っぱくして説明する内容のようだ」と山口弁護士。司法が企業に求める危機対応水準は相当高いといえる。応えられない役員には損害賠償が待ち受ける。

内輸の論理通じず
 もう一つ注目されたのは、トップの方針に漫然と従った役員にも多額の賠償を命じたこと。判決は「(非公表方針について)取締役会で明示的な決議はないが、当然の前提として了解されたのだから、出席役員の責任は免れない」と言い訳を許さなかった。
 原告側の中山弁護団長は「拍手するだけの役員は会社には必要ない。経営のプロ、監査のプロとして責任を果たす覚悟のない人は役員になっても賠償リスクを背負うだ.け」と手厳しい。
 企業法務に詳しい菊地伸弁護士は「社長方針に異議を唱えるのは勇気がいる。判決はそんな心の弱さを許さぬ厳しい内容。『社長決定に口は出せない』との内輪の論理は裁判所に通用しない」と話す。
 教訓はまだある。当時の会長兼社長は他役員より早い時期に無認可添加物入りの肉まん販売や、取引先に"口止め料"を払ったことを担当者の説明で知っていた。しかし、会長は聞き置いただけで社内調査などを指示しなかった。
 判決は「法含違反が発覚した以上、全貌を調査して原因を究明し、マスコミヘの公表や監督官庁への届け出を検討すべきだった」と事態の重大性を見逃した過失を認定し、他の役員より過失割合を高めた。
 パロマ(名古屋市)の瞬間湯沸かし器の一酸化炭素中毒事故でも、会社が死亡事故をはるか昔に把握しながら、消費者に危険性を周知しなかったことに批判が集まった。
 山口弁護士は企業研修などで判決内容を説明して回る。企業関係者には「社会への影響が重大な事案ならともかく、どんな小さな不祥事も公表しなければならないのか」という戸惑いの声や、「トップの決断なしに不祥事の自発的公表などできるわけがない」という反論が多いという。
 山口弁覆士は「『不祥事を公表しない経営判断は許されない』との司法判断を役員は重く受け止める必要がある」と警告している。

▼無認可添加物入り肉まん販売事件
 ダスキンの運営する「ミスタ「ドーナツ」が2000年5−12月、国内では使用が認められていない酸化防止剤が混入した肉まん約1300万個を全国で販売した。この後、担当役員らが取引先に計6300万円を支払うなど実質的な「口止め工作」も行われた。
 01年2月、当時の会長兼社長に不祥事が報告されたが社内調査は実施されなかった。同九月、社外取締役の提案でようやく調査が開始。しかし、社長ら主要役員は「不祥事を公表しない」と方針を決定。同11月の取締役会で他の役員に不祥事と関係者の処分が報告されたが、公表の有無などについては議論もないまま了解された。
 こうした中、匿名の通報を受けた厚生労働省は02年5月、ミスタードーナツの店舗を立ち入り検査した。ダスキンはこの後事実を公表したが、信用は大きく失墜。加盟店への営業補償などで約105億円の支出を強いられた。03年9月には同社と元専務ら2人が食品衛生法違反罪で略式起訴され、罰金刑を受けた。


株主代表訴訟の主な争点

  元役員の主張 大阪高裁の判断
不祥事を公表しなかった責任 消費者に被害は出ておらず、積極的に公表 しなければならないわけではない 違法行為を自ら公表し、信頼喪失の損害を最小限にする方策を怠つた
公表遅れと営業補償費など105億円の支出との因果関係 早期公表していても支出は避けられず、公表が遅れたこととの因果関係はない 消費者の信頼を決定的に失うことは回避できた余地があり、控えめに算定して2ー5%が因果関係のある損害


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