日本経済新聞 2004/11/23〜

ファンド資本主義 企業再生の仕掛け人

WLロス会長ウイルバー・ロス氏

ラザード・マネージング・ディレクター F.サベージ氏

 日本企業の再生案件でファンドの存在感が高まるにつれ、企業買収にかかわる人物の動きも注目され始めている。「ファンド資本主義」の仕掛け人たちは企業再生ビジネスにどう取り組んでいるのか。


三井鉱山買収に名乗り WLロス会長ウイルバー・ロス氏

需給ひっ迫の石炭確保

ー 産業再生機構傘下で再建中の
三井鉱山買収に名乗りをあげた。その狙いは。
 「ISGの中核企業である旧
ベスレヘム・スチールは長年、三井鉱山から鉄鋼原料のコークスを買ってきた。石炭は鉄鋼原料としても発電燃料としても世界的に需給がひっ迫している。三井鉱山が持つ石炭調達ルートは魅力だ」
 「ただし我々が三井鉱山を買収できたとしても、大口顧客の新日本製鉄へのコークス供給は最優先する。我々は三井鉱山に投資し、増産分でISGの需要を満たす」

ー WLロスは鉄鋼だけでなく石炭事業にも進出した。
 「原油価格の高騰が続く中、米国では電力の安定供給のため原子力発電を増やそうという機運もあるが、対テロの安全性やコストを考えれば石炭火力がもっとも現実的だ。環境負荷を軽減する技術もある。そこで今年、経営破たんした米石炭大手のホライゾン・ナチュラル・リソーシズを買収し、インターナショナル・コール・グループ(ICG)を設立した」

ー ISG、ICGとならぶ事業の柱が繊維のインターナショナル・テキスタイル・グループ(ITG)だ。
 「米国の老舗繊維会社、バーリントン・インダストリーズとジーンズで使うデニム最大手のコーン・ミルズを買収し、中国、インド、トルコなどで合弁事業を展開している。バーリントンやコーン・ミルズは単独では存続できなかったが我々が構築したグローバル・サプライチェーンに組み込むことで、中国やバングラデシュの繊維会社と戦えるようになった」
 「染色技術やデザイン力に優れた日本の繊維会社にも興味がある。WLロスはカネボウに買収を打診したが、最終的に産業再生機構による支援が決まった。だが日本の繊維会社をあきらめたわけではない」

ー 競争力を失った古い産業をかき集め、どうやって再生するのか。
 「米国にとって鉄鋼、石炭、繊維は必要な産業だが、旧来の仕組みでは存続できなくなった。これらの古い産業に新たな資本と技術と経営を持ち込んでグローバル化させるのが再生ファンドの役割だ」
 「例えばISGは年金を収益連動型に変え、会社を押しつぶしてきたレガシーコスト(年金の積み立て不足や退職者の医療費といった負の遺産)を断ち切った。一度、経営破たんした会社は過剰債務が処理されているから再建しやすい」

ー 日本で今後も企業買収を続けるか。
 「日本経済停滞の原因の一つに、実態は破たんしているのに存続している企業の存在がある。産業再生機構はこうした企業を再生し、民間に引き渡す。これからが我々の出番だと思っている」

WL Ross
 1970年代から投資銀行ロスチャイルドで企業再生を手がけてきたウイルバー・ロス氏が2000年に設立した投資ファンド。鉄鋼、石炭、繊維の3部門を主力に株式時価総額60億ドル(約6120億円)の企業群を率いる。日本では2001年に関西さわやか銀行、自動車部品の日興電機工業を買収。03年には企業統治ファンドの大洋ファンドを設立し、ニフコ、エステー化学など7社に出資している。

 


ワールドコム再上場 ラザード・マネージング・ディレクター F.サベージ氏

納得できる企業価値算定

ー 米通信大手ワールドコムは不正会計が発覚し、400億ドルの負債を抱えて倒産したが、2年足らずで再上場した。日本では信じられないスピードだ。破たん企業と債権者の間に入る再生アドバイザーとしてどう取り組んだのか。
 「米国では企業経営者も債権者も企業再生のシステムをよく理解しており、両者の間に入ってリスクを取るヘッジファンドも発達している。さらにラザードのような中立の再生アドバイザーが加わり、入り組んだ債権・債務関係を短時間で解きほぐす」
 「ワールドコムのケースで最も難しかったのは企業の本当の価値を見極める作業だった。不正会計と、世界的な通信市場の落ち込みで企業価値が見えにくかった」
 「破たん処理には我々を含めたアドバイザーが5社、コンサルタントが3社、8つの法律事務所がかかわり、手数料は6億ドル(約612億円)にのぼった。こうした専門家によって、すべての債権者がおおむね納得できる企業価値を算定し、それに基づいてそれぞれの債権の適正価格をはじき出していった。妥協点さえ見いだせれば、時間をかけて得をする人はだれもいない」

− 米国の企業再生はなぜ早く、日本はなぜ遅いのか。
 「企業が破たんすると、債権者は怒り、次に妥協し、最後に協力する。このプロセスは世界共通だ。米国では社債の二次市場が発達しているから、破たんの懸念が出ると企業価値が目に見えて下がっていく。債権者や株主は抜本的なリストラが必要だと認めざるを得ず、比較的短時間で協力し始める」
 「これに対し日本は二次市場が未発達で、企業価値の下落が見えにくい。経営陣は大きな問題を抱えていても、知らんぷりできる。隠し通せず問題が顕在化すると、今度は妥協点が見つからず、債権者はいつまでも怒り続ける」

− ラザードは再生アドバイザーとして日本に進出するのか。
 「銀行の頭取がダイエーの社長と再建策を話し合っていたようだが、米国では多くの債権者の中の一人にすぎない銀行が主導した再建案では、他の債権者が納得しない。だから中立者として我々の出番がある。日本はまだメーンバンク制が強く、企業再生で銀行が大きな役割を果たしている。再生アドバイザーが必要とされるのは2、3年後だろう」
 「しかし投資ファンドの台頭や、産業再生機構の登場で日本の企業再生市場はこの2、3年で大きく変化し始めた。かつて日本の銀行と政府は一心同体だったが、ようやく分離し始めた。再生機構などで企業再生の経験を積んだプロが増えれば、日本でも市場主導の企業再生が可能になる」

レラザード
 1848年に米国で発足した老舗の投資銀行。米、英、仏 3本社制で世界16カ国で2700人の従業員を抱える。企業再生アドバイザーとしてワールドコムのほか、韓国の大宇グループ、イタリアのパルマラットの再建に携わった。
 サベージ氏は企業再生で20年以上の経験を持ち、1999年に自らが率いたチームごと投資銀UBSからラザードに移籍した。