毎日新聞 2007/8/30

原爆症訴訟 国控訴取り下げ提言 自民小委 認定方式強く批判

 原爆症の認定基準見直しを検討している自民党の「原爆被爆者対策に関する小委員会」(委員長・戸井田徹衆院議員)がまとめた被爆者救済案(提言案)が29日、明らかになった。爆心地からの距離などに基づき、被ばくした放射線量を推定して発症確率を計算する現行方式を廃止し、原則として爆心地からの距離と、白血病など特有の症状だけで原爆症と認めることを提言。政府が基準見直しに向け設置する検討会について、3ヵ月以内に結論を出したうえで、現在、国が控訴中のすべての原爆症認定集団訴訟で控訴を取り下げるよう求めている。

 救済案は、被爆者の高齢化に言及したうえで、厚生労働省の今の認定方法を「(被爆した当時の)初期放射能しか勘案していない」と厳しく批判。汚染された水や食べ物などによる内部被ばく、残留放射能の影響も考慮し、一定区域で被爆し白血病など原爆に起因するとみられる特定の病気について「格段の反証なき限り原爆症と認定する」と明記した。
 現在、認定審査を担当している厚労省の原子爆弾被爆者医療分科会が放射線の専門家だけで構成されていることにも異論を唱え、被爆者代表や残留放射能の専門家を加えた新たな審査機関に改組するよう求めている。
 被爆者健康手帳を持つ人は現在約25万人。しかし、原爆症と認定され、月約14万円の医療特別手当を受けているのは全体の約1%の約2200人にとどまっており、被爆者団体などが基準見直しを求めている。各地で被爆者らが提訴した原爆症認定集団訴訟で国は相次いで敗訴しており、安倍晋三首相は今月5日、広島市内で被爆者団体の代表との面談で、認定基準見直しを検討すると表明した。

決断迫られる首相
 自民党の原爆被爆者対策小委員会がまとめた提言案は、政府に原爆症認定基準の「3ヵ月以内」の見直しと、原爆症認定訴訟の控訴取り下げを求め、安倍晋三首相に決断を迫る内容だ。
 首相は認定基準の見直しを表明する一方で、訴訟取り下げには直ちには応じないとの姿勢をとってきた。このため首相の見直し表明直後に国が熊本地裁での敗訴を不服として控訴に踏み切り、被爆者らを失望させた。提言案にはこうした現状への危機感がにじみ出ている。首相は基準見直し表明が単なる政権浮揚策だったと批判されないためにも説得力を伴った対応策を講じる必要がある。
 被爆者が、国に認定申請却下処分の取り消しと認定基準の見直しを求めた原爆症認定訴訟は、昨年5月以降、全国6地裁で国側が敗訴。現在、全国15地裁 6高裁で係争中だ。首相は今月上旬、広島、長崎両市での被爆者団体との懇談などで、認定基準の「1年以内」の見直しを表明した点、ただ、この時も控訴取り下げには応じなかった。
 しかし、被爆者団体からは「裁判で今まで通りの主張を続けながら、改善策を検討するのは矛盾。裁判で負けたのだから、政府は控訴を即時取り下げて、改善策を検討すべきだ」との手厳しい批判が続いている。
 首相は参院選前にトンネルじん肺訴訟、東京大気汚染訴訟などを相次いで政治決着させた。原爆症認定問題での一見、矛盾した対応は、関係省庁との調整が不十分なためと見られるが、高齢化が進む被爆者に時を待つ余裕はない。この問題にどんな答えを見いだすのか。舛添要一厚生労働相の手腕も同時に試される。

 

原爆被爆者救済案(要旨)

 自民党の原爆被爆者対策に関する小委員会がまとめた救済案の要旨は次の通り。

1、基本認識
 高齢化している被爆者の救済は人道的、社会的見地から一刻の猶予も許されない。約25万人強の被爆者のうち約O・8%の約2200人しか原爆症認定を受けられていない現状を早期に改め、早期救済を政治のイニシアチブで図る必要がある。

2、提言
原因確率論を基とする現在の厚生労働省の「審査の方針」を廃止。基本的に初期放射能のみしか勘案していない現行基準に代えて、科学的知見に基づき残留・誘導放射能などの影響を十分に考慮に入れた基準に見直す。
一定区域内の被爆者で原爆特有の典型症例を発病していれば、格段の反証がない限り認定する。
現在の原子爆弾被爆者医療分科会による審査を抜本的に改革。被爆者代表や残留放射能などの知見を有する有識者も加えた中立的な審査機関を創設し、被爆者救済の観点に立った認定を行う。
認定基準見直しに一定の結論が出た後、国が控訴中の原爆症認定集団訴訟のすべてについて、国は控訴を取り下げる。
安倍晋三首相の「認定制度見直し」発言を受けて厚労省が設置する専門家検討会は、3ヶ月以内に結論を出すよう努め、結論を得ない場合には、与党の意思決定を最大限尊重する。
在外被爆者問題なども早期解決を図る。